第5話 エルフは高飛車だった

 

 すぐさま全員、練兵場らしき場所に移動し始める。

 バシリスさんは僕らの勝負を見届けてから出発するようだ。


「お、おいチュール、勝てるのか?」


 困惑顔のアスタさんが駆け寄り、僕に並んだ。

 どうやら出発の準備は整ったようで、心配なのか、頭を数回叩かれる。


「どうでしょう……わかりません。アスタさんこそ……体は大丈夫ですか?」

「ああ、私は頑健だ。大佐から手加減もしてもらったしな」


「あれで手加減?! ……そうだ、アスタさん、エレナさんとイライザさんの性格をざっくり教えてもらえますか?」


「性格? んー、そうだなエレナ伍長は傲慢で高飛車なクソエルフで、とびきり嫌われている」

「嫌っているってアスタさんがですよね……?」


「な、なぜわかったのだ!」


 主観が入りまくって参考にならない。


「……それにな、長寿のせいだろう。私と同じで融通が利かないし変化を嫌う。覚えとくがいい小童こわっぱよ」


 助言にみえて自分を落とす。かわらず器用な人だ。


「次にイライザ軍曹だが、接近戦闘は私と互角。百回やって二十回は勝てるがな」


 互角の意味分かってないよね?


「戦闘のセンスもずば抜けているのだが……」

「だが?」


「絶対に言うなよ? ……軍曹は……その……感度がいい。それに独り〇〇が好きだ」

「は?」


「よく乳首は立っているし、部隊で回ってくる”おかず本”が無くなるのは彼女か私のどちらかだ」

「……」


「おっと、おしゃべりはここまで。貴様は……私のしかばねを越えたのだ。接戦を期待するぞ!」


 いつ屍になった。

 

 彼女はもしかして相当有益な情報をくれたのではないだろうか。



 もう射撃場に着いてしまう。


 五十メートルほど先に的が並んでいる。

 バシリスさんが手を挙げると皆がよけ、射線がざっと開けた。


「まずは弓矢だったな。チュール殿、どう決着をつける?」


「で、では、どちらが先に十枚の的のに当てるか、はいかがでしょうか? 当然すべて中心にですが」

「精度と速さか。……エレナどうだ?」


「速射は得意射ちのひとつですわ。ほんとうによろしいですの?」

「僕は構いません」


「よし、弓矢を渡せ」


 的はそれぞれ十枚。

 弓矢は同じトリネコと魔物の腱を使ったコンジットボウ。

 僕でもなんなく扱える。

 一度試し打ちをさせてもらったが問題なさそうだ。


「おい、あいつの試し射ち、的にすら掠ってないぞ。エレナ、楽勝だな」

「当然ですわ。御気の毒に」


 振り返ると準備の終わったエスタさんが心配そうにこちらをみている。

 エレナさんにみえるようにわざとらしく手を振ってこたえた。


「あら、あの黒エルフと仲がいいのね」

「もちろんです。スタイルもいいし、面白いですし、本当にいい人ですね」


 エレナさんの顔が歪む。

 お互い嫌い合っているようだ。


 矢筒を渡されると腰に巻き、狩人のように構えた。


「構えはいっちょ前ですのね」

「構えだけじゃありませんよ。教えて差し上げましょうか?」


「はぁ?! このクソガキが!」

「おっと、始まりますよ」


 バシリスさんの合図を待つ。

 深呼吸し、鼓動が一定になる。

 

「はじめ!」

 

