第183話 迷宮探索
「お前達、見掛けない顔だが下へ行くつもりか?」
19階層から20階層へ続く階段を下りてボス部屋の手前、今はその扉は開かれておりボスの不在を確認する事が出来る。
この辺りまで下りてくる探索者の絶対数は少ない為、探索者同士は殆ど顔見知りなのだろう。そんな場所に見知らぬ一団が現れれば気になると言うものだ。彼らの緊張が伝わってくる。
「はい。行ける所までは下りてみようかと思いまして」
「見かけない顔だが、新人か? まぁ新人と呼べる様な年では無さそうだが。止めはしないが油断はするなよ?」
ボス部屋の前に陣取っていると言う事は、再出現するボス目当てなのだろう。複数のパーティーがかち合った場合は、一応は先着順と言う事になっている。まぁ実際には実力順だ。帝国では力こそ正義だから実力に勝るパーティーがボスへ挑むと言えば、それを止める事は出来ない。戦力が拮抗するなら、ケースバイケースになる。時には一戦を交える事もあった。
とは言え探索者な帝国にとって貴重な人的資源だ。階層守護者の権利争いで徒に犠牲を増やすのは好ましくは無い為、先着順となっている。万が一後から来たメンバーが争って相手に死傷者が出た場合、迷宮管理局へ報告が届くと厳罰に処される事もあった。
だからもし殺るならば目撃者を1人も逃さない様に徹底的にだ。それは余程実力差が無いと成立しないから、実際の探索者同士で争う事は滅多にあるものでは無い。それこそ迷宮の流儀を知らない新参者でも無い限りは。
だから、見慣れぬ顔触れのパーティーが突然現れれば警戒をするのも仕方が無い事だろう。どう出るかが解らないし、何より実力が推し量れないからだ。
ただ俺達はさっさと先へ進むので、彼らの獲物を横取りするつもりは無い。腰の獲物には手を伸ばさず、さりとて警戒はしつつも、先へ進む事をアピールする。
彼らもそれを理解をしてくれた様だ。競合をしないのであれば、必要以上に警戒をする事も無い。とは言え警戒を解く事はしないから、お互いに一定の距離は保っていた。
こちらも必要以上に距離を詰めない様に気をつけながら、こちらを気遣う言葉に簡単な謝辞を述べると先へ急ぐ。
この辺りまでは地図を事前に入手する事が出来た。だから真っ直ぐに階段を目指して突き進んできたが、それでも直線距離にすると結構な距離になった。ざっと100km程だろうか。昼前に迷宮に入って、文字通り駆け足で駆け抜けてきた。今は既に日が暮れた頃だろうか。それとも既に日が変わる頃か?
迷宮内では、最悪エターナルクラフトの力が使えない可能性もあったが、全くの杞憂だった。持ち込んだ武器は普通に使えるし、メニュー画面を開く事も出来る。ただし素材の採取は出来ない物も多かった。
エターナルクラフトの世界に存在するか、若干の差異は認められるも同種と見なされる魔物であれば普通に採取ができる。そうで無ければオブジェクトアイテムとして認識をする様で採取が出来なかった。参照するデータベースが無いのだろうと予測が出来る。それでも一応魔物の名前は確認はできるから何とも不思議だ。
フィールドの採取も同様だ。採取可能なものとそうで無いものとに分ける事が出来た。ただ、大半は普通に採取が可能だった。
クラフトも問題無く出来る。整地も出来るし拠点の設営も可能だ。途中15階の森林フィールドで人目を避けた場所に転移門を設置して稼働するかの確認を行った。結果、全く問題なく迷宮の外と繋がる事が確認出来た。転移門が設置出来るのなら、大半の問題は解決する事が出来る。
もし転移門が稼働しなかったら、15階で探索を諦めて引き返す事も考えていた。
そもそも迷宮の地下へ潜ろうとすれば、本来は大量の物資を運ぶ必要がある。単純に距離もあるから深く潜ろうと思えば日数が掛かる。下層に行く程に掛かる時間も労力も加速度的に増えて行く。それこそ大規模な探索隊を組んで挑むのが迷宮探索なのだ。先程ボス部屋の前に待機していたメンバーも20人程居た。主戦力は5人で5人は予備戦力。残りの10人は最低限戦えるものの荷運びや細々とした雑事が主な役割だ。人数が増えれば実力が足りない者も増えてくるので、当然リスクは増加する。だから、本来は安全マージンを取って自分達の実力に見合った階層で探索を行うのだ。
