第181話 卓也の日常

世界は大きく変革の時を迎えようとしていた。

だが卓也にとっては多忙でありつつも、その日常に大きな変化は無い。



フランシーヌのお腹も少しずつ変化が表れ始めた。

さすがに夜は無茶をさせられないので大人しく寝ているが、変わらずフランシーヌの温もりを感じる幸せな時間を満喫する。


体力に優れるフランシーヌであっても、夜を共に過ごせば朝起きるのが遅くなるのはてっきり俺が無茶をさせ過ぎたせいなのだと卓也は思っていたが、実は卓也の魔力が強すぎる事が原因だと解った。夜の営みには魔力を交換する副次的な効果がある。普通は体調に影響が出る程では無いが、両者の魔力に大きな差があると一方に負担が生じる事があるのだそうだ。


子供が出来にくい事も含めて、ジョエルさんからこっそりと教えて貰った。知らない内にフランシーヌに負担を強いていた訳で忸怩たる思いもある。改まって謝罪をしたが、その甲斐もあってこうして子供を授かる事が出来たので、むしろ嬉しいと言われてしまってはそれ以上何も言う事は出来なかった。


実際、魔力が馴染んで前よりも負担が軽くなった様で、妊娠する少し前は殆ど朝まで影響が残る事は無かった様だ。今は営み自体がないから、俺が起きるのと殆ど変わらない時間にフランシーヌも目を覚ます。


年明け以降はマリーズと夜を共にする事もある。頻度は少ないが、最近はフランシーヌが妊娠した事もあってか3日に1回位の頻度になっていた。マリーズはフランシーヌと比べると魔力量は劣るから相当な負担になっていた筈だ。だが、実感として魔力量が増加している事を感じていたのだそうだ。魔術士としては魔力が増えるならむしろお願いしたい位だと言われた時は、何とも言えない複雑な気持ちになった。


ただ、魔術士に限らず魔力は実力に直結をするから、魔力が上がるのなら喜んで卓也の夜の相手を務める者も居るだろうとの事。卓也はマリーズに他言をしない様、強く言い含める事になった。正教会で秘儀と言われるのも解ると言うものだ。


今は恐らく難しいが、将来的にはマリーズとの間に子を設ける事も出来るかも知れない。マリーズとの関係性は徐々に変化を感じている。今までよりも親密に、より身近にマリーズと接する事が出来る様に思えるのだ。


まぁそんなこんなで朝を迎えると、まずは大蜘蛛の森へ移動して畑の手入れを行う。

トウカの畑は領民に全面的に任せていて、今では俺が手を入れている畑はここだけだ。最初に作った本格的な拠点と言う事もあって、随分と愛着があった。宮殿の生活にも慣れたが、子供が産まれて落ち着いたら、ここでゆっくりと過ごしたいなと最近は強く思う様になった。


今もアイテムボックスの野菜や果物は増える一方だ。果物は大半は醸造蔵でお酒にしている。食糧のストックは増えるばかり。それこそ家族で引き籠るだけなら何百年でも困ららず生活が出来る程のストックが有る気がする。


次に、一カ所あたり週一位のローテーションで採取装置を巡回する。伐採装置に採掘装置。装置は各所に設置していて、昔なら2〜3日放置すると収納ボックスが一杯になるので結構な頻度で回る必要があったが、今は早々に一杯にはならないから実際には1ヶ月毎でも問題は無い。まぁ拠点に不備が無いかの確認を兼ねてなので1週間に一度位の頻度で回っている。


序でに拠点周辺の魔物の死体から剥ぎ取りを行う。魔物の死体はエターナルクラフトの影響下にあると、ゲームと同じく72時間で消滅する。拠点の100m以内か迎撃装置により討伐されると影響下にある様で、放置していたからと言って腐ったりする事は無い。


モンペリエで襲撃イベントの時に死体の片付けに頭を悩ませたが、実は放っておけば3日で綺麗さっぱり消失したので問題には成らなかった。もっとも最初の頃はまめに魔物の採取を行っていたので、気が付いたのは大分後になってからの事だ。