 シュ トッ

 エレナさんが慌てて矢を放つ。

 引き絞り、射つ。

 少し動揺しているが正確に射貫いているようだ。


「あははは! あいつビビッてんのか、一発も射ってねぇぞ」


 うしろからイライザさんが煽ってくるが、そのとおり僕はまだ一矢も放っていない。

 こうしているうちにエレナさんは四枚目を射抜いていた。


「さて。ふう」


 僕は矢筒から三本を引き抜くと横手に持ち替え、少し持ち上げて撃ちこんだ。


 シュッシュ


 矢は放物線を描き、それぞれの的の中心に浅く刺さる。

 この勝負、威力は求められていない。

 そして二射目。

 また三本。すべてど真ん中に命中していた。

 僕は無詠唱の風魔法で矢を調整している。外れるはずがない。



「な、なんですって?!」


 そして三射目で九枚。エレナさんはまだ八枚目だった。


 彼女は慌てている。


「くっ!」


 僕が最後の矢を放つのと彼女の九枚目は同時だった。

 彼女が外す。すでに僕は終わっている。

 勝負あり。

 

「そこまで!」


 悔しそうにうなだれ、彼女は怒りで震えている。

 弱点はステータス、アスタさんの助言にあった。


 名前 :エレナ・バーミキュラ

 種族 :エルフ

 年齢 :223歳

 職業 :軍人

 階級 :伍長コーポラル

 適職 :生産者/園芸家/酪農家

 婚姻 :ナシ(未通)

 ギフト:“育む手”

 強み :規律を守ること、精霊魔法

 弱み :変則、不規則なこと

 HP/250 MP/640

 STR/67

 VIT/42

 INT/81

 DEX/76

 AGI/92

 LUK/44

 ERO/61

 love/♡♡♡♡♡

 B79-W53-H81


 他者を圧倒しているのはAGI(素早さ)だ。

 おそらく変則的な戦闘などが苦手のため、今までは早期に決着をつけてきたのだろう。

 LUK(運)も低く、最後の緊張状態で的を外すと読んだが、その通りになった。

 僕の生意気な態度やアスタさんとのやりとりも彼女には効いたはずだ。



「続いて魔法勝負だな。私としては威力を見たいが、どうだ?」

「威力……ですか。ではあの畑の奥にどちらが大きな穴を地面にあけるか、はいかがでしょうか」


「なるほど。単純で面白い。よし、エレナどうだ?」

「……くっ、か、構いませんわ」


「よしエレナからだ」


 バシリスさんは口角を上げた。

 彼女の欠点をしっており、僕がそれを突いていることを分かっている顔だ。


 彼女は構わないといったが、実際は構わなくない。エルフは魔法を貴ぶ。

 地面に穴をあけるような雑な使い方を嫌い、下手をすると侮蔑ぶべつでしかないのだ。

 僕はEランクの依頼でよく掘削さっくつや穴ほりなど仕事を頼まれているため、慣れている。

 やったことがないエレナさんは、すでに敗者。痛々しいほど威力のない魔法を放つ。周りからもため息が漏れた。


 次は僕の番だ。


「エッジ・オブ・グランドファイア」


 ちょっと恥ずかしいけど、得意の魔法を唱える。

 口に出したのはあとあと怪しまれないため。伝統と格式を貴ぶエレナさんには僕のオリジナル適当魔法は耐えがたい屈辱だろう。これで完全に折れたはずだ。


 ゴワワワワワガガガガ!


 直系二十メートル、深さ十メートルほどの寸胴型に地面をほり、崩れないように土を焼き圧縮。

 

 勝負あり。



「「「おおおお!」」」

「くっ!」


「勝者、チュール殿!」


 ふら付くエレナさんはぐらりと膝を折りそうになり、いそいで腰に手を回す。


「大丈夫ですか?!」

「離れなさい! ……この私が……負けた」


 僕の手を振りほどく力は弱弱しく、赤い耳がピクピクと動く。


「やったなチュール!」


 空気を読まないアスタさんが僕に抱き着いてきた。


「アスタ! まさかあなたが助言を……この裏切者!」

「裏切り? お得意の弓矢と魔法で負けたのはどっちだ? くくく」


「はぁ? エルフ界の面汚しのあなたに言われたくありませんわ!」

「貧乳貧相な貴様にいわれもなんとも思わんわ。育ってから出直してこい! ははは!」


 下士官のエルフに対する罵声が流暢すぎる。

 アスタさんはやっぱり器用な人だ。

 

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