だが卓也達はと言えば、手ぶらと言える程の軽装だ。本来であれば迷宮入り口から20階層までが、最短ルートでも100km程。通常は魔物の対処をしながらだから、3〜4日は掛かる距離だ。その間の野営に必要な資材や食糧等を考えれば必要な物資はとんでもない量になる。にもかかわらず卓也達には野営道具すら携行している様子が無い。
20階層よりも下で数度すれ違った迷宮探索者からは、見かけ無い顔ぶれだった事もあって迷宮探索経験の少ない無謀な自殺志願者と見做されていた。
30階層を越える頃になると他の探索者とすれ違う事は無くなった。事前情報も無く、1階層あたりの広さも格段に広くなっている。それでも卓也達が道に迷う事は殆ど無かった。
何故迷う事が無かったのかと言うと、それは卓也のマッピング機能が迷宮でもそのまま使えたからに他ならない。階層を更新すると真っ暗な新しい地図に切り替わる。だが、物は試しにと資源探索装置を使って見たところ、有効範囲内の地図が一気に開示されたのだ。その範囲は半径10km。その範囲内に階段があればご丁寧にその位置を教えてくれる。因みに、採掘施設を設置できる資源マーカーは残念ながら発見出来なかった。
資源探査装置は、元々エターナルクラフトでもマッピング用途で使う事が多い。加えて迷宮に入った時から階層を繋ぐ階段はマップに明確に示されていたので、資源探査装置を使えば手軽に階段の探索ができるのでは? と、その可能性に思い至るのはそう難しい事では無かった。
30階層を過ぎると、階層の広さは半径30kmを優に越える。野外フィールドは大きめで、特殊な環境のフィールドは狭くなる傾向がある。それだけの広さがあるフィールドから階段を探し出すのは本来であれば相当な手間を要する。階段の大きさも様々だ。加えてフィールドには様々な地形が有り、深い森の奥に隠されていたり、峡谷の深い谷の底に階段がある事もあった。山岳エリアなら険しい山の中腹にある洞窟を抜けた先に階段がある事もある。だが探査装置を使用すれば、少なくともどの場所にあるかは当たりを付ける事が出来るのだから発見は容易だった。
本来であれば30階層より下ともなれば、階段を見つけ出す迄に1ヶ月は掛かる事もある。下層の情報は高位の探索者と迷宮管理局とでは共有されていたが、一般には開示されておらず事前に情報を確認をする事が出来なかった。
因みに現在の最高到達階層は49階層。50年程前に50階層の守護者に挑んだ者が居るが、そこかしこに溶岩が流れる過酷なボスフィールドとドレイク2体の前に全滅した為、50階層より下の情報は一才無いのが現状だった。帝国では30階層から下を最下層と呼んでいた。
そんな感じだから、31階層より下を探索する探索者は皆無と言って良い。移動と攻略には手間と時間が掛かるのに、実入はさして増えない。31階層からは上級エリアに相当するので出現する魔物は格段に強くなる。一応上級エリアの大型種であれば低確率で大サイズの魔石を得る事が出来るが、リスクとリターンが見合っているかは今の所疑問だった。
最も、帝国では最近大きいサイズの魔石を活用した魔導兵装が研究されているので、親衛隊が率いる探索隊が組織されて、国主導で迷宮探索を行う事がある。そうした探索隊が迷宮を探索するのは概ね2ヶ月毎で、現在は準備期間中の為迷宮内には存在しない。結局のところ卓也達は預かり知らぬ事ではあるが31階層より下には卓也達以外の探索者は居なかった。
まぁ下に進む程に人の気配は遠のくし、30階層の階層守護者は手付かずだったから人が居ない事は容易に想像が出来る。そこで30階層を過ぎると魔道アーマーを利用する事にした。他の探索者とすれ違う可能性は無いとは断言出来ないが、そもそも転移門が使えるから上の階層に戻る必要が無い。仮に多少目撃された所で、先へ進めば2度と会う事も無いだろうと考えた。
