テンツク

@nidaimesaijirou

お囃子好き女子高生がお囃子部を作ったら・・・

第1章: お囃子への憧れ


・ 町の祭りと幼少期の出会い


・ 新たな仲間、メイとの出会い


・ お囃子愛好者の中での葛藤


・ 地味な先生の登場


第2章: お囃子部の立ち上げ


・ 響のワクワク


・仲間たちの勧誘と反応


・ お囃子部の名前と活動開始


・ 困難への挑戦


第3章: 町のお囃子団体の反発


・5人目が来る


・ 始まりのはじまり


・努力は無駄にならない


・ がっかりのち笑顔


第4章: 町の変わり者の応援


・変わり者のテンツク部屋


・ 緊張の初ライブ


・ 学校の噂と街の噂


・話題の先に


第5章: 発信は街を越え


・ 野外フェスのオファー


・ 注目度の上昇と街の声援


・ 更なる進化


・ 勇気とユーキ


第6章: 団結の力


・ やる気の証


・お囃子からエンタメへ


・ 踊りとダンス


第7章: 野老サマーフェス


・ はじめての夏休み


・全力少年少女


・あと一週間


・ お囃子バンド見参


第8章: 街のシンボル


・ お祭りの起源と伝統


・ 大人たちの挑戦


・ 話題作り


・ 街と一緒に


第9章: 奥武蔵大祭


・いざ大祭


・ 今年も晴天なり


・ 突然テレビ!


・ 夜の大祭


第10章:祭りのあと


・ 週明けの朝


・ 脱力感


・ 大人のお仕事


・ 新たなる出発


第11章: お囃子は電波に乗って


・ 特集番組


・ 作戦会議始まる


・ 撮影順調なり


・ 体育館の熱狂


第12章:未来に向かって


・テレビの人?


・舞の悩み


・特別講師


・友達パワー


・新しい春に








第1章: お囃子への憧れ


・町の祭りと幼少期の出会い


埼玉県西部に位置する奥武蔵市。




人口8万人、都心から電車で45分ほどの決して大きくはない町。駅前は見慣れたチェーン店や飲食店やスーパーマーケットなど生活に不便ではないが車で10分も走れば風光明媚な山々に囲まれた自然豊かな場所として近年は山登りやキャンプを楽しむ人には知られるようになっていた。




そんな郊外の街外れの集落で育った少女、石川響。彼女は、毎年春に行われる地元の神社のお祭りが幼少期から大好きだった。小学生になるとすぐにお祭りの時に山車の上でお囃子を演奏する団体「下郷囃子連」に入会した。


 


「下郷囃子連」は100年続く歴史を誇る囃子連ではあるが市街地からは距離のある集落ということもあり近年は長老たちが中心で若者の会員は極端に少なく、響が通う小学校も1学年10人に満たない状態で子供の会員も数名といった寂しい会となっていた。


 


ただ、春に行われる地元の下郷神社の例大祭では山車を曳き回し多くの手料理や酒を用意し集落を上げて行っていた。




晴れて囃子連会員となった響は欠かさず練習に足を運び、家に帰ってもお箸で茶碗をたたいたりするほどお囃子にのめりこんでいった。


そんな小学生になった響が衝撃を受けたのは市最大のイベントであり秋の風物詩である「奥武蔵大祭」




奥武蔵大祭は11月の第一土曜と日曜日に市街地で行われるお祭りで毎年15万人が訪れるイベントとなっている。各町内11台の山車が曳き回され山車の上では江戸囃子の流れをくむお囃子(締め太鼓2人、大太鼓1人、鉦1人、篠笛1人の編成で俗に5人囃子とも称される)が演奏され、その演奏に合わせ獅子舞やひょっとこ、オカメなどのお面をつけ、きらびやかな衣装を着た踊りが披露される。また、その継承はすべて口伝(又は口伝を起こした口伝書)で伝えられていた。笛であればピーヒャラ、太鼓であればテンツクといった具合である。そのことから俗にお囃子をテンツクと呼ぶことも多かった。




「下郷囃子連」などの街外れの囃子連は用意された仮設のヤグラで「居囃子」と呼ばれる形で参加していた。地元のお祭りとは大違いの賑やかさ、屋台のソースの香り、街中の囃子連たちの山車の上での演奏。どれも魅力的でキラキラした時間に感じた。


響きも覚えたてのお囃子を小さな手で太鼓をたたいたり、音が出るようになったばかりの笛を吹いたりして体中でお祭りを楽しんだ。その後も祭りの季節が近づくと、響の心はわくわくと高鳴り、お囃子への情熱は日に日に増していくこととなった。




はじめての「奥武蔵大祭」の翌月の練習会。響はいてもたってもいられず練習場所となっている自治会館に10分前にはやってきて縁側で笛を吹いて会館が空くのを待っていた。


「ずいぶん待ったかい響ちゃん」そういって現れたのは囃子連会長で熱心な響にはじめての笛をプレゼントしてくれた文ジイこと久田文二だった。


響は目をキラキラさせて「文ジイ!街のお祭りは本当に本当にすごかったよ。私もっとうまくなってテンツクで有名になるんだ」




「おおそうか。響ちゃんは本当にテンツクが大好きなんじゃな。大丈夫。ジイも応援するよ」文二はいつも優しくニコニコした小柄なおじいさんなのだがお祭りの文化に詳しく地域の芸能に関して講演を頼まれるほどであった。響もお祭りのことは何でも文二になんでも質問して教わっていた。


その話は響にとって常に興味深くお祭りへの思いをより熱くするものだった。




そんな響の姿は片田舎で細々と大好きなお囃子を続けてきた文二にとって、未来のお囃子の可能性を感じさせる存在だった。




この町の祭りとお囃子の舞台裏で織りなされるこのストーリー、響と文二の出会いが、物語のきっかけとなった。




・新たな仲間、メイとの出会い


 お囃子と出会ってから9年に時間が過ぎ、地元の公立高校に入学も決まった。桜が満開を迎えた4月、真新しい制服姿の響は同級生が10人程度しかいなかった小中学校の時とは打って変って300人の同級生に囲まれる学校生活が始まり持ち前の人見知りも手伝いなじめずに休み時間になると人気のない屋上に上がり大好きな笛を吹いている一見変わった女子高生となっていた。




「あれ?何で?」メイは聞き覚えのあるその音のする方に走り出していた。


校舎の階段をのぼり屋上に着くと制服姿の女子が大人顔負けの音色を篠笛を奏でていた。子供の頃から続けているお囃子ではあるがこんな笛の音は聞いたことがない。それほどの強くしなやかな笛の音をしばらく後ろからひっそり聞いていた。




「あっ、迷惑だったかなぁ」さっきまで気持ち良さそうに吹いていた笛を隠しながら振り向いた響が声を掛けた。罰がわるそうな響にメイは


「すごいね!こんな笛が上手な人初めて。私は1年B組の池畑メイ。子供の頃からお祭りやってて笛の音が聞こえたから黙って聞かせてもらってたんだ。本当にすごいよ」


メイは一方的に自己紹介をした。だがその挨拶は人見知りの響にとっては初対面の照れを隠すには充分だった。




「あっ、私は隣のC組の石川響。私もお祭りが大好きで小1から続けてるの。でも街外れの下郷囃子連だからおなじくらいの年の子は居なくて…」


2人は通う「奥武蔵高校」は市街地にある県立高校。市内から通う生徒が大半だった。


隣のクラスのお囃子好き女子は仲良くなるのに時間はかからなかった。




「ねぇ。響ちゃんはなんでそんなに上手なの?」


「うまいかどうかはわからないけど大好き。うちの囃子連はおじいちゃん達と小学生しか居ないから地元のお祭りだとずっと山車に乗りっぱなしなの。だから自然といっぱいやることになっちゃって。でも、そのおかげで更にテンツクが大好きになったんだ。だから将来は和楽器のプロになろうと思ってて…おかしいかな?」


両親と地元囃子連の長老である文二以外に初めてこの想いを伝えた響はいつもの照れ臭そうな顔でメイを見ていた。




「かっこいい!わたしファン第一号になる。」メイは力強く響の肩をつかんだ。


つづけて「そうだ。私、中学からの同級生でお囃子やってる人、他にも知ってるから響ちゃんに紹介してあげる」そういうと響の腕をつかみ一年生の教室がある3階に引っ張っていった。




「大ニュース!大ニュース!」メイは響を連れて自分のクラスに駆け込んだ。


「はいはい。今度はなんですか?」あきれたような声で振り返ったのは同じ年とは思えないほど大人びた石田茜音だった。茜音はメイと近所で幼馴染。同じ本町囃子連で子供のころから一緒にお囃子をつづけていた。


「茜音ぇこの子すごいの。下郷でお囃子やってるんだって。メチャクチャうまいんだから」


「へぇそうなんだ」と、さほど興味があるように聞こえない返事にびくびくしながら


「C組の石川響です・・・」というと「私、石田茜音。メイとは幼馴染。お囃子も好きだけど趣味はギター。軽音入ってバンドやろうと思ってるんだ。よろしくね」と茜音は右手を差し出した。思ったより力強い握手をしながら自分とタイプの違う茜音に驚きもあったが興味も沸いた。




・ お囃子好きの葛藤


「ねえねえどうせだったら同級生で一緒にお囃子やりたいよぉ」屈託のないメイの声が学校帰りのフードコートに響いていた。


「違う囃子連で一緒にってどこでやるのよ」茜音の意見はいつも冷静だ。


「学校の文化祭とかさぁ。他の子も誘えばお囃子も踊りも揃うんじゃない」


メイは楽しいことを思いつくといつもこうだった。


向かいに座って静かにしていた響きが口を開いた「あのぉお囃子って部活にできないかなぁ」


ポテトを加えたままメイと茜音はしばらく響きを見つめて数秒後同時に大声をあげた「それだぁ!」




 なるほどこの響の提案は的を得ていた。古いしきたりが多く残る郊外の街で他の囃子連と一緒にお囃子を演奏することなど聞いたことがなかった。また、町内ごとに特徴もあったり微妙にアレンジされていたりと一緒に演奏するとなると乗り越えなければならないことは多くあった。ただし、部活動という形なら各囃子連という垣根を気にせず認められれば堂々と学内で練習や発表することも可能になるだろう。




そうなると高校生の情熱は思った以上に熱い。こうして翌日から3人は部員集めに奔走することになった。




まず向かったのは隣の町内に住む崎山舞のところだ。舞は八幡町囃子連でお祭りに参加しているメイと茜音の同級生。眼鏡をかけいかにも真面目そうな大人しい子だ。




「舞。今度【お囃子部】作ろうと思ってるんだ。一緒にやろうよ!」メイは満面の笑顔で舞に伝えた。「お囃子部???」不思議そうな表情の舞。その顔もしばらくすると伏し目がちになり「でも・・・ウチの囃子連に聞いてみないと」




八幡町囃子連は市内でも大所帯の囃子連で歴史も古く昔ながらのルールも多いことで有名だ。高校生の舞にもそのことはわかっていてすぐに返事はできないようだった。


雰囲気を感じ取った茜音が「舞わかったよ。相談してみて。待ってるから」


メイは納得いかない表情だったが、一旦、3人は教室をあとにした。




「いろいろあるんだね。何か余計な事言っちゃたかなぁ」純朴な響は不思議そうな顔を浮かべると


「まぁ、ウチの囃子連が自由すぎるんだよね。いきなり壁にあたったなぁ」茜音がポツンと言った。しばらく3人は顔を見合わせ難しい顔をしていた。




考え込んでいる3人の沈黙を破ったのはメイの開き直った言葉だった「考えててもしょうがないじゃん。こうなったら困ったときの光だのみっと」そう言ってが顔を上げると目が合った茜音も「なるほど、その手があったか」と相槌を打った。




何のことかわからない響きを尻目にメイは今までの経緯を長文で誰かに送っていた。その長文のメールの返事は10秒もしないうちに「OK!」と返ってきた。


返事の主はメイたちと同じ本町囃子連の同じ年の月岡光だった。光は別の高校に通っている。学校帰りにいつものフードコートに集まり作戦会議の約束をとりつけた。




放課後の3人はフードコートに着くと明るい色の髪に派手な格好をした女性が手を振ってきた。


「こっちこっち」


「ヒカリンはやかったねぇ」メイがいつもの笑顔で駆け寄った。


「私ぃ・・・」響が話し始めると「あっ響ちゃんね。メイから聞いてるよ。プロ目指してるメチャメチャうまい子だってねえ。サイコーだね」光が話しかけてきた。光は自由な校風で知られる都内屈指の進学校に通っている同じ年の本町囃子連のメンバーだった。




