第161話 恨みの矛先
会合は何時もならもっと短い時間で終わる。
通常は下調べや事前の検討を済ませてからの話し合いだが、今回は初出の災厄の竜討伐に関する話や、それを踏まえた今後の方針についての話し合いの為、思ったよりも時間が掛かった。
簡単に情報共有を済ませて切り上げて本格的な話は次回でも良かったのだが、中々終わらなかったのは思ったよりも色んな意見が飛び出して議論が白熱したからだ。色んな意見が飛び出して、全然結論が出る気配が無かった。そこで、次回迄にお互いに詳細を検討して詰めてから、改めて話し合いの場を設ける事になった。
中には突拍子も無い意見や結構過激な発言も飛び出していた。手段を選ばなければ、いや、手段の使い方を選ばなければやれる事は色々とある。だが、そこは為政者としては軽々に選択する事が出来ない選択肢が大半だった。今後も色んな意見や案を皆で出しつつ、方針を決めて行く必要があった。
それにしても会議って何で時間が掛かるんだろうな。時間ばかりが掛かって結局話が進まない会議も多く、会議を短く済ますためのビジネス書は昔からずっとベストセラーだ。それでも会議が長いとぼやく同僚は事欠かなかった記憶がある。
でも、ここでの話し合いはきっと前に進む為に必要だと信じている。勿論今までだってそうだ。出来ることから1つずつ、焦らずに歩みを進めるしかない。
出た案は一旦皆で持ち帰って精査、検討をして貰う。夕方の報告会は時間が押しているのでキャンセルしたから、アマテラスの皆には明日の朝議で報告する。皆なら色々と意見を出してくれるだろうから、次回はもっと踏み込んだ具体的な話が出来るだろう。
大分遅い時間になったな。俺との関係が既に公然となっている陛下なら、王妃に怒られつつも、このまま夕食も一緒にと言えなくも無い。しかし教皇がいつ迄も聖教都を不在にする訳にはいかないから今日はここでお開きだ。
私室に連なる教皇専用の祈りの間に篭っていると言えば、余計な横槍はそう簡単には入らない。祈りの間は歴代の教皇だけが立ち入りを許される神聖な場所だから、教皇に無断で立ち入る事は出来ない。それに教皇は誰よりも敬虔な信徒だから、兼ねてより祈りを捧げる事が多かったら、半日程度なら疑われる心配は少ない。
幸い転移門はその祈りの間に設置をしているので、教皇の居室と祈りに間を隔てる扉に内側から鍵を掛ければ問題は無いし、そもそも直近の神殿騎士は既に自勢力に取り込んでいるから問題になる筈も無い。それでも何時までも籠っているのはさすが限度があるから会合が終われば聖教都へと戻る必要が有った。
夕食のお誘いは日を改めてだな。夕食の席では高位の魔物素材や等級の高いお酒を供するので、いつも好評を博している。親睦を深める為にも労う為にも、美味い酒とツマミは最高のアイテムだ。
翌日、朝議の席で改めて皆に今後の方向性についての話を行う。
「さて、昨日陛下と教皇を交えて話した内容を皆に共有しようと思う。まずは災厄の竜討伐についてだ」
昨日と同じ様に、将来的に災厄の竜を討伐する事。そのメリット、デメリット、不確定要素について順を追って説明をすると、昨日は軽口を叩いていたエドモンも実際に災厄を討伐すると聞けば随分と驚いた様子。それでもさすがに実感は沸かないのか、驚いたと言っても俺の想像よりかは反応が鈍かった。
だが、それも魔物が居なくなる可能性に触れる迄の間だ。直ぐには理解が及ばないのか、先程の討伐の話が印象で勝っていたのか反応は今ひとつ。だが、時間を追うごとに理解が及んでくると、皆の表情が熱を帯びていく。
「以上だ」
皆の反応を待つ。程なくしておーっと、誰からとも知れずに一斉に歓喜の声をあげる。
「本当に、そんな事が可能なんですか? 魔物が居なくなるんですか?」
「あくまで可能性の話だ。それに、先ほど言った様にその為には多大な犠牲を払う必要がある。それこそ大陸規模でだ。それを皆が望むと思うか?」
そう言って皆を見回す。
「当たり前じゃないですか。この世界で魔物に恨みを持たない者等居ませんよ」
皆を代表する様に声を発したのはジゼットだ。いつもは後方に控えて余り発言をしないのだが、今回に限っては率先して声を発する。何時もの口調と少し感じが違うのは、彼女も興奮を抑えられないからか。
