第168話 マルセル伯のターン

「さて、これはどうしたものか」


そうブリアンが独りごちる。

先程までとは打って変わって、随分とトーンの低い落ち着いた声。見ための印象ならむしろ先程の口調がしっくりくるが、恐らくはこちらが素で見た目通りの年齢では無いのだろう。


「ふむ、解らん。だが、俺の攻撃が防がれたのは事実。タクヤ殿、先ほどまでの非礼を詫びよう。試す様な事をして申し訳が無い」


まだ納得がいかない様子だが、だからと言って難癖をつけるでもなく直ぐに謝罪をする。その態度には好感が持てた。


「いえいえ、相手の実力を見極める事は大切だと思いますよ。それに殺気は感じられませんでしたし。言葉通り、精々腕の一本って所なんでしょう?」


数ヶ月、合間に時間を見つけては訓練に勤しんだおかげで、最近は相手の殺気位なら何となくは解る様になってきた。昔だったら考えられなかった事だ。格闘技の経験すら無かったズブの素人がそれなりには戦える様になったのでは? と思える程度には鍛えてきた。まぁこう言っちゃ何だが、それだけ訓練が厳しいと言う事でもある。でもこんな世界だから、自分の身を守る為には必要な事だろう。


「そうよな。流石に腕の一本くらいは貰うつもりだったが、まさかアレを凌がれるとは思わなかったよ」


「それで、お眼鏡には叶いましたか?」


「二言は無い。冒険者ギルドマスター、聖剣の継承者として、タクヤ殿を今代の英雄と認めよう。我らギルド一同、タクヤ殿に従う事を約束しよう。だが、少々時期が悪い。知っての通りだと思うが、今我々は帝国と事を構える為の準備に追われていてな」


やはり予想通り、ブリアンがギルドマスターで間違いは無かった様だ。

特に悪びれる様子も無い。先程の態度も、こちらの出方を窺う為のポーズだったのだろう。だが、少なくとも余り腹芸が出来るタイプには見えなかった。


ギルド職員なら腹芸、交渉術も必須スキルとして訓練を行っている。だが聖剣の継承者は試験を受けて決める訳では無い。基本的には一子相伝。代々の継承者は次代を育てて後継者として指名をするのだそうだ。もっとも、継承者が次代を指名する前に魔物との戦いで落命する事もある。そうした場合は、ギルドの一級職員の合議により後継者を選定するとの事。


仮にもギルドの代表だから最低限の教育を受けてはいるが、どうしても才能を剣に振り切っているので、無骨だったり、腹芸が苦手だったり、難しい事はギルド職員に丸投げだったり。つまり基本的には脳筋と言う訳だ。


それでもまだブリアンは話が通じる気がする。それは年齢故との事。見かけは20代だが、実年齢は40代半ば。教皇と同じく、高すぎる魔力故に成長が鈍化しているのだそうだ。昔はやんちゃだったが、年齢相応には落ち着いてきたのだと。


若き日の姿で成長が鈍化するのは、特に高い魔力を秘めた人に顕れ易い特徴なのだそうだ。そのブリアンが本気で魔力を込めた剣だから、極端な話魔力を込めた得物がその辺りの棒切れでも鉄の鎧を軽々と両断する程の威力がある。ましてや手にしていたのは大陸最強の聖剣だ。斬れぬ物がある筈が無い。その必殺の一撃を軽々と弾かれたのだから、ブリアンは未だに何故弾かれたのかが理解出来ていなかった。


ブリアンの目から見て、普通なら当然ある筈の行動の興りは無かった。ちょっとした気配だとか、筋肉の動きだとか、魔力の巡りだとか。そうした様々な要因で自然と次に取る行動を読み取る事が出来る。


盾を手に持っていたのだから、それで防ぐつもりなのは直ぐに解る事だ。もっとも盾で受けようとしてもその盾ごと斬り裂くつもりだった。だが盾で弾かれたのはまだしも解らなくも無い。傷一つ無かったのだから、俄には信じ難いが聖剣を上回る程の業物なのだろう。だがそれ以前の問題で、そもそも何故盾で受けられたのかがまるで解らなかったのだ。そんな動きは微塵も感じられなかった。気がついたら盾で受けられていたのだ。そんな事は先代の聖剣の継承者、師匠相手でも感じた事が無い。


ブリアンはタクヤを理外、恐らくは自分の常識の外側にいるのだろうと察した。とんでもない化け物だ。時間をおいて、ゆっくりと恐怖が押し寄せてくる。先程手加減が出来ないからと言ったのは何の冗談かと思ったが、きっと冗談では無かったのだろう。恐らくはタクヤが本気で攻撃をしていたら、気付かぬ内に真っ二つになっていてもおかしくは無かった。