「早速やりますか」茜音が切り出すと光はスマホのメモを見ながら


「地元のお囃子を違う囃子連で一緒になってやるってのは反対あるかもね・・・


大人のことを気にして入部しづらい子もいるのはわかる」光はつづけて


「響ちゃん。その笛でお囃子以外の曲って吹けるの?」


唐突な質問に一瞬言葉が詰まった。


「えぇと仁馬(お囃子の曲目、最初に教わることが多いスタンダードな曲)吹いてるときに『村まつり』をはさんだりは文ジイに言われてやったこと有るけど・・・」


それを聞いた茜音と光は顔を見合わせニヤリとして「やってみますか!」と声をそろえた。


響きとメイは二人の考えていることがわからず首をかしげていた。




どうやら二人の考えは地元のお囃子を他の囃子連の人達が集まり演奏するのは大人たちの反感を買いやすいので『お囃子部』ではみんなが知っている曲をお囃子で演奏することを目的にしてしまえば怒りようがないということらしい。


響の腕ならそれができるのではないかと考えた戦略家の光のアイデアであった。




「メチャメチャ楽しそう」メイははしゃぎ、響は新しい挑戦にワクワクした。


「太鼓の編曲は茜音ができるでしょ?」光は茜音が趣味のギターで作曲をしていることもわかっていた。「まかせなさい」茜音は髪をかき上げながら目を見開いた。




「でも・・・それで大人の人たちはホントに大丈夫なの?」突飛な発想に響は不安も感じていた。


「それなら心配ご無用」光は胸をたたいた。「ここまで荒唐無稽なら使えるオヤジがいるから」響はキョトンしていたが、それを聞いたメイと茜音は大笑いしていた。




「さぁて、あとは顧問は決まってるの?」光はつづけた。


「顧問???」顔を見合わせる3人。


「当たり前でしょ!顧問がいなきゃ部活なんて学校がOKするわけないでしょ。まったく。ここまで考えたんだから顧問くらいあんた達で探してきな。」




・ 地味な先生の登場


 確かに必要な事とはいえ、入学したての3人にとって顔もあまりわからない先生に新しい部活の顧問になって欲しいとお願いすることは相当なハードルだった。


担任の先生や授業を教わっている各教科の先生など片っ端からお願いしてみたが既存の部活動の顧問をしていたり、そもそもお囃子について分からないからと断られつづけた。




 3人は途方に暮れて校庭の朝礼台にすわりうなだれていた。すると


「あのぅ・・・」と後ろから突然声を掛けられ振り返るとそこには小太りで分厚いレンズの眼鏡をかけたうっすら見覚えがある男性が立っていた。


「もしかして、ココの先生ですか?」思い切って茜音が聞いてみるとその男性は


「あっ、そうだね。一年生じゃ知らないよね。僕は3年生の物理を教えてる吉本って言います。」


「はぁ。でその物理の先生が何か?」目をぱちくりさせながらメイが聞いてみると。


「いやぁ、お囃子で新しい部活を作りたがってる子たちがいるって聞いて・・・もし決まってなければ僕が顧問になれないかと思ったから。」




 3人は朝礼台から飛び降り吉本に駆け寄った。


「先生!ありがとう。よろしくおねがいします。」そう言うと膝に頭がつきそうなほどのお辞儀をした。




 吉本は現在、見た目はさえない中年男性ではあったが学生時代バンドでプロデビュー直前までいくほど活躍していたらしく、お囃子でいろんな曲に挑戦しようとしている子たちが新しい部を作りたいと言ってきたという他の先生の話を聞き昔を思い出して応援したい気持ちになったのだ。




 一つの関門を突破した3人。しかし部員の確保をはじめまだまだ残された課題は山積みである。




第2章: お囃子部の立ち上げ


・ 響のワクワク


 月初めの週末、下郷囃子連は練習日になっていた。響は誰よりも早く自治会館に向かい縁側で笛を吹いていた。しばらくすると小走りに文二がカギを開けにやってきた。響を見つけると「やぁ響ちゃん。今日はいつもより遠くから笛の音が聞こえてきたんで走ってきたんだ。なんかいいことでもあったんか?」




「文ジイさすが響のこと何でもわかっちゃうんだね。高校の同級生の本町囃子連の子と仲良くなって・・・」響きは会館に入ると太鼓を準備しながら文二に今月あった出来事の一部始終を熱っぽく話した。




「でも・・・他の町内の子も誘ったんだけどなかなかメンバーが集まらなくて」響は急にうつむき声が小さくなると文二は


「新しいことをやろうとするときは全部が順調なんてことはないさ。でも響ちゃんのテンツクが大好きっていう気持ちがあれば乗り切れないことはないさ。そうとなったら練習しようかのぉ。なにせ響ちゃんが『お囃子部』のエースなんだからなぁ」


「うん!」理由はないが文二に励まされると大丈夫な気がしてきた響はいつものように夢中になって練習に打ち込んだ。




・ 仲間たちの勧誘と反応


 舞は悩んでいた。おとなしい性格の舞にとってお囃子は人前で自分を表現する数少ない場所であり、お囃子をやっているときの自分がとても好きだった。ただ、メイたちのいる本町囃子連は他の町内からはお囃子の技術や踊りの演技について評価が高い一方「テンツクマニア」とか「変わり者の集まり」と大人が話しているのをよく聞いていたので一緒にやることに興味はあっても踏み切れずにいた。




 茜音には相談してみてと言われたがいざとなると自分の囃子連の大人たちにうまく説明できる自信もなかった。




 八幡町囃子連の練習日、いつものように太鼓をたたく舞の姿があった。練習場のステージに同年代のメンバーで一通りの曲目を演奏し、大人のメンバーが腕を組んで聞いていた。


音の大きさ、テンポなど厳しく注意されることも多かったが、お祭り当日に多くの人前で演奏する感動を思い懸命に今までも練習してきた。


「舞も高校生になってずいぶんうまくなってきたなぁ。このままいけば次の大祭には大人にまじっても大丈夫かもなぁ」


珍しく大人に褒められ、舞は素直にうれしかった。その分、学校での出来事は大人たちには相談できなかった。




響、メイ、茜音はメンバー探しに奔走していた。そんな3人の前を一人の男子生徒が通り過ぎた。阪本勇気だ。勇気もメイたちの小学校からの同級生で山手町囃子連でお囃子を続けている。気弱な性格で頼まれると断れないタイプだった。


「いたぁ!」メイは後ろから勇気の肩をたたき勇気の振り返りざまに


「今度『お囃子部』作るから勇気もメンバーにするからよろしくね」


「え、えぇ」勇気は面食らったように驚いたがしばらく黙ったあと


「わかったよ。でも何すればいいの?」メイの勢いに押されて受け入れたのだった。




「あとは舞が入ってくれればなぁ・・・」


五人囃子と言われるくらいなので最低でも5人が必要である。3人は窓から見える奥武蔵の街を眺めながら舞の返事を待つことにした。




・ お囃子部の名前と活動開始


そんなメンバーの元に顧問となった吉本から嬉しい知らせが入った。学校から許可が下りたとの報告だった。ただし、実績ができるまで部費を伴わない同好会という形での許可であった。それでも活動の許可が早々に下りたことは嬉しい結果だ。吉本はそれに加えてあまり普段使っていなかった自身が管理担当している「物理準備室」を放課後の活動拠点として使えるようにも掛け合ってくれた。


「これで学校でお囃子ができるぞ」吉本は普段あまり見せない笑顔をみんなに見せながらこのことを伝えた。


「で、名前はどうするんだい?」吉本はつづけた。


「お囃子部・・・あっ同好会だからお囃子同好会かなぁ」茜音はピンとこない表情だった。


するとメイが「テンツクだよテンツク!響ちゃんいつもお囃子のことテンツクっていってるじゃない。私んトコでもおじさんたちはみんなお囃子のことテンツクって言ってるしテンツクがいいって『テンツク同好会』に決まり!」


「メイ、たまにはいいアイデア出すじゃん『テンツク同好会』賛成!」メイの意見に茜音も賛同し響にも聞いてきた。「響はどう?」


「テンツク同好会かぁ。いいね。楽しそう!」満面の笑みで返した。


勇気には誰も聞いてはいなかったが3人の後ろに立ちニコニコしながら大きくうなづいていた。


「奥武蔵高校テンツク部」高校生たちの冒険のはじまりだった。




・ 困難への挑戦


その日の放課後、例のフードコートにメンバー4人と光の姿があった。


4人はここまでの成り行きを光に伝えると


「実は頑張った皆さんにプレゼントがありまぁす」もったいぶる光にメイが


「何なんなのヒカリン。早く教えてよぉ」


「まぁまぁ焦りなさんな。なんとうちのオヤジに言って太鼓一式用意してもらいましたぁ。もちろん中古の代物だけどね。でもちゃんと音も確認済みでぇす。」


「すごい!本当にいいの?」響は興奮気味に聞いた。


「さすが辰ちゃん。いいとこあるねぇ」茜音が光を指さしながら笑った。


「響ちゃん、辰ちゃんおじさんはヒカリンのお父さんでウチの会長なの。ヒカリンの家はお囃子屋敷で何セットも太鼓やお面があるんだからぁ」メイが続けた。


「もちろん。この話したら2つ返事で『いくらでも応援したる』って掛かり気味だったよ。使えるもんは何でも使いましょうということで。そうとなったら勇気!運ぶのがんばってね!」


光のご指名を受けた勇気は「あっ、うん」と小さな声で答えた。もちろんに反対する理由も立場も無かった。




こうしてまた一つ困難をクリアした。響は文二が言っていた「テンツクが大好きっていう気持ちがあれば乗り切れないことはないさ。」という言葉を思い出していた。




第3章: 町のお囃子団体の反発


・5人目が来る


中古ながら用意された道具は翌日に借りてきたリアカーで学校に運び込み(当然、勇気がリヤカーを引っ張っていた)物理準備室で広げた4人は古びた太鼓を眺めながらこれからはじまる出来事に期待を膨らませ笑顔で話をしていた。


すると廊下を走る靴音が部屋の前でぴたっと止まり勢いよくドアが開かれた。


ドアの向こうに立っていたのは舞だった。


「舞」「舞ちゃん」驚いた4人は真っ赤な顔で立っている舞の姿に驚かされた。


「あのぉ、えっとぉ」なかなか言い出せない舞に茜音が「やっぱ難しそう・・・」と言いかけると「大丈夫だって。会長が大丈夫だって言ってくれたの!わたしも一緒にやらせて」


5人のメンバーが集まった瞬間だった。




実は昨晩、八幡町囃子連の会長のところに一本の電話がかかってきた。電話の先は別の囃子連の長老からであった。内容は地元の高校生がお囃子を盛り上げようと学校内でお囃子を部活にする運動をしているので協力してやって欲しいとのことであった。街のお祭り関係者でその長老のいうことに逆らえるものなどいなかった。


「わかりました」八幡町囃子連会長は一言だけ答えて電話を切った。




「なんでかわからないんだけど会長から連絡があって学校でお囃子やりたいなら自由にしていいぞって。まだ相談もしてなかったのに何で知ってるのかもわからないんだけど、とにかくOKがでたの」


「へぇ不思議なこともあるもんだ。まぁこれで5人揃ったし正式に『テンツク同好会』がスタートだぜ!」茜音の一言に合わせ全員がコブシをつきあげた。




・ 始まりのはじまり


 5人のメンバーが決まり、当面の目標は人前で発表する機会を作ること。加えてその時にどんな曲をやるのかだった。


 お囃子の太鼓は地元のお囃子をベースにして響の笛の技術を活かしてみんなが知っていそうな曲を選ぶこととなり意見を出し合った。言ってみればお囃子によるカバーバンドといった感じだ。




「発表の場所は私が軽音に掛け合って定期ライブに混ぜてもらえるように頼んでみるよ」


茜音は軽音にも所属していることを利用し、最初の発表の場として軽音の学内ライブで出番をもらえるようにお願いしてみることにした。


「曲はみんなが知ってるアニソンとかがいいんじゃない。」メイが切り出すと


「アイドルグループの曲もいいよね」「去年大ヒットしたダンスナンバーもできたらかっこいいよね」・・・


様々な意見が出る中、3曲ほどの候補が決まり、曲のペースに合わせ地元のお囃子の中でも繰り返しの構成の「仁場にんば」や「四丁目しちょうめ」でテンポを取ることにきまった。


