第163話 挿話 タクヤ暗殺指令

間者、草、隠密、忍者。現代風に言うならスパイ。帝国の命を受けた人々は大陸の至る所に存在する。


敵対勢力の中に忍び、溶け込み、情報収集をしたり、大衆心理の誘導を行ったり、時には勢力を取り込む為の調略を行ったり、破壊活動をしたり。その活動は非常に多岐に渡っている。


この大陸では、情報戦の価値はそれ程高くは無かった。何せ目の前には人類の明確な敵、天敵たる魔物が存在するからだ。奴らは人が秘めた魔力を好んで食べる。

国同士の思惑はあれど、基本的には手を取り合わなければ生きて行くには難しいのがこの世界だ。確かに、個で魔物を圧倒するだけの実力者は少数ながら存在する。しかし、彼らの力を持ってしても、大陸に住まう人々を守り通す事は到底出来ない。大陸は広く、無尽蔵に沸き続ける魔物は、やはり人類にとっては脅威でしかなかった。


だから、大陸に住む人々は基本的には合い争うのでは無く、手を取り合ってきた。


その仲立ちを行ってきたのがギルドであり、正教会であった。故に、この2つの組織は情報の価値を高く評価していて、独自の通信網を持っている。


そして、それ以上に通信網を発達させて、情報戦の価値を高めたのが帝国と言う存在だ。帝国では音声の通話だけでは無く、自動筆記で文章を遠距離に送る技術がある。モールス信号の様にデジタルなコードで書かれた文章は、魔道具を通じて帝国の情報部へと送られると、速やかに文章に書き起こされる。


帝国の情報部には日夜時間を問わず、大陸中から膨大な情報が流れ込んでおり、それを帝国の拡大戦略の礎として活用をしているのである。


当然、早くからタクヤについての情報も収集しており、恐らくこの大陸の誰よりもその危険性を認知していた。タクヤやその周辺の戦力もさる事ながら、タクヤが製造する兵器もまた、帝国を脅かす存在だった。とてもでは無いが、直接相対した時に勝利を得る事は難しいと考えられていた。だが、所詮は人である。正攻法で降すのが難しいなら暗殺をすれば良い。


冒険者パーティ、黄金の夜明け団。ギルドの等級は5等級でベテランと言って良い実力者達だ。彼らもまた、そうした帝国の情報戦を担う間者であった。


何時もなら諸国のギルドを点々として、そこで得た様々な情報を報告するのが彼らの任務だった。情報は一方通行で、彼らが帝国から直接任務を受ける事は稀だ。そんな彼らだったが、ある時1つの密命を受けた。


「お前たちに仕事だ」


そう声を掛けるのは、その町の表通りから少し外れた場末で宿と酒場を営む主人だ。祖父の代から3代に渡って、もう50年余り、この地で宿屋兼酒場を営んでいる。


彼もまた帝国の間者だった。黄金の夜明け団のメンバーを実行部隊とするなら、宿の主人は監督、纏め役を担っている。末端の間者は帝国から指令を直接受け取る事は滅多に無いが、こうして指示役を介して密命が下る事があった。黄金の夜明け団が請け負った前回の指令は、何処ぞの王族の暗殺指令であった。


前回の仕事も指令通りに見事完遂し、その王国は帝国へ傾く結果となった。仮にも王族、王国の精鋭に守られた要人の暗殺を、たかだか5等級の冒険者達が成し遂げる事が何故出来たのか? それは彼らが、本当の実力を隠していたからに他ならない。等級を上げすぎると、どうしても目立ってしまい動きにくくなってしまう。それを避ける為に本来の実力を隠して5等級に留まっているが、彼らは実際の実力なら7等級に迫ると自負をしていた。


彼らがそれだけの実力を有しているのは、幼少の頃に帝国で特殊な教育を受けたからだ。魔力至上主義の帝国では、魔力量を引き上げる為の、非人道的な方法も含めた様々な試みが行われている。その中にはダンジョンで獲得できる魔石砕いて粉末にした物を幼少の頃から摂取させて、外的要因により魔力量を引き上げると言う手段もあった。


過度な魔力は人にとっては毒となる。ましてや魔物が内に秘めていた魔力の結晶が魔石だ。人の身に宿す魔力とは異質で、どうしたって拒絶反応が出る。魔石の粉末を摂取した人の大半は死んでしまうが、数十人に1人位は拒絶反応を耐え抜き、通常よりも大幅な魔力を獲得するに至るのだ。そこから更に様々な技術や思想を叩き込まれて帝国の尖兵となる。黄金の夜明け団のメンバーは、皆同じ様にして育てられた帝国の兵士だった。