だが、そのタクヤと言えば全く気にする事もなく、実に飄々としている。彼にとっては当たり前の結果だと言う事なのだろう。仮にも大陸最強を自認する、聖剣の継承者を相手にしてだ。全く底が知れなかった。


「認めて貰えたのであれば良かったです。さて、今日話し合いの場を設けたのは、今後の方針についての説明と、何か良い案があれば出していただければと思ってでした。ささ、まずは場所を移してお話をしましょう」


色々と聞きたい事はある。知りたい事もある。だがブリアンは出かかった言葉を飲み込むと、タクヤの申し出に頷いたのだった。


先程の会議室へと戻り、改めて話を行う。


「では、改めて今後の協力体制についての説明を進めさせていただきます。本日の話し合いは大きくは3つの内容についてです。1つ目は対帝国戦線における喫緊の課題について。2つ目に厄災の討伐について。最後に1と2を踏まえたアマテラスの方針についてです」


マルセル伯が仕切り直して説明をしてくれる。


「は? 厄災の討伐? おいおい、何を言ってんだ?」


ブリアンは初耳だった様で、驚愕に表情を浮かべながら周囲を見渡す。一応ギルドには今日の話の内容について事前に申し入れをしているので伝わっている筈だ。なのでブリアン意外の皆は至って真面目な顔をしている。アルマンに至っては目があった瞬間に深々と頷く。


「それはまじな話って事か。何で俺に黙ってたんだよ」


ブリアンが先程、腕試しで対峙した時と同じ様な、むしろそれよりも尚凄惨な笑みを浮かべる。


「だってブリアン様にお話をしたら、大喜びではしゃがれるでしょう? 困るんですよ、余り大々的に話が広まるのは」


「それはそうだけどよ」


至って真剣な顔でアルマンがそう返す。確かに今の表情を見れば、事前に耳に入れていれば浮かれて直ぐに周囲にばれそうな気はする。それに反論も無いのは自覚もあるのだろう。


「話を進めても宜しいでしょうか?」


「失礼を致しました。この話し合いが終わればギルドでも詳細について詰める必要がありますからね。それ迄はどうぞ大人しくしていてくださいませ」


「ち、解った」


諌められたブリアンが少し拗ねた感じで、浮かしたかけていた腰を椅子にどっしりと落ち着けて、腕を組む。


「まずは対帝国戦線についてです。帝国が今年中に本格的な侵攻を行う事は確定事項と言って問題は無いでしょう。帝国の動きに対抗する為にギルドと正教会で、大陸全土に向けて号令を発する必要があります。その際に問題となるのは大きくは2つ。1つは兵糧の確保をどうするか。もう1つは戦力の集中により低下する各地の防衛戦力をどうするかです。次に災厄の討伐についてです。今後タクヤ様は、禁足地に座する災厄の竜を討伐されます。その後、魔物発生の主原因と目される、魔導文明の遺物、超大型魔導炉の破壊を行います。問題は、災厄を討伐する際に世界的に魔力密度が上昇し、各地で大規模な魔物の襲撃が発生します。魔物の襲撃に対し各地で防衛を行う必要があり、どの様に対処をするか。また、大陸に対しどの様にその情報を発信するかが問題です」


「嫌、さすがに今の話に突っ込むなってのは... あぁ、黙ってればいいんだろ!」


「ブリアン様、質疑応答や細かい話はまた後ほどに。最後にアマテラスの方針についてです。まず帝国戦線における喫緊の食糧問題解決の為、シャトー王国を通して大規模な食量輸出と、正教会直轄の食料供給源の構築を行います。次に各地の防衛戦力は、ギルド加盟国を対象にアマテラスより傭兵として戦力の派遣を行います。そして大陸全土で慢性的に不足する戦力と食糧、この2つを円滑に移送する為の大規模な転移門による移送網を構築、加えてゴーレム馬車を大量供給致します。次に帝国との会戦に先立ち諸王国会議を招集し、大陸全土に災厄討伐の号令を掛けます。合わせて人類共通の敵を討つべく大陸の諸国家へ檄文を発します。これにより、親帝国派の国家へ牽制、及びギルドの正当性を喧伝し、対帝国戦線におけるギルドの正当性を広く知らしめます」


「あ、あぁ。転移門? ゴーレム馬車?」


ブリアンは既に頭の中が一杯一杯で、マルセルさんが語った内容から、気になる単語を拾っては反芻するのが精一杯だった。

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