第182話 腹案

3月の半ばに大陸全土に向けてギルドと正教会の連名で諸国会議の招集が実施された。題目は、この世界の今後の在り方について。帝国との開戦を間近に控えており、大半の国ではその戦争に関する根回しや派兵を求める物だと推測がされた。だが情報を集めて見ると、どうも帝国に対しても同様の呼び掛けがされているらしい。


開催地は大陸中央部に位置するシャトー王国。大陸でも有数の歴史を誇り、その血脈は辿れば初代英雄にまで遡る由緒正しい王国だから、格としては十分だ。


開催日は5月1日。話の内容がどうであれ、今後の大陸の趨勢に大きく関わる事は間違いが無い。その為、大半の国から国家元首、もしくはその名代が参加する事になった。


さて、その頃の卓也と言えば、兼ねてより検討をしていた対帝国戦線の一手、兼ねてより考えていた腹案を実行に移していた。


「はい、登録は完了しました。先程説明を致しました通り、迷宮から出る際には必ず戦利品を報告する義務が有ります。隠して持ち出そうとすれば厳罰に処されますのでご注意ください。皆さんは随分と戦いに慣れていらっしゃる様に見受けられますが、過信はしない様に十分にお気をつけ下さいね」


「はい、解りました。無理はしない様に注意します」


受付嬢は改めてその一団を見る。リーダーと思しき人物を含め20代が2人、残りの3人は40代に見える。今まで何処の迷宮管理局でも登録はされていない様だ。立ち振る舞いを見れば強者である事は解る。だが残念ながら魔力量を見れば、そこまで特筆するものでは無かった。彼らの言う通り傭兵が一旗上げる為に、ここ原初の迷宮へと挑む為にと登録をしたのだろう。ここでは割と良くある話だった。


彼らはそのまま管理局を出て行く。


「随分と簡単に登録が出来ましたね」


「そうですね、これのお陰ですね。心配はしていましたが効果があって良かったです」


そう言って、卓也は袖を捲って手首にした封環を見る。これは急ピッチで改修した新しい封環で、装着した人物の魔力を大幅に抑制する効果がある。小型化した事と、使用者の魔力抑制に限定した改修版だ。

それを同行するマリーズは3つ、ニコラとオーギュストとブリアンは2つ、卓也は手首と両足に4つ同じ物を装着していた。

数の差は、単純に魔力量の差だ。ついでに年嵩の2人が少し魔力量が高めに見える様にしている。


ニコラさんは正教会代表として、またフランシーヌが抜けた穴を埋める為に参加して貰っている。まぁどう見ても過剰戦力だろう。


この5人で何をするのかと言えば、帝都にある原初の迷宮の攻略だ。

かつて異界から侵略をしてきた冥府の王が出現した場所で、異界とこの世界を繋ぐ通路と言われている。そして大陸に存在する迷宮の中で、最も深く広いと目されている迷宮だ。帝国は、この迷宮から産出される魔石を軍事力の基盤にしている。


迷宮について調査を進めると興味深い事が解った。それは、迷宮の最深部には迷宮を管理する魔物が居て、その魔物を討伐すると迷宮の核に辿り着く事が出来るのだと言う。そしてその核を破壊すると迷宮は消滅してしまうのだそうだ。

実際に消滅した迷宮が過去に存在していて、記録が残されている。だから、帝国の軍事力を支えている迷宮を攻略して消滅させる事が出来れば、帝国の力を大きく削ぐ事が出来るのではと考えたのだ。


それにこの世界から魔物が消失した際に、迷宮は魔石を獲得できる唯一の手段になる可能性がある。迷宮がどんな場所なのかを事前に調査する目的もあった。


迷宮の入り口は、厳重に出入りが管理されている。迷宮内の資源は帝国に所有権が有るから勝手に持ち出す事は出来ない。その為、入る者は事前に迷宮管理局で登録が義務付けられているし、出る時は勝手に魔石を持ち出していないかをチェックされる。出る時は場合によっては裸にされて、隅々までくまなくチェックされる程の徹底ぶりだ。それでも持ち帰った魔石に応じて報奨金が支払われるので、迷宮探索者の人気は凄まじい。


ただし、誰にでもなれる訳では無い。迷宮管理局では登録に際しては魔力計で魔力を計測して、魔力が一定基準を超えなければ迷宮へ立ち入る事すら許されなかった。狭き門ではあるが、迷宮探索者にさえなれれば帝国から身分を保障される。一定の成果を出せば正式に市民権も得られる程厚遇をされていた。


幸いな事に卓也達は問題なく魔力の基準値を超える事が出来た。だが、受付嬢から見れば傭兵としては割と高めでは有るものの、大成をする程とは思えなかった。ただ、随分とバランスの取れたメンバーだったとは思う。貴重な魔術士と治癒術士を擁する5人編成。意外と成果も出すのでは無いだろうか。だが、彼らの消息はそれっきり途絶える事になる。


迷宮管理局では、魔物の素材を求める各種クエストが発行される為、迷宮に挑むのならば管理局を利用しない手は無い。魔石の見返りは大きいが魔物から獲得出来る確率は低い。それに対し、迷宮管理局で事前にクエストを受領し、指定された魔物素材を治めれば確実に収入を得る事が出来るからだ。にも拘わらず1週間経っても彼らが管理局を訪れる事は無かった。1週間経って5人組の新人探索者の事をふと思い出した受付嬢は、迷宮の出入りを記録した名簿をチェックした。あの5人組は、やはりあの後直ぐに迷宮に挑んだ事が解った。だがそれから1週間、彼らが迷宮から出た記録は何処にも無かった。


