「異世界召喚ってどう取り繕っても集団拉致以外のに何者でもないよね?」と無縫は主張する。

 コーヒーチェリーを堪能するだけ堪能した燈里は無縫にお礼を言って王城へと戻っていった。

 そこに入れ違いの形でやってきたのがイリスフィアとガルフォールだった。


「……これはこれは第二王女殿下に、白嶺騎士団総隊長ではありませんか。魔族討伐に欠片も役に立たない無能かつ、訓練をサボる素行不良な落伍者のためにわざわざ時間を取ってくださりありがとうございます」


「……無縫様」


 イリスフィアが何かを言いたげな顔をして……しかし、無縫に掛ける言葉が見つからないのか、それ以上の言葉を継ぐことはできなかった。


「総隊長殿、ご安心を。個人的に自主練は進めています。近々行われるという遠征では足手纏いにならないように努めますので……」


「訓練に出る頻度が減っているようだが……原因はやはり同郷の仲間達か?」


 実際のところは「今更剣術や魔法を学ぶ必要はない」というだけで、小悪党なんちゃって不良達からのウザ絡みやクラスメイトから向けられる冷笑に対しては面倒臭いの一言で片付けられる程度のものなのだが、ガルフォールはそれが原因であると考えているらしい。

 わざわざ否定していらぬ勘繰りをされると面倒なので、無縫もその言葉を否定することはない。まあ、その一方で肯定もしないのだが。


「ところで、第二王女殿下。我々を異世界に召喚した中心人物の一人として、そして一国の王族の一員として、貴女様にずっと聞きたいことがありました。その質問をこの場でさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「えっ、えぇ。勿論です」


「では、質問を……と、その前に俺という人間のスタンスをお話ししておこうかなと思います。俺は賭け事のテーブルには自分の命までは賭けてもいいと考える立場の人間です。親不孝云々の話は別として、命もまた自分が所有する財産ですからね、必要とあれば、また、その覚悟が決まっているならば賭けても良いでしょう。その果てで死ぬならば自己責任。俺も本望だったと笑って朽ち果てる覚悟はあります。だが、しかし、他人のものや……それこそ他人の命を賭け事のチップにすることは許せません。況してや、合意なく賭け事のテーブルに置くなど言語道断」


「しかし、我々は魔族の脅威に悩まされていて……神様が、エーデルワイス様が皆様を遣わせてくださって……」


「だから何なのですか? ……この世界の住民が魔族の脅威に悩まされているとして、本質的に我々には全く関係のない話です」


「――無縫殿、流石にそれは……」


「言い過ぎですか? 俺の言葉に何か間違いがありますか? ……結局、どれだけ取り繕ったところで貴方達は所詮は国家ぐるみで集団誘拐を犯した犯罪者に過ぎないのですよ。我々の世界にも貴方達にとっての魔族のような敵はいます。決して安全な、平和な世界とは言えないかもしれない。それでも、国家の機関が人知れないところで動き、表面上は平和を保ってきたのです。そんな仮初の平和の世界で、微温湯の如き平和ボケの世界で暮らしてきた人々を突如として誘拐し、戦争に駆り立てる。使い捨ての兵器として使う。どれだけ飾り立てようと、結局、我々は死んでも胸の痛まない他人、そうですよね? ……ああ、答えなくて結構。弁解も、その責任の所在を神に擦りつけるような行為も、どちらも感情を逆撫でるだけです。ああ、それとも意に沿わない俺を殺しますか? この国の内部にもいるんですよね? 無能な、神の使徒に相応しくない俺を暗殺しようとする輩が」


「――そんなこと、絶対にさせません!」


「まあ、心底どうでもいいことですが。……昔は随分と無茶をやりましたし、命をチップにして危険な賭け事をしたものです。何回も死にそうな目に遭いながら、その度に俺は生きているんだって実感しました。でもね、どうしようもない奴らでも俺にとって大切な存在ができたんです」