「じゃぁ私が曲の出だしとか終わり方とか考えてくるよ」バンド経験がある茜音が編曲をかってでて「響ちゃんは主旋律を笛で吹けるかやってみて」と告げた。


「うん。やってみる」響ははじめてのチャレンジに不安もあったが期待の方が上回っていた。




・ 努力は無駄にならない


はじめての挑戦はなかなか手ごわいものだった。「似たようなところまではいくんだけどちょっと違ううんだよなぁ・・・」響は元の曲を何度も聞き返しながら練習していた。


それもそのはずでお囃子で使われている篠笛は現在の音階である「ドレミ調」ではなくお囃子用の音階に合わせ作られているのだ。そのままドレミ調に合わせ指を動かしても同じような旋律にはならないのである加えてキーの上げ下げに関しては一本調子、二本調子といった具合に笛自体を変えないとできないのだ。つまり普段から響が使っている五本調子のお囃子用の笛では全く同じような旋律を吹くことは至難の業ということになるのだった。




数日たってもなかなかうまくいかない響は文二の元を訪ねた。文二は居間に響を案内しその悩みをニコニコしながら聞き終えると「そうかそうか。そりゃ難しいことに挑戦しとるんじゃな。ちょっと待ってなさい」奥の部屋から笛を持ち出し文二は「ドレミファソラシド」とドレミ調の音階を吹いて見せた。




「文ジイ!すごいどうやってるの?」響はここ数日悩んでいた答えが目の前で見せられ紺分気味だった。「響ちゃんのぉ、この笛ってやつはよくできててなぁ・・・」


篠笛は笛に空いている7つの穴のどこを抑えるかで音階が変わるのだが抑えた穴を少しだけ指をずらして半分塞ぐようにすると半音だけ音を上げることができるのだ。簡単ではないがそうすることでお囃子用の笛でもドレミ調に限りなく近い音階は奏でることができることを文二は響に教えてあげた。




「それとなぁ響ちゃん。調子キーの上げ下げはさすがに同じ笛ではできんから本町の囃子連の友達に言って辰雄のところに行ってみるといい。辰雄は笛はたいしてやりもせんのにいろんな笛を集めてるはずだからのぉ」


「文ジイは辰ちゃんオジサンのこと知ってるの?この間テンツクの道具を用意してくれたのも辰ちゃんオジサンなの」


「そうかそうかなら話ははやい。今度行ってみるといい」


「ありがとう文ジイ」それを聞くと靴を履きながら響はお礼を言い、文二の家から走って帰っていった。




・ がっかりのち笑顔


「まったくルール、ルールって」茜音はこの日、珍しく感情をあらわにして怒っていた。


「どうしたの茜音ちゃん」響が理由を聞くと


「どうもこうも軽音の連中ったらお囃子のカバーバンドは面白そうだけど別の部とは学内ライブでは一緒に出せないってさ」どうやら出演を断られた様子であった。


「そうなんだぁ。せっかく練習していい感じになってきたのに・・・」横で聞いていたメイも肩を落とした。




「みんな居る?」物理準備室のドアが開くなり勇気が声を掛けてきた。


「今、あんたの話聞いてる雰囲気じゃないのよねぇ」茜音が答えた。


「あっ、そうなんだ。でも吉本先生がみんなに話があるんで準備室に集めといてくれって言われたから・・・」


「いやな予感しかしないな」茜音はつぶやいたが吉本が現れるのを5人で待つことにした。




「いやぁお待たせ」吉本は5人が揃っていることを確認し話をつづけた。


「実は、僕の高校生時代の仲間が駅の近くで小さなライブハウスをやっててテンツク同好会の話をしたら月一回やっている市内のアマチュアバンドのライブイベントに出てみないかって言ってくれて。みんなが良ければ来月のイベントの枠を取ってくれるって言うんだ。やってみないか」




「やったー!」5人は顔見合わせ大声を上げた。さっきまでの暗い雰囲気は一気に吹き飛んだ。まさに「雨のち晴れ」だった。5人にとってのデビューライブが決まり目の前の目標に設定された。


「よぉしそうとなったら練習開始!」メイの一言で全員引き締まった顔になり夢中で太鼓を叩きはじめた。




第4章: 町の変わり者の応援


・ 変わり者のテンツク部屋


 初のライブも決まり響はいろいろな曲を演奏できるように文二のアドバイスを受け、笛を見せてもらおうと辰雄の元に向かった。呼び鈴を鳴らすと光がドアを開け「響ちゃんいらっしゃい。どうぞ」と迎え入れてくれた。


お囃子の道具を運んだ時にあいさつ程度はしていたが辰雄と話すのはほぼ初めてだった。


「響ちゃんだったな。よく来たねぇ」強面の顔だが笑顔の辰雄に安心すると奥の「テンツク部屋」に案内された。


「うわぁ」響きは部屋一面に太鼓や笛、踊り用のお面や衣装が所せましと並んでいる様子に思わず声をあげた。


「響ちゃんどれでも好きなの持ってちゃって」光は響の手を引き部屋を見せてくれた。


「光。一応大事な物もあるんだから確認くらいはしてもらわんとだぞ」


辰雄は終始笑顔ではあったが娘の言葉に少し慌てたようだった。


「辰ちゃんオジサン、いろんな笛があるって文ジイに聞いて貸してもらえたらと思って来たんだけど見せてもらっていいですか?」


「そういうことか文ジイめ・・・まったく。ああわかった。こっちだよ。」


辰雄が奥の棚の引き出しを開けるとそこには長さや太さ、竹の色合いが違う笛が何本も入っていた。




「文ジイがそう言ったってことは気に入ったのがあったら持っていけってことだろうからいろいろ吹いてみていいもんがあったらその引き出しの中の物だったら持っていきなさい。その代わり今度のライブは招待してもらうからな」




「ホント!ありがとう。もちろん見に来てください。みんないっぱい練習してるんで」


響は文二に感謝しつつバッグに何本もの笛を入れ満面の笑顔で何度も頭を下げ辰雄の家を後にした。




・ 緊張の初ライブ


テンツク同好会はじめてのライブは奥武蔵駅から3分ほどの場所にあるライブハウス「Musashi House」で月に一度行われる「OPEN House LIVE」というイベントであった。地元の音楽好きなアマチュアバンドが次々に登場するイベントでもちろん和楽器のバンドはテンツク同好会だけであった。


 見に来ている人たちもお店の常連や主演するバンドの知り合いばかりで響たちが招待した数人を除きテンツク同好会を知っている人はもちろんいなかった。




 吉本は店主に軽くお礼を言いみんなを紹介した。


「吉本から聞いてるよ。優しいお客さんばかりだから緊張しないで楽しんでいってね。僕も楽しみしてるよ」


「奥武蔵高校の『テンツク同好会』です。よろしくお願いします。」


5人は深々と頭を下げ決して広くはない楽屋で早速太鼓を締め準備をはじめた。


ギターの弾き語りをする人、懐かしい昔のロックバンドのコピーバンドなど多種多様な大人が楽しそうに演奏している姿を見ているうちに楽しさと徐々に迫る出番への緊張が交互に訪れていた。




 4番目のバンドの演奏が終わりついに5人の出番となった。楽屋から太鼓を持ち出しステージに並べると「待ってました!」と声がかかった。見ると正面で光と辰雄に加え話を聞いた本町囃子連のメンバー達、同級生の数人が目に飛び込んできた。緊張がさらに込み上げてきたとき店主の紹介のマイクが入った。


「次ははじめての参加のバンドです。いやバンドと言っていいか僕もわかりませんが地元『奥武蔵高校』の生徒たちでウチでも初めての試みの和楽器の演奏です。是非期待してください。『テンツク同好会』です。」




一斉にスポットライトが白の鯉口シャツに黒の股引、黒の腹掛け姿の5人を照らした。響の笛の音でライブが始まった。四丁目(お囃子の曲)をひとしきり演奏した後、笛が聞き覚えある曲に変わった。見に来ていた光たちお囃子関係者だけでなく他のバンドのお客さんからも驚きの声が飛んでいる。曲が終わると割れんばかりの歓声と拍手が沸き上がった。




「みんなぁこの調子で次の曲いくよ!」メイはマイクをとりお客さんに向かって呼びかけると茜音がバチでカウントを取り、2曲目の演奏が始まった。次は去年流行ったアイドルナンバーだ。ライブハウスのお客さんは手拍子をとりながら楽しそうに聞いてくれた。


こうして4曲すべて演奏しきった5人は大きな拍手に送られながらステージを後にした。




 楽屋に戻った5人は興奮していた。響は満面の笑みのまま笛を握りしめ、メイと茜音はハイタッチをし、勇気は放心状態で口を開いたままになり、舞は嬉しさのあまり泣いていた。


吉本が楽屋に入ると6人は輪になってしばらく肩を組み跳ね回っていた。




・ 学校の噂と街の噂


 週明けの奥武蔵高校ではとある動画が話題になっていた。週末の「テンツク同好会」のライブ映像であった。MusashiHouseの動画チャンネルにライブの様子がアップされていたのだ。ライブを見に来ていた友人が紹介して回っていたのだった。


「テンツク同好会」は学校中に知れ渡ることなり放課後の練習にも見学者が来るようになっていた。


 


 ただ話題になっていたのは学校だけではなかった。街中の囃子連にも「テンツク同好会」は知られる事となったのだ。それは決して望んでいた評判とはいかなかったが・・・




 月に一度の会長会議で事態は表面化した。


「どうやらどこぞの囃子連の若い衆がふざけてお囃子やっているという話がありまして・・・」


「私も聞きましたよ。なんでも笛、太鼓使って流行りの曲をやってるって言うじゃないか。郷土の誇りであるお囃子を何だと思ってるんだ!」


多くの会長たちは響たちの活動をこころよく受け取らなかったようである。


「辰雄!お前は知ってたんだろ。何で相談しないんだ!」


「やっぱりお前か。まったく勝手なことばかりしよって」


矛先は相談なしに応援していた辰雄に向けられていた。




「相変わらず、何の話かと思ったら・・・」しばらく黙っていた辰雄が口を開いた。


「いいですか皆さん・・・」辰雄は年々人口の減少と高齢化が進むのに合わせお祭りの参加者も減少していること、特に若者のお囃子離れが顕著であることや運営側が保守的なために外への発信が少ないこと、それによって技術や知識が向上していない現状などを朗々と語り、若い者の挑戦を大人たちが邪魔することが不毛であることを訴えた。




「反論あったら言ってみぃ」辰雄がすごむと場内は波を打ったように静まり返った瞬間、古びた公民館の会議室の扉がガラガラと開き「まったく外まで聞こえるほど大きな声だしよって。遅れて申し訳ないのぉ」文二があきれた顔をして部屋に入ってきた。




「まぁ辰雄のいい方はともかく、言ってることも一理あってわしらも耳が痛いとも言えるでないか。ここところはしばらく様子を見てやるってことでどうじゃろうかのぉ。なぁ八幡町のどうだ。」


「はぁ。皆さんのご意見もわからなくはないですがお囃子をベースにした『コピーバンド』だと考えて少し自由にやらしてみてもよいかと・・・」


「おぉそうかみんなはどうじゃ」


先ほどの勢いはすっかりなくなり会議はお開きになったのだった。




・ 話題の先に


 顧問の吉本の元にはあのライブ以来、地域新聞やケーブルテレビなどが次々に取材の申込の問合せが入っていた。また、女子4人に勇気が押し付けられる形でやらされていた「テンツク同好会」のSNSのフォロワーも順調に増え、5人はこの小さな街にあっては学校帰りにすれ違う人に声を掛けられたりすることも珍しくないほどちょっとした時の人といった感じになっていた。そしてその反応はメンバーのさらなるやる気の原動力となっていったのだ。


「また、ライブ出たいねぇ。」メイは先日の演奏以来ライブでのお囃子の演奏が忘れられないようだった。「うん。すごく楽しかった。あんなにお囃子で拍手もらったの初めてだもん」響きもまた初めての経験に感動していた。あの日以来、物理準備室はお囃子大好きな高校生のワクワクで満たされていた。




 


第5章: 発信は街を越え


・ 野外フェスのオファー


 テンツク同好会は市内のいろいろなイベントに声がかかるようになっていた。スポーツイベントの開会式や商工会のイベントのゲストなどさまざまな場所に呼ばれ演奏していた。その活動の様子は勇気がまめにSNSでも発信を続けていた。




