黒崎波菜は嘲笑う。
パグスウェルの話を聞いたクラスメイト達の反応は大きくいくつかの種類に分かれた。
一つ目は聞きたいことだけ聞いた後は無反応を貫く無縫。一切表情に感情を滲ませずに事の成り行きを見守っている姿は、異世界に召喚されたという非常事態においては不気味に映る。
二つ目は……と言いつつ、これが大多数ではあるのだが、異世界に召喚されたというあまりにも非現実的な状況に困惑する者と、パグスウェルから「現時点で帰還は不可能である」と告げられて
まあ、これが最も普通な反応である。突然、見知らぬ土地に放り込まれ、元の世界に帰れないと告げられ、更に戦地に放り込まれると知れば誰だって
更に言えば、召喚された者達は召喚した側に生殺与奪を完全に握られてしまっている。土地勘もなければ、先立つものもない、そのような状況でルーグラン王国や白花神聖教会の力を借りずに果たして何日命を繋げられるだろうか? ……まあ、現時点でそこまで思い至っている者達の方が少数ではあるが。
三つ目はパグスウェル達の行いを非難すると共に、「自分達を元の世界へ帰還させなさい」と抗議する者である。
より具体的に言えば、時風燈里だ。他の者達と同様にこの状況に困惑し、内心ではかなり
自分がしっかりしなければならないと、怒りを露わにして断固としてパグスウェル達に抗議し、元の世界に帰還させようと動いたのである。……まあ、保護欲を掻き立てるような容姿のおかげで怖いという印象を受けるどころか、ほんわかした気持ちになってしまうのだが。
しかし、何も効果が無かったということはなく、上記の「現時点で帰還は不可能である」という情報を得ることはできた。燈里達にとっては絶望にも等しい言葉だが、実際には大きな収穫である。
そして、四つ目はこの絶望的な状況の中にも希望を見出す者だ。
「ここでパグスウェルさんに文句を言っても仕方がないことだ。それに、この世界の人々が存亡の危機にあることも紛うことなき事実なんだろう? それを知っていながら見捨てる? そのような選択、俺にはできない! それに、この地の人々を救うために俺達が召喚されたのなら、人々を救えば元の世界に戻してくれる可能性もあるのではないだろうか? パグスウェルさん、どうです?」
「……我々の力では片道切符ですが、エーデルワイス様のお力であれば世界を行き来する御業も可能かも知れません。寛大なエーデルワイス様であれば、救世主の願いを無下にはしますまい」
皆を鼓舞し、絶望に染まった生徒達に希望を与える者――即ち、獅子王春翔の言葉はクラスメイト達に活気と冷静さを取り戻させた。
彼のカリスマ性を遺憾なく発揮した言葉は多くの者達を戦争へと誘わせるものであった。「帰還のためならば魔族だって倒してやる!」、そんな意気込みが様々な場所から聞こえてくる。
それに、女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っていた。
春翔の言葉に、美雪や花凛――クラスの中心人物達も賛同する。断固として戦争に反対していた燈里の言葉など、最早届くことはない。
◆
そんな茶番を冷ややかに見つめる者がいた。
彼女は――波菜は春翔達のことも、燈里のことも、心の中で嘲笑する。――本質を見通せていない愚かな者達だと。
異世界に召喚された者達を、召喚した者達がどう見ているのか……使い勝手の良い駒、使い捨てにしても良い駒、そんなところだろう。
魔族との戦争で死んだところで自分達には何一つとしてデメリットはない。もし、運良く魔族を倒せたとしたら貴族子息や貴族令嬢、王女などをあてがってしまえばいい。要するに帰還したいという願望を別の願望へとすり替えて仕舞えば良いのだ。
領地や爵位を与えるなどして取り込んで飼い殺しにしてしまえばいい。更に王家の血縁の者と結ばれれば、その高い能力を王家に取り込むことができるため一石二鳥でもある。
制御が効かなければ、殺すという手段もある。適当な罪をでっち上げて殺すという方法を取れば、守るべき民衆が敵に回る。
罪のない民衆が扇動されて敵に回る――そのような状況ではどれだけチートな能力があっても十全な力は振るえなくなる。まあ、仮にそういったものを振り切ってしまっても、今度は化け物として討伐してしまえばいい。大義名分は彼らの方にあるのだから。
いや、そもそも邪魔になった勇者達を殺せる手段を用意しているという可能性もある。奴隷や人間爆弾――そういった倫理観皆無の運用を考えている可能性もないとは言い切れないだろう。
