ロードガオンの女幹部フィーネリア=レーネは宿敵と密談する。

「……このステータス、おかしくないかい?」


 目にも止まらぬ速度でフリック入力された無縫のメモを見た波菜の問いに、無縫は「嘘は書いてないよ?」と真面目な顔で返答をする。

 とはいえ、無縫が【万象鑑定】で確認した二人のステータスは俄かに信じがたいものであった。


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庚澤無縫 LEVEL1

種族:人間、性別:男、年齢:16

天職:珈琲師

筋力STR:5

体力CON:5

敏捷DEX:5

耐久DEF:5

魔力MPWR:5

魔耐RES:5

幸運LUK:5

技能アビリティ:コーヒー生成・言語理解

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黒崎波菜 LEVEL1

種族:人間、性別:女、年齢:16

天職:反魂魔術師

筋力STR:10

体力CON:10

敏捷DEX:10

耐久DEF:10

魔力MPWR:252

魔耐RES:252

幸運LUK:10

技能アビリティ:全属性魔法適性・全属性耐性・複合魔法・高速魔力回復・魔力感知・反魂魔法・言語理解

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「……いくつか突っ込みたいところがあるけど、まず無縫君の幸運LUKが僕より低い筈がない。これだけは断言できる」


「うんうん、それで?」


「僕の記憶が確かであれば、君は少なくとも勇者、大魔術師、大賢者、大聖女の職業を有していた筈だ。変身していない状態だから魔法少女がステータスに表示されていないのは百歩譲ってあり得るとしても、それらが表示されていないのはおかしい」


「……黒歴史を引っ張り出さないでもらえると嬉しいんだけどね。男なのに、聖女なの? って奇異な目で見られたの、今でも凄く傷ついて……ん? いや、そうでもないな。ご存知の通り、異世界召喚に巻き込まれるか、空間の歪みによって生じる時空の門穴ウルトラ・ワープゲートを通過することでステータスが生成される」


「……いや、初耳なんだけど!? そういう理屈だったのかい!?」


「ああ、元々のポテンシャルとかじゃないよ? だから、パグスウェルが君達には素質が、みたいなニュアンスで発言していたけど、あれは嘘。異世界に召喚された際に後天的にステータスが与えられただけだ。それが、自然に行われたものなのか、将又この女神が配布したものなのか、そこまでは定かではないんだけどね。さて、ここで問題。異世界に召喚されたことでステータスは生成されるというところまでは話したけど、じゃあ、元々他の世界に渡ってステータスを持っている者や元の世界で何かしらの力を持っていた人の場合はどうなるでしょうか?」


「……異世界に召喚されても勇者の力は使用できることは確認済みだよ。どこかの誰かさんに悪魔の賽子デーモン・ダイスで麻痺にされなければパグスウェルを討ち取っていたというのに」


 恨みがましい視線を向ける波菜に、無縫は苦笑いを浮かべる。


「……君の気持ちは分からない訳ではないけど、今はまだその時じゃない。堪え時だよ。で、既にそれが答えなんだけど、異世界召喚などを経てステータスが生成されても過去に習得したスキルやステータスが消える訳ではないんだ。そして、俺の経験上の話だけど、ステータスもスキルも加算……つまり、過去のステータスとスキルに新たなステータスとスキルが足されていく形になる。乗算だったら最高なんだけどね。例えば、波菜さんだと」


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黒崎波菜(オルフレイ) LEVEL49200

種族:人間、性別:女、年齢:16

天職:堕ちた勇者

筋力STR:1000000

体力CON:1000000

敏捷DEX:1000000

耐久DEF:1000000

魔力MPWR:1000000

魔耐RES:1000000

幸運LUK:350

技能アビリティ:神聖聖剣術・勇者剣術・神聖付加・双剣術・全属性魔法適性・全属性耐性・複合魔法・高速魔力回復・剛力・金剛・縮地・気配察知・魔力感知・言語理解・暗黒魔剣術・暗黒付加・滅望剣・堕天妖翅

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「このステータスに、そのままジェッソのステータスを加算したものが今の波菜さんのステータスということになるよ。……といっても、勇者のステータスでほとんど賄えてしまえるからね。目ぼしいのは反魂魔法くらいかな? まあ、明らかに目立つし【情報偽装】のスキルで隠すこともできるけど」


「……本当に何でもできるんだね。よろしく頼むよ」


「まあ、色々とスキルはあるけどほとんど使ったことないんだけどね。【情報偽装】も今回初めて使うし……上手くいくといいんだけどね」


「……流石に少し心配になってきたよ」


 ほんの少し不安になった波菜だったが、結果は無事成功。職業が書き換えられ、【反魂魔法】の名称がスキル欄から消えた。


「……さて、と。話すことは一通り話したし、流石に陰陽術の奇門遁甲を使って人を近づけないようにしているとはいえ、波菜さんがいないことがバレたら面倒なことになりそうだし」