 ある日、勇気がSNSにメッセージが届いているのに気付いた。内容は「サマーフェス出演のお願い」。中身は毎年夏に行われている野外フェスへの参加依頼であった。会場は近隣では一番大きな町である野老市の中央公園野外ステージだ。ゲストにはプロのミュージシャンも数組参加するほどの大きなイベントだった。もちろん高校生が参加することなどめったにないレベルのイベントである。




 放課後、勇気は物理準備室でそのことをみんなに伝えた。


「なんだか凄そう・・・」響、メイ、舞はその話にピンとは来ていない様子だった。その実、勇気もどれほどかはよくわかっていなかった。


「どうする?」勇気はみんなに尋ねると茜音が興奮して答えた。「みんなこれってどんだけ凄いことかわかってないでしょ。高校生があのステージに立つって考えらんないんだから」バンド活動をしてきた茜音にとって野老サマーフェスの価値は絶大な物でそのことを身振り手振りでメンバーたちに熱く語った。




茜音の熱量に徐々に事の重大さを感じた他のメンバーは早速参加の意思を吉本に伝えるため職員室に向かった。


「本当かい!すごいじゃないか!」普段大人しい吉本が職員室の先生全員が振り返るほどの声をあげ驚いた。




・ 注目度の上昇と街の声援


 サマーフェス参加が決まると注目度はさらに上昇していった。メンバーの練習にも熱が入っていき放課後の物理準備室は熱気であふれていた。


 そんなある日、学校に辰雄が現れた。吉本の案内で練習中の物理準備室にやってきた辰雄は「いい練習場所だな。頑張ってるか?」声をかけると「グッドニュース持ってきたぞ!」


と告げた。


「辰ちゃんオジサンどうしたの?」メンバーたちは何事かと聞き返すと


「いやいや、商店街の入田呉服店の旦那がみんなの演奏を商工会のイベントで見てなぁ。たいそう気に入ったそうで野老フェスの話をしたら、お揃いの半纏をプレゼントしようってことになってな。野老のフェスに間に合うように作ってくれるって言うからすぐに伝えてやろうと思ってな」


思いがけないプレゼントに沸き上がるメンバー達。物理準備室は笑顔につつまれた。






・ 更なる進化


 夕方のフードコートは学生たちで賑わっていた。その中に5人の姿もあった。フライドポテトをつまみながらフェスでのステージについて真剣な話し合いが繰り広げられていた。


「あらあら人気者の皆さん険しい表情ですねぇ」アイスコーヒーを片手に光がテーブルに割り込んで来た。「遅いよヒカリン。絶賛煮詰まり中なんだから」メイが何か新しいアイデアを求め光を呼び出していたのだった。




「新しい曲を増やすのはもちろんだけど、お囃子だけだと見た目に変化がないのが問題なのよねぇ」光の言うことは今回も的を得ていた。


確かにお囃子だけを数十分聞くことはあまりないことなのでどんなに演奏がうまくてもお囃子によるカバーバンドというインパクトだけでは盛り上げ続けるのは至難の業であった。




「いっそ踊りも入れちゃえば?」光は悪い笑顔をしてみんなの顔を覗き込んだ。


「踊り???」


地元のお祭りにおいてもお囃子にあわせひょっとこやオカメ、獅子舞など踊りが付くのが当たり前ではあるがポップスやアニメソングに合わせて踊ることができるかメンバーは不安だった。




「もう、勘が悪いなぁ。普通に踊ったらおもしろくないでしょ。逆よ逆!」光の提案に5人はポカンとした表情を浮かべていた。


「ヒカリンわかんないよ。早く教えて」メイがせっつくと光はみんなに近づくようなしぐさをしながら「ダンスが印象的な曲を演奏してそのダンスをひょっとこやオカメが真剣に踊るの!そうすればステージも華やかだし演奏とダンスでお客さんも二回驚くってわけ」




「相変わらずお主も悪よのぉ」茜音が光のおでこを指でツンと押すと5人も大笑いした。


「でも誰が踊るの?」舞がふとつぶやくとメイ、茜音、光は勇気に視線を向けた。


「フェスでは私が鉦で入るから」光は勇気の肩を叩いた。むろん勇気に断ることなどできなかった。しかも勇気より光の方が鉦が上手なこともメンバーには周知の事実であった。


「ダンスなんてやったことないよぉ」勇気の心の声は誰にも届いていなかった。




・ 勇気とユーキ


光を加え6人の挑戦は日に日に形になっていった。放課後、編曲や練習したものを光の家で夜遅くまでさらにブラッシュアップする日課になっていた。




 そんな中、2曲の課題を与えられた勇気は課題曲の動画を見ながら慣れないダンスの練習に励んでいた。「結構、様になってきたんじゃない。」茜音とメイが後ろから声を掛けてきた。


「そうは言ってもうまくなってる気がしなくて・・・」


「そんなことだと思ってさ。こっちこっち!」メイが手招きすると一人の男子が駆け寄ってきた。「ユーキ君。同じクラスでダンスの話してたら得意だっていうからコーチ頼んだの」


「俺、北園ユーキ。子供のころからダンス教室通ってるからダンスのことなら任せてよ。同じユーキ同志。仲良くやろうぜ!」


「ありがとう。ユーキ君。」勇気は心強い味方を得たようだった。


「メイちゃん、茜音ちゃん。俺がんばるよ」素直でちょっと単純な勇気を見た二人は「やっぱり勇気は誘ってよかったな」と顔を見合わせニヤリとしていた。




第6章: 成長と団結


・ やる気の証


夏が近づき、各囃子連の練習も活発になっていった。もちろんメンバー達も地元の練習も懸命に参加していた。


「この半年でずいぶんツケ(締め太鼓)の音がよくなってきたなぁ」八幡町囃子連の大人たちは腕組みしながら若手の稽古をつけていた。その中でも舞の技術の向上は目を見張るものがあった。


「俺らも楽しんでお囃子やらないとすぐに追い抜かれちまうぞ!」そういって一番後ろで見ていた会長が大人たちの肩を叩き


「よおし、若いの。大人と交代してくれ。しっかり手本みせてくれよ」大人たちを鼓舞した。




一方、本町囃子連も練習の真っただ中であった。いつもと違うのはその中に違う町内の女子が1人増えていたこと。響である。


響は先月の下郷の練習の際、文二に「響ちゃん。大祭の夜はいつもどうしてるんじゃ」


下郷囃子連は大祭の掛舞台での演奏が夕方までの為、大人たちは片づけをし、地元に帰って打ち上げをするため、子供は終わる時間に合わせ親たちが迎えに来て帰っていくのが常になっていた。




「もちろん、一番盛り上がる時間だからママと最後の引き合わせ(山車が一か所に集まり太鼓をたたき合う大祭最大の見せ場)まで見て帰るんだ。今年は友達の町内を見に行くって約束もしたんだ」


「そうかそうか。せっかくだったらその時間に山車に乗りたいとは思わんか?」


「えっ。文ジイそりゃ乗りたいけど違う町の山車だから無理だって」


文二はいつもの笑顔で会話の間も笛を手放さない響を眺め話をつづけた。


「いやぁな。辰雄のやつから頼まれてなぁ。本町も笛吹けるモンが少なくて困っとるらしいんじゃ。夕方からでも響ちゃんを貸してほしいと言われてな」


響は文二にぶつかるほどの勢いで顔を寄せると


「文ジイ!ほんと!ほんとに山車でお祭りに出られるの!わーい!」狭い自治会館を走回る響。理由を知らずに練習を続けていた下郷の人たちは何が起こったかわからずポカンとしていた。




 数日前、文二は買い物があり駅前のショッピングモールに出かけていた。「おぉ、文ジイじゃないですか」後ろから声を掛けてきたのは娘の荷物を持たされていた父子だった。


「辰雄じゃないか。いろいろ応援してくれていつも悪いな」文二は軽く頭を下げた。


「いやいや、楽しませてもらってるよ」辰雄はいつもの豪快な笑い方で文二に応えながらつづけた。「これは娘の光。響ちゃんたちと一緒にやらせてもらってるようです」


「おぉそうかい。どうじゃ響ちゃんは?」


「すごい子ですねぇ。同じ年とは思えないくらい上手いです」光は会釈しながら文二の質問に答えていた。




「あっ。父上ぇせっかくの機会だからお願い思いついちゃったんだけど・・・」


急な呼びかけに瞬きしながら「なんだ父上なんてかしこまって」辰雄は驚きながらも光に話を促すと


「大祭の夜って下郷は夕方までの参加だから、片付け終わったら響ちゃんを本町の山車に呼んじゃダメかなぁ・・・」




 本来、各町内の山車にはその町内ごとに囃子連がありそのメンバーが演奏するのがどの町内でも当たり前の決まりである。よほどのことがない限り他の町内の囃子連のメンバーが山車に乗り演奏することはない。




「ハハハ。さすが辰雄の娘さんじゃな。面白いこというな。ワシは大歓迎じゃがどうじゃ辰雄」文二はいつもの笑顔で考え込む辰雄の表情をからかうかのように覗き込んでいおた。


 しばらく無言だった辰雄は大きく頷き「よかろう。そもそもウチの爺さんたちが本町で囃子連を作るときに教わったのが下郷囃子連だ。いわば師匠だ。その師匠の町内のメンバーがウチの山車で演奏しても問題なかろう。ただし、半纏はウチの町内のを着て乗ってもらうのが条件だな」


「ほぉ。辰雄そりゃありがたい。響ちゃんには早速伝えさせてもらうよ。」文二は何度も頷きながら嬉しそうにしていた。「まあ、響ちゃんには本町の笛吹きが足りないから応援してほしいと文ジイから伝えてやったらどうですか」辰雄は響が遠慮なく参加できるようにと考え文二にそのことを伝え、横でニヤニヤしていた光の肩を軽く押しながら「まったく」とつぶやいた。




 本町の練習は笑いが絶えない。よく言えば楽しいが悪く言えば緩いのが伝統である。後半の高校生以上の練習時間になるとどこからともなく「プシュー」「プシュー」と缶ビールがあく音が聞こえ、交代しながら楽しそうに太鼓をたたいていた。太鼓がやむと祭談義をし、また太鼓をたたく。ただ、会話の内容も祭やお囃子の歴史や他の町のお祭りを見に行った話、衣装や道具についての話など響にとっては興味深いものばかりだった。


「響ちゃんごめんね。ウチの大人はいつもこんなんなのよ」光が困った顔で声を掛けてきた。「ヒカリン。すごい楽しいねぇ。来てよかった。」響の屈託のない笑顔を見て光はほっとした。


また、楽しそうな響の姿を見るにつけ、快く引き受けた辰雄もほっとしていた。






・ お囃子からエンタメへ


 昼休みに奥武蔵高校の中庭では4,5人がダンスの練習をしていた。どうやらユーキを始めダンスが趣味の生徒たちがスマホで音を流しながら踊っているようだった。


「あれっ。勇気君じゃない」響はその集団の中で汗びっしょりになっている勇気に気づいた。


「二人で練習してたらいつのまにか人数増えてきちゃって・・・」


「かっこいいよ。勇気君。踊りも様になってるし」


「ありがとう。でもまだまだうまくいかないことばかりだよ」勇気は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「響ちゃんだね。俺ユーキ。勇気から話は聞いてるよ。面白そうだしこうしてダンス仲間も増えて引き受けてよかったよ。響ちゃんももしよかったら踊りに来なよ。いつでも昼休みのダンスタイムは誰でも参加OKだからね」ユーキは一言声を掛けるとまたダンスの輪に戻っていった。勇気もユーキの後を追い響きに大きく手を振りながら走っていった。




 そのダンスする姿はとても頼もしく映るとともに、このダンサーたちとお囃子が同じステージで披露されたときの観客の反応を想像すると響は自然と笑顔になっていた。




・ 夜の練習会


月岡家での練習はもはや日課のようになっていた。響は学校での勇気の様子を照れる本人を前に話し始めた。昼休みにダンスしている生徒の中に勇気がいたこと、それが元々勇気とユーキが練習をしているのを見ていたダンス好きな生徒によって増えていったこと、そしてなにより勇気のダンスが上達していたこと・・・


