第164話 挿話 暗殺者の憂鬱

帝国の間者である黄金の夜明け団のメンバーは、宿に借りた大部屋で顔を突き合わせて一様に頭を抱えていた。


目の前には、聞き込みをした情報を書き記した紙が雑多に広げられている。


町の周囲は鉄壁と呼べる城壁に囲まれていて侵入は不可能。一定間隔で迎撃用の大型クロスボウが設置されていて、相互に射界を保管しているので死角は無い。


その迎撃クロスボウ、あろう事か敵対勢力を見抜いて、容赦なく射殺すのだと言う。アマテラスや、その門前町のトウカの住民や施設に危害を加えた者、シャトー王国や正教会に敵対した者。そうした者達は、何故か見抜かれてしまうのだそうだ。


そしてこれが決定的な問題だが、帝国に属する者は如何なる者であろうとも問答無用で敵対関係と見做されるらしい。何でもアマテラスを統べる暗殺対象のタクヤにはそれを見抜くそんな力があるのだそうだ。本人に力がある、それはまだ解らなくも無い。だが、暗殺対象が設置した迎撃装置まで同じ力を宿していて、しかも射手が居なくても勝手に矢を放つと言うのだ。まるで意味が解らなかった。


困った事に、街道沿いに見てアマテラスの最寄りにあるモンペリエの町も、同様の迎撃設備が備わっている。


それによって、相当数の仲間がやられている事が解った。仲間達は長い事帝国に与する事を知られずに活動している者達ばかりだから、一見しただけではそうと判断する事など出来る筈が無い。黄金の夜明け団は、パーティーメンバー全員が帝国の爪だが、中には一冒険者として普通のパーティーに溶け込んでいる奴だっている。


そんなパーティーが、たまたまモンペリエを訪れた時、問答無用でクロスボウで射抜かれて絶命するのだ。そんな馬鹿な話があって良い筈が無い。

知らない人にして見れば、いきなり何の予告も無く仲間を殺されたのだ。当然領主へ異議を申し立てる。


だが何故か、ブルゴーニの領主もそれを監督する国でさえも、迎撃装置が敵と見做した者には一才の申し開きも許さないと公式に声明を出している。そして大抵の仲間は、お国へ報告する為の専用の魔道具を隠し持っている。死後に捜査の結果、証拠として魔道具が見付かれば、それ以上異議を唱える事など出来なかった。


それでも最初の頃は混乱があったそうなのだが、何故敵対勢力と判断するのか、その明確な根拠が示されないにも拘らず、ギルドも、あろう事か正教会もその声明を支持していて、今では殆ど混乱は起きないのだそうだ。


旅の道すがら、今まではそうでも無かったが、シャトー王国に入るとその話が嫌でも耳に入ってくる様になった。冒険者仲間が軽口混じりに、もし帝国に関係するなら間違ってもアマテラスへ足を向けるんじゃねぇぞと笑い話にする位なのだ。しかも大々的に流布しているらしく、そこかしこでそんな話が聞こえてくる。


モンペリエを経由せずにアマテラスへ向かえば、後ろめたい事があると自分で言っている様なものだ。何とかアマテラスへ侵入を試みようと、ブルゴーニを迂回して人目を忍んでアマテラスに接近をしても、アマテラス周辺は見晴らしが良く隠れる様な場所も無いから、簡単にアマテラス周辺を巡回する衛士に身柄を拘束されてしまう。


専用の護送馬車なら射抜かれないらしいと解って、馬車に鉄板を仕込んで侵入を

試みた者も居た。射線を遮れば対象にならないのではと考えたからだ。鉄板は念の為の備えだ。だが、アマテラスで仕立てた専用の護送馬車で無ければ意味は無いらしく、簡単に鉄板ごと射抜かれてしまった。


川に面しているので水路からの侵入を試みた者もいるが、迎撃装置に死角は無く同じ結果に終わった。


更に調査を進めると、自分達と同じ様にアマテラスを目前に足踏みをしている仲間が、ギルドや国の官警により拘束されている事が解った。どうやらギルドの暗部も動いているらしい。

確かに、アマテラスを目指すと言って旅をしてきた冒険者が目前で足を止めれば、敵対して尻込みをしていると勘繰られてもおかしくは無い。幸いシャトー王国の辺境は雪深く、この時期は旅に向いていない。それにパーティーメンバーの1人が流行病で熱を出しているので、容態が落ち着く迄は休養すると言う名目で宿に足を止めている。まぁ、自ら薬を飲んで熱を出しているだけなのだが、その言い訳も長くは続かない。1週間も逗留をすればギルドに目を付けられるのは間違い無いだろう。


