【書き溜めにつき更新停止中】天衣無縫の勝負師は異世界と現実世界を駆け抜ける 〜珈琲とギャルブルをこよなく愛する狂人さんはクラス召喚に巻き込まれてしまったようです〜
月下の語らいPART ONE.「内務省異界特異能力特務課」。
月下の語らいPART ONE.「内務省異界特異能力特務課」。
神山エーデンベルクの麓――ルーグラン王国の王都レオントポディウムに到着すると、一行は登山道の入り口にある神殿を後にして王宮を目指した。
王宮に着くと、無縫達は真っ直ぐ玉座の間へと案内された。例え高位貴族であっても待たされるのが普通だが、やはり神の使徒たる勇者の扱いは別格なのだろう。
大聖堂や神殿にも匹敵する豪奢な内装の廊下をパグスウェルを先頭に進んでいく。その道中で帯剣した軽装装備の騎士風の者達や文官風の者達、メイド服を纏った侍女と思われる者達と出会ったが、皆一様に期待や尊敬に満ちた眼差しを向けている。
明らかなる特別待遇――やはり、無縫達が異世界から召喚された勇者であることは既に周知されているらしい。
無縫は心底興味なしとばかりに眠たげな目を擦りながら生欠伸を噛み殺しつつ、最後尾を気配を消して歩き、波菜は侮蔑の視線を使用人達に向けていた。その他の者達は向けられる視線に概ね好印象を抱いたらしく、素直に喜ぶ者、魔族討伐に向けて気合を入れ直す者、反応こそ様々であるが魔族討伐のモチベーションが上がったようだ。
謁見の間に到着すると、そこには王族が全員集結していた。
国として神の使徒を全力で迎え入れるという意思の表れなのだろう。
ちなみに、第二王女イリスフィア・ムーンライト・ルーグランもちゃっかりとその場に同席していた。
イリスフィアとは大聖堂を降りる際に分かれている。下山方法は登山道経由か無縫達が使った魔法のロープウェイ(仮)の二択であり、明らかに登山道経由の方が時間が掛かる筈だが、イリスフィアが無縫達よりも先に到着したということはこの二つとは別の何かしらの移動手段があるのだろう。
「秘密の抜け道か、自前の空間魔法か……いずれにしても何かしらの裏技があるんだろうな」などと無縫が考えている間にも謁見の間では着々と事態が進行していた。
まず、玉座の前まで進み出たパグスウェルが徐に手を差し出す。
本来は敬われるべき国王は他の王族達と共に謁見の間に無縫達が入る以前から全員立った状態で迎え入れており、差し出された腕に恭しく触れない程度の距離で口付けをする姿は教会と国家、どちらが上なのかを如実に表している。……まあ、教会の方が王国よりも立ち位置が上なのは既に分かりきっていたことであるが。
その後はただの自己紹介だ。国王は名をオルティガ・ムーンライト・ルーグランといい、王妃は名をアリスティア・ムーンライト・ルーグランという。どちらも敬虔な白花神聖教会の信徒である。
ちなみに、オルティガは五十代後半の霸気と威厳を纏った男、対するアリスティアの見た目は二十代後半辺りだろうか? まあ、最年少のイリスフィアから逆算すれば実際はもっと年上なのだろうが、かなりの歳の差がある。無縫は内心、「事案かな? というか、ロリコン?」という感想を抱いた。随分と余裕がありそうである。
王子王女達は年齢順で、第一王女のブリュンヒルダ・ムーンライト・ルーグラン、第一王子のオーブリア・ムーンライト・ルーグラン、第二王子のアッシュ・ムーンライト・ルーグラン、第二王女イリスフィア・ムーンライト・ルーグランという。
オーブリアについては特に言及することはない。強いて言えば、この時点で既に美雪と花凛にメロメロになっていたということくらいだろうか? まあ、心底どうでも良いことである。
ちなみにアッシュも同様に美雪に視線が注がれていた。どうやら、美雪の魅力は異世界でも通用するらしい。
後に判明したことだが、年齢はイリスフィアの一つ上で、十歳。逆算してイリスフィアは九歳である。地球においては大体小学三年生くらいの年齢だが、かなりしっかりしているようだ。異世界の子供の成長が早いのか、将又王族の立場がそうさせるのか。
この中で無縫が最も厄介な相手と睨んだのは最年長のブリュンヒルダである。
年齢は二十一歳。一言で表せばまさに女傑――圧倒的な自信が表情にも露われている。敬虔な信徒が多い王族の中で唯一白花神聖教会に対して不信感を抱いているらしく、この謁見の一部始終をただ一人俯瞰するように眺めていた。
ちなみに王族にしてはかなり行き遅れの部類に属するが、本人曰く「誰を迎え入れるにしても、嫁ぐにしても、自分より軟弱な者を選べば国がどうなるか火を見るように明らかだ」と言って縁談を悉く断っている。
本人の美しさから国の内外を問わず求婚も数多だが、かぐや姫並みの、「おい、これどこの求婚難題譚なんだ!」と言いたくなるような無理難題を吹っかけているらしい。
武力を自慢する者は自ら剣を抜いて打ち負かし冷笑を向ける。頭脳を誇る者には頭脳でもって対抗して打ち負かす。とにかくあらゆる面で隙がない完璧超人なため、王も王妃も揃って頭を悩ませていた。
余談だが、ブリュンヒルダは謁見の終了後に失踪している。とうとう手遅れになった国に愛想を尽かして夜逃げしてしまったのだろうか?