しばらく横で太鼓を締めていた光が急に立ち上がり勇気に向かって大声で


「勇気!その子たちも一緒にフェス出しちゃおうよ!衣装やお面は心配ないし」


「えぇ・・・」勇気は思いもしなかった提案に驚きを隠せずにいると。


「いいねぇ。光先生相変わらず冴えてますなぁ」茜音が続いた。


「踊りがたくさんいたらもっと盛り上がりそうですね」大人しい舞も胸の前で手を組み目をキラキラさせた。


「できるよ。勇気君。お囃子とダンスのコラボしたステージかぁ。最高に面白そう!」響は飛び跳ねんばかりに興奮していた。


「そうとなったら私、あしたユーキ君に声かけとくね。ヒカリンも夕方フードコートによろしく」


「ちょっとメイ。明日の夕方って・・・まぁしゃーないか何とかするよ」光は予定がないわけではなかったがあきらめて時間を作ることにした。


こういう時のメイの行動力は破壊的である。こうして翌日の放課後、勇気とユーキはフードコートに呼び出されることとなった。






・ 踊りとダンス


テンツク同好会にユーキを加えフードコートでの作戦会議は真剣そのものだった。ユーキはまさか自分も参加するとは当然思っていなかったが人前でダンスを踊る楽しさは人一倍わかっているのでノリノリでOKした。また、お面を付け派手な衣装でダンスをするはじめてのトライにも興味があった。




「となると・・・」策士の光にはそれだけではない考えがあるようで


「ユーキ君。参加が決まったってことで覚えて欲しいことがあるのです。ただ衣装着て踊るわけではないのよねぇ。勇気はダンスを覚える、そしてユーキは踊りを覚えるってこと」


「???」ユーキは何のことか全くわかっていなかった。




 光が考えていたのは登場や曲の前半ではお囃子に合わせひょっとこやオカメとして踊りを踊ってもらい、サビになったらキレキレのダンスを踊り出すダンサーとして演奏に参加することが目的だったのだ。




「勇気!あんた普段から山手町で舞方(面や衣装を着け、山車の上でおはやしにあわせ踊る人)やってること多いんだからユーキ君たちにダンス教わったお返しに、踊り教えてあげるのよ。いい!」


「相変わらずの無理難題を僕ばっかり・・・」勇気は呟いたが


「勇気、何か言った?」光が睨むようにして勇気を見ると


「いや、何でも・・・わかったよ。ユーキ君頼むよ。一生懸命教えるしダンスも覚えるから」


「了解。よくわかんないけどまぁいいか。勇気君、俺たちで最高のステージにしようぜ」


ついにお囃子好きの女子高生が始めたお囃子サークルは「お囃子カバーバンド×舞方ダンサーズ」という見たことないエンタメ集団のようなグループになっていった。




第7章:野老サマーフェス


・ はじめての夏休み


高校となってはじめての夏休みが近づいていた。期末テストが終わると授業も少なくなり練習に割ける時間も増えてメンバーたちの実力も楽曲のクオリティーも上がっていった。




 とりわけユーキ率いるダンスチームは元々ダンスが得意なメンバーだけあって呑み込みが早く、囃子連の舞方としていつでも山車の上で踊ってもおかしくないほどになっていた。


 フェスの持ち時間は40分ほどなので演奏は5曲、そのうちダンスも交えて演奏する曲を2曲用意した。特に最後に演奏する曲はダンサーのうち2人を早着替えさせて別の踊りも見せる構成で企画の立案を任された光は自信満々な様子であった。




 8月の最初の週末に行われる「野老サマーフェス」のポスターは近隣の町である奥武蔵市にも見かけるほどイベントとして盛大で認知度も高いイベントだ。駅前にポスターが貼りだされたことを聞いたメンバーたちは学校帰りに争うように見に行った。


 出演者一覧に「テンツク同好会」を見つけると人目を気にせず「あったー」と声を上げ、同じ制服の学生たちはポスターをしばらく囲んでいた。




・全力少年少女


 夏休みに入るとダンスとお囃子の合同練習となった。本町囃子連の計らいで自治会館を使わせてもらえることとなり、あわせてダンスチームのメンバーは初めて踊りの衣装に袖を通すこととなった。


「どうやって着るんだよ」


「こんなに重いのかぁ」


「お面って全然前が見えないなぁ」


はじめての経験に予想外のことばかりのダンスチームだが勇気が一人一人着付けを済まし実際に踊ってみると笑ってしまうほどキレキレのダンスは健在であった。


「本番で笑っちゃったらどうしよう」メイと響は顔を見合わせて笑った。


「おいおい、こっちはいたって真剣なんだから笑うなよ」ユーキは二人に怒り出したが鼻毛を出し、舌を大きく出したお面越しに怒る姿はますます滑稽で二人はこらえきれずまた笑い出す始末だった。


「ハイハイ、怒んない怒んない。真剣にふざけてるとこが面白いんだからこの調子で頼むよぉ」光はユーキ達をなだめた。


「あっそれと響ちゃん。メロディは完璧だと思うんだけど、せっかくお囃子の笛でやるんだから伸ばすところはお囃子の時みたいにヒャラヒャラ~って音を揺らしてみてよ。響ちゃんの腕前をお囃子やってる人にも見せつけないとね」光のプロデューサーぶりはなかなかなものであった。




・あと一週間


 吉本は自治会館での練習にも時間があれば顔を出していた。もっぱら差し入れの飲み物を用意する係のようであったが・・・




 彼には心からフェスでの成功を願う理由があった。15年前に高校3年生になった吉本は当時、よくライブをやっていた野老駅の東口にあるライブハウスから野老サマーフェスへの参加を誘われていた。メンバー全員がステージを目指し練習に励んでいた。




 フェスを控えた夏休み直前メンバーの一人が吉本に「実は・・・受験のこと考えて大学受かるまではバンドは休みたいんだ」と告げてきたのだった。どうやら、高校在学中のバンドを続ける条件が成績が下がらないことが親との約束だったらしく、この期末試験の結果が思わしくなかったため両親に反対されたということだった。プロと同じステージに立つめったにない機会を失いたくない他のメンバーは必死に説得したが首が縦に振られることはなかった。3年間同じメンバーで続けてきたバンドのメンバーをここで変えるというアイデアもあったのかもしれないがこのメンバーで出演を目標に頑張ってきた4人の高校生にはできない決断であった。結果、フェスへの参加は立ち消えとなった。




 そんな自分の高校時代を重ねながら懸命な生徒たちの姿を眺めている吉本は寄りかかっていた引き戸が開けられる感触に慌てて一歩前に出て自ら引き戸を開けた


「いやいや頑張ってますなぁ」そこには大きな段ボールを抱えた初老の男性が立っていた。


「驚かせてしまったかなぁ。辰雄さんに自治会館で練習してると聞いてね。出来立てを届けようと思ってね」


「なになに?」その声を聞きつけたメンバーたちは男性の持っていた段ボールを覗き込んだ。




「気に入ってもらえるといいんだが・・・」男性はゆっくりと段ボールのテープをはがすと中から現れたのは鮮やかな紺色に染め上げられた揃いの半纏だった。


この男性は辰雄が前に言っていた入田呉服店の店主であった。


「来週が本番と聞いていたからひやひやしていたんだが間に合ってよかった。みんな楽しいステージにしておくれ。おじさんも絶対に見に行くからね」


「はい!」


思いがけないサプライズにメンバーのテンションも上がり、その日の練習はいつもより幾分熱気が増したであった。もしかして届いたばかりの半纏を羽織って練習していたからかもしれないが・・・




・お囃子バンド見参


 8月の野外ステージの日差しは想像以上でリハーサルを前にぐったりするほどであった。


控室になっているテントには大きな扇風機が数台置かれてはいたが多くの出演者でごった返していてその役目を果たし切れてはいなかった。




 親世代ほどのベテランバンドから地元のアイドルグループ、学生のバンドなどステージ慣れしている出演者たちに囲まれ響たちの緊張は経験のないほどの状態であった。平静を装って見えたユーキもリハーサルを前に何度もトイレと控室を往復していた。


 順調にリハーサルは進みついに順番が回ってきた。ステージに上がるとガランとした客席はその広さを確認するのに申し分ない環境だった。




 慣れないモニターのチェックや立ち位置の確認など茜音と光が主にスタッフさんと相談し無事リハーサルを終え、控室に戻ると「こ、こんな広いところで演奏するの怖くなってきちゃった・・・」舞の声はいつもに増して小さくなっていた。戻るなりパイプ椅子に座りこんだ勇気の足はガクガク震えていた。




「何言ってんの、まったくしっかりして」そういう茜音は蓋の空いていないペットボトルを口にした。そんなメンバーの姿が響にとっては少しのリラックスにつながっていった。




 太鼓を締めなおし、ダンサーたちの着替えを始めたころステージから爆音が聞こえてきた。フェスが開幕したのだ。演奏の音の大きさもさることながら歓声や拍手も大音量で控室に届いてきた。ただ不思議なことにさっきまでとは違う緊張感に包まれていた。本番が近づいたことを実感したメンバーたちの表情がキリッと引き締まりやる気に満ちた心地いい緊張感に変わっていったようであった。




 前のバンドが演奏を終え、ステージの袖で待っていた響たちに笑顔で声を掛けてきた。「最高だったよ。楽しんできな」汗ばんだ手で肩を叩かれると「ハイ!」力強く5人は返事を返しステージに歩き出した。




 半纏姿の女子高生5人組と和太鼓。会場はザワザワしていた。お囃子は野老市内でも数団体ありはするがフェスに出演したことなど当然なかった。


そんな雰囲気は響の笛が会場中のスピーカーから広がると一瞬にして静まり返った。そして聞き覚えのあるそのメロディに観客は一気にボルテージを上げた。さらに太鼓の音も加わり演奏が始まると、どこからともなく手拍子が始まり全体へと伝染していった。




一曲目の演奏が終わると拍手が鳴りやむのを待って2曲目の演奏が始まる。今度は幅広い年代に支持されている有名なアニメソングだ。頭の上で手拍子する者、曲に合わせ歌う者、会場は5人が織りなすお囃子がフェスに参加することを歓迎しているかのように盛り上がった。




そして、3曲目には前の年にその特徴的なダンスでSNSでも話題になったアイドルグループの曲だ。曲が始まると右から左からひょっとこ達が現れ会場はさらに沸いた。


普段お祭りで見かけるひょっとこのコミカルな動きは演奏されている曲とのギャップも相まって観客たちの笑いを誘っていた。




 曲のサビに差し掛かるとコミカルに踊っていたダンサーたちはステージの正面に整列した。ここからは舞方でなくダンサーとしての腕の見せ所だ。舌と鼻毛を出したお面のユーキを中心に話題になったお馴染みのダンスを一糸乱れず踊り始めた。割れんばかりの歓声に5人の演奏も力が入る。最後の決めポーズで曲が終わるとしばらく歓声は止むことがなかった。我に返ったようにおどけながらダンサーは下がっていった。




 残り2曲となり夢中で演奏を続ける5人。お囃子の演奏でこんなに観客から声援を受けることは生まれて初めての体験だ。


 最後の曲はブラジルのカーニバルの雰囲気とその意外な俳優の組み合わせで印象深い賑やかな曲を演奏することにしていた。軽快なリズムを鉦と太鼓で刻むと双方の袖から異端下がったはずの舞方が再び2人づつ現れた。この曲のダンスは最初から完全にコピーできていた。観客も踊りだす人もちらほらというノリの良さ。長めの前奏が終わると歌を歌うかのようなしぐさをしながら大黒様が登場した。前の曲の間に早着替えした勇気だった。そのままひょっとこ達に導かれステージ中央に立つと大黒様も音楽に合わせひょっとこ達と同様にダンスをし始めた。笑いと歓声が入り交じり会場は大盛り上がりだ。ステージは40度をゆうに超える温度であったがステージ上の誰もが熱さを感じないほど充実し興奮していた。


あっという間の出来事だった。2か月に及ぶ高校生たちの挑戦が成功した瞬間であった。




 控室に戻ると全員が抱き合うようにして喜んだ大黒様のお面を外した勇気の顔には涙すら流れていた。そして、泣いていた人がもう一人。ステージ脇でじっとその光景をみていた吉本だった。理由を生徒たちには伝えはしなかったが、嬉しさのあまりこらえられなかった。そして、生徒たちを集め一人一人の手を握りながら「最高のステージだったよ」と伝え、最後に「ありがとう。みんな」と振り絞るような声で言った。




