【書き溜めにつき更新停止中】天衣無縫の勝負師は異世界と現実世界を駆け抜ける 〜珈琲とギャルブルをこよなく愛する狂人さんはクラス召喚に巻き込まれてしまったようです〜
珈琲師という錬成師以上に強くなさそうな天職を取ってしまった無縫は王城内の珈琲畑を訪れ、時風燈里に疑いの視線を向ける。
珈琲師という錬成師以上に強くなさそうな天職を取ってしまった無縫は王城内の珈琲畑を訪れ、時風燈里に疑いの視線を向ける。
一通り『世界地理と魔物の分布』に目を通し、その内容を覚えられる範囲で記憶してから無縫は本を片手に立ち上がった。
クラスメイト達が訓練に赴く中、無縫は一人王宮の廊下を歩く。無縫の天職がまるで役に立つとは思えない珈琲師であると聞き、すっかり失望したと言わんばかりの視線を使用人達や騎士達が向けてくるが、全く気にした様子はない。
訓練への参加も消極的で、明らかに足手纏いである無縫に対する風当たりは強い。中には、神の使徒に相応しい無縫を秘密裏に消し去ってしまおうと考える過激派もいるようだ。
その一方で、神が召喚した以上は無縫にも何か役割が与えられているのではないかと考えている者も少なくはないらしい。
まあ、自分よりも遥かに弱いであろう神如きの操り人形になど更々なるつもりがない無縫にとっては鼻で笑いたくなるような話ではあるが。
「一冊返却よろしくです」
「はい、承りました。……しかし、随分と早いご返却ですね。それなら図書館で読んでも良いのでは?」
「珈琲片手にジャス――音楽を聴きながら読むのが最高なので。勿論、図書館の本は公共物、汚さないように細心の注意は払っておりますよ」
「それは羨ましいなぁ。僕もそういう贅沢をしてみたいものです。……あっ、そういえば無縫さん。珈琲ご馳走様でした。あんな美味しいものがあったんですね」
すっかり顔馴染みになった司書に無縫は「お口にあったようで良かったです」と言いつつにっこりと微笑む。
無縫のスキルの実験を兼ねて作られた珈琲農場では、無縫の睨んだ通り、狙い通りの珈琲を作ることができた。気候にもほとんど左右されずに狙った品種のコーヒーノキの苗木を生成できるスキルはそれ単体で見てもかなり優れている。
更に、スキルによって生成された苗木は本来の品種よりも環境に適応する力と生命力が強かった。育成に掛かる時間も本来のコーヒーノキとは比べ物にならないほど早いので、たった一週間ですでに珈琲を提供できる状況になっている。……まあ、あくまで一代限りの話で、試しに種から育てた第二世代にはそういった力は備わっていなかったが。
大量に作られた珈琲の一部は、その味を知った騎士団の者達の間でブームになったらしい。最近は騎士団経由で文官達や使用人達、遂には一部の貴族にまで広がりつつあるとか。
元々、無縫はコップ一杯の狙った種類の珈琲を生成することができるスキルだと考えていたので、物は試しと苗木が生成できるかと試してみなければこのような事態にはならなかっただろう。
ちなみにガルフォールには伝えていないが、その後の検証でコーヒーノキの小さな苗木を生成して敵に打ち込み、敵の養分を吸収して急成長させる「
◆
図書館での用事を終えた後は、訓練場……ではなく、珈琲農場と化した小さな畑へと向かう。
「おーい! 無縫君! こっちですよー!!」
畑には既に先客がいた。ぴょこんぴょこんと小動物のように跳ねる燈里の姿に無縫は苦笑いを浮かべる。
燈里は召喚されて以降、反戦論を貫いている。白花神聖教会とルーグラン王国の上層部にとっては目の上のたん瘤のような存在であるが、彼女も一応勇者として召喚された神の使徒の一人である。流石に邪魔だからと処分することはできない。……それに、無縫が見たステータスが真実であったと仮定すると、そもそも倒せるかどうか疑わしいところだろう。少なくとも、無縫の【万象鑑定】に拮抗するナニカを持っているのは確かだ。それに、まだ隠し球の一つや二つを持っている可能性も否定できない。
まあ、あくまで無縫の推察が正しかった場合の話であり、実際は本当にステータスが示す通りの強さしかないのかもしれない。
だが、それ以外にも気になる点はある。
(……なんというか、この人って誰からも好かれる模範的な教師を演じようとしているって感じがあるんだよな)
燈里自身が担任ではないこと、本人に毛ほども迫力がないということもあるが、無縫に対するイジメを止める姿勢も中途半端だと感じていた。……勿論、燈里などの教師達に助けてもらいたいと思った故の酷評ではない。
