「異世界召喚されるまで四話も使うって流石に時間掛け過ぎなんじゃないかな?」ってクレームが来そう。

「今日も凄い活躍だったみたいだな! 魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス!」


「本当に絶世の美少女だよな! 可愛過ぎる!」


 決してフィクションではない――現実の魔法少女・・・・・・・の活躍を切り取った動画を動画サイトで見ていた二人の男子生徒の声が無縫と一博達の耳朶を打った。


 この大日本皇国という国が世界一安全と言われていたのも今は昔のこと。

 未曾有の大震災を経験し、時の首相が三都市機能分散計画を提言――かつての首都である東京都をそのまま維持し、かつて大阪府と呼ばれていた地を西京都、かつて愛知県と呼ばれていた地を中京都とし、三都に首都の機能を分散させると共に三都を結ぶ専用の交通網を敷設するという前代未聞の大改革を終えてからちょうど二年後のことであった。


 ――以前はファンタジーや特撮の世界にしか存在しないと思われていた者達が世界各地に出現するようになったのである。


 邪悪心界ノイズワールドという異界から現れたネガティブエネルギーの集合体であるネガティブノイズの侵攻、地底世界アンダグラウンドからの地底人襲来、通常では認識できない隣り合う世界が存在するもう一つの宇宙のような存在である虚界うつろかい――そこに浮かぶ惑星状の世界の一つで怪人製造を得意とする悪の秘密結社のような者達が国を治める独立国家であるロードガオンによる侵略活動。

 これら未曾有の外憂の出現に対抗するため、皮肉なことに当時、第三次世界大戦を引き起こしていた主要国は停戦協定を結ぶことになる訳だが……。


 各国はそれぞれ独自に対抗機関を設立、また、第三次世界大戦勃発により完全にその機能を停止していた国際連合も外界からの侵略者に対抗する機関を設立した。

 大日本皇国においても公にこそされていないが、上記の侵略者達や以前から存在した妖怪等の土着の脅威に対抗する新たな組織を神祇省、陰陽連、鬼斬機関、内務省が合同で設立――これが、紆余曲折を経て現在は内務省の管轄となっている。


 また、この秘密機関の設立と前後する時期にこれら存在に対抗する新たな勢力も活動を開始する。

 その勢力こそ、邪悪心界ノイズワールドと対立する光の国――魔法の世界フェアリマナに棲まう精霊が人間に力を与えることで生まれる魔法少女という存在だ。


 秘密裏に地底世界アンダグラウンドの穏健派から技術提供を受けた、内務省管轄の組織とは別の秘密機関が開発した特殊な装備を纏う戦隊ヒーローのようなグループ、陰陽連に所属する陰陽師達、武士の流れを色濃く受け継ぎ、鬼を狩ることで護国の礎となってきた鬼斬。

 これら戦力と比べても頭二つ抜きん出た活躍をしている彼女達だが、その中でも別格の存在として扱われるのが魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスである。


 群青の海の如き腰まで届く青い髪と蒼玉サファイアの如き澄んだ青の瞳を持つその絶世の美少女は、本人の強さとその容姿故に瞬く間に人気を集めるようになった。

 彼女の最大の特徴は、魔法少女の代名詞と言える固有魔法を一切使わずにこれら勢力と戦っており、未だに実力の底を見せていないことである。どこかの異界で手に入れたのか、現実世界では再現不能の魔力の篭った特殊な賽子を使った運ゲーを仕掛け、理不尽な出目でただでさえ強い魔法少女の身体能力を強化――そこから繰り出される徒手格闘でどんな敵も退ける。


 皆が思い浮かべる魔法少女の枠に収まりきらない特異性・意外性、これらも魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの人気を後押しする要因となっているのかもしれない。


「魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスねぇ。俺も好きだなぁ」


「……意外ですね。ああいうものに芦屋先生は興味がないと思っていました」


「まあ、世間一般が手の届かない人気アイドルのようにある種の信仰にも似た敬愛を寄せるとか……まあ、そういうのじゃねぇからな。容姿よりも、とにかく生き様がかっこいいと、そう俺は思うんだ。運に身を任せ、己の拳一つで敵を退ける。どんなにギャンブル精神に溢れる勝負師だって、敵を一掃できる力を与えられたならそっちに頼っちまうだろう? ……ギャンブルの本質ってのは、結局スリルさ。己が命を賭け金として、戦場に立って敵と戦う。死という名の絶対の敗北に晒されながら感じるスリルってのは、全財産を賭けて戦うスリルとはまた段階が違う。……といっても、所詮は俺の感情だ。実際に魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスがどう感じているかなんて、分からない。案外、俺の言うようなスリルを求めつつも決して得られない、哀れな奴なのかもしれないな」


