月下の語らいPART ONE.「黒崎波菜の心の傷と、彼女にとっての救世主」。

「ロイヤルストレートフラッシュ」


「……フルハウスだ。やはり、幸か不幸かは別として幸運の女神に愛された男、こういった勝負事では絶対に勝てないね」


 無縫という確率などというものが意味をなさない幸運の化け物の力を改めて思い知り、波菜は苦笑を浮かべる。


 無縫は生まれてこの方、こと運の絡む勝負事に関しては敗北というものを経験したことがない。

 幼少の頃には「危険に身を投じ、命を賭けたギリギリのスリルを味わうことで、初めて生きているという実感が持てる」という理由から人身売買を行う者達から白石美雪を庇った時のような危険に幾度となく身を投じるも全て生存。

 一方で、夜職でほとんど入れ違いの生活を送る母親が残していく僅かばかりの生活費を全額地下の違法賭博場でギャンブルに注ぎ込み、十二歳の時点で既に巨万の富を築いていた。


 十四歳の時点で魔法の世界フェアリマナからやってきた魔法少女の力を与える妖精シルフィアと契約を結び、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスとして活動を開始。同年の秋には人生初の異世界である異世界アムズガルドに召喚され、紆余曲折を経て敵対していた人類と魔族の関係を正常化することに貢献――魔王の娘であるヴィオレットの強い要望を受けて地球へと連れ帰る。この頃から戦闘の面でも才能を開花されており、史上最高の戦力として当時参事官補佐だった内藤龍吾と当時長官を務めていた現職の内閣総理大臣である大田原おおたわら惣之助そうのすけの二人からスカウトを受けるまであまり時間は掛からなかった。


 地球と異世界――様々な世界で無縫が残した功績は数知れず、救った者の数も両手では数えられないほどである。かくいう波菜もその一人だけ。

 召喚と同時に呪いをかけられ、魔族討伐のための道具として、敵対国に対する戦力として、そして夜の慰みもの――愛玩の対象として、波菜の心に今も残り続ける深い傷を、トラウマを植え付けたあの地獄から波菜を救い、波菜を召喚した国の全てを焼き尽くしてくれたのも無縫だった。


 波菜は今でも無縫に計り知れない恩を感じているのだが、無縫にとっての波菜は助けてきた多くの人達の一部――その他大勢の中の一人なのだろう。

 境遇こそ美雪に似ているものの、波菜は実情を知る分、美雪とは違い、無縫の中の自分を特別な人間だとは考えていない。例え、自分が本気でアプローチを仕掛けても決して靡かないことを知っているからこそ、波菜は何も知らない美雪のことが少しだけ羨ましく、それと同時にそのあまりにもお花畑な考えに激しい嫌悪感を抱いていた。


「先程の話、聞いていたとは思うけど、俺はこれから自分の死を偽装して魔族側の調査を進めることになる。だけど、そうなると人間側の調査を誰がやるのかって話になってしまう。そこで、波菜さんには人間側の調査をお願いしたい。異世界でも使える携帯端末を渡しておくから、この端末に入っている文書作成ソフトで書くもよし、レポートを手書きしてくれるもよし、いずれにしても、決まったテンプレートに従って書いてもらえると助かる。内務省異界特異能力特務課に提出するものだから、そのつもりでよろしく頼むよ。残念ながら内務省異界特異能力特務課からは報酬が出ないけど、流石に無報酬って訳にもいかないから、報酬は俺のポケットマネーから出すよ。合計四億、前金で一億、仕事完了で三億でどうかな?」


「……些か貰い過ぎだと思うけどね。破格過ぎないかい?」


「相場が分からないからね。……見知らぬ異世界で情報が無い中、情報を集めるのはなかなか危険だ。それに、どれくらいの労力が掛かるかも目算が立たない。払い過ぎだったのか、或いは足りなかったのか、それが判明するのは全てが終わった時だよ」


「……無縫君、僕は君に計り知れない恩がある。本当は君との約束さえなければ……僕は無縫君を虐めるアイツらも、愚かな三馬鹿共も全て――」


「ん? わざわざ波菜さん、君が手を汚す必要はないだろう? こっちは穏便に学生生活を送りたいだけなんだ。波菜さんなんて人気な人に助けられたら余計ヘイトが増すし、一人であの状況を甘んじて受け入れた方が結果としては被害が少なくなる。それに、波菜さんまで陰口を叩かれる対象になる必要はないじゃないか。地獄から解放されて、ようやく幸せな学生生活を送れているんだ。わざわざ面倒ごとに首を突っ込む必要はない」


「上辺だけ見て黄色い声をあげる自称ファン達なんて、僕の外見だけが目当てなだけさ。僕が本当は人殺しで、ヤクザ者達を束ねる組長の娘で、既に清い体では無いことを知れば幻滅するか怯えるか、とにかく僕の元から離れていくだろう。そんな奴らに興味はない」