魔石はサイズによって用途は様々だから、小さくても必要になる。通常エリアの魔物でも不要と言う事は無いから、満遍なく拠点を巡って不在の間に迎撃装置によって討伐された魔物の採取を行なって行く。


ボスマラソンに関しては一応素材を使う事もあるだろうから、昔からの習慣もあって回る様にしている。昔はボス周回の最大の目的はレシピ集めだった。今では上級以下のレシピはコンプリート済みなので、正直それ程優先度は高くは無い。その為、ボス周回の頻度は10日に1回に落としている。ただしドラゴンだけは、確実に5日に1度リポップに合わせて討伐を行う様にしている。ドラゴンから低確率で採取出来る魔石(特大)は今後も有用だからだ。因みにドラゴン迎撃用の拠点は更新済みなので、多少迎撃設備に被害は出るものの、放っておいても迎撃が可能になっている。


昔はプレイヤーがボスフィールドに行かないとボス戦がスタートしない仕様になっていたが、現実のこちらではリポップをすると勝手に迎撃装置が作動をしてくれる。なので、最近は拠点周りの魔物素材の採取と同様、ボスを回って採取を行うだけの簡単なお仕事だ。ドラゴンに限っては、迎撃設備の修復と再設置が加わるので多少時間を要する。


こうした日課を朝方から2時間程かけて一気に済ませてしまう。一息つくと宮殿に戻って朝食だ。


次は日課の朝議。その後、週に一度はアマテラス居住権の授与式。年末年始、一番雪深い頃はさすがに人の足も途絶えたが、年明けてしばらくすると徐々にアマテラスを訪れる人が増えてきた。主に正教会の信徒と、士官を求める冒険者だ。傭兵を派遣する計画は実行に移される見通しで、有能な冒険者は積極的に徴用している。


アマテラスで生産される交易資源も評価が高く、最近では積極的に交易に出す様にしている。人気は服飾関係で、綿や毛の生糸。塩と砂糖も少量ずつではあるが交易に出す様にしている。王国とは調整済みなので問題なし。品質が良く飛ぶ様に売れるし、国も税金で潤うからWin Winだ。


アマテラスの交易については、ほぼテオドール商会に一任している。王都にある商会の本店は王国有数の大店に格が上がっていて、王家の紋章を入れた酒類については王室御用達として専属で扱っているのだそうだ。


今ではアマテラス産の酒はアマテラスから王都まで転移門で輸送されている事は公然の秘密だが、だからと言って他の商会に任せるよりは信頼が置ける馴染みの商会の方が都合が良かった。


交易に乗せる品も王都まで転移門を使った方が早いが、転移門の利用は王家に直接卸している酒類に限っている。防犯上の理由もあるが、地域の経済を活性化する為でもあった。アマテラスから王都迄はモンペリエやジゼットさんの実家である伯爵家の領都を通るので、物量が増えて交易路沿いの町が潤っている。アマテラスの発展が、地域の振興に大いに貢献していると言っても良かった。最近ではブルゴーニを再建する動きも出ている状況だ。

既に建物を再利用して、仮宿としての利用を進めている。元々が交通の要衝として栄えた町だったから、このまま放置するには余りにも勿体無かったからだ。再建に必要な物資は転移門を設置しているからトウカから運び込むだけで良かった。今はアマテラスの民となった領民も自分達の故郷が復興するのは大歓迎だった。ただし、ブルゴーニへ戻りたいと願い出る人は誰も居なかったから、あくまでも仮宿としての設備を整える程度に留まっていた。今後は伯爵家主体で、大規模な移民政策を取る事が検討をされている。


昼からは、最上級エリアで採掘に精を出す。オリハルコンは一部の魔物から採取出来る事も有るが貴重品には違いない。それ以上にヒヒイロカネはピッケルを用いた採掘からしか採取が出来ないから、優先度は高い。