自国民では誹謗中傷を浴びるような作戦も、自分達と全く関係のない異世界人で運用してしまえば非難を向けられることはない。どこまで行っても所詮は他人事なのだから。
(……最も正しい選択はあの場で召喚を行った狂信者共を不意を突いて抹殺し、あの第二王女を脅して空間魔法を発動させることだったんだ。魔力が足りないのであれば命を生贄に捧げさせればいい。それでも足りないならば、この地の生きとし生ける人間達の命を捧げればいい。異世界に無関係な人々を召喚して戦争に放り込むような人間に人権などありはしないのだから)
瞼を閉じれば、浮かび上がるのは燃え上がる城。
かつて家族と切り離されて見知らぬ世界に召喚され、勇者として人々から讃えられつつも……実際は奴隷のように戦場で酷使され、いくつもの無辜な者達の命を奪わされ……そして、最後は自分の尊厳も何もかもぐちゃぐちゃに辱められて死ぬ筈だった
――その静かさはまるで、嵐の前のようだった。
◆
戦争参加の方針が決まった以上、無縫達も戦う術を学ぶ必要がある。
とはいえ、超人的な力を持つといっても元々は平和な生活にどっぷりと浸かってきた大日本皇国の高校生である。そのまま放り出されて「さあ、戦いに赴くが良い」と言われたところで魔物や魔族と戦うのは不可能だ。
流石にその点はパグスウェル達も織り込み済みのようだ。
山頂に大聖堂を有する神聖なる山――神山エーデンベルク。聖地であるこの山の麓にあるルーグラン王国が無縫達を迎え入れ、必要な戦闘訓練や武器を与え、衣食住を提供する準備を整えているらしい。まあ、第二王女が召喚に携わっている時点でルーグラン王国が勇者達を迎えないというのは不自然ではあるのだが……。
勿論、白花神聖教会とルーグラン王国も密接な関係にある。初代国王となったグランファレドも神の啓示を受けて国王となったという経緯があり、次代の国王が即位する際にも白花神聖教会の助言と承認が必要となるのだ。
更に、人類全体で言えば白花神聖教会の信仰率は八十パーセントほどだが、ルーグラン王国に限れば百パーセントである。現国王と現王妃も熱心な信徒として知られており、王権神授説によって教会の絶対性が保障されているという点を除いても白花神聖教会は強大な力を有していると言えるだろう。
大聖堂を出ると、外には荘厳な門が建っていた。凱旋門もかくやという美しい門ではあるのだが……その形は何故か正三角形を描いている。
どうやら、門というよりは神社の鳥居に近いものであるらしい。神山エーデンベルクそのものを模ったもので、これほど豪華なものは大聖堂の前と修験の道のスタート地点である地上の神殿の二箇所にあるのみだが、簡素なものは修験の道――つまり、登山道の目印としてかなりの数設置されているようである。……伏見稲荷の千本鳥居みたいなノリなのだろうか?
標高は約九千メートルと富士山どころか世界最高峰の
ちなみに、門の外には雲海が広がっており、そういった情報を抜きにしてもかなり標高が高いことが分かる。これほどの標高でありながら召喚された無縫達に一切高山病の兆候がないのは「魔法によって生活環境を整えているから」ということらしい。
どこか自慢げなパグスウェルに続くと、そこには柵に囲まれた巨大な舞台のようなものが見えてきた。
舞台の中心には魔法陣が描かれている。地上にある王宮まで移動する際に登山道ではなくこの舞台に向かったということは、この舞台は地上と大聖堂を行き来する乗り物ということなのだろう。どうやら、パグスウェルには到着早々無縫達に神山からの下山を強いるつもりは無かったようだ。
「それでは、皆様、地上に参りましょう。我らの信仰心に応え、道を切り拓きたまえ!」
パグスウェルが呪文を唱えると舞台は浮き上がり、ゆっくりと地上へと降りていった。
「宛らロープウェイね」
「遺跡の欠片で動く虹の石船みたいだな」
「……えっ?」
クラスメイト達が初めてみる魔法に興奮を隠せない中、花凛が現実世界の乗り物に当て嵌めて感想を口にすると、ほぼ同時に無縫も別の例えを口にした。
神作と言われる作品に登場する乗り物だったが、そもそも花凛がゲームをしないのか、将又、時代が少し古過ぎたのか全くネタが伝わらなかったらしい。
ほんの少しだけ、がっかりとした表情を見せる無縫だった。
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