「もし災厄を討伐するのなら、その時は私も連れて行って欲しいです。でもきっと足手纏いになってしまう。それでも、魔物の元凶に一太刀でも浴びせる事ができるのなら、少しでも何かの役に立てるのなら、この命、是非お使い下さい」
その言葉に、俺も、俺もと同調する声が噴出する。
同調する者達の瞳には普段は決して見られない様な、一種の狂気に近い仄暗い火が灯るのに気がついた。
この世界で、魔物を恨まない人は殆ど居ない。居るとするなら魔物に直接接しない事を約束された者か、それとも魔物など寄せ付けないほどの絶対的な強者か。だが、過去の歴史を見れば国すら容易く滅亡させる魔物だから、この大陸に住んでいれば誰1人として魔物の脅威から遠ざかる事は出来ない事は直ぐに解る。3人の英雄ならともかく、音に聞こえる強者もその多くは高位の魔物の前に敗れているし、そもそも上級エリアへ進出すら出来ていないのだから、絶対的な強者など居る筈も無い。
つまり、魔物に対する恨みが無いと自信を持って言える人が居るなら、それは余程の事が無い限りはただの愚か者だと言う事だ。
そしてここに居並ぶ人々は、ブルゴーニを魔物の集団が襲った先の戦いで、近しい人、大切な人を失った人ばかりだ。当然深い恨みを持っている。だが、どれだけ魔物を恨んだとしても、その恨みを何処へ向けられると言うのだろう。
魔物をこの世界に呼び込むきっかけとなった魔導文明か? それとも魔物に抗う力を持たなかった領主か? それとも国主か?
でも皆、恨みを向けても何も解決しない事を知っている。だからこそ胸の奥にしまい込んで目の前の希望に縋るしか無いのだ。
だが、災厄は違う。この世界に魔物を齎した元凶。全ての魔物の大元。正教会でも最初にこの世界を犯した災厄こそが、この世界に魔物を呼び込んだと説いている。
つまり、災厄とは明確な敵だし,全ての元凶であり源なのだ。恨みを向ける相手としてはこれ程的確な存在は他には無い。なら、今まで心の奥にしまい込んで、時には目を背けてきた人達が恨みを向けられる相手の存在と機会を知った時、どんな反応が出来ると言うのだろう。その答えが、彼らなのだ。命を賭してでも一矢報いたい。それは本心からの願いなのだと思う。
つまり先ほどの皆の興奮は、魔物が居なくなる事よりも、災厄に一矢報いる事が出来る可能性に思い至ったものだったのだろう。
そうした思いを抱える人々は大陸中を見渡せば数えられない位だ。だからこそ慎重にならなければならない。簡単に済ませて良い話では無かった。
その点については陛下や教皇を始め、皆からも指摘をされていた。災厄を討伐するのなら、大々的に喧伝して行うべきだ。可能なら、なるべく多くの人に参戦させるべきだと。どれだけの人が犠牲となっても恐らくは問題にならないと言うのが皆の意見だった。その後に魔導炉を破壊して魔物が居なくなるかどうかは、正直二の次なのだそうだ。昨日の会合ではその意見に少し懐疑的だったが、今の皆の表情を見ると皆の意見は間違ってはいなかった事が理解できた。
俺は直接魔物に恨みが有る訳では無いから、皆の気持ちが解るとは簡単には言えない。それでも、大切な人が魔物の手に掛かったとしたら、自分の力では抗う事が出来ない理不尽さにより失ったとしたら、その恨みは筆舌にし難いと想像する位の事は出来た。そしてその恨みや憤りを向ける矛先が無いとすれば、何を支えに進めば良いのだろう。
帝国相手に強行な手段を取らない事も、同じ理由だ。俺が圧倒的な力で捩じ伏せてしまったら、きっと禍根を残す。抗えない程の圧倒的な力、その恨みの対象が魔物から俺に置き換わる筈だ。それでは何も解決できない気がする。だからこそ力を奮うには正当性が必要だし、皆が納得できる理由や機会も必要になるのだろう。
最終的に必要だと判断をすれば、力を奮う事を躊躇うつもりは無い。だが、慎重にはならなければならない。俺自身が後悔をしない為にも、最善だったと自分自身を納得させるだけの下準備が必要だった。
方向性とか今後の方針について、有る程度形にするには今しばらく時間が必要になった。結局ギルドという最後のピースが埋まらなければ決めるものも決められなかったからだ。
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