「……それじゃあ、そろそろお暇するよ」


「ああ、それと……念押しするようで悪いけど親御さんにはしっかりと連絡しておいてね。あの人心配させると色々面倒だから……本当に」


「いつも父が本当にすまない」


 波菜が部屋を去ったことを確認した無縫は懐から複数の人形代ひとかたしろを取り出した。

 陰陽師出身の内務省異界特異能力特務課の同僚から教えてもらい、丸暗記した呪を掛けると小さなカメラを取り付けて王宮の各地へと飛ばす。


 波菜とは別口で人間側の情報を集めるために無縫の眼となるものを放った後、無縫は電話を取り出した。優牙は……波菜より先に連絡を入れても拗れそうなので後回しにし、まずはロードガオンの二人に電話を掛けることにした。



「もしもし、無縫です」


『……あら、珍しいわね。貴方から電話があるなんて』


 無縫が最初に連絡を入れたのはロードガオンから派遣された二人の幹部の一人であるフィーネリア=レーネだ。


 一般的に知られる悪の女幹部としての姿はエナメル質の怪しげなレオタードのような扇情的で際どい衣装を身に纏い、マスカレードマスクで顔を隠したというもので、豊満な胸、括れた腰、張りのあるお尻――その妖艶な姿の虜になった紳士達は数知れず。

 そんな一歩間違えば痴女であるフィーネリアも実際はかなりの猛者だ。引き連れている怪人達を抜きにしてもロードガオン独自の技術であるワーブルと呼ばれる特殊な生体エネルギーを取り出す技術を用いた兵器を巧みに操る。その強さには無縫以外の内務省異界特異能力特務課の戦闘員達も手を焼き、フィーネリアは理不尽な無縫を相手に辛酸を散々舐めさせられてきた。


 まあ、このやり取りを見れば分かる通り不倶戴天の敵……という訳でもないのだが。


「単刀直入に言う。……異世界に召喚されてしまった」


『……またなのね』


「いや、巻き込まれたのは時空の門穴ウルトラ・ワープゲートではなく召喚だよ。実のところこっちはあんまり経験がない」


『……まあ、私からしたらあんまり大差がないと思うけど。……ん? もしかして、これって大日本皇国を落とす好機かしら!? 無縫君がいなければ大日本皇国の戦力の恐ろしさも半減以下だし』


「……その場合は急いで帰国するだけだよ」


『ちぇ……まあそうよね。で、要件は何なの?』


「取引をしたい。大きく分けて二つ。まずは、俺が帰国するまでに大日本皇国への侵略行為を行わないこと。そして、もう一つは俺のいない間、邪悪心界ノイズワールドと地底世界アンダグラウンドから攻めてくる会話の糸口がない相手を押し留めて欲しい」


『また無茶を言うわね。地底人はまだ何とかなりそうではあるわ。……あんまり情報はないけど、高度に独自発展した科学を武器にしてくるというだけで本質的には同じ人間でしょうし、それならこちらにも攻撃手段はある。でも、ネガティブエネルギーだったかしら? そんなファンタジーの世界の住民みたいなものに物理的ダメージが与えられるとは思えないわ。それこそ、魔法少女の力がないと無理じゃない』


「いや、普通に下級種であれば内務省異界特異能力特務課の職員でも討伐自体は可能なことが判明している。まあ、中級種以降だと流石に特殊能力を持つ戦力じゃないと厳しいんだけどな。……というか、君達、本当に侵略する気あるの? 俺達人間を滅ぼして地球を奪っても地底人やネガティブノイズの問題が解決する訳じゃないからな?」


『……本気で奪う気がある訳ないでしょう? というか、貴方と敵対して私達には無理だって十分に分からされているわ。……とはいえ、本国も状況はかなり切迫しているし、『できません』と言えないのも実情なのよね。一応私も幹部待遇だけど、残念ながらこの首は首領の胸先三寸で飛ぶような軽いものだし。かといって、無駄にプライド高いから土地を恵んでもらうとか、現地の政府と交渉をして共存の道を模索するとか、そういった選択も取れないし、本当に嫌になるわ』


「まあ、とにかくよろしく頼む。今回の件は内務省異界特異能力特務課からの依頼という形にもなるから流石に何も見返りはないということにもならない筈だ。何かしらの便宜を図る……とはいえ、流石に大日本皇国や地球を丸々譲るとか、そういう無茶は聞けないが」


『分かっているわよ。まあ、最悪の場合は部下共々亡命させてくれる……最低限、これくらいのことは約束してもらいたいわね』


「俺から大田原さんの方に話は通しておくよ」


『大田原って……まさか、現職の内閣総理大臣、つまり首相の大田原惣之助のこと!? どんなコネを持っているのよ!?』


「ん? まあ、色々とね。それと、俺からも個人的にお礼をしたい」


『だったら宝くじ! ねぇ、直近で買った宝くじとかあるでしょう!?』


「……そういうと思ったよ。最高で四億円だ。小遣い稼ぎのつもりだったけど、快く引き渡そう」


『ありがとう! さぁて、どこのマンションを買おうかしら?』


 電話口から聞こえる楽しそうな声に無縫も思わず顔を綻ばせた。

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