魔導アーマーを駆れば、過酷なフィールドであっても簡単に走破する事が出来る。後は虱潰しに階段を探すだけだった。
迷宮の中でも時間は経過と共に緩やかに環境は変化する。ところが不思議な事に昼夜があるフィールドもあれば、ずっと昼の階層があったりずっと夜の階層があったりと階層毎に時間の経過すらもまちまちだった。中に居ると時間の感覚がどうしても狂ってしまう。卓也達はいずれも高魔力持ちで2〜3日眠らなくても支障は無かった。とは言え体感でも結構な時間が経っていたので、35階層に辿り着くと拠点を設置して休息を取る事にした。アマテラスに戻ると既に1日半が経過していた。
迷宮探索は卓也達にとってそれ程優先順位は高く無い。帝都にある原初の迷宮は帝国の象徴とも言える存在だから、その迷宮を消滅させる事が出来れば帝国に人知れず打撃を与える事が出来る。その程度の嫌がらせみたいなものだ。だから、何日も掛かり切りになるつもりは無かった。アマテラスに戻ると一旦は解散して普通に食事を摂って休息を摂る。一息ついたらそのまま探索を再開するのでは無く、今後の予定を確認して次はまた2日後に探索を行う事にした。
そうして、皆の都合が合うタイミングで徐々に迷宮の探索を続けて行く。
幾つもの宝箱を開けて、様々な武器や防具、特殊な効果を持つ装飾品や道具類を獲得した。だが、そのどれもが卓也がクラフト出来るアイテムの性能を上回る程の物では無かった。
魔物を文字通りに解体して魔石を獲得出来る事も解った。ただ、実際に魔物の身体を切り開いて魔石の有無を確認するのは手間が掛かるし、魔石を発見出来る確率は非常に低い。出現する魔物は凡そ半分位の確率でピッケルによる採取が可能で、その場合の素材採取確率はエターナルクラフトに準じるので、結局ピッケルによる採取が可能な魔物のみに絞って採取を行った。その方が効率が遥かに良い。採取が出来ない魔物素材はアイテムボックスに収まらないからどうしても嵩張る。わざわざ実際に解体して持ち帰る程の物では無かった。
より下の階層に降りると、環境は容赦無く過酷になって行く。何処までも広がる砂漠、腐臭に満ち不死の怪物が彷徨う常夜のフィールド、水中探索を余儀無くされるフィールドもあった。更に進むと極寒のフィールドや溶岩が流れるフィールド等、普通の探索者では到底進む事が叶わぬ階層もあった。それでも、そのどれもが卓也の行手を阻む事は出来なかった。
80階層を過ぎると、出現する魔物は最上級エリアに匹敵する魔物ばかりになった。巨人種や神話に出てくる様な魔獣、神獣。重厚な装備に身を包んだ亜人種の軍勢。果ては竜種まで。初めて目にする魔物も多かったが、フィールドの特徴も顕著だったから対策は立て易く、対処はそれ程難しくは無かった。
一番面倒だったのは、人1人が通れる程度の幅しかない細い道が延々と続く空中フィールドだろう。道の脇を見下ろせば眼下には何処までも空が広がっており、落ちれば恐らくは助からない。にもかかわらず空を飛ぶ魔物が次から次に襲いかかってくるのだ。だからその階層は、造成装置を使用して足場を作って少しずつ進む事にした。手間は掛かるが、それ程時間をおかずして十分な幅のある足場を確保する事が出来る。これで回廊に高低差があれば手間が一気に増したと思うが、幸いな事にほぼほぼ高低差は無く足場の造成は容易だった。
NPCの矢弾は尽きる事が無いのも幸いだった。魔導アーマーに搭乗してもその仕様に変わりは無いのだから、後は襲いかかる魔物を次々と撃ち落として行くだけの簡単な作業だ。
矢はオリハルコン製。ましてや魔導アーマー専用に強化されているので、貫けぬ物など何も無い。魔導アーマーでも移動出来るだけの道幅を確保してしまえば、天空のフィールドですら大した脅威では無かった。
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