第162話 情勢の変化

卓也が今後の方針について皆と幾度となく議論を重ね、慎重に検討をしている一方で、その卓也の決定が大陸の趨勢を決定づけると考える人は少なくは無かった。


トリスタンやジョエルの様に、卓也の力の一端を知り信望する者達が筆頭では有った。だが、そうした卓也の力を目の当たりにした人々だけでは無く、先の聖女戦争のあらましが徐々に広まるにつれ、その動向を注視する者が増えていた。


シャトー王国の元侯爵が、聖女を標榜する者を偽物と断じ糾弾せんと兵を挙げたのは昨年の事。長らく国境を挟んで睨み合っていた隣国バローロ王国がそれに呼応し、聖女討伐軍と名乗る軍勢は総勢で1万を数えた。


それを迎え撃つのは正教会が聖女と認定したフランシーヌを妻として迎え、シャトー王国の最も新しい領主となったタクヤと言う人物。そしてタクヤに率いられしクラフター騎士団である。


聖女討伐軍の侵攻ルート上、タクヤが治めるアマテラスと聖女討伐軍との間にはモンペリエの町が有る。モンペリエは早々に中立を表明して、その門を固く閉ざした。


アマテラスの領民は、その大半が魔物の襲撃で壊滅的な被害を受けたブルゴーニの民である。そのブルゴーニの民を避難民として一時的に受け入れ、そのまま町として治める様になったのがアマテラスが興った経緯だ。

その経緯についても疑問を呈する声は多いが、少なくとも戦力の大半を魔物の襲撃で失った元ブルゴーニの領民を擁するアマテラスに、1万の聖女討伐軍を迎え撃つ事等出来る筈も無かった。


この軍の狙いは明白だ。元侯爵もバローロ王国も帝国の息が掛かっており、正教会が認定した聖女を偽物として糾弾する事で、正教会の勢力を削ぐ事が目的だろう。

正教会がフランシーヌを聖女として認める声明を出してから時を待たずして、聖女討伐軍が挙兵されたが、これは元侯爵が王国に反旗を翻そうと下準備を進めており、それ程準備を必要とせずに軍事行動を起こすことが可能だったからだ。正教会の布告が無ければ、その矛先は恐らくは王都であっただろう。


王都からの援軍はとてもでは無いが間に合う筈も無く、兵を出せる可能性があるのはモンペリエを治めるアデマール伯爵の軍勢だけだった。だがアデマール伯爵の援軍も無く、アマテラスは単独で聖女討伐軍を迎え撃つ事となる。


戦場となったのは、北進を続ける聖女討伐軍がブルゴーニを間近に控えて野営を行った地点だ。クラフター騎士団は、有ろう事か夜が明けようとする頃、敵に気付かれる事無く野営地の南側に布陣を完了した。


夜陰に紛れ、魔物の襲撃を掻い潜って、ましてや北進をする軍を迂回して南方に兵を布陣する等、どう考えても現実的では無い。一見不可能に見えるそれを可能にしたのは2つ理由がある。1つは転移門の存在と、もう1つはクラフター騎士団が寡兵であった事。


トリスタンが記した聖女戦争の概況報告書には、淡々とトリスタンが見聞きした事柄が列記されている。そこには余計な私見や憶測、感想と言ったものが省かれており、客観的に観察した戦いの行く末を記録として残す事のみを心掛けている事が、その文章から伺い知る事が出来た。荒唐無稽な内容にも拘わらず信憑性が高いと判断がされたのは、その視点や内容が種子一貫していた事。その内容故に創作であると考える者も多かったが、少なくとも報告書の記述内には大きな矛盾は存在しなかった。


そもそも聖女戦争は、帝国がギルド及び正教会と本格的に事を構える為に打たれた布石の1つだ。元侯爵は挙兵する際に自身の勝利を疑っておらず、正当性を主張する為に周辺国に広く声明を出していた。それが蓋を開けて見れば元侯爵側からは、その後の音沙汰は全く伝わってこない。