災厄の竜は、ドラゴン戦の時以上に、堅牢な迎撃拠点を構築して討伐する方法がある。単純にサイズも火力もドラゴンの上位互換だから、結局の所、討伐方法に大きな差がある訳では無い。


技術レベル60以上のレシピには、より長射程、高火力の迎撃装置が揃っている。大審議で利用した上級魔導迎撃タワーもその1つだ。

極端な話、それらの迎撃装置を大量に設置して迎え撃てば討伐自体は簡単だ。だから目下の所問題は、災厄の竜に挑んだ際に世界各地で発生する大規模な襲撃イベントをどの様に対処するか、その一点に尽きる。否、もう1つあるな。ドラゴンは勝手に討伐済みで、今も5日に1度は素材の為に討伐を行なっているが、災厄の竜ともなれば勝手に討伐する訳にもいかない。この世界の人々が新たな歴史を切り拓く為には、自らの手で行うべきだ。


大審議の時にも感じたが、俺とこの世界の人達とでは余りにも価値観が違い過ぎる。俺にとっては所詮ゲームのボス程度の認識だが、この世界の人々にとってはどれ程の犠牲を出したとしても討伐をしたい宿敵で有り悲願だ。最も、大陸の人にとってはドレイクを討伐して上級エリアに進出をする事が目下の目標だから、まさかいきなりラスボスに挑む等考えもしない。だがそんチャンスが得られると言うのなら、その機会を逃す筈は無かった。その温度差は、アマテラスで倒すと宣言をした時の皆の反応を見ても明らかだった。


とは言え、大陸中の冒険者をかき集めて挑んだとしても勝てる相手では無いから、最低限のお膳立ては必要になる。メンバーを選抜して魔導アーマーを下賜して、皆で一緒に討伐をしようと考えている。犠牲はどうやっても免れないだろうが、その栄誉を賜りたいと希望する者はむしろ多い。そうした人々を全て連れて行くのは難しいから、どうしたって選抜は必要になる。


今の所方針としては、対帝国戦において目覚ましい活躍をした者に褒章として災厄の竜討伐戦の参加資格を与える事が検討されている。それが栄誉になるのかは俺には疑問だが、参加するだけで歴史に名を残す事は確実だ。誰もが我先にと名乗りを挙げるだろうとの事だった。


週の半分は、マリーズ、オーギュストさん、ブリアンを伴い、最上級エリアの探索とフィールドボスの討伐を行う様にしている。


本来、大型アプデ前はNPCを同行する事は出来ず、1人で挑んでいた相手だ。それが等級の高いレシピも有り十分な装備が揃っている。しかも頭数が4人と単純に火力が4倍。そして、俺以外のメンバーは身体能力、戦闘能力で俺に勝る。

オフライン専用のソロゲーを、マルチで、しかも俺以外はプロ級のゲーマーが固めている様な感じだ。相性によっては多少苦戦する事も有るが、フィールドボスは全て専用フィールドに生息しているので事前の対策が容易に取れる。そして俺には十分な知識もある。正直負ける要素が無かった。


フィールドボスを討伐すれば各種専用素材や希少素材を獲得する事が出来る。フィールドボスの素材を利用したレシピは色々と用意されているが、ヒヒイロカネ製の装備が最上位なので、コレクションアイテムとしての側面が強い。ただ、そうした素材を利用した専用グラフィックの各種装備や、重騎士級・聖騎士級の魔導アーマーも用意されているから、その内色々とクラフトしようとは思っている。単一の規格で整然と並ぶ騎士団も格好良いが、様々なグラフィックの騎士を並べるのもコレクション要素が強く楽しみだからだ。課金レシピも含めると結構な種類があるから、災厄の竜に挑む時は一通り並べたいなと思っている。


技術レベルは既に100を超えて拠点や迎撃装置の更新も可能になっている。後は、何処までするかだ。果たして、災厄の竜を討伐するだけでこの世界に平穏は訪れるのか。それとも、更なる脅威に備える必要があるのか。未だ先は杳として知れなかった。

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