第8章: 街のシンボル


・ お祭りの起源と伝統


夏も終わりごろになると街がそわそわし始める。11月の大祭の準備に追われ始めるからである。


 奥武蔵大祭は元々、昭和の初め頃、市街地に鎮座する諏訪神社の氏子の町内たちによって始まったお祭りで秋の豊穣に感謝する意味合いのものだ。


 戦後、祭に参加するため山車を保有する町内が増加し、現在では11台の山車が参加する盛大な曳山祭りになっていた。スケールが大きくなり始めたころから、市の観光協会が中心となり参加町内の役員たちと実行委員会を作り運営されている。ただ、ここ数年は市の人口減少につれて参加者の高齢化や観客の減少に悩んでいる状況であった。


「それでは例年通り、準備をしっかりしていただきまして、盛大なお祭りになりますようご協力をお願いいたします」一回目の実行委員会は何事もなく終わろうとしていた。


「本当にそれでいいんですか?年々客は減り、山車を曳く人も年寄りばかりで。何かしないと大祭は維持できなくなりますよ!」


立ち上がり声を上げたのは八幡町囃子連の会長だった。


「今、ウチの若い子も参加して地元の高校生がお囃子で話題になっているのはご存じでしょう。我々大人も何か変えていく努力をしないといけないんじゃないかと思うんです」


「おっ、いいぞ」辰雄が手を叩きその音に呼応するかのように拍手は次第に大きくなっていった。この日の会議は、遅くまで議論がつづいた。高校生の挑戦は街の大人たちをも動かし始めていた。




・ 大人たちの挑戦


 響たちの活躍の影響もあり、実行委員会は若い商店主などでPR部会を立ち上げ、今までアナログなPRしか行っていなかった反省からホームページの制作やSNSの運用を始めることとなった。


 また、囃子連の会長たちも山車同志が出会った際に同じ踊りを演じたり、メインの引き合わせの際に、個性をある出し物を考えようという意見で一致した。


 


「というわけでウチもどこにも負けない出し物を考えなきゃいかんのだ」本町囃子連でもこの件については真剣な話し合いが持たれた。


元々、本町囃子連は山車上でストーリーのある踊りをしたりしていてこうしたアイデアは豊富な方であった。そうはいっても他の町内ではできない出し物となるとなかなかいいアイデアはすぐには出てこない物である。


 話し合いが煮詰まりしばらくすると広間で練習をしていた若手が話し合いの場に顔を出した。その中にはメイや茜音、光たちもいた。


「いいとこに来たな。若い衆のアイデアも聞きたかったんだ。何か面白いこと考えてみてくれないか」辰雄は若手に促した。


「ねえねえ、お面かぶって太鼓叩いちゃいけないの?」メイがポツンいと言った。


「いやぁそんなことはないぞ。山車の踊りの元になっている里神楽では『モドキ尽くし』と言って、ひょっとこ達が太鼓を演奏するネタがあるくらいだから」辰雄が言うと


「でも、笛は吹けないじゃん」茜音には疑問だった。


「そうか、できるな」辰雄は立ち上がり記念誌などを並べている棚から一冊の本を取り出した。


「神楽面」と書かれた写真集であった。開くと様々な里神楽で使われるお面の写真が並んでいた。その中の1枚の写真を指差し「これだよ」


みんなが覗き込んだ写真には鼻から下が切り取られたお面の写真があった。


先般、辰雄が言っていた演目で使う笛吹用のお面であった。


「これはなぁ知り合いのコレクターが持ってるお面の写真なんだ。早速、明日連絡して貸してもらえるように頼んでくるよ」




こうして本町囃子連は囃子手が次々にひょっとこと入れ替わり最後には笛までお面を付けたまま演奏する「モドキ尽くし」を山車の上で披露することになった。




・ 話題作り


SNSの運用を始めて以来、実行委員会には問い合わせが多く寄せられた。その中でも目立つ質問が「テンツク同好会」は大祭のどこに行けば見られるのかというものだった。


 実行委員会としても答えに苦慮していた。メンバーたちはお祭りには参加しているが、町内はバラバラ。また、山車の上でお囃子以外の曲を演奏することは流石にその伝統から無理がある。一応、各囃子連にも意見を聞いたがお祭り当日に演奏の場を設けることは反対であった。




 この話はメンバー達の耳にも入っていた。中でも響にとっては山車に乗って参加させてもらえることになってから最初の大祭である。


「なんか協力できることないかなぁ」5人は悩んでいた。


「難しい顔してみんなどうした?」物理準備室のドアが開き、吉本が入ってきた。


事情を聞いた吉本は一つの提案をした。


「みんなのルーツが奥武蔵のお囃子なんだから、自分たちのお客さんを奥武蔵大祭のお客さんになってもらうようにPRしたらいいじゃないか。ライブに大祭のポスター貼って、MCの時にコマーシャルしたり、自分の町内の衣装でSNS発信したりいろいろやれることはあるよ」


「先生ありがとう。いっぱい宣伝して大祭を盛り上げる」響はそう答えると全員がうなづいた。




・ 街と一緒に


奥武蔵大祭があと1ヶ月に迫る中、テンツク同好会のメンバーはいろんな形でPR活動を始めた。自身のSNSでのお祭りのPR。実行委員会のホームページでの見どころVTRの出演。地元ケーブルテレビのインタビューなどなど・・・




その活動はひろく街に広がり、実行委員会の会議も意見が飛び交う活気あるものになっていった。また、各囃子連の練習も熱の入ったものとなり、街で他の囃子連の人と会えばお祭りの話を交わす姿があちこちで見られるようになった。




 そんな環境にあってメンバーたちの囃子連での評価も高くなっていった。勇気もその1人。山手町囃子連の夜のメインの引き合わせで天狐(狐の踊り。天の使いとして天狐と呼ばれている)の踊りを任されたのだ。メインの引き合わせに高校生が抜擢されるのは山手町囃子連でも珍しく勇気は心底嬉しかった。勇気は本町囃子連がいろいろ出し物を考えていることをメイ達から聞いていたため自分も何か踊りに演出を加えたいと考えた。


「あのぉ・・・天狐の時にやりたいことがあるんだけど」


「どうした勇気。珍しいな。今年は祭前からいろいろ盛り上がってるからウチもなんか考えたいと思っていたんだ。言ってみな」大人たちが練習後、祭りの備品の整理をしているタイミングで話しかけた勇気の意見に大人たちは耳をかたむけた。


「曲の盛り上がりのところで歌舞伎でよく見る『蜘蛛の糸』を天狐が撒いたら盛り上がるかと思って・・・やってみてもいいかなぁ。」


 勇気の提案は踊りそのものには関係ないものではあったため以前だったら怒られても当然な演出であったが、普段は大人しい勇気の大胆な提案だったことと、今年の大祭では各囃子連がいろいろと考えているという噂は山手町でも話題になっていたため大人たちの反応は驚くほどいい感触だった。


「おもしろいじゃないか、勇気。そりゃ盛り上がるぞ。わかった明日にでも探して祭に間に合うように用意しておくから」


 顔を真っ赤になるほど緊張していた勇気の顔が一気に柔らかい笑顔に変わっていた。




第9章: 奥武蔵大祭


・ いざ大祭


 本町囃子連ではお祭り前の最後の練習の後、みんなで食事をしながら最終確認と英気を養うのが恒例になっていた。加えて今年の大祭の意気込みは高く、食事会も盛り上がりを見せていた。そしてその席には特別参加が許された響にも声がかけられた。


「明日からの2日間みんな頼むぞ。今年の大祭は特別だ。こんなにいろいろなことがあったのも高校生たちの頑張りがあったからだ。響ちゃん、メイ、茜音、光、本当にすごいことだぞ。俺も何十年と大祭をやってきたがこんなに大人たちが本気なのは初めてだ。いいかみんな、本町が一番よかったと言われるようにしっかり準備して盛り上げよう」


「おおー」辰雄を始め囃子連全員がグラスを突き上げ団結した姿は初めて山車の上で大祭を迎える響の心を躍らせる一瞬となった。




・ 今年も晴天なり


例年11月の初旬は雨も少なく奥武蔵大祭もここ数年晴天が続いていた。そして今年も真っ青な空が広がっていた。


「文ジイおはよう」半纏姿の響は居てもたってもいられず集合時間よりも早く自治会館に到着していた。


「おはよう響ちゃん。今年もいい天気でお祭りができそうじゃな」


「うん。手伝う事なんかある?」


こうしたお祭り前の準備の時間も響は大好きだった。遠足の前の日のような感覚で満面の笑みを浮かべながら太鼓や踊り衣装の用意を手伝った。


準備を終え、数台の車に分乗した下郷囃子連の一行は交通規制が始まる前に市街地に組まれたヤグラに向かった。


 街に差し掛かると各町会も準備を進めていた。会所を準備し、山車を飾付ける人。メインの通りでは歩道にお店を準備している露天商の人など町中が郊外の平凡な街並みがお祭り会場に変わっていくその景色に響の目の輝きは増すばかりだった。


「響ちゃん!」メイの大きな声が響を呼び止めた。


「夕方、待ってるからね!」


「うん」響きは手を振りながら大きくうなづきながら通りすぎていった。




 開始を告げる花火の音が三回鳴った。オープニングセレモニーが終わると11台の各町会の山車が隊列を組みメインストリートを順番に進んでいき山車が通り過ぎるたびに大きな拍手が送られていた。




テンツク同好会のPRもあってか例年より日中から人出は多く感じられた。中には噂を聞きつけた他の町のお囃子関係者の姿も多く見られた。




 響の下郷囃子連もヤグラでの演奏を始めていた。メイ達の本町、勇気の山手町、舞の八幡町とそれぞれの山車が前を通っていく。その際、山車の向きを櫓に向けしばし向かい合って太鼓を叩き合うのが習わしとなっている。とはいえいざ囃子手同志が向かい合うと演奏にも力が入るものである。響の笛の音も、メイや光の太鼓を叩くバチも勢いを増して見えた。


 


 本町の山車が駅前交差点に差し掛かった頃・・・


「ちょっと!さっきからなに覗き込んで撮ってんのよオジサン」


山車の後ろ幕をめくり子供の踊り衣装の着替えを手伝っていた茜音の大きな声が聞こえてきた。




 聞きつけた光が駆け付けその男性の肩を掴み睨みつけまくし立てる。


「まったくいやらしいったらありゃしない。いい加減にしなさいよ!」


男性は驚いた表情で必死に首を横に振った。


「違うんですよ。本町の山車をいろんな角度から撮影させてもらってただけですよ。」


「どうだか。そんな言い訳で許されると思ったら・・・」光が言い返しているところ


「おぉ、坂井野さん。来てたんですか。」後ろから囃子連会長の襷をかけた辰雄が声をかけてきた。


 茜音や光から事情を聞くと辰雄は大きな声で笑いながら


「そうかそうか、そりゃ坂井野さんも災難だったなぁ。この人は野老の朝日町の囃子連の人で普段はテレビ関東のディレクターさんなんだぞ。いろいろ個人的にもお祭りの動画撮ってくれていて奥武蔵大祭の紹介もしてくれてるんだ。」




ばつが悪そうな茜音と光に坂井野は「ごめんごめん。撮影前に声掛ければよかったね。」頭を掻きながら恐縮していた。




「そうそう。辰雄さんちょうどよかった。実はうちのスタッフから野老フェスに出ていたお囃子バンドが奥武蔵の囃子連の子達って聞いて取材に来たんだ。知ってたら紹介してもらえないかなぁ」


辰雄はニヤリと笑いながら茜音と光の方を向き「そうなんですか・・・じゃ紹介しますよ。というかもう紹介は済んでますよ」というと「えっ?」坂井野は辰雄の視線の先を見ると


茜音と光は下を向いたままゆっくり右手を挙げた。




「ハハハ。そうか君たちだったのかい。休憩の時にでも少し話聞かせてもらってもいいかな」


「は、はい」二人は申し訳ない気持ちとテレビの取材という驚きで返事をするのが精一杯であった。




・ 突然テレビ!


