第167話 ブリアンとの腕試し
ヒヒイロカネ
最も採取確率の低い稀少鉱石で、アプデ以降も様々な限定レシピの素材として要求される事になる。まぁ大半は課金レシピなので趣味の範疇だが、どれだけ技術レベルが上がってもピッケルで掘る事でしか入手する手段が無い。必然入手数が限られる為、希少性が最も高い素材だ。
一応、剣聖級の魔導アーマーなら人の手で行う採掘の25倍と効率は段違いになる。搭乗可能な兵器はアップデートにより更に大型化するので採掘スピードは更に上昇するが、それでも自分の手で掘る必要があるのは変わりが無い。アプデで追加されるレシピでは必要となる素材数も増えるから、効率が上がっても希少性自体は左程変わりがなかった。結局、どれだけ技術が進歩してもピッケルを担いで地面を掘る事は辞められないのだ。
そのヒヒイロカネだが、少し前にようやく自分の装備をクラフト出来る程度の数を揃える事が出来た。魔導アーマーを使用すれば戦力は大幅に底上げをされるので実際に使う機会は殆ど無いと思うが、魔導アーマーを使用せずに戦わなければならないケースも出て来る可能性はある。実際今回もそうだ。そうした時に安全マージンを確保する為、まずは自分の分だけ装備を更新しておいた。
ヒヒイロカネは、淡い赤色の輝きを放つ金属だ。炎が揺らめく様に、うっすらと表面が揺らめいて見える。何とも独特の趣がある。頑張った甲斐があって、何とか一式レア等級で揃える事が出来た。これだけの装備があれば、時間さえかければドラゴンもソロで討伐が可能な程の性能だ。
対して相手が装備している剣はオリハルコン製だ。この大陸に現存するオリハルコン製の武器は、かつての竜殺しの勇者、剣の英雄が使用したとされる聖剣だけとされている。もしかすると他にも秘匿されている物があるかも知れないが、少なくとも聖剣は正教会では無く冒険者ギルドが代々受け継いでいると伝えられているから、恐らくはこれがその聖剣で間違いは無いのだろう。
ギルドの象徴とも言えるその剣を携えている人物が、平凡な冒険者の筈が無い。
それに、冒険者ギルドのトップがどんな人物かは知られていないが、噂では代々聖剣を継ぐ者がギルドを引き継ぐと言われている。
その人物は表舞台に出てこないので憶測の域を出ない。一応アマテラス支部のギルドマスターに問い合わせをしたが、ギルド本部の上層部は秘匿事項なのだそうで、その真偽は解らず仕舞いだ。何せ教皇ですら直接会った事が無いそうなので予想するしか無いが、恐らくはこのブリアンこそが聖剣を受け継ぐ人物なのだろう。逆にそれだけの人物で無ければ、オリハルコン製の剣を携えている理由が説明出来ない。
一見する限りでは普通のオリハルコン製の長剣だ。等級はコモン等級。何か特別な能力がある様にも思えない。ただ、オリハルコンで作られただけの剣。
この大陸においてオリハルコンは伝説の類で、魔導文明の滅亡以降に採掘された事例は無く、当然製錬技術も無い。魔導文明頃は活用されていたそうだが、滅亡に伴いその技術も製品も逸失している。
こうして実際に目にすると疑問も出る。かつて剣の英雄は、この聖剣で竜の討伐を成し遂げたのだそうだ。だが、こんな剣1本で出来る事なのだろうか。
勿論、聖女の助けがあっての事だ。それに、大陸中から強者達が集い、共に戦ったとされている。まぁ有象無象の武器ではドラゴンに傷1つ付ける事は出来なかっただろうから、この剣でダメージを与えた事は間違いが無いだろう。それでも、俺が実際にコモン等級のオリハルコン装備でドラゴン討伐が出来るかと言えば、出来なくも無いだろうが可能性は限り無く0に等しい。
まずもって空中に居るドラゴンを地面に落とす手段が乏しい。仮に攻撃が届くとしても竜の攻撃を全部回避して攻撃し続ければ何時かは倒せるかも知れないが、広範囲攻撃の多いドラゴン相手に、その攻撃を全て回避する事は至難の業だ。
因みに、オリハルコン装備一式でドラゴン討伐に成功した事例自体は存在する。ただ、一番早くても20時間耐久とかだった筈だから、とてもでは無いが俺には無理だ。
それを、様々な助けがあったとは言え成し遂げたのだから、その人物は英雄と呼ばれるに相応し人物なのだと思う。まぁ俺にして見ればドラゴンを討伐した事よりも、その後にギルドを創設した事の方が偉業だと思うんだけどね。
さて、相対した人物は、その英雄の後継と目される人物だ。だが隣に聖女は居ないし、共に戦う仲間も居ない。対する俺の装備はヒヒイロカネ製の、レア等級の鎧と兜、そして盾。
ゲーム内に手加減をする様なシステムは存在しないので、武器は無し。相手がどれ程優れた実力の持ち主でも、システム上はただのNPCでしか無い。そう、どれ程の実力者でもレベルは1として見做され、その最大HPは誰であっても10。ちょっとした攻撃でも簡単に死んでしまうのだ。手加減等出来る筈も無かった。
