【書き溜めにつき更新停止中】天衣無縫の勝負師は異世界と現実世界を駆け抜ける 〜珈琲とギャルブルをこよなく愛する狂人さんはクラス召喚に巻き込まれてしまったようです〜
「Hello gesso!」。――異世界へようこそ。
「Hello gesso!」。――異世界へようこそ。
――眩い光が天井のステンドグラスを虹色に輝かせる。
どうやら、その場所は大聖堂のような場所であったらしい。丸いステンドグラスを囲む天井も、聖堂を支える無数の柱も、周囲を取り囲む壁も、その全てに大理石が惜しみなく使われている。
無縫達はその聖堂の中心部――少し周囲より高い位置にある丸い舞台の上にいるようだった。
円形の舞台には幾何学模様の見たことのない魔法陣のようなものが描かれている。
台座の周りには祈りを捧げるような態勢を取る者達が三十人以上いるようだった。うち、一人を除いて高位の法衣を纏っており、残る一人は純白のドレスを身に纏うお姫様のような身なりをしていた。
淡い銀色の長い髪と、碧眼――明らかに東洋人風ではない見た目をしている。
「……異世界、召喚ッ!?」
未だ目を覚まさない者、目を覚ましてはいるものの状況を正しくできていない者――そういった者が大半の中、ただ一人だけ少ない状況から正しく自分達が置かれている状況を理解して行動に移す者がいた。
普段は余裕たっぷりで王子様然としている波菜は血走った瞳でお姫様のような少女……ではなく、この中で最も位の高そうな老人を睨め付けると、床を踏み抜くような勢いで肉薄しようとした。
しかし……。
「――ッ!?」
波菜の両手に収束しようとしていた光と闇のエネルギーが波菜以外の誰かに気づかれる前に四散する。
まるで金縛りにあったかのように全く身動きが取れなくなった波菜は犯人を察して睨め付ける……が、その犯人は小さく首を振った。
怒りに染まった表情が悔しさへと変わる。しかし、波菜に金縛りを掛けて高位聖職者である老人への奇襲を封じた者の思惑を察したのだろう。
最後には納得して武力行使を諦めた。
「……雲より降り注ぐ
無縫は大聖堂にデカデカと飾られた巨大な絵画に描かれた女神のような存在を一瞥し、推論を口にする。
オタク趣味とはほとんど縁が無いと公言していた無縫だが、既に自分達が置かれている状況は察しているようで、次のステップ――つまり、異世界召喚を行った者達の思惑の推測に移っているようだ。仮に知識のあるオタクでも実際に異世界召喚に巻き込まれてしまったならば動揺の一つもするものだが、無縫の様子は平時とあまり大差がないように見える。
「…………あっ、そういえば眠たかったんだっけ?」
突如、グラッと視界が霞み、無縫は割れそうに痛い頭を抑えて忌々しそうな顔をした。
「……時風先生」
「無縫君、起きていたんですね! 一体何が起きているのか先生さっぱり分からなくて、ど、どうすればいいんでしょう!!」
「ずっと忘れていたんですが、俺、眠かったみたいです。ということで、小一時間ほどここで寝るのでおやすみなさい」
「おやすみなさい? ……って、どんな図太い神経しているんですか!! ああっ、起きてとも言えないし、状況はさっぱり分かりませんし、一体どうしたら!?」
あたふたする燈里の声が遠ざかっていく。無縫はそのまま深い夢の中へと落ちていった。
◆
それから一時間が経過した。既に気絶していた面々も意識を取り戻し、残るは無縫を残すのみとなっている。
召喚した者達に状況を説明したい教皇のパグスウェルも、さてどうしたものかと頭を悩ませていた。
「……起きないね」
「……起きないわね」
美雪と花凛が交代で声を掛けても全く起きる気配がなかった。かといって、すやすやと無防備な寝顔を晒している無縫を無理矢理起こすのもなんだか申し訳なさそうである。
「……そろそろ、一時間半だ。寝る前にアラームをかけたみたいだけど、音が鳴っても目を覚まさない。随分とお疲れだったみたいだね」
「……ほとんどは自業自得だけど」
「とはいえ、流石に起きてもらわないと話が進まない。……美雪君、花凛君、無縫君の荷物のありかを知らないかい?」
「無縫君の荷物なら、確か……」
異世界召喚の際に教室にあった荷物も異世界に運ばれていた。
その荷物は聖職者達の手によって舞台上から運び出されて大聖堂の端に置かれている。
その中から美雪は目当てのものを運んできた。
「……いや、そちらではなく学校に置いていっていた方の荷物だよ。……ああ、確かこれだね」
共に転移したロッカーの中に置かれていた目当てのバッグを取り出すと波菜は一切躊躇なくバッグを開けて中身を取り出した。
中には陶器製のカップが一つと、封の切られていない二リットルペットボトル入りの水、そして電池式の電気ケトルとペーパードリップ式のコーヒーが七セット。他に非常食と思われるものなどが雑多に入っている。
「モカに、キリマンジャロ、ブルーマウンテンに……コピ・ルアクに、ブラック・アイボリー? 些か目を疑いたくなるものも混じっているけど、まあ、無難にモカでいいかな? カップを温めてから、お湯を戻して再び加熱、数回に分けてしっかりと抽出して……良い匂いだ。まあ、僕はコーヒーが嫌いなんだけどね」