寧ろ、無縫はそもそも雷鋒市立雷鋒高校に欠片も期待はしていない。イジメに対処をしようとする姿勢を見せるどころか、全力で隠蔽する方向に持っていく教師陣が大半であり、その中でも燈里は
だが、担任ではなくても取れる行動はある筈だ。頭を飛び越して教育委員会に報告をするとか、いくらでもやりようはある筈である。……まあ、そこまで求めるのは酷かもしれないが。
それに、目の前でイジメを目撃してしまった時はステータスプレート弄りの時のように声を大にして非難の声を上げているが、余程のことがない限りは触れないようなスタンスを取っているようにも見受けられる。大して迫力もなく効果も薄い口頭での注意のみに留め、根本的な解決のために動こうとしないところを見ると、燈里は正しく模範的な教師というよりは、模範的な教師を演じようと動いているようにしか見えない。
だがしかし、それが高度に計算された策略であるならば実際に「正義感が強く、背伸びをして頑張ろうとしている小動物な教師」という絶対な評価を得ている時点で大成功を収めているということになる。実際に、無縫も違和感があるという程度で確たる証拠は一切ないのだ。
それに、彼女が何を目論んでそのようなスタンスを貫いているのかという点も不明のままである。
それに、元の世界での燈里の模範的な教師の態度は学校全体で好意的な印象を持たれていたが、そのスタンスを異世界でも貫いた結果、「厄介な存在」として認知され、その非戦闘系天職ではあるものの有用な農耕師を理由に「農地改善及び開拓」を与えられ、事実上の厄介払いをされそうになっている。燈里はなんとか理由をつけて残ろうとしているものの、生徒達にまで説得されて八方塞がりな状況に陥っているようだ。
彼女が誰からも好かれる人間であることを目指す保身主義者ならば、異世界に来てまで良い教師ムーブをする必要はない筈。
「……よく分からないんだよな」
「どうしました? 無縫君? あー、本当に美味しいですね。この世界に来るまでコーヒーチェリーなんて食べたことありませんでした」
美味しそうにコーヒーチェリーを頬張る燈里を見ていると、疑いを向ける方が間違っているのではないかとほんの少しだけ馬鹿馬鹿しい気持ちになる。
だが、怪しいのも事実。流石にここで絆される無縫でもない。
「子供の頃、私は世界各地を巡って見聞を広げたいって思っていたんですよ。色々なものを見て、それを人生の糧にしたかった。それに、子供の頃から教壇に立つ教師にも興味がありましたから、世界と大日本皇国を比較して大好きな歴史の授業をできたら、なんて……」
「実際に日本史の教師になれたじゃないですか」
「……私ってこんな見た目だから勘違いされることが多いですけど……自分で言うのもなんですが、かなり遅咲きなんですよ。大学進学も大変で、それでも頑張って……結局三年生の途中で学費が無くなって中退してしまいました。そのまま社会に放り出されてしまった訳ですが、その先に待っていたのは冬の時代でした。ロクな仕事にもつけず、その日暮らしを長いこと続けて……景気も一向に良くなる気配はなく、そんな一寸先は闇の生活を続けて……ようやく、大学に通えるだけのお金が貯まったのもつい最近のことなんです。現役の大学生に混じっても問題ない容姿が、子供だと馬鹿にされることが多くてコンプレックスだった容姿がこの時だけはとても頼りになりました。……未来は明るくなくてはならない。目一杯学生を謳歌して、安心して就職ができる。老後になんて悩まなくてもいい……そんな世界が本来あるべき形だと私は思っています。まあ、先生も夢見る子供じゃないですから、なかなか現実的に厳しいことは理解していますけどね。……安心して暮らせていた日常が、青春の時代が関係のない者達によって容易く奪われてしまうのは本当に許せません。況してや、殺し合いの道具に使うなんて……」
「それは教師としての時風先生の言葉ですか? それとも、暗黒の青春時代を過ごした人生の先輩としての言葉なのですか?」
「前者……と言いたいところですが、多分後者の方がですね。私みたいな辛い経験を、多くの未来ある若者達に、子供達にして欲しくはないんです」
ところどころ言動と行動にチグハグさを感じる燈里だが、この時、真剣な表情で無縫に語った燈里の言葉だけは嘘偽りのない本心なのだろう。
無縫はそう確信し、時風燈里という人間に対する評価をほんの少しだけ上方修正した。
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