「いくぞ、何殺しはしないさ!」
こう言う人種は、いざ戦いとなれば楽しくなるのだろう。先程までの仏頂面とは異なり、今は鬼気迫る気配を放ちながらも、満面の笑みを浮かべている。斜に構えると剣の切っ先を俺に向け、魔力を乗せた力強い言葉を紡ぎ出す。
「我が剣は至高の剣、我に仇為す一切の敵を斬り裂く、我が剣に斬れぬ物無し!」
一種の自己暗示だろうか。後からフランシーヌに聞くと、言葉に魔力を乗せて自己強化を図る技術があるのだそうだ。ブリアンの全身から目に見える程の魔力の奔流が噴き出し、全身と剣を強化する。そして一気に俺との距離を詰め、その剣を振り下ろす。
フランシーヌとオーギュストさんの目なら捉える事が出来るが、それ以外の面々からでは、一瞬姿が掻き消える様に見える程の速度であった。
だが、クラフトモードの俺から見れば、その動きは普通の魔物と大差が無い。
エターナルクラフトでは、レベルが上がったり魔物が強くなったりしたからと言って、動きが劇的に速くなる訳では無い。勿論多少は速度や難易度が上がるがゲームとしてクリア出来る程度のものでしか無い。それにエターナルクラフト自体、アクションゲームとしての難易度は控えめに設定をされているので、そこ迄極端な差異は出なかった。
時間を掛けて素材を十分に集め、レシピを集め、装備をクラフトして準備万端の状態で臨めば、其れなりに試行を重ねればクリアできるゲームなのだ。
例外と言えば、クリアを断念する人が出た為、救済措置を設けたドラゴン戦位のものだ。
そんなゲーム視点で見れば、姿が見えなくなる様な動きが許容される筈が無い。つまりクラフトモードの俺からすれば、このブリアンの動きも、それこそオーギュストさんやフランシーヌの動きでさえも、目で追えない動きでは無いのだ。
そして、俺はずっと自分を鍛える為にリアルモードでフランシーヌやオーギュストさんに師事を仰いでいる。昔よりも遥かに動体視力も反射神経も鋭くなっていたから、この程度のタイミングを合わせる位は造作も無かった。
ブリアンが魔力を込めた一撃の動きにタイミングを合わせて振り下ろされる剣に盾を打ちつける。防御力なら格段に勝るヒヒイロカネ製の盾だ。容易にその攻撃を弾いてしまう。
それは余りにも呆気ない幕切れだった。ブリアンが絶対の自信を持って、魔力を込めて奮った一撃だ。タクヤが身に纏っている鎧も、手に持つ盾も凄まじい業物である事は容易に想像が出来ただろう。それでも、代々受け継ぐ聖剣に斬れぬ物では無いと確信を持っていた。
自分の動きに合わせる事が出来る者など早々居ないから、恐らくは目で追う事すら出来ない筈。ならば先程タクヤ自身が言った通りに腕の1つでも叩き斬ってやろう。万が一にも盾を合わせる事が出来たのなら、その盾ごと。そうブリアンは思っていた。
幾らタクヤがこの世界に来てから鍛えているとは言え、幼少の頃より鍛え上げて来た、それも極一握りの天才と呼べる人種のブリアンの目から見れば、タクヤの所作は素人と言える程度のものだったから、その結末は容易に想像が出来た。
そのタクヤが余りにも無造作に盾を突き出し、自分の攻撃を簡単に弾いて見せたのだ。一瞬何が起きたのかをブリアンは理解する事が出来なかった。
頭では理解出来なくとも、必殺の一撃を弾かれたのだ。その事実を示す痺れがじーんと手に伝わって来る。剣を弾いた盾を注視するが、そこには傷1つ付いていなかった。
その結果は、フランシーヌやオーギュストには当然の事だった。卓也は何時も謙遜するし、確かに訓練の時は素人に毛が生えた程度だが、いざ実戦となると常識では測れない動きをする。自分達では相手にならない事を知っていた。
それも、全てはエターナルクラフトの仕様故だ。この世界では、エターナルクラフトの仕様が現実のルールを上書きするだけの強制力を持つ。卓也がゲーム視点で観測した結果が現実に反映されるのだ。
リアルなら目で追えない程の速さの剣筋でも、ゲーム視点でならタイミングさえ合わせれば盾で弾く事も避ける事も可能な程度になる。卓也の攻撃もそうだ。近付いて剣を振れば、相手にダメージを与える事が出来る。要はエターナルクラフトにおける戦闘は、タイミングを合わせてボタンを叩く、その程度のものでしかない。
卓也に対した相手は、自分が何故攻撃を受けたのかを理解する事が出来ないままにダメージを負う事になる。卓也がクラフトモードで得た結果は、強制的に現実に反映されるからだ。その結果に至る様、現実を改変するのだ。
かつて白金の鷹の面々が、魔狼を正確に射抜く卓也を卓越した弓の名手と勘違いをした事がある。それ程、クラフトモードを経た卓也の動きは人間離れをしたものだった。
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