わざわざギルド斡旋の医者にまでかかって診せたので、多分まだ大丈夫な筈だ。しかしそうと分かれば、一部の情報は何者かによって意図的に操作されていた事が解る。


多くの冒険者にとって、アマテラスが憧れの地になっている事は間違いない。だが、そこを目指すと言って旅立った者が、こうしてシャトー王国で足を止めれば高い確率で帝国に与する者だと解ってしまう。そしてシャトー王国では当たり前に話題になる迎撃装置の話も、シャトー王国を出た辺りでバッタリと聞かなくなるのだ。意図的に情報を封鎖しているのだろう。それは何故か? 俺たちの様な存在を炙り出す為だ。


調べた限りでは、ギルドの暗部に所属する有名どころが何人も王都で確認されている。実際にはもっと多くの人員が動員されている事は疑い様が無い。勿論、お国には報告を行った。報告を受けた後発の仲間はもっと慎重に動けるだろうが、彼らは余りにも遅きを逸していたのである。


そしてお国から指示を受け取る事も出来ない。シャトー王国に潜伏していた帝国の目や耳や口は例外無く身柄を拘束された様で、国からの指示を伝える事が出来る者が居ないからだ。彼らが出来るのは一方通行の報告だけ。結局のところ、どれだけの犠牲を払ってもタクヤを抹殺する以外に選ぶべき道は無かった。


どうやら国の王様はタクヤと親しいらしく、何でもアマテラスと王都を瞬く間に移動できる転移門なるものが有るらしい。だが、その転移門を利用して侵入を試みた者も居たが、消息は定かでは無い。


国王周辺は当然警護の目も行き届いているし、その目を掻い潜って転移門を利用しようとしても、そもそも設置したのはタクヤだ。恐らくはモンペリエやアマテラスに備えられている迎撃装置と同様の代物が有るのだろう。接近など出来る筈も無かった。


「どうする?」


「どうするって言っても、こんなのどうしようも無いでしょ? 行けばクロスボウの餌食。アマテラスを目指すと言ってここ迄来た以上、行かなければギルドの暗部に始末される」


「そうじゃな、行くも地獄、行かぬも地獄」


「せめてタクヤが、刃が届く所に来さえすれば、殺せるものを」


絡め手で行く事も考えたが、あまりにも時間が足りない。せめて迎撃装置がアマテラスだけなら打つ手もあったかも知れないが、その手前にあるモンペリエも同様の鉄壁の守りとなれば、正直僅かな時間では打つ手等無かった。


結局何も妙案は浮かばないまま、その3日後、熱が下がり体調が戻ったので、彼らはシャトー王国を旅立つ事になった。勿論、実際にはギルドの目が厳しくなってきたので、追求されない様に旅立っただけの事だ。


モンペリエに近付くに連れて、彼らは気持ちが沈み込んで行くのが解った。どう考えてもアマテラスに侵入する方法が思い付かなかったからだ。


いよいよ、モンペリエを直前に控えた時の事。かつてはブルゴーニと呼ばれた町、今は放棄された町の跡地を目前とした街道で、彼らは仲間から声を掛けられた。


何気ない口調で声を掛けられたが、符牒により直ぐに仲間だと解る。

仲間に導かれるまま街道から逸れて森の中へと分け入ると、10人程の仲間が身を寄せ合っていた。皆一様にすっかりと薄汚れている。それぞれが腕利きなのだろう。こうして野にあっても、早々に魔物に後れを取る事の無い実力者ばかりだと直ぐに解る。だが、その誰もが目からは光が失われていた。

皆同じ境遇なのだろう。アマテラスへ侵入する手立てを思い付かず、さりとてむざむざと死地へ赴く事も出来ず、こうして足を止めているのだ。


情報を交換すると、ブルゴーニの中心部にも迎撃装置が備えられている事が解った。こちらの情報は既に放棄された町と言う事もあって全く話題にならなかったから、今まで耳にする事が無かったのだ。ここに居るメンバーの中にはそれを知らずにブルゴーニへ足を踏み入れ、仲間を射殺された者が居るらしい。それから、同じ様に犠牲者をださないように、少しでも仲間を集める為に、ああして街道で声を掛けているのだそうだ。


誰でも声を掛けている訳では無い。アマテラスを目指す冒険者であれば、間も無く目的地に着くとあって足取りは軽い。だが、帝国の者なら一様にその足取りは重いので、遠目にもそれと解るのだそうだ。


