最弱に対するイジメと、異界より現れしモノ達。

 辛うじて踏み止まった……風を装い、地面に突き刺して杖代わりのようにした剣を抜き去り、くるっと手の中で一周させて鞘に戻した無縫は猟平達に視線を向ける。


「おいおい、強くもねぇのに格好だけは一人前かよ!」


「というか、お前が剣持っても意味ないだろ? 大して強くもねぇんだし」


「なんだかんだで毎回訓練に出ているの、本当意味分からねぇよな。俺なら恥ずかしくてクラスメイトの前に顔を出せないぜ。ギィヤッハッハ!」


 波菜が「おいおい、彼らは正気なのかい? もし、無縫君が正気なら今頃綺麗に三枚下ろしにされているところなんだけどね。無知って本当に恐ろしいものだね」などと思っている中、無縫はニヤニヤと笑っている猟平達に苦笑を向ける。

 波菜はその瞳の奥にドス黒い殺意が渦巻いているのを見逃さなかった。基本的に他者からの誹謗中傷を聞き流すことができてしまう無縫でも、流石にここまで言われて何も思わないということはないらしい。


「なあ、猟平! こいつ色々と哀れ過ぎて泣けてきちまうよな? 俺らでちょっと稽古をつけてやらないかぁ〜?」


「おう、そいつはいい。海介、お前はなんて優しいんだ! まあ、俺も優しいし、稽古ぐらいつけてやるぜ! なぁ、感謝しろよー! 無能野郎!」


「猟平も海介も優しいなぁ! 無能のために時間使ってやるとかさぁ! じゃあ、俺からいくぜ!!」


 無縫の返答など必要ないと言わんばかりに渉琉が無縫の腹部に蹴りを入れる。突然の攻撃に反応できなかった……風を装った無縫は面白いくらいに訓練施設の死角になる場所に吹き飛ばされていった。

 不良と言っても所詮は小悪党。物理的に手を出す勇気もなかった連中だが、異世界に来てから暴力に抵抗が無くなっているらしい。


 思春期の男子がいきなり強大な力を得てしまったとなれば、その力に溺れるのも致し方ないことなのだろう。


(……今回もサンドバッグになってあげるつもりのようだね。派手に吹き飛ばされて見せているが、見た目ほどの外傷はない。衝撃をいなしてダメージを軽減しているのかな? ……しかし、不快な光景だ、彼らの行為には吐き気を催す。でも、同時に愉快でもある。自分達の攻撃が全く通じていないと欠片も気づいていないようだからね)


「ほら、立てよ! 楽しい楽しい訓練は始まったばかりだぜ!」


 斬撃、【火球ファイアボール】、【風刃エアブレード】、腹部への蹴り――様々な攻撃を浴びせ掛けられた無縫が煤けた顔と頬にできた擦り傷と腹部の痛み、吐き気を堪えながら焦点の定まらない目で猟平達に視線を向ける。


(……いやいや、普通に攻撃が通じているじゃないか! まさか、不審がられるのを避けるためにダメージを軽減することを止めたのか!? 流石に初級レベルの魔法と攻撃とはいえかなりのダメージだぞ! ――ッ!? 流石にこれ以上は無縫君の命が危うい! あいつらの攻撃もエスカレートしてきているし……致し方ない。無縫君との約束を破ることになってしまうが、ここは僕が――)


「貴方達、何やっているの!?」


 流石に誤魔化すのも難しくなってきて、あえて全ての攻撃を一切防御することなく受け止めてボロボロになっていた無縫はいい加減耐え難くなってきたダメージをどうしようかと考えていた。

 しかし、妙案も浮かばず、かといって反撃するのも火に油を注ぐだけ。最も良いのは殴るだけ殴って満足してもらうことだが、既に周りが見えなくなっているため狙い通りにはならなそうである。


(……まあ、致し方ない。いつものように運命を天に任せてしまおう。それで死んだら死んだで……流石にそれは心残りになるなぁ)