王族の自己紹介が終わり、騎士団長や宰相などの主要な者達が紹介されたところで謁見は終了。その後、勇者達を持て成す晩餐会が開かれた。
地球の食事で最も近いのはフランスのコース料理だが、見たことのない食材が様々確認できたのは流石異世界というべきだろうか?
オーブリアとアッシュが美雪と花凛に積極的に話し掛けて男子生徒達から不興を買うという場面があったが、それ以外に問題は特に起きていない。まあ、第一王女の失踪が一番の問題だったような気がしないでもないが……。
◆
「お疲れ様です、内藤さん。……ご迷惑をお掛けしております」
『迷惑って……君が謝るようなことはありませんよ。確かに、君の存在は国防の要です。いないと正直かなり困る。しかし、異世界召喚に巻き込まれたのは君に原因がある訳ではありませんよね? ……ですよね?』
「まだ詳しいことは分かりませんが……座標の設定がどのように行われたか現時点で二つの可能性が浮上しています。一つは異世界で崇められている女神エーデルワイスが座標を知る術を持っており、何者かを狙って召喚したというもの……この場合、獅子王春翔辺りの可能性が高そうですね」
『……獅子王、ですか。嫌なことを思い出す苗字ですね。……それで、もう一つの可能性というのは?』
「空間の歪みが関与している可能性です。女神が人間に召喚の魔法のみを与え、たまたま我々が召喚されてしまったというもの。前者であれば女神を倒して聞き出せば済む話ですが、後者なら女神を倒しても帰還は不可能です。まあ、正攻法で行くならばですが」
『しかし、そのような方法に頼る必要はありませんね。貴方は空間に干渉する術をお持ちですから』
「それは、内藤さん達内務省異界特異能力特務課にも言えることではありませんか? ……それで、今後についてですが、俺は何らかのアクシデントで死んだふりをして召喚を行った側の人間から見て不倶戴天の敵である魔族について調査を進めるつもりです。人間と魔族、どちらが悪なのかを調査しなければ正しい判断など下せませんから。まあ、人間側が正しかったとしても誘拐は立派な犯罪です。バイトとは言え、俺も内務省異界特異能力特務課の一員ですので、国家の利益のために自国の民を守った上で、召喚を実行した者達にはそれ相応の償いをしていただかなくてはならないと思っています。勿論、最終決定は内務省異界特異能力特務課に一任致しますが……」
『分かりました。では、そちらの情報が集まり次第、我々も救出に向かいたいと思います。……ところで、地球側の問題はどうしますか? 流石に貴方の分の穴埋めを長期間行うのは現実的ではないのですが』
「ロードガオンに関しては取引を持ちかけるつもりです。他の者達と違い、現在ロードガオンから派遣されている二つの部隊を率いる幹部とはしっかりと話し合うことができますからね。問題は地底人の勢力と邪悪心界ノイズワールドの勢力ですが、こちらはロードガオンの勢力に迎撃をお願いしようかと。つまり、一時休戦をしつつ、一時的に味方に回ってもらうということですね。幸い、交渉のカードは手元にありますので上手くいくとは思いますが、正式にロードガオンと内務省異界特異能力特務課で協定を結ぶ必要があると思いますので、そちらはよろしくお願いします。ロードガオンと内務省異界特異能力特務課傘下の勢力、科学戦隊ライズ=サンレンジャー、この辺りが協力すればしばらくは問題ないかと」
『分かりました。最初の交渉は無縫君、よろしくお願いしますね。……無縫君、こちらの要件は以上ですが、何か頼みたいことはありませんか? こちらも全力でサポート致しますので』
「では、ヴィオレットとシルフィアに俺が異世界に召喚されてしまって騒動が終わるまでしばらく帰れないことを伝えると共に……アイツらの監視を全力で強化してください。絶対にアイツら、俺がいないことを喜んでカジノとか競馬とかに行きますから。こっちに居たら補填しようがありませんからね」
『……あの魔王の娘と妖精は、本当に困りますね。えぇ、分かりました。担当の者達にはこれまで以上にしっかりと目を光らせるように言っておきます。それと人員を増やすように上に掛け合ってみますが……あまり期待はしないでくださいね。……彼女達は無駄にアグレッシブですから』
「不要だとは思いますが、無縫君、気をつけてお仕事に当たってくださいね」と労いの言葉をもらったところで通話が切れた。
異世界と地球――遥か遠い世界同士でも通話可能な特別製のスマートフォンを無縫は一旦懐に仕舞い込み、持っていた五枚のトランプカードに視線を落とす。
「ノーチェンジで」
「参ったな。……流石は常勝無敗の異名で知られる
二枚のカードを捨てて、新たに山札から二枚のカードを引きながら波菜が苦笑いを浮かべた。
ちなみに、今の波菜は純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけという姿だ。普段の王子様っぽい見た目からはかけ離れた女性っぽさを感じる服装に大抵の男子であればギャップ萌えを感じて落ちるところだろうが、無縫は全く感情を動かす様子を見せていない。
「……この程度のことで恋愛対象として見てくれたならどれほど良かったことか」などと思いつつ、実際、波菜以上の優良物件と同棲しながらも浮いた噂の一つも耳にしないことを思い出し、ハニートラップの失敗を悟った波菜は苦笑いを浮かべて無縫の「ショーダウン」の言葉に応じて手札のカードを開示した。
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