異世界の勇者の初陣の相手に、地球に侵攻しているモノ達を選ぶってどういうことなの!?

 ――その時、何かが決定的に崩壊した。


 美雪が無縫を追いかけようとし、春翔がそれを必死に引き留めようとする光景を見ながら、花凛は薄寒い感覚を味わっていた。

 最後、無縫が美雪達に向けてきた顔をついさっき向けられたものにも関わらず花凛はよく思い出せない。多分笑っていたと思うが、その仔細を思い出すことはできなかった。寧ろ、思い出すことを脳が拒んでいるような、そんな気持ちにすらなった。


 皮肉たっぷりとはいえ、無縫は春翔達の才能を信じて送り出した。勇者とは違う道を歩むことを決めた……確かに表面上はそう受け取れる。

 だが、花凛はしっくりと来なかった。あの時、無縫の中ではもっと別の何かが決まってしまったような、そんな嫌な予感が花凛の中で渦巻いていたのだ。


 しかし、そんな花凛の思考も突如として中断することとなる。空に亀裂が生じ、巨大な穴から異形の生物が現れたのである。


 身体は青やオレンジ色、緑色など実に様々であったが、身体全身が分厚い装甲に覆われている点だけは共通しているようだ。目のような感覚機関を有しているようだが、分厚く黒い特殊なゲル状の何かに覆われているようで、弱点として活用はできそうにない。

 現れた三体はそれぞれ、蟷螂を彷彿とさせるものと、その個体に小さな翼が生えたもの、蠍を彷彿とさせる個体に二つの鎌を組み合わせたようなものだった。


「……まさか、あれは、ネガティブノイズ!?」


 事情通のクラスメイトがその正体に気付いたのと同時に三体の異形は奇声を発した。


「――ッ!? なんなのよ! これ、身体に力が!!」


 ネガティブノイズの基本攻撃手段の一つである敵を大きく脱力させる声を発する「耳障りな叫喚奇声ネガティブ・シャウト」によって花凛達の身体は一瞬にして脱力し、大きく弱体化した。

 それは勇者である春翔や熟練の騎士であるガルフォールも例外ではない。頼れる戦力までもが大きく力を奪われた状況……唯一戦えそうなのはこの状況でも平然と珈琲を飲みながら王城へと歩いていく無縫と素のスペックのおかげで弱体化を気にせず戦える波菜のみだが、実力を見せるつもりがない波菜はとりあえず弱体化で動けなくなったフリをしつつ、ネガティブノイズをこの場に呼び寄せた無縫に「一体君は何を考えているんだい!?」と心の中で毒吐いた。


『『『ホロホロホロリウン! ホロホロホロリウン!!』』』


 異形達――ネガティブノイズは突如として膨張を始めた。まるで風船のように身体を膨らませつつ、周囲にネガティブエネルギーをばら撒き、無数の青白い輝きを生じさせる。


「……奪気の幽煌ネガティブ・ホロウ、すり抜けた相手から喜び、勇気――良い感情を全て吸い取ってしまう恐ろしい技がくる。更に、あの蠍みたいな単眼の個体は絶望の噛撃ネガティブ・バイトを放ってくる兆候がある。ネガティブエネルギーを歯に宿した一撃は鋭く危険だ。翼が生えた空飛ぶ個体は相手を束縛する奪望の拘束ホープレス・バインドを放つ兆候がある。……となると、奪望の拘束ホープレス・バインドで捕らえた相手を絶望の噛撃ネガティブ・バイトで確実に殺すのが狙いか」


 敵の思惑を察知した波菜は地を蹴って加速――当然の襲撃に気が動転して無防備を晒していた美雪に迫る奪望の拘束ホープレス・バインドを斬撃を放って両断した後、剣で絶望の噛撃ネガティブ・バイトを受け止める。


「――ッ!? やはり重い! それに、鋭い!」


「黒崎さん!」


「大丈夫かい、お嬢さん。……って言っている場合じゃないね。とくと味わいなよ! 【火球連撃ファイアボール・ガトリング】!!」


 無数の魔法符に魔力を込め、波菜は蠍擬きの個体に向けて一斉に火球を放った。

 無数の火球が宛ら絨毯爆撃の如くネガティブノイズを覆う……が。


「……ネガティブエネルギーをバリア状に変化させてその身に纏うことでダメージを減らしてきたか。絶望の結界ネガティブ・フィールドにこんな応用があるとはね。……しかも、結界と違ってその防御を攻撃に転じることができるのも厄介だ」


 爆撃の煙が晴れた瞬間、ほとんど傷を負っていない蠍擬きのネガティブノイズの尻尾が波菜へと迫った。

 その背後には波菜に庇われている美雪の姿もある。ここで攻撃を躱せば波菜は助かるが、その場合、蠍擬きのネガティブノイズの攻撃が美雪に直撃してしまう。美雪では蠍擬きのネガティブノイズの攻撃を耐え切ることは難しいだろう。


 ネガティブノイズの尻尾が波菜に命中するまでごく僅かな時間。しかし、美雪を抱き抱えて跳躍すれば回避が間に合う。

 そう判断した波菜は素早く美雪を抱き抱えて跳躍――。


「――【|炎の槍襖《ファイアランス・ファランクス】! 仕返しだよ!!」


 そして、先ほどの仕返しとばかりに無数の炎の槍を放った。

 百枚もの魔法符の他に、オルフレイで習得した直接魔力を操る技術で創り出した七万もの炎の槍の壁は蠍擬きのネガティブノイズへと襲い掛かる。


 蠍擬きのネガティブノイズの方も「絶望の結界ネガティブ・フィールド」を展開して防御に回るも、流石に七万もの炎の槍を耐え切るほどの強度はなく三分の一ほどの槍を受け止めたところで結界は砕け散り、無数の炎の槍が蠍擬きのネガティブノイズを刺し貫いた。