元侯爵領の反乱は瞬く間に王国軍により平定され、王族による直轄領とされた。

その結果を考えるなら、やはりトリスタンが記した報告書は、恐らく正しいと考える方が筋が通っている。シャトー王国が元侯爵の挙兵に呼応して、壊滅出来る程の軍勢で迎え撃つ事はどう考えても不可能だ。それならば、まだ報告書に書かれていた内容が真実と考える方が、理屈としては通っていた。


前後の状況を鑑みれば、やはり報告書に記された内容が正しく無ければ説明が付かない事が多かった。予想される様々な可能性を潰していき、最後に残った可能性がどれ程突拍子もなかったとしても、それは真実足りうると言う事だ。


各国は報告書の内容を精査し、外交筋を通して情報を収集し、裏付けを取った。結果として、大半の国はトリスタンが記した報告書の内容が、恐らくはかなり高い確率で真実であると判断をしたのである。


そうなると、報告書を呼んだ人々の関心は、当然タクヤへと移る事になる。

聖女戦争の劇的な勝利をもたらした人物。転移門や魔導アーマー、アパッチと言う航空戦力を製造する力を持つ者。そして今代の聖女の夫。


歴代の聖女は常に英雄と共に有る。ならば、タクヤこそが今代の英雄と考える事が自然の流れだ。報告書に記された内容を見れば、彼こそが英雄であると言われても不思議では無い。だが、正教会は英雄の存在については一才触れていなかった。


そもそもフランシーヌが神に選ばれた聖女であるならば、何に備える為に遣わされたのか。どんな災害が大陸を襲うのか。だが、神託の二つ名で呼ばれる聖女で有りながら、神から託された言葉は公式には伝えられていない。


情報収集を進めて行く内に、多くの人々が聖女の神託を知る事になる。神が地上に降臨する事が神託により予言されており、聖女は共にあるべく選ばれたのだと。


正教会からは正式な発表は無かったが、実の所各所から噂話として流布されており、情報収集をすれば自然と耳に入る様になっていた。


まだタクヤの力が限定的だった頃は、問題が起きた時に十分な対処が出来ない可能性があった為、その力を秘匿していた。だが、既にドラゴン討伐を果たせるだけの技術レベルに達しており、少なくとも仮想敵である帝国の戦力をどれ程上方修正したとしても対処できない問題とは考えられていなかった。


その為、今後どの様な方針を取るとしても、その下準備としてタクヤの力を広く流布する戦略を取っていた。情報の出所としては正教会と、各国の情報機関や外交筋経由、そして交易商人を介してである。


情報の出所は同じだから、どの筋からであっても最終的には同じ情報に行き当たる。例え人為的な物であったとしても、それぞれの情報筋はそれなりに信頼性が担保されているし、そもそも3つの異なるルートで情報を統制できる存在など本来は有り得ない。だから、大抵の場合はその情報を信じる他無かった。


そうなれば、皆こう考える。神たるタクヤは、何故この地上に顕現したのかと。直ぐに想像できるのは対帝国戦線だろう。帝国は神を崇める正教会と敵対関係にある。


正教会も一枚岩では無いから、正教会が神の信任を得ていると無条件に信じる事は出来ない。しかし、少なくとも正教会が認定した聖女を伴侶としているのだから、正教会とは敵対関係には無い筈だ。なら、敵の敵は味方では無いが、少なくとも帝国と同じ側に立つ事は無いだろう。


ならば、タクヤは帝国に対してどの様に動くのか。対帝国戦線の旗頭はギルドである事は間違い無い。近い内に帝国とギルドとの間に戦端が開かれる事は既に周知の事実だった。


帝国の躍進は目覚ましく、大方の予想ではギルド不利。だからこそ帝国に擦り寄る親帝国派や、状況を静観する中立を宣言する国が増えていたのだ。だが、ここに来てタクヤの存在が急浮上してきた。


タクヤが対帝国戦線に関与するなら、趨勢は大きく傾く可能性がある。多くの国にとって、タクヤは決して軽視出来ない存在になっていた。


タクヤの動向が、この大陸の趨勢を決定付ける言っても過言では無い状況へと変わりつつあったのである。

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