 いつもの面倒臭そうな顔が嘘のように一博の顔が真剣味を帯びる。


「誹謗中傷も、賞賛も、所詮は他人の感情……って、俺の好きなゲームのあるキャラがそんなことを言っていたなぁ。……人気者はどうしたって様々な感情に晒される。嫉妬と、羨望……色々な感情の標的にされる。しかし、そんなのどうでもいいことだ。重要なのは、そいつが何を考えて何を選び取り、何を為すか。……まあ、個として我が道を貫く魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスには必要のない言葉だと思うけどなぁ。それじゃあ、弁当ご馳走様。俺は先に行くぜ!」


「……本当にいいゲームですよね。俺も尊敬する人が出てくるんですよ。勝負事に関して独自の美学を持つ勝負師ギャンブラーってかっこいいですよね。お口にあったようで何よりです。それでは、芦屋先生、また次の授業で――」


「……それ、随分昔のゲームだよな。やったことあるのか? 正直びっくりだぜ。それじゃあ、またな!」


 一博が椅子を片付けて教室を後にし、ふと廊下から教室を振り返った時、眩い光が無縫達のいる教室の床から放たれた。

 光が描く幾何学状の紋章――魔法陣と、非科学的な何かしらの力によって教室に閉じ込められた者達の阿鼻叫喚の声が一博の耳朶を打つ。


 その眩い輝きの中で、無縫が心の底から面倒臭そうな表情をしているのを一博は見逃さなかった。


「――廊下にいる生徒は急いで避難しろ! 内から外には出れないみたいだが、逆が不可能とは言い切れない! 下手すると巻き込まれるぞ!!」


 普段の昼行灯な姿はどこへやら、真剣味を帯びた表情で廊下にいた生徒達に急いでグラウンドへと避難するように指示を出す。

 眩い光は瞬く間に教室を塗り潰し……光が消えると、先ほどまで沢山の生徒達の姿があった教室から人影が全て消え失せていた。


「…………はぁ、クソ面倒くさい。だが、これも仕事か。たく、社畜は辛いぜ」


 人の気配が消えた廊下で徐にスマートフォンを取り出した一博は慣れない手つきで馴染みのない電話番号を入力する。


「お忙しいところ失礼します。庚澤無縫が通っている高校で教員をしている芦屋と申します。お伝えしなければならないことがありまして……内務省異界特異能力特務課で参事官を務めていらっしゃる内藤ないとう龍吾りゅうご殿にお繋ぎ頂けないでしょうか?」



 ――時は少し巻き戻る。


 無縫を昼食に誘い、遠回しに断られた美雪はドス黒いオーラを垂れ流しにしながら弁当を突いていた。

 そんな親友に呆れの視線を向けつつ、花凛もまた弁当を食べ進める。


 唯一、美雪達と昼食を摂りたかった春翔だけがご満悦な表情で美雪達に声を掛けながら昼食を食べていたが、美雪からは完全にいないものとして扱われていた。


「……美雪、芦屋先生に嫉妬の視線を向けるのはやめなさい。……でも、少し不思議よね。芦屋先生って無縫君とかなり親しいみたいだけど、どこで仲良くなったのかしら? 学校ではあんまり話している様子もないし」


 実のところ最も無縫について知っている美雪ですら、彼のプライベートについては何も分かっていないのである。

 幾度となく美雪が尾行をしようとしてすぐにも撒かれてしまい、彼がどこで暮らしているのか、どんな生活をしているのか、そういった学校以外での庚澤無縫の姿を知ることはできていないのだ。


 同居人と暮らしているという情報すらも今日になって初めて知った。母子家庭であるという情報も同様である。

 無縫が高校一年生の夏という奇妙な時期に編入する以前の彼がどういった人生を送ってきたのかを知る者は本当に校内にどれほどいるのだろうか?


 少なくとも一博は美雪の知らない無縫の過去を知っているのだろう。それが美雪には妬ましく感じられた。


「……しかし、芦屋先生も豪胆よね。人気のある燈里ちゃんをあそこまでぞんざいに扱える人なんてそうそういないでしょう」


「……本当に仲良いなぁ、無縫君と芦屋先生」


「美雪、あんな奴のこと放っておけばいいじゃないか」


「……なんで? 私が無縫君に視線を向けていても春翔君には関係ないよね?」


 若干天然の入った(という域を通り越して、最早ただの空気が読めないだけという気がしないでもない)美雪の混じりっけなし純度百パーセントの意見が春翔に突き刺さる。

 まあ、春翔の方も鋼のメンタルを持っているため全くダメージを受けていない訳だが。


 「これだけフラれても諦めないって、本当に凄いメンタルをしているわよね」と花凛は人知れず溜息を吐いた。


「魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス……やっぱり、ああいう可愛い子のことが無縫君も好きなのかな?」


 既に美雪ですら本来ならば高嶺の花である。通常ならば嫉妬を向けるような同性などいる筈がないのだが、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスはやはり別格である。

 少なくとも容姿という一点では絶対に勝ることができない難敵に美雪は頭を悩ませる。


「当の本人はあんまり話題に食いついていないみたいよ……って聞いていないわね」


 すっかり思考を彼方に飛ばしている美雪に、「本当にしょうがない子だわ」と苦笑いを浮かべる花凛だった。

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