鍛え抜かれた者達が肩を落として歩いている。そう言われてしまっては、本来なら納得など出来る筈もないのだが、忸怩たる思いを噛み締めながらも受け入れるしかない状況だった。


潜入が無理なら、手段を選ぶ事など出来ない。そこに居合わせた者達が考えている事と言えば、水源に毒を放つ事位だった。だが、果たして毒を放ったとして目標に届くのだろうか。それもまた問題だった。


日が暮れてからも、人目を引かない様に火も炊かず、襲いくる魔物に対処しながら、何か方策が無いかを彼らは夜が明けるまで議論を尽くすのだった。


それでも、妙案は浮かばない。

彼らは目標を目前としながらも刃を届かせる方法に思い至らず、既に疲れ切っていた。


「そう言えば、街道を見張っていた奴らが戻って来ないな? そろそろ交代の時間の筈だが」


「待て、何かがおかしい」


魔物に怯えて息を潜めていた獣の気配が、気がつけば消え失せている。戻る筈の仲間も戻らない。


皆武器を抱えて臨戦態勢を取る。警戒する彼らの目の前に、巨大な何かの影が落ちた。それは巨人だ。見上げるほどの体高、10mはあろうかと言う身長。人を模した巨大な金属の塊。それを、これ程接近する迄気付かないとは、正体は解らないが恐るべき手練れだと解る。


「報告にあった通りだな。帝国の間者だな? 大人しく投降をすれば命までは取らんが?」


正面の謎の人型から声がする。男性の声だ。どうやら人の類では有るらしい。恐らく敵はこの男1人と言う事は無いだろう。さっきまで気付かなかった気配が周囲をぐるりと取り囲んでいるのが解る。


皆目配せをする。覚悟を決めた目だ。ここで死すとも、せめて一太刀。出来るなら1人でも包囲を潜り抜けて報告をするべきだ。だが、戻らない仲間は、帝国の牙。ここに居る仲間内では最も実力のある人物だった。その仲間は何の連絡を寄越し事もなく戻らないのだ。一斉に掛かったとしても、どうにかなるとは思えない。


何より、正面に居る相手が並の相手では無い事を、皆肌で感じていた。腕に覚えの有る者達ばかりだ。相手の力量を何となくでも察する事が出来る。

今までに感じた事の無い重圧。これでは、親衛隊でさえ手も足も出ないのでは無いのか? それはここで自分達が死のうとも、到底容認できる事実では無かった。


帝国の力の象徴で有る皇帝陛下。その直属である親衛隊もまた、人の枠を外れた者達ばかりだった。彼らは修行の一環として親衛隊に直接対峙した事もある。その実力を肌で感じる事で、帝国への忠誠を確固たる物にするのだ。だが、記憶にある親衛隊と比べると、目の前の存在は遥かに格上に感じる。それを認めてしまえば、彼らの心の拠り所である帝国の力への信仰が揺らいでしまう。それだけは許されなかった。


「ふむ,覚悟を決めた様だな。ならば致し方なし。良かろう、俺が相手になろう。死出の花向けに我が名を刻むが良い。クラフター騎士団、騎士団長、オーギュストだ。参られよ!」


オーギュストと名乗った男が、敵と対峙しながらも今まで抜こうともしなかった背に佩いた剣をゆっくりと抜き放つ。その剣の輝きもまた、彼らの持つ武器と比べると雲泥の差を感じるものだった。しかも、その巨体に見合った大きさの剣だから、その刀身だけでも5~6mはあろうかと言う代物だ。余りにも凶悪な代物だった。


「皇帝陛下万歳!」


示し合わせた様に一斉に攻撃に移る。だが、その動きに呼応するかの様にオーギュストの姿が一瞬ブレると、一番後ろに立っていた男が一瞬で両断をされる。その動きで生じた突風に煽られ、必死に踏み止まって体勢を整える。オーギュストのその動きは目で追う事すら出来なかった。


その刃の前に為す術も無く、仲間は次々と両断され肉塊と成り果てて崩れ落ちていく。それは、まるで彼らの愛する祖国の未来を暗示している様でもあった。だが今更案じても、どうなる事でもあるまい。彼らの命運など暗殺指令を受けたあの日に、とうに決まっていたのだから。



Memo


オーギュストが駆る魔道アーマーは、実際には聖騎士型ですので体高は8mです。

下から見上げて正確な高さを推し量るのは至難なので、彼らは目測で10m位と思っています。


武器サイズは4倍。オーギュストが使用しているのは刃渡り長めの両手持ち剣で、通常サイズですと刃渡りが140cm有ります。聖騎士型ですと武器サイズ4倍ですので、刃渡りで5.6mです。

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