「……無縫殿。……つまり、お前が言いたいのは、元の世界に戻して欲しいということか? 今はまだ不可能みたいだが、魔族との戦いを終えれば、エーデルワイス様がきっと」


「……ん? 違いますよ? 何言っているんですか、総隊長殿? 第二王女殿下、元の世界に帰るということが果たして世界を救った褒賞に足り得ると思いますか?」


「……無縫様達が願うのはこの世界から元の世界への帰還だとわたくしは思っていました」


「元の世界に戻るというのは、ゼロに戻るということです。そもそも、異世界に召喚されて危険に晒されたという点で状況はマイナスになります。……まあ、大半の人達は気づいていないようですけど、そもそも異世界に召喚されなければマイナスの事態には陥らなかった訳ですから、元の世界への帰還は収支的にはプラスにはならない訳です。まあ、そもそも、帰還自体が可能かどうかも不明の状況ですけどね。もし、仮に魔族を倒せたとしましょう。しかしまだ、ラーシュガルド帝国やマールファス連邦といった人間側の厄介な勢力が残っています。他国を蹴散らし、不倶戴天の敵である東方白花正統教会を倒すのに勇者一行ほど使い勝手の良い戦力はありません。いずれにしても、なんらかの首輪を嵌めて飼い殺しにしたいと考えるのは当然のこと。俺だって召喚側なら躊躇いなくそうしますよ。領地や黄金、財宝に爵位……貴族の子女や王族との結婚、そういったものがその対価として支払われることもあるでしょう。でも、それは結局、自国に取り込むための巧妙な罠であり、同時に元の世界に帰還したいという欲求から目を逸らさせるための手段にもなる訳です。……まあ、実際に創作でも良くあるんですよ。世界を救う聖女として召喚され、最初は元の世界に帰りたいと思っていた女性が現地の美形と恋に落ちて、結局その世界に骨を埋めるというのが。ただ分かりやすい問題がありますから、禍根を残さないために元の世界での境遇を最悪にするとか、或いは命を落として転生するみたいなパターンを採用することが増えている訳ですが。……長々と話しましたが、結局、俺が言いたいのは我々を召喚した者の責任として、最低限、元の世界に帰還させることは必須……というか、それが無ければお話にもなりません。その上で我々が元の世界に帰った時に我々にとって此度の召喚がプラスの要素になったと納得できるような何かを用意する必要があると思います。賭け事ギャンブルと同じです。例え実際には挑戦者側が勝利できないように幾重にもイカサマという罠が張り巡らされているとしても、表面上は勝てばコインが増え、負ければ賭けた分のコインを失うという平等な条件が示されている。命をチップにして戦って欲しいというのであれば、魔族との戦いに終止符が打たれるまでに、せめて勝者に相応しい、命を賭けて戦った価値はあったと思えるものを召喚した側の責任として用意してもらいたいものです。……それとも、『我らの神が貴方達に勇者としての役割を与えたのだ。それだけでも十分光栄なこと、ありがたいことだと思いなさい』と仰りますか? まあ、それならそれで構いませんが」


 初めて異世界に召喚された日、他のクラスメイト達とは違って異議を唱えることも文句を言うこともなかった無縫――そんな少年の裡に秘められた至極当然の怒りにイリスフィアとガルフォールがたじろく中、無縫はニッコリと微笑を浮かべる。その表情はどこか薄寒いもので……。


「俺はね、世の中良くできていると思うんです。良いこともあれば悪いこともある。勝ち続けることもできなければ、ふとした瞬間に勝ちが転がり込んでくることもある。帳尻が合うようにできているんです。……横暴な行いをすれば、他者を顧みず、自分だけが安全なところで利益を得ようとすれば、必ずその報いを受ける。それは、神すら抗えない唯一絶対の真理であると思いますよ。まあ、俺は無神論者ですけどね。……偶然性と不条理の嵐に晒され、嘆き、叫び、涙し、血を流し、痛みを堪え、それでも前に進もうとする意思ある者に幸運の女神・・・・・が微笑む。そんな世界であって欲しいなぁ、と俺は思っているんです」


 「色々と不快なお話をしてしまいましたね。申し訳ございませんでした。それでは、俺はそろそろ訓練に向かいますので、それでは――」と言い残し、無縫は小さな珈琲農場を後にする。

 その後ろ姿をイリスフィアとガルフォールは黙って見送ることしかできなかった。



 無縫が訓練場を訪れると、既に無縫以外の生徒達は集まっており、談笑したり自主練に励んだりしていた。

 入った瞬間に飛んできた【火球ファイアボール】は無縫の脇を擦れるように飛んでいく。その先にはニヤニヤと笑う猟平の姿があった。


「悪ぃ悪ぃ! いや、そんなところにいるとは思わなくてなぁ。まさか、無能が重役出勤してくるなんて思わねぇだろ?」


 どうやら、ギリギリを狙って【火球ファイアボール】を掠らせる嫌がらせを狙ったらしい。一歩間違えば大火傷を負っていたか最悪命を奪われていたが、本人は事故だと言って言い逃れをする気満々なのだろう。

 クラスメイト達からの冷笑を浴びる中、無縫は猟平と取り巻き達――海介と渉琉を無視して訓練場の端の方を目指し、支給された細身の剣を取り出した。


 愛刀ですらない支給品レベルの量産型西洋剣――その上、意志の力と生命エネルギーの合力であり、鬼斬達の中で継承されてきた妖怪・魑魅魍魎のような生まれついての鬼と、人から堕ちた存在や転化した存在――後天的に成った鬼、それらを纏めて葬り去ってきた護国の者達の切り札である覇霊氣力すら纏わせないとなればその強度も性能も推して知るべしだが、その状態でも剣士としての実力はあるため、余程の強敵――例えば、常人では剣の残像すら捉えきれず、大気を擦過する時に生じる煌めきを捉えるのが精々というレベルの世界最強の領域の剣技の使い手――などと対峙するような状況にならない限りは問題ない。


 まあ、無縫自身、それほどの使い手と遭遇した経験はなく、更に言えば剣は無縫のサブウェポンの一つに過ぎないので仮に剣の上で負けたとしてその他分野で優ればいいだけの話なので特に問題はないのだが……。


「剣よりも、やっぱりコインや賽子が馴染む……どこまで行っても俺は勝負師ギャンブラーってことだな。というか、杖の方がまだ手に馴染むって……それでいいのかよ?」


 柄を軽く握り徐に剣を鞘から抜き払う。――と、次の瞬間、無縫は背中に大きな衝撃を受け、前のめりに倒れそうになった。

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