 そんな時に聞き覚えのある声が耳朶を打ったのである。

 かつての自分ならば、その行為を「要らぬ横槍」と切り捨てただろう。だが、今の無縫にとっては、ほんの少しだけ嬉しいと感じるものではあった。まあ、「死んだら死んだで、それが自分の運命。異議を唱えるつもりはなく、いつ死んでも構わない」と覚悟を決めている無縫にとってはほんの少し・・・・・と感じる程度でしかないのだが。


 その声に「やっべぇ!」という顔になったのは猟平達だ。どうやら猟平だけでなく、海介と渉琉も美雪に惚れているらしい。

 そんな好きな子が怒りを露わにしているというのは猟平達にとっては最悪な状況なのだろう。その上、最悪なことに美雪の他に花凛と春翔の姿まである。


 この時点でどちらが悪人かは誰の目から見ても明らかだ。


「いや、誤解しないで欲しい! 俺達は無縫の特訓に付き合ってやっていただけで」


「――無縫君!!」


 無縫の姿を視界に捉えた時点で美雪の脳内から猟平達の存在は完全に消え失せてしまったようだ。

 「痛たたぁ。ああ、酷い目に遭った。こういう時は苦い珈琲が沁みるぜ」と言いながら、本来なら咳き込んで蹲っていても致し方ないと感じてしまうほどのダメージを負いながらも傷への対処も後回しにして創り出したカップ一杯の珈琲を空気も読まずに飲み出す、マイペースな無縫に美雪が駆け寄る。


「……特訓ね。それにしては、多勢に無勢で一方的に殴られていたようにしか見えなかったけど? それに、戦いの練習なら反撃のチャンスを与えなければ意味はないんじゃないかしら?」


「いや……それは……その……えっと」


「言い訳は必要ない。いくら無縫が戦闘に向かないとしてもクラスの仲間であることに変わりはないだろう? 二度とこのようなことをするべきではない」


 花凛と春翔に糾弾された猟平達は部が悪いと判断したのかヘラヘラと誤魔化すように笑いながらその場を後にした。


「……無縫君、治癒魔法を」


「気持ちだけ受け取っておくよ。これは、偏に俺が無能だから負った傷。美雪さんがわざわざ魔力を消費するようなものでもないさ」


「でも……凄い酷い怪我で」


「この程度のダメージ、よくあることじゃないか。数日休めばなんとかなるさ」


 美雪を悲しませないためかニッコリと微笑む無縫。その姿に、かつて自分のことを命を賭して助けてくれた少年の勇姿が重なる。


「……いつもあんなに酷いことをされていたの? だったら私が」


「――それこそ余計に拗れ……ああ、いや。そんなにいつもって訳でもないからさ。別に気にすることはないよ」


 「というか、美雪さんさえ絡まなければこんなに燃えないんだから、実質マッチポンプ。放っておいてくれるのが何よりも嬉しいことなのにさぁ、なんで分からないわがんないんだろうね」などという気持ちはおくびも出さず、無縫は愛想笑いをキープする。


「無縫君、何かあれば遠慮なく言って頂戴。きっと美雪もその方が納得するわ」


 「おいおい、お前もだよ、花凛さん。なんで揃ってお前ら空気読めないんだ?」……とは、流石に言えないので、こちらも愛想笑いで形だけお礼を言っておく無縫。

 しかし、ここで水を差すのが勇者――春翔クオリティだ。安定の空気の読めなさで無縫に苦言呈する。


「だが、無縫自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれない。聞けば、訓練に参加する回数も減って、ほとんどの時間は畑仕事や読書をしているそうじゃないか。俺ならば少しでも強くなるべく空いている時間を鍛錬に充てるよ。……猟平達だってそんな君を見かねて不真面目さをどうにかしようとしたんじゃないだろうか?」