宿の主人は多少は戦えるだろうが、彼らにして見れば赤子の手を捻りよりも簡単に殺す事が出来るだろう。だが帝国の階級では彼の方が上だから、ましてや帝国の指示を伝える立場だから、その命令に従う事に全く疑いを持たなかった。


ちなみに彼らは帝国を身体に見立てて、役目に応じて呼称が与えられている。宿の主人なら帝国の口、実行部隊は指、特に実力が秀でる者なら爪。もしくはさらに一握りの実力者は牙。情報収集を専門とする者は耳、もしくは目と。


黄金の夜明け団は帝国の爪に当たる。


さて、今回の指令に当たって揃えられた資料に目を通す。


「シャトー王国の、しかも辺境ですか。随分と遠いですね」


ここからなら一月は掛かるのでは無いだろうか。


「もっと近場に、腕の立つ奴が居そうなものですが?」


「お国からの指令に何が異論でも有るのかね?」


宿の主人が少し眉を顰める。


「いえ、とんでも無いです。ただ、疑問は解消しておかないと、指令の遂行に支障をきたす事も有りますので」


「ふむ、それもそうだな。今回の指令は最優先事項だ。広く動員が掛けられている。現地で他の指や爪と合流して協力をしても良いし、手段も選ばない。どんな手を使ってでも、対象を抹殺しろと言うのが上からの指令だ」


「どんな手を使っても、ですか」


証拠を残しても構わないし、何だったら周囲を派手に巻き添えにしても良い。この指令はそう言う類の代物だ。


だが彼らは暗殺こそを得意としている。対象に近付いて、隙を見付けたタイミングで始末をしてしまえば良いだけだ。だが、そこにある資料を読み進めていくと、そう簡単な話では無い事が解る。


対象のタクヤは超大型種の単独討伐により8等級。伴侶は今代の聖女で、こちらも超大型種と同等の、希少種の魔物を単独討伐して8等級。最近では、かつて名を馳せた剣鬼を配下に加えたと情報に記載されていた。


「化け物揃いじゃ無いですか」


「そうだとも。だからこそお国も手段を選ばないと言っているのだろう」


仮にもギルドに席を置いているのだから、等級の意味を良く知っていた。7等級に比肩し得ると言う自負もあるが、実際に7等級と正面切って戦おう等とは思わない。時と場所を選んで始めて7等級殺しは成し遂げる事が出来るのだ。


更にその上、8等級ともなればその実力は別格だ。大陸に存在する一握りの最高戦力、それが8等級だ。この等級の差は決定的で、正直な話し、仮に7等級が束になったとしてもどうにか出来る相手では無い。


だから、大陸で名の知られている主だった8等級、及びそれに類すると予測される人物は、触れるべからずとして大抵は情報として頭に入っている位だ。


それが、3人も揃っていると言うのだから、どうかしている。


嫌な予感しかしない。でも、国からの指令を断る選択肢は無かった。


彼らは、一路アマテラスを目指す。


幸いな事に冒険者の間でアマテラスは結構な噂になっていて、腕に覚えがあれば士官を目指す者も少ないながら一定数は居る事が解った。だから、彼らも行き詰まった5等級冒険者パーティーが上を目指すキッカケとしてアマテラスで士官を志すと言う筋書きで旅をする事が出来た。


何某かの目的が無ければ、さすがに旅程に1ヶ月は掛かる、ましてや辺境の町を目指すのは疑われてしまう。だが、アマテラスで士官をすれば生活は安泰だし、聖女に直接仕える事もできる。大陸最強の一画と噂される剣鬼の指導を仰ぐ事も出来る。それに、何でも正騎士として叙勲をされれば貴族の地位に加えて、とんでも無い武装を下賜されるらしい。肝心の部分は色々と噂に尾鰭がついているので、そのとんでもない武装とやらの真実は定かでは無いが、そう言った噂も相まって腕に覚えがある者は士官を目指しているのだそうだ。


いよいよシャトー王国に入れば、更に様々な情報が入ってくる。近隣諸国のギルドに所属する冒険者が、彼らと同じ様にアマテラスを目指すのも度々見聞きした。勿論、その中には彼らと同じ様に帝国に仕える者も多数居た。


仲間同士は、仲間にしか通じない符牒があるから、直ぐに判断をする事が出来る。そうした仲間やギルド、耳聡い商人らから話を聞き、情報を精査する。


そして解った事は、とてもでは無いが町に入る事すら不可能だと言う事だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る