 夕方の休憩時間。各町内の山車は夜の曳き回しに備え、提灯や雪洞を装飾し一層きらびやかな姿になっていた。


 光、茜音、メイの3人は響、舞、勇気を呼び出し坂井野との待ち合わせ場所に向かった。


お祭り本部のテント脇に6人が揃うと大きなテレビカメラが2台にまぶしいくらいの照明が一斉に向けられた。


「お待たせしました。これで全員揃いました。」茜音は坂井野に話しかけた。


「忙しい時間にみんなありがとう。じゃあ早速、インタビューさせてもらうね」


坂井野はマイクを一番手前にいた舞に手渡すと真っ赤な顔になり隣の勇気にマイクを渡した。勇気は驚いた表情で隣の響にマイクを回した。


「ハハハ、そんなに緊張しないでよ。だれか代表してお話聞かせてもらえばいいから。」


5人の視線はちょうどマイクを握っている響に向いていた。


「決まりみたいだね。君に質問させてもらうよ」坂井野は響に質問を始め響もたどたどしくも懸命に答え始めた。


質問の内容は「お囃子を部活として始めた理由」や「既存の曲をお囃子で演奏するのはどういうところが大変なのか」など「テンツク部」についてのことや「いつからお囃子をはじめたのか」「お祭りの好きなところ」などお祭りに関することなどであった。




 はじめのうちは緊張から答えに詰まることも多かった響であったが大好きなお囃子の話ということもあり最後には目をキラキラさせて夢中に話していた。メンバーもところどころ笑いながらその話にうなずいていた。




「テンツク部」のテレビデビューはあっという間の10分間だった。


「ありがとうみんな。とっても楽しいインタビューが撮れたよ。明日の夕方のニュースに流れるから楽しみにしていてね。今度はライブも取材させてもらうよ。」坂井野は屈託のないお祭り大好きな高校生の挑戦に惹かれ始めていた。




・ 夜の大祭


 すっかり暗くなった街は提灯や露店の明かりで照らされていた。人出も増えいよいよ武蔵野大祭もクライマックスの様相をなっていた。


 各町内の山車たちが人込みをかき分け駅前の広い通りに集まり始める響も加わった本町の山車もその隊列の中にいた。


 初めて山車の上で、大祭に参加する響の興奮は抑えきれないほどで、その笛の音も普段より一層力強さが感じられた。


 


 メインストリートに11台の山車が揃うとお囃子が一旦止められる。一瞬の静寂が人込みが嘘のように訪れる。5・4・3・2・1どっからともなくカウントダウンの声が聞こえるとゼロの瞬間に11台の山車が一斉にお囃子を始めた。これがメインにベントの「引き合わせ」である。各町内の腕自慢が日頃の練習の成果を発揮するその演奏は観客の目をくぎ付けにした。




 本町の山車の裏では引き合わせが始まると慌ただしさが増していた。辰雄の周りに準備していた踊り衣装に着替えている5人が待機して出番を待っていた。その中にはメイ、光、音そして響もいた。


「よぉしみんな。お客さんをびっくりさせてやろうぜ。頼んだぞ」辰雄の激励が飛んだ。




「引き合わせ」も後半。順番に踊り衣装に着替えたメンバーたちは一人づつ山車の舞台に出て行った。小太鼓、大太鼓、鉦と順番にお面をかぶった踊り手に囃子手が変わっていった。


最後に登場するのは鼻から下が切れているお面を被った響だった。後ろ向きに歩きながら舞台に現れるとそれまで笛を吹いていたメンバーが入れ替わるとお客さんたちはザワザワし始めたなぜか笛の音は途切れていないからだった。そのタイミングで響は振り返り笛を吹くのを一旦止め、下を出して見せた。ひょっとこのお囃子「モドキづくし」の完成だ。


 お客さんからは割れんばかりの拍手と笑い声が演奏している舞台にも届くほどであった。


程なく、終了の合図が出され「引き合わせは」終了となった。どの町内もお囃子を一旦止めると観衆からは大きな拍手が送られた。




「みんなぁ揃って前に顔出してよ!」ひと際大きな声が届きお面を被った5人はバチや笛を手にしたまま声のする方を覗き込んだ。その声の主は坂井野だった。引き合わせの映像も残しておこうと撮影をつづけていたのだ。


「とても面白かったよ。これも流すからね」坂井野の声に5人の顔は嬉しいやら照れくさいやらでニヤニヤしていた。お面のし下ではあるが・・・






第10章:祭りのあと


・ 週明けの朝


 月曜日、街はいつもの朝を取り戻していた。駅前のバス停から市街地を通り向かう高校のまでの道のりは昨日の喧騒が嘘のように日常の風景になっていた。響は心地よい疲れと共に少し寂しい気分を感じながら校門をくぐり校舎に入った。




「響ちゃん。聞いた?」メイが下駄箱に靴をしまっていた響に大声で駆け寄ってきた。


「今朝の関東テレビの番組で私たちバッチリ紹介されてたって」息を少し切らせながら興奮気味に話しかけた。


「ホントに?」昨日のインタビューのシーンを思い出すと照れくさくなり響の顔は赤らんでいた。




 教室に二人で向かう廊下では何人もの同級生が声を掛けてきた。うれしいような、恥ずかしいような。こんな時、笑顔で手を振りながら応えるメイの姿に頼もしさを覚えていた。


 隣のクラスのメイと別れ、自分のクラスに入ると多くのクラスメイトが響を囲んだ。




・ 脱力感


 他のメンバーもクラスに入ると同じ状況だった。昼休み、誰からともなく物理準備室に


5人は集まっていた。「いやぁ凄い反響でうれしいけど、お祭りの翌日ってなんかテンション下がるのよねぇ」茜音がつぶやいた。


「うん、昨日が楽しすぎちゃって。また1年待たないとお祭りないのかと思うと・・・」珍しく舞も同調するかのように話し始めた。「僕もこんなにみんなに褒められたお祭りは初めてだったから楽しくて楽しくて・・・その分今朝はなかなか布団から起きられなかったよ」


勇気も続いた。




 みんなの話を聞いて響は笑い出した。「何よ響ったら。こっちはすっかりノスタルジックやってるのに」茜音が言うと「ううん、違うの。私だけかと思ったらみんな同じだったから。みんなお祭りが大好きってわかったからうれしくなっちゃって」


響にとってお囃子を演奏する楽しさは子供頃から変わってはいないが、仲間と一緒にお祭りを楽しむというのは初めて味わうもので格別な事だった。改めてこの仲間と出会った幸せを祭りのあとの寂しさが教えてくれている気がした。




・ 大人のお仕事


 祭りの終わった翌週末、市役所の大会議室に各町内役員、各囃子連の会長などが実行委員会によって集められた。毎年、祭りが終わると開催される実行委員会主催の反省会であった。


 開式後、実行委員長による祭りの総評や市役所の担当職員から報告事項が紹介され、閉会となるお決まりの会議の体裁で行われているのだが今年の会議は例年になく熱気に包まれていた。その証拠に、開式後に最初にあいさつしたのはこうした会議にはあまり出席しないはずの市長だった。その挨拶も興奮気味な様子の力強いもので各方面から市に問合せなどがお祭り後に届いていることなどを交え話をするといったものであった。


 続いた実行委員長はさらに高いテンションで祭の成功をたたえる内容であった。会議に参加している人たちも顔を見合わせながらニヤニヤとしながら話を聞いている雰囲気にあふれ、誰もが今回の祭りの成功を確信している雰囲気となっていた。


 逆に反省点も多く上がったが、その内容は多くの来場者の安全の確保についてや飲食のゴミの問題、トイレなどのインフラについてで予想外の人手にどう対応するかといった前向きな意見が大勢を占めていた。




・ 新たなる出発


 大人たちの変化は響の通う高校の中でも起こっていた。今までに増してお祭り後は「テンツク同好会」への問合せが来ていた。内容は話を聞かせて欲しいという取材依頼から、イベントなどの出演依頼、果ては入会希望まで。


 顧問の吉本としては本業以外に多くの時間を割かれることになったがまんざらではなかった。自分の想いまで乗せて走っている生徒たちに誇りこそ持てど辛いなどとは思うことは微塵もなかった。




 そんな吉本の元に1通のメールが届いた。宛先は関東テレビ。メールを開くと「番組出演のお願い」というタイトルのメールであった。興味深く本文を読み進めるとそこに書かれていたのは「テンツク同好会」の日常を撮影し番組を作りたいというドキュメント番組へのオファーであった。驚いた吉本はメールをプリントアウトすると校長室に飛び込んだ。


「校長、この依頼是非やらせていただけませんか!」普段大人しい吉本のいきなりの提案に押された校長は内容に目を通すと何も言わず頷いた。


「ありがとうございます。すぐにみんなに伝えます。」




 放課後いつものように物理準備室からはお囃子の音が漏れ聞こえていた。「みんなテレビで番組作ってくれるみたいなんだ」吉本はみんなが大喜びするだろうと思い仕事の手を止め放課後になるとすぐにこの部屋にやってきた。




 しかし吉本の予想に反して生徒たちの反応はいまいち。それどころか茜音は吉本に向かって「なんだその話ね」と最初から知っている様子であった。


 部屋の奥で笛を吹いていた響がニコニコしながら話し始めた。「先生、実はお祭りの時に取材してくれた関東テレビの坂井野さんが後日、辰ちゃんオジサンじゃなくて本町囃子連の会長さんに電話してきてくれて普段のみんなを撮って番組にしたいって言ってくれて・・・だけど茜音ちゃんたちがさすがに学校の許可がないとって。それで先生に連絡が行ったんだと思うの」


 事の顛末を聞き恥ずかしそうに頭をかいた吉本は「そうだったのか。先に教えておいてくれればよかったのに。なんだか俺1人はしゃいでるみたいで恥ずかしいなぁ」


「で、校長先生はOKしてくれた?」茜音が質問すると吉本は一旦下を向きしばらく黙り込んでからすっと顔をあげ両手で大きな輪を作った。


 メンバーたちはいっせいに飛び跳ね喜ぶと今度は吉本をにらみつけ「まったくダメかと思ったじゃん。先生ったら勘弁してよ」と吉本の茶目っ気ある行動を談ぽく叱咤した。




「さぁて、それじゃぁメジャーバンド『テンツク同好会』様、今日も張り切って練習・練習!」メイの号令で笑顔だった5人は表情をキリッとさせ太鼓に向かうのだった。




第11章: お囃子は電波に乗って


・ 特集番組


 坂井野は関東テレビ内においてドキュメンタリー番組やニュース番組のいわゆるスタジオの外に出て取材したVTRを放送する番組をいくつか担当しており、得意としていた。今回のドキュメンタリーもそのうちの一つである「全力熱中さん」というあまり知られていないジャンルの頑張っている人を紹介する番組であった。金曜日の夜10:00~の30分の番組で関東テレビの番組でも珍しい8年続いているに人気番組だ。吉本から学校からの承諾の連絡を受けた坂井野は早速、奥武蔵高校に打合せに向かった。




 校長室に通され挨拶を交わすと、坂井野は自身もお囃子をやっていること、先日の大祭でもメンバーたち興味があり話を聞かせてもらっていること、夏の野老フェスでの活躍の話題についてなど熱っぽく語り今回の撮影にも学校に協力してもらえるようにお願いした。


その話を受け校長も快く協力を約束してくれたのだった。


 


・ 作戦会議始まる


 校長室での挨拶を終えた坂井野は、吉本の案内で用意された教室に案内された。


「さあどうぞ、みんな揃ってますんで」教室の前の方には5人が座って坂井野の到着を待っていた。教壇に促されて坂井野は全員を見まわし口を開いた「みんな今回はよろしくお願いします。君たちの制服姿を見て改めて凄い高校生たちだなって感心してます。普通の高校生が僕も大好きなお囃子で頑張っているところを精一杯テレビで伝えたいと思います」


「よろしくおねがいします!」切れのあるお囃子と同様の揃った声が教壇に両手着いた坂井野に返ってきた。


「とまぁ堅い挨拶はこのくらいにして」坂井野の口調を急に柔和に切り替えると番組の内容について説明が始まった。


 普段の学校生活や何気ない会話、放課後の練習風景、学校帰りの寄り道など普通の高校生の部分とお囃子に対する情熱の両方を見せたいというものだった。最後は体育館で全校生徒の前で演奏しているところを撮影したいというのが全体像であった。


 撮影は来週。朝から1日密着で撮影という予定で翌日に体育館での演奏シーンだけ撮ることが説明された。




・ 撮影順調なり


 撮影日の朝、響はいつものバスに乗って奥武蔵駅の北口に降りた。


「おはよう、石川さん」


声を掛けられ振り返ると坂井野とカメラマンが待っていた。


「あっ、お・おはようございます」慌てて挨拶をすると、「通学風景も撮っておこうと思って待ち構えてたんだ。驚かせてごめんね。早速撮影スタートさせてもらうよ」


「え!そうなんですか。何すればいいんですか?」


「ハハハ。普通に学校に向かって歩いてもらえばいいから。そんなに構えないで」


そういうとカメラマンに合図を送ると、カメラのレンズの上にある赤いランプが点灯した。


ぎこちなく歩き始めた響に坂井野はたわいもない質問をしてきた。次第に会話が弾むようになると響の緊張もほぐれカメラを意識することもなくなりいつもの自分を取り戻していた。