パッケージに書かれていた説明通りにコーヒーを淹れ、湯気の立つカップを無縫の鼻先へと近づける。
「…………この匂いは……モカだね。……ああ、わざわざモーニングコーヒーを淹れてくれたのかい? それじゃあ、遠慮なく頂……」
その時、無縫はピクリと固まった。波菜のファン達から向けられる猛烈な嫉妬の視線……というか、ほとんど殺意に近いものを向けられた無縫は無言でバッグの中から紙コップを取り出し、真新しいコピ・ルアクのパックを開ける。
「それ、本当に飲むの? それに、このコーヒーはどうすればいいの?」という困惑の篭った波菜を無視して紙コップ入りの珈琲をググイと一気飲みした。
「やはり、寝起きの珈琲は素晴らしい。闇色の香りの珈琲を呷る検事さんほどではないけど、俺も珈琲は好きでね。やっぱり、これがないとシャッキリと目が覚めないな」
実に満足げな顔である。
一方、波菜の方はというと流石に嫌いな珈琲を飲むことはできず、飲みたそうに視線を向ける女子生徒達に「誰か飲みたい人はいるかな?」と聞き、猛烈な勢いでファン達に手を挙げられて若干引いていた。
◆
「ようこそ、ジェッソへ。勇者の皆様方。改めまして、私は白花神聖教会で
所変わって大聖堂の会議室。
無縫が目覚めたところで召喚された生徒達はパグスウェルにこの部屋へと案内された。
「申し遅れました。私はルーグラン王国の第二王女イリスフィア・ムーンライト・ルーグランと申します」
ちなみに、同行しているのはパグスウェルとイリスフィアの二人のみだ。他の者達とは大聖堂を出る時点で分かれている。
儀式の後始末に追われる者、一仕事を終えて持ち場に戻る者、様々だが無縫達の案内役の役目を負っていないという点だけは共通しているようだ。
「皆様はさぞかし混乱していることでしょう。まずは私の方から話をさせて頂き、その上で疑問にお答え致しましょう」
パグスウェルの話を簡単に要約すると、この世界――ジェッソでは人間と魔族という相容れない二つの種族が常時戦争状態で争っているらしい。
北一帯を支配する人間と南一帯を支配する魔族族、両者の力は拮抗していた……が、近年、魔族側が大きく力をつけてきている。
元々個々の能力が高い魔族に数の人間が対抗してきた形だが、その均衡は簡単に崩れ去るようなものであった。
それまでは実力が拮抗しているが故に大規模な戦争には発展しなかったが、その均衡が魔族有利な形で崩れ去ろうとしている。つまり、人間側が滅びの危機に瀕しているということだ。
「皆様方を召喚したのはエーデルワイス様です。全知全能の女神であり、我らが崇める唯一神であり、この世界を創られた創世の神であらせられる至高なる御方。恐らく、エーデルワイス様は悟られたのでしょう。――このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するために皆様を喚ばれたのです。召喚が実行される少し前に、エーデルワイス様より神託を賜りました、皆様方という救いを送ると。皆様方には是非その力を発揮し、エーデルワイス様の御意志の下、魔族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
どこか恍惚とした表情を浮かべてすっかり自分の世界に入ってしまっているパグスウェルに、申し訳ないんだか、申し訳なくないんだかよく分からない顔をした無縫が静かに手を挙げ……全く気づかれていないことを察したのか、ごほんと咳払いをした。
「いかがしましたか?」
「……その話、一部嘘が混ざっていますよね? 確かに、パグスウェル殿達に召喚の秘技を捧げたのも、召喚の前に神託を下したのも紛うことなき事実。しかし、皆様が崇める女神エーデルワイス……様が直接召喚を行った訳ではない。……まあ、非常に細かいことですが、実際はそういった流れだったのではありませんか?」
「えぇ、まあ、いずれにしても神の御業であることには違いありませんが……。ほう、そういえば貴方様はあまり驚いていらっしゃいませんでしたね」
「かつては神隠し……なんて呼ばれていたこともありましたか? まあ、実際に全く同じメカニズムで起きているかは定かではありませんが、近年、我々の故郷では人が突然消えるという奇妙な現象が発生しています。その根本の原因は空間の歪みと言われていますが、これについてはそもそも何故発生しているのか不明だそうです。この空間の歪みは、
「……ほぅ? ですが、その話は召喚とは全く関係ない話ではありませんか?」
「えぇ、明らかに別件です。
「えぇ、お察しの通り。いや、お見逸れいたしました! イリスフィア王女殿下は極めて珍しい空間に作用する魔法――空間魔法の適性を持つお方です。今回の術はイリスフィア王女殿下の力を我々の祈りで増幅することで完成したのですよ。ただし、神の御業であればそのような手間も必要無かったことでしょう。しかし、これは我々の問題――我々の手で救世主を呼び出すという試練を神はお与えになったのでしょう」
「……お答え頂きありがとうございます」
「謎は解けた。もう質問することはない」と言わんばかりに無縫はお礼を言って会話を断ち切った。
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