 「いやいや、畑仕事もスキル強化の一環だし、見知らぬ世界で情報を仕入れないなんてそれこそ愚か者。寧ろ、何にも情報を仕入れずに鍛錬だけしている君達の方がどうかしていると思うけどね。……俺も最初召喚された時は勝手が分からなかったけどさ。でも、だからこそ情報は収集していたし、立場によって言葉も変わるから裏付けを取ってできるだけ公平な情報を揃えてから行動したんだが、もしかして少数派なの? これ」などと思いつつ、一瞬だけ宇宙猫のような顔をした無縫だったが、何を言っても無駄だと判断したのだろう。

 「……父親も母親も狡猾で腹芸が厄介なタチの悪い人間なのにさぁ。なんで、こんな良くも悪くも融通の効かない人間が生まれてくるんだろうね」などと思いつつ、無縫は春翔に視線を向けた。


「……ごめんなさいね。春翔も決して悪気がある訳じゃないのよ」


「春翔君、君の言いたいことはよく分かった」


 花凛の言葉を無視して無縫は春翔の方へと歩み寄っていく。


「ご高説痛みいったよ。流石は正義の体現者、獅子王に名を連ねることはある。……そうだね、君の理論では、誰もが努力をすれば一流になれるのだろう。……だがね、現実ってものは違う! この世は生まれながらにして平等? そんなことはない。生まれ落ちた時から必ず才能の差がある。それに、努力もまた才能だ。努力ができない人間だっているし、どれだけ努力したって天才には勝てないこともある。どれだけ頑張ったって超二流止まり……少なくとも本物の天才という名の理不尽な才能には辿り着けない。それでも、努力を重ねれば努力をしていない天才には勝てるかもしれない。だけど、天才だって努力する、丁度君みたいにね。凡人が必死に踠いた末に壁を突き破り、二流止まりの努力を怠った天才に勝ったとしよう。で、その先は? 努力を重ねる一流や超一流との戦いの舞台に投げ出されるだけだ。才能と努力は両輪なんだ、どちらかが欠けては意味がない。――勇者、聖女、ああ、実に素晴らしい才能じゃないか。天より与えられし特別な力。春翔君、美雪さん、花凛さん、いや、俺からしたら君達全員は綺羅星の如き輝く主人公だ。戦闘には何も役に立たない能力を与えられた俺のようなモブとは違ってね。――ああ、望み通り目障りな奴は消えてやろうじゃないか。実力不足の俺が迷宮についていっても魔族との戦いに赴いても足を引っ張るだけだからね。――この世界の主人公である君達の健闘を陰ながら祈っているよ」


 無縫はズキズキと痛む身体を無理矢理動かして訓練場から去ろうとする。その途中で訓練をつけるためにやってきたガルフォールとすれ違ったが、無縫は一言も言葉を交わさずに王城へと足を進める。


「――おい、無縫! その傷どうしたんだ! おい、一体何があった!!」


 「無縫の身に起きたことを調べなければならない」という気持ちと「無縫の手当をしなければならない」という気持ちが錯綜し、一瞬だけ思考が停止してしまったガルフォールだったが、すぐに無縫のことなど気にしていられない状況に陥る。


「――空にヒビが!?」


「空が、割れる!?」


「まさか、あれは時空の歪み!? 一体、何が起きて!?」


 突如空に生じた無数の亀裂。そこから青白い光を放つ丸い門のようなものが生じた。


『『『――ヒギャァウギルギー!!』』』


 その丸い門――時空の門穴ウルトラ・ワープゲートから落ちてきた三体の異形は奇声のような音を発しながら鎌のような武器を振り上げた。


「……さあ、強くなった勇者諸君。チュートリアルの時間だ。彼ら相手にどこまで戦えるのか高みの見物をさせてもらうとするよ」


 仄暗い笑みを湛えながら無縫は阿鼻叫喚の地獄絵図を背に、王宮にある客室へと足を進める。

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