 学校近くの交差点を過ぎるとメイと茜音が歩いているのが目に入ると響は


「メイちゃん、茜音ちゃんおはよー」と駆け出し二人を追いかけた。


「ちょっと石川さん」あわてて坂井野とカメラマンも走り出した。


 校門のところで響に追いつき「いやぁ、いつも通りって言ったけどいきなり走り出されると困るよ」両手を膝に付き、肩で息をしながら話す坂井野の姿に響は撮影していたことを思い出し、「ごめんなさい」と90度に体を折り曲げ何度も謝った。メイと茜音は声を出して笑っていた。


 


 学校側の協力もあり順調に撮影は進んでいた。日中はメンバーのいる教室の授業風景を順番に撮り、休み時間や昼食ではメンバー以外の奥武蔵高校の生徒たちにも気さくに話しかけ多くの高校生の素顔を撮影することができた。




 放課後、吉本に連れられ物理準備室と書かれた部屋に案内されると普通の教室の3分の1にも満たないその部屋に使い込まれたお囃子道具が一式しまってあった。「ここが道具置き場なんですね」吉本に聞くと「いいえ、ここがテンツク同好会の部室兼練習場所です」という答えが返ってきた。考えてみれば当たり前である。高校入りたての生徒が新しい部活動を始めたいと訴え、なんとか学校に認めさせてできた「テンツク同好会」である。活動場所を確保するだけでも大変だっただろうことは想像できた。改めてこの高校生の挑戦に一人のお囃子好きとして感動していた。




 物理準備室には程なくしてメンバーたちが集まり始めた。明日の体育館での緊急ライブがあるため練習にも熱が入っていた。5人ともお囃子を練習している間はカメラを気にすることもなくひたすらに手を動かしていた。ひとしきり練習し休憩していると響が坂井野のところへやってきて話しかけた。


「せっかくなんで中庭も撮影してあげてもらっていいですか?」


「中庭?」不思議な表情を浮かべる坂井野にメイが「そうだよね。彼らも大事なメンバーだもんね。坂井野さん早く早く!“」メイに背中を押され中庭に出るとスマホにつながれたスピーカーからお囃子の音が聞こえてきた。そのスピーカーの先には3人の男子生徒が汗をかきながら制服のまま一糸乱れぬダンスを踊っていた。


「ユーキ君。テレビの人連れてきたよ」


「君たちが、野老フェスの時、演奏に合わせて踊ってたダンサーだったのかい」


「ユーキです。明日の体育館の話を聞いて、一緒にって誘ってくれたんで僕らも出させてもらうことにしました。大丈夫ですか?」


「大歓迎だよ。僕はフェスに行けなかったから後からキレキレのダンスとお囃子が最高だったて聞いて見たかったんだよ。明日は楽しみにしてるよ。それと、ここの練習もバッチリ残しておくからね」


 放課後の練習も終わり、坂井野に学校帰りの寄り道先を案内してほしいと言われたメンバーはお決まりのフードコートに向かった。山盛りのポテトフライに思い思いのドリンクを取りいつもの席に陣取った。カメラが回り始めてたわいもない会話を始めてしばらく


「お待たせ~明日のライブの準備は万端かな?」


「あっ、光。なんでここに居るのわかったの?」声にしたメイだけでなく5人が目をぱちくりさせて驚いた。


「坂井野さんこんちわ。情報ありがとうございまぁす」どうやら光は坂井野に自分もどっかで映り込みたいので放課後の寄り道シーンに呼んで欲しいと頼んでいたのだった。


「まぁ、光はある意味メンバーだから学校違うけど友情出演ってことで良しとしましょう」


「あら茜音さん。おきづかいありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


6人の仲の良い高校生らしい会話は、さっきの練習の時の表情とのギャップもあってほほえましい時間であった。




・ 体育館の熱狂


 奥武蔵高校は学校挙げてのイベントのような雰囲気になっていた。軽音学部と放送部が機材を体育館に運び込み演劇部は2階の通路のカーテンを引き、数か所に照明を用意して文化祭以上のセッティングがされていた。


 準備も限られた時間での中なので演者、スタッフ入り乱れてのバタバタな状態でライブを迎えた。


 ステージには太鼓やマイクがセットされ緞帳が下げられたステージに5人はゆっくりと向かった。


 体育館には全校生徒が集まり、「テンツク同好会」と手書きのタオルを用意している者、色とりどりのサイリウムを振っている者、すでに話し声やメンバーの名前を呼ぶ者もいてザワザワしてる。


 ステージ下で坂井野が放送部のメンバーに合図を送った。


「みなさん。それでは登場してもらいましょう『テンツク同好会』です」


アナウンスと共に緞帳が上がり、一斉にスポットライトがステージにあてられた。大きな歓声が上がり特別ライブが始まった。会場のボルテージは最高潮に達し、3曲のライブはあっという間に終演となった。




 ステージから降りてくるメンバーをとらえようとカメラマンと坂井野はステージ袖で待ち構え一人一人に感想を聞いていく。聞いている坂井野がうらやましく思えるほど半纏姿の高校生たちは輝いていた。「きっといい番組になる」坂井野は心の中でつぶやいた。




2日間にわたる撮影を終え、校長室に挨拶を済ませると坂井野はもう一度、体育館に向かった。さっきまでの熱狂が嘘のように静まり返った体育館を見まわしステージに向かって一礼し帰路についた。




第12章:未来に向かって


・テレビの人?


 毎月の下郷の練習日は部活も休みにしていた。響にとっては下郷のお囃子は「テンツク同好会」が話題になってもかけがえのないものであることにまったく変わりがなかった。それどころかこのおはやしがあったからこそ今の楽しい時間があると思えていた。


いつも通り練習時間より早めに自治会館に着いていた響をこっちゃったなぁ」からかうように響に話しかけた。「やめてよ文ジイ。響はいままで通りの下郷のお祭り好きな子のまんまなんだから」


「そうじゃった、そうじゃった」響きの活躍を心から喜んでいた文二はいつもに増して笑顔で響をながめていた。


練習時間までの間、文二と一緒に太鼓の準備をしていると小学生が集まり始めた。驚くべきは先月までは見たことない子供たちが増えていたのだ。


「文ジイ。なんか子供増えたね」響が尋ねると


「わからんかな。響ちゃんアンタだよ。この間のテレビ見た子たちが入会したいと5人も来てな。わしもびっくりしとるんだよ」


こどもの少ない地区である下郷にとって5人も入会するなんてことはここ数年いや10数年なかったことである。響は文ジイに恩返しできたような気分になり自然と笑みがこぼれていた。




同じような出来事は街の各囃子連でも起こっていた。本町でもたくさんの入会希望の子供たちが来ていた。


こっちで茜音が「あぁ~うるさい!静かにして。メイそっちに1人いったから捕まえて!」と言えばあっちで光が「バチは太鼓叩くもんだから振り回さないの。もう子供嫌いになりそう・・・」賑やかな練習風景になっていた。


その姿を奥で座ってみていた辰雄達は笑いながら話していた「元気で結構。でもこれからは気軽に飲みながらの練習ってわけにはいかんかな・・・」




・舞の悩み


 「テンツク同好会」は街のお囃子にも好影響をあたえていることはお囃子をするものならだれもが認め始めていた。メンバー達も他の囃子連の知らない大人に声を掛けられることも多くなっていた。


 しかし、いつものようにフードコートで話している5人は依然と全く変わらないお囃子好きの高校生であった。


「舞。何か元気ないなぁ。なんかあった?」いつも大人しい舞であったが茜音はいつもと違う様子を感じ取っていった。


「実は・・・」舞は重い口を開き始めていた。


他の4人と違い、舞は小学生の時に別の街から引っ越してきた子であった。そのためか、両親のお祭りに対する理解は若干薄いようで「テンツク同好会」の話題が盛り上がれば盛り上がるほど成績のことを気にしている両親の言動が気になっていたのそうだ。


「2学期の成績がたまたま良くなかったのもあって、今度の学年末テストは大丈夫なの?って聞かれて『うん』とは答えたのだけど成績が下がるようなら部活はお休みしなさいって言われてて・・・だから」


「テスト次第でってこと」茜音が気持ちを汲みとった質問に舞はコクリと頷いた。


5人は天を仰いだ。そうはいっても高校生。親に成績のことを突かれると言い返せないのはしょうがないことであった。


 響は吉本に以前この「テンツク同好会」の顧問を何で引き受けてくれたのか聞いたことがあった。その話が今、自分たちにも振りかかってきたのである。しかし、この仲間たちは違っていた。


「そっか、でもがんばるしかないか」教えられるもんなら教えてあげたいがメンバーの中で勉強に自信のあるものは一人もいなかった。


「英語が何とかなれば大丈夫だから。みんな心配させてゴメン」舞は自分に言い聞かせるように首を振りながら答えた。


「じゃ、テストまでの間、練習時間は短くしてここで一緒に勉強しようよ。私もみんなとなら家でやるよりやる気出るし!」メイの提案にみんなが笑顔で頷き勉強会をすることになった。




・特別講師


 勉強会は毎日続けられていた。お互い聞きあいながらする勉強は確かに家で一人でする勉強よりもはかどっている気がしていた。問題は誰もわからない時の解決法だけだった。




「は~い、皆さんお勉強がんばってますか?」金髪の女性が勉強しているところに話しかけてきた。「光!何その髪」メイが驚き声をあげた。


「試験前に気分転換。金髪にしたら英語も上手になりそうな気がしてね」光は中学の時も成績優秀で特に英語は一度も学年1位の座を他の人に譲ることはなかった。


「おぉ、そうだ光も一緒に勉強しようよ。どうせ家じゃやんないんでしょ」茜音が水を向けると「まあね、うちは辰っちゃんが私が帰るころには酔っぱらってうるさいからね。いいよ一緒にやりましょうかね」


その言葉を聞き「舞。わからない事あったら、光に聞けば教えてくれるから」茜音は耳打ちした。舞は茜音にだけ聞こえる声で「うん。ありがと」とささやいた。




 かくして高校生の戦いの場はライブ会場から本分である勉強に向けられた。運命のテストまでは1週間を切っていた。




・友達パワー


 1週間が経ち、5人は(光も入れれば6人だが)机に向かい戦っていた。まさに運命の戦いであった。成績次第では解散の危機もある天王山、桶狭間、川中島、関ヶ原の戦いである。


5時間目を終えすべての試験を終えた後、校門にメンバーの姿が一人また一人と集まりだしていた。約束したわけではないが・・・




「みんなありがとう。珍しく英語バッチリだったの」


「ヤッター!」人目を気にせず5人は万歳しながら叫んでいた。舞だけが恥ずかしそうに胸の前で小さく万歳していた。




 試験の結果はみんな予想以上であった。メイに至っては生まれて初めてお母さんに勉強で褒めらたらしい。もちろん舞も両親にいい報告として成績を見せられたそうである。


 ちなみに成績発表当日の夕方、フードコートでは光先生にポテトとドリンクが5人からサービスされたという。




・新しい春に


 吉本は年度末の仕事に追われていた。来年のクラス編成や授業の計画など慌ただしい時期を過ごしていた。しかし、教師になってこの1年は忘れられない充実した生活だった。


 仕事に追われる中でも帰り際に物理準備室を覗くと力をもらえていた。あの時思い切って声を掛けた自分にそしてここまでワクワクさせてくれた生徒たちに感謝してながら、窓の外を見ていた。校門の桜はもうすぐ花を開かせそうな大きなつぼみになっていた。




「今年ももうすぐ咲きそうじゃな」自治会館のカギを早めにあけ、縁側に腰かけ文二は向かいの眼下の川沿いの桜を見ていた。


「文ジイ、今日は早いのね。さあ、準備しよ!」


「そうじゃな。さぁやろうか」いつもの屈託のない響に連れられ来週に迫った村まつりである下郷神社のお祭りに向けての練習が始まっていた。


次第に集まってきた子供たちの声に文二の顔はいつもの笑顔であった。




 3学期も終業式を迎え、5人も無事に一年生最後の日を迎えていた。校門の前で記念撮影をすると


響が校門の桜を見上げ「咲いたね。初めて会ったときは満開だったのにね」


「ホントだ。ねえ来年もみんなでここで写真撮ろうね」メイが言うと


「うん。」5人は顔を見上げながら答えた。




 こうして始まった「テンツク同好会」は2年目の春を迎えようとしている。


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