迷宮には、大陸では見かける事の出来ない強力な魔物も生息している。ベテランの傭兵に限らず腕に覚えのある者が調子に乗ってどんどんと奥に進み、強大な魔物に出くわして落命するのは実に良くある話だった。彼らはきっと自分の分を弁えずに、実力に不相応な階層に進んでしまったのだろう。


それきり、受付嬢は彼らを思い出す事は無かった。


迷宮に魔物が出現しなくなり、ついには消滅をしたのはそれから更に1ヶ月後の事だ。


さて、迷宮に入った卓也達を待ち受けていたのは、迷宮の中とは思えない空と大地が広がったフィールドだった。通称草原エリア。入り口を起点として直径10k程の広さが広がっていて、迷宮の果てには見えない壁が存在している。まるで何処かに存在する平原をそこだけ切り取ったかの様な不思議な空間だった。


迷宮内には魔力が満ちており、魔物は自然に湧き出てくるのだと言う。迷宮の外で実際に魔物が湧き出る瞬間を目にする事はまず無いが、目撃例が全く無い訳では無い。

魔力が澱んで濃い場所が出来ると、その空間に亀裂が生じてそこから魔物が湧き出てくるのだ。迷宮では閉鎖空間な為か格段に目撃する機会が多くなるが、外と同じ様にして魔物は出現する。ここでは無い別の世界から魔物は来るのだとされていた。


迷宮は階層構造になっていて、何処かに地下へと降りる為の階段が存在している。階段を下ると次の階層に辿り着くが、そこにはまた全く異なる様相を呈するフィールドが広がっていた。


階層を降りるほどに魔物は強く、そしてフィールドは広くなって行く。そして10階層毎にボス部屋が存在し、階層守護者と呼ばれる魔物が居る。


討伐した魔物はしばらくの間はそのまま死体が残るが、しばらくすると迷宮に飲み込まれてしまう。これは魔物に限らず迷宮では死んだ迷宮探索者も同じ運命を辿る。死体が消失する前に解体や剥ぎ取りを行い袋に収納した素材は持ち帰る事が出来る。そうした素材を目当てにする者も居るがどうしても嵩張るから量は運べない。その為、大半の探索者の目的は稀に見つかる魔石だ。


それに迷宮には稀に宝箱が出現し、その中には貴重な武器や道具が納められていた。どの様な原理で宝箱が出現するのかは定かでは無い。魔石は小さい物でもそこそこの金額で迷宮管理局を通じて帝国が買い取ってくれるし、宝箱が見つかればそれだけで一財産になる事もある。だから魔力を有する者はこぞって迷宮に挑むのだ。


ダンジョンの話を聞いた時、卓也はまるでゲームの様だと思った。実際に目にして見れば尚更の事だ。大陸にもエターナルクラフトの影響と見られる場所や仕様がそこかしこにあるから、何も不思議な事では無い。ただ、エターナルクラフトには迷宮が存在しなかったから、仮に何らかのゲームの影響があったとしても恐らくは他のゲームなのだろう。そうなると、果たして迷宮内でエターナルクラフトの仕様がそのまま通じるかが不安だったが、その点については全くの杞憂だった。


10階層より上はたまに大型種が混じる位だから対処は容易だ。10階層を超えると一気に大型種の数が増える。稀に超大型種、フィールドボスと同程度の魔物に出会す事もある。そうなると格段に難易度が上がるから、大半の探索者は10階層より上を活動の場としていた。それでも生活に困る事は無かった。


出現する魔物の数に対して、探索者は十分な数が居る様に思える。そこかしこで探索者を目にする機会があった。10階層毎に出現する階層ボスは、一度倒すと一定期間を経て復活をする。階層ボスを倒せば確定で宝箱を発見する事が出来るので10階層のボス程度なら非常に人気があった。ボスが居ないタイミングならそのまま下の階へ素通りも可能だ。


卓也達がどの様に迷宮攻略を進めたのかと言うと、20階層迄は普通に歩いて攻略を行った。事前に各階層の情報も収集していて階段の場所も把握している。出現する魔物は大陸に生息する魔物と大差はない。多少の差異は認められたが、そもそも卓也達の戦力なら大型種がまとめて掛かってきても脅威には成り得なかった。


卓也達にとっては当然フィールドボスでも問題は無い。

だが普通の探索者にとっては別の話だ。10階層より下の階層で活動している探索者も居ない訳では無いが、上と比べると一気に少なくなる。更に20階層を過ぎると殆ど見かけなくなった。階層守護者の居る20階層に辿り着くと、20階層の階層守護者はもうじき再出現するらしく、待ち構えている一団が居た。20階層なら出現するのはフォールドボスクラスと取り巻きの大型種が多数。それに対処できるのだから冒険者で言うなら7等級に相当するだろう。中々の実力者達だ。

再出現のタイミングは多少ばらつきがあるが、ある程度は事前に予想が立てられる。10階層なら7日おきで誤差は±半日程度。20階層なら10日おきで誤差は±1日程度で再出現する。階層が深くなる程に再出現の間隔は長くなる。


卓也達はボスの再出現を待ち構えている探索者の一団を横目に、そのまま先の階層に歩を進める事にした。

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