 致命傷を負った蠍擬きのネガティブノイズはその身体を維持できなくなり、真っ黒な靄を噴き出しながら四散する。


「……とりあえず、一体は撃破したけど。残りは二体か。まだまだ先は長そうだね」


 出現と同時に放たれた「耳障りな叫喚奇声ネガティブ・シャウト」の効果で勇者の春翔やガルフォールを含め、クラスメイト達の戦闘力は大きく弱体化している。

 そして、鈍ったところに追い打ちを掛けるように「奪気の幽煌ネガティブ・ホロウ」が放たれてクラスメイトのほとんどが完全に戦意を喪失してしまっている。


 辛うじて「奪気の幽煌ネガティブ・ホロウ」から逃げ切った春翔と花凛、ガルフォールと増援としてやってきた騎士達が波菜と美雪以外の戦力ということになるが、その状態で一体倒すだけでも波菜以外には荷が重いネガティブノイズを二体相手するのはなかなか難しい話である。


「――美雪さん、状態異常回復魔法は使えるかい?」


「はっ、はい! 使えます!!」


「ならば、クラスメイト達に掛けて回って欲しい。彼らの戦意喪失の理由は恐らく希望や戦意という感情を根こそぎ奪われたからだろう。……弱体化の方はどうにもならないが、数で攻撃すれば倒せない相手ではないみたいだ。少々初見殺しが過ぎるけどね」


「やってみます!!」


 波菜は美雪にクラスメイト達の回復を任せて「さて、僕はその間、不審に思われない程度に足止めをしますか」と剣を握り直した。

 そして、標的である蟷螂を彷彿とさせるネガティブノイズと飛翔する蟷螂のネガティブノイズに視線を向け……小さな違和感を抱いた。


「……動きが鈍っている。……まさか、ね」


 予想を確かめるように王城の方に視線を向けると、窓から戦場を窺う無縫の姿があった。

 その手には小さな賽子が握られている。


「ひとまず、これで敗北の線は消えたみたいだね。……後で、今回の件については問い詰めるとして……」


「お前達ッ! 一斉に仕掛けるぞ!!」


「――光を纏え! 聖なる輝き、飛翔して天を切り裂け! 【天翔光閃斬】」


「浄化の光よ、煉獄の如き慈悲で包め! 【浄化の煌聖ピュリファイ】!」


「――亜流剣術・疾風一刃!」


「「「「「「「「「「「「「「「我が手に炎を、業火の炎よ! 球体を形作りて、敵を焼き尽くせ! 【火球ファイアボール】」」」」」」」」」」」」」」」


「「「「「「「「「「「「「我が手に風を、吹き荒れる暴風よ! 刃を形作りて、敵を切り刻め! 【風刃エアブレード】!」」」」」」」」」」」」」


 春翔の勇者固有技の斬撃、美雪の聖女の浄化魔法、花凛の我流の剣技、クラスメイト達の炎と風の魔法、そして騎士達の斬撃が相次いで二体のネガティブノイズに命中する。

 「絶望の結界ネガティブ・フィールド」を張る間も無くオーバーキルにも等しい攻撃を喰らい、二体のネガティブノイズは真っ黒な闇の靄を噴き出しながら四散した。



「無縫君、一体何を考えているんだい!!」


 その日の夜、面会謝絶の形で自室療養している無縫の元に波菜が血相を変えて飛び込んできた。

 珈琲を片手にクッキーを食べながら本を読んでいた無縫はそんな波菜の態度にこてんと首を傾げる。


「どうしたんだ? そんなに怒って。可愛い顔が台無しじゃないか」


「……君はさぁ、ねぇ、こういう時にイケメン発揮しなくていいんだよ。……一体何のつもりなんだい? 下級種・・・とはいえネガティブノイズを送り込むなんて。……虐めてくる小悪党達に我慢の限界が来たからってあれは流石に……」


「ん? いや、違うんだよ。言い訳とかじゃなくて、あれには悪意とか無かったんだ。……無かった筈なんだよ。今のクラスメイト達の実力を測りつつ、ルーグラン王国の騎士達の練度を調べたかったから、丁度いい雑魚をピックアップして呼び寄せた、ただそれだけなんだよ。ほら、クラスには魔法少女ファンもいるみたいだしさ、ネガティブノイズの性質も分かっているだろうし、初見殺しにも対応できるんじゃないかと思って。それに、実戦である程度戦えたら自信もつくんじゃないかと思ってね。まさか、あそこまで壊滅するとは……想定より弱くて、部屋に戻って訓練場を見ながら『やっちまった』って後悔していたよ。だから、一体撃破されたところで鈍足化させたし、『耳障りな叫喚奇声ネガティブ・シャウト』も中和してあげたじゃないか。……あれで、迷宮に挑むとか本当に大丈夫かよ、って思うよね」


 無縫自身は嫌がらせでも何でもなく、ただ純粋に実力の把握と自信をつけさせるために簡単に倒せるチュートリアルの敵を召喚してあげただけのつもりだったと知り、何とも言えない顔になる波菜であった。

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