「……君は不器用だね。もっと幸せに生きればいいのに。それに、俺は十分自由に生きさせてもらっているよ。……ただ、恩人である大田原さんの懇願で渋々中学校までに習得するレベルの勉強を独学で学び、高校に編入したけど、正直疲れた。今回の件で俺の立場がバレれば面倒になりそうだし、大田原さんには申し訳ないけど高卒認定試験をパスして卒業してしまおうかな? まあ、狙ってはなかったとはいえ助けた白石さんがその後幸せに学校生活を送っていることは確認できたし、目的は達成したと言えると思うからね。ああ、雷鋒市の正常化に父娘揃って貢献してくれたこと、改めて感謝の言葉を述べておくよ」


 雷鋒市の実情を知った無縫は、美雪を救出した後に人身売買組織を潰して回った。

 しかし、犯罪組織の闇鍋である無法都市――雷鋒市は無縫の想像以上に厄介であり、雷鋒市の利権を求めて次から次へと押し寄せる犯罪組織には流石の無縫も頭を悩ませていた。


 そんな中、無縫の所属する組織――内務省異界特異能力特務課に一つの依頼が舞い込む。

 依頼を出したのは波菜の父親で、元指定暴力団の黒鞘組の組長――黒崎くろさき優牙ゆうがだった。


 先代の時代、人身売買から麻薬密売――あらゆる犯罪に手を染め、大日本皇国の裏の顔役として恐れられた黒鞘組。

 しかし、そんな仁義も欠片もない犯罪組織を心の底から憎む者がいた。ビジネスヤクザの時代に時代錯誤の任侠の心を持って生まれた先代の組長の息子である優牙は先代を倒して黒鞘組を手中に収めると、犯罪に手を染める者達を粛清――クリーンな組織へと前例のない改造を行った。

 この血の惨劇と呼ばれた事件を経て生まれた黒鞘組は、その後、昼は慈善活動を行う組織、夜は非合法な組織から街を守る良きヤクザとして活動を行っていくことになる。


 そんな優牙の最大の弱点こそ、溺愛する娘の波菜だった。

 黒鞘組の大規模改造を終えて間もない頃、突如として波菜が姿を眩ませてしまった。当然、優牙は組の人員を総動員し、自らも波菜の捜索に動いたが発見には至らなかった。続いて警察の力を借りるも、同じく進展は無し。万策尽きた優牙だったが、それでも諦めきれなかった優牙は波菜を探し続けた。

 それから数年後、どこからか内務省異界特異能力特務課という存在しないことになっている組織の噂を耳にした優牙はあらゆるコネクションを駆使してコンタクトを取り、藁にも縋る想いで波菜捜索の依頼を出したのである。


 本部に残された僅かな空間の歪みから召喚された世界を割り出した無縫は、シルフィアとヴィオレットを連れて救出に向かった。

 そのため、波菜にとって無縫達は返しきれないほどの恩のある恩人なのだ。


 同じように、いやそれ以上に優牙もまた無縫達に多大な恩を感じていた。内務省異界特異能力特務課への謝礼とは別に無縫達にも何かしらの恩返しがしたいという優牙の申し出に対し、無縫は雷鋒市への本部移設と雷鋒市の治安維持を依頼――これを快諾した優牙によって今の雷鋒市の平和は支えられていると言っても過言ではない。


「こっちからも連絡をしておくけど、優牙さんにはちゃんと自分で生存報告をしておいてもらいたいね。あの心配性な子煩悩だ、きっと行方不明になったという話を聞いてかなりのショックを受けているだろうからね。早く安心させてあげなよ」


「そうだね。……この歳になると少し気恥ずかしく思えるけど、やっぱり愛されていることは嬉しいことだって思うよ」


「それと、波菜さんが異世界で使っていた武器もいくつかあるし、ステータスを確認させてもらったところ、この世界でも君の勇者の力は健在なことも確認している。闇堕ちした力も含めてね。勇者の聖剣、封印されていた魔剣もあるし、戦力は十分……と言いたいところだけど、念のために拳銃を二挺、後は内務省異界特異能力特務課の武装としてお馴染みの指向性音響共振銃を二挺……後は音爆手榴弾とか、炸裂手榴弾とか、色々と武器を進呈しよう。特にこっちの指向性音響共振銃はリミットを解除する違法改造を施した自慢の品だ。例え天使だろうと、不可視の音の弾丸に揺さぶられて焼かれれば命はないさ。まあ、これだけあればなんとかなるでしょう? ……多分?」


「そういえば、無縫君には異世界で手に入れた特殊なスキル【万象鑑定】があったね。是非、僕や君のこの世界でのステータスを教えてもらえないだろうか?」


「……まあ、明日には分かることだけどね。スマートフォンのメモに書き写す形で俺と波菜さんのステータスを示させてもらうよ」

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