第159話 今後の方針についての話し合い
「本日は、トリスタン陛下とジョエル聖下をお迎えして、会議を行う予定となっております」
それは1月半ば頃の朝議での事。
夕方の報告会が、皆から報告を受け取る場だとすれば、朝議では俺から皆に情報を発信する事が主になっている。
例えば俺の予定について。その日や数日先でも予定があれば、事前に皆と共有をする様にしている。町の施政はほぼ俺の手から離れてはいるが、それでも緊急の際にトップが不在では困る事もあるだろうからだ。
俺不在で対応が困る事は早々あるものでは無いが、例として挙げるなら先日正教会の枢機卿がケルン大聖堂へと訪ねてきた事だろうか。一応事前にジョエルさんから情報を共有して貰っているとは言え、相手は正教会の重鎮だから現場の判断だけでは対処に困る事もある。まぁ来訪した枢機卿の対応は、ジョエルさんからケルン大聖堂の堂主である大司教殿に任せておけば良いと言われていたので、報告を受け取った際の指示は何もしなくて良いだったのだが。それでもトップから指示があれば下も動き易いのでは無いだろうか。
フランシーヌは大聖堂での祈りを欠かさない様にしているので既に面識はあるが、俺はまだ会っていない。枢機卿が後からもう1人来る事になっていて、揃ったら改めて場を設ける予定にしている。ジョエルさん曰く、待たせた方が衝撃も大きいだろうとの事。それで無くてもケルン大聖堂の威容とフランシーヌの纏う神気にえらく畏まっているそうだ。
「例の件は共有して貰っているんだよね」
「はい。書面にしてトリスタン陛下、ジョエル聖下にお渡ししております」
例の件とは、前から考えている災厄の竜の討伐についてだ。目下帝国にどう対処するかも重大な懸念事項だが、先を見越した意見を貰えればと情報を開示する事にした。
魔導文明の滅亡については正教会に資料が残されていて、ある程度正確な情報をフランシーヌに教えて貰っている。今の所ゲームの設定と大きな乖離は無いが、全てが一緒とは限らない可能性もある。まぁ今までの経験からすると、災厄の竜に手を出せば、確実に大規模な襲撃イベントは発生すると思う。
「アマテラスの代表として、何時も通りオデットさんとフィリップに出席をして貰う」
「卓也様、本当に私が同席をしても宜しいのでしょうか。あまりにも場違いだと思うのですが」
とはフィリップ。既に陛下と教皇とは何度か顔を合わせているが、未だに慣れない様で、胃のあたりをさすっている。胃炎や胃潰瘍は神聖魔法の癒しで治せるからそう酷い事にはならないが、日頃の痛みまでは取り除けない様だ。諦めろ、頑張れ、と周りの同僚が励ます。他人事だと思ってとフィリップがこぼすが、その気持ちは解らない訳では無い。俺だって似た様なものだから苦笑をする他無かった。
「まぁ気持ちは解るがな。かと言ってオデットさんだけでは気づかない事もあるからな。頼りにしているよ」
実際、皆もそうだが、フィリップも本当に良くやってくれている。最近では行政の長としての貫禄もついてきたのでは無いだろうか。
「皆にも、陛下とジョエル聖下に情報を共有した後で共有するつもりだから、その時は色々と意見を出して貰うよ」
「きっとまたとんでも無い事を言い出すんでしょうね。先頃ドラゴン討伐まで果たされたタクヤ様なら、今度は災厄を討伐するって言われてもおかしくは有りませんけどね」
とはエドモン。最初はちょっと頼り無さを感じたが、食生活が改善したからか、日々農作業に従事しているからか、今では浅黒く焼けた肌とがっしりとした体格で、こちらも違う意味ですっかり貫禄がついた。まぁ今でも割とフランクに話をしてくれるのは変わり無い。
魔導文明を滅亡させた災厄の竜は、皆からは単に災厄と呼ばれている。エドモンも、まさか本当に災厄の竜を討伐するかどうかの話だとは思うまいが。
「まぁ、そこは直ぐに解る事だ。想像に任せるよ」
そんなこんなで朝議を終えて昼前、トリスタンさんとジョエルさんがアマテラスに来訪する。それぞれ宰相とニコラ枢機卿を伴っての登場だ。今日の話の席は、オデットさんとフィリップ、そしてオーギュストさんを加えたメンバーで場を設けてある。会合の場所は宮殿の奥まった一角にある一室だ。
揃った頃合いを見計らって部屋に向かう。俺が部屋に入ると、皆で出迎えてくれる。
「タクヤ様に置かれましては、本日もご機嫌麗しく」
そう代表をして挨拶をするのはシャトー王国のマルセル宰相。
「マルセル伯もご健勝で何よりです。皆さん、本日はお集まりくださりありがとう御座います」
オデットさんには事ある毎に、もっと上の者に相応しい口調でと言われるが、慣れない言葉遣いは中々に難しい。それに、いずれも巨大な組織を束ねる一角の人物だから、そんな人達に下にも置かぬ態度を取られると、何とも面映い気持ちになる。先程フィリップが慣れないと言っていたが、俺だってそう簡単に慣れる事は出来なかった。
「さて、事前にオデットから文章を回して貰ったかと思います。本日皆さんに意見を聞きたいのは、今後の情勢を鑑みて、厄災の討伐をどうするかと言う点についてです」
「先日ドラゴン討伐の報を頂いたばかりだと言うのに、随分と展開の早い話かなとは思います。ですが、タクヤ様のおっしゃられる様に魔物をこの世界から根絶出来る可能性があるのであれば、最優先に検討すべき課題かとは思います」
俺の言葉を受けてそう返事をしてくれたのは、ニコラさんだ。
この世界に魔物が出現する様になったのは、魔導文明がこの世界の魔力を掌握しようとして超大型魔導炉を極点に設置した事に端を発する。魔導炉により莫大な魔力が励起され、その結果、世界を隔てる壁に歪みが生じてしまった。その歪みを利用して壁をこじ開けてこの世界へと出現したのが厄災の竜だ。
厄災の竜は極点に居座り、今尚強大な魔力をその支配下に置いている。また厄災の竜の出現により世界を隔てる障壁の歪みは世界中に広がっており、それにより生じた亀裂から様々な魔物がこの世界に出現しているのが現在の状況だ。
超大型魔導炉と災厄の竜により魔物がこの世界に現れる様になったので、この2つの原因を排除すれば魔物の出現を解消する事が出来る可能性はある。まぁ直ぐにと言う訳では無いだろうが、この世界を循環する魔力が正常な状態になれば、その結果改善する可能性は高いだろう。
「メリットとしては、災厄の竜を討伐すれば、タクヤ様はより大きな力を奮う事が出来ると言う事。デメリットは、その際に世界規模で大規模な魔物の襲撃が発生するだろうと言う事。不確定要素は、今後より大きな力を持つ外敵が出現する可能性と、超大型魔導炉を破壊したとして魔物の出現が解消できるかは解らない事。そして不確定要素に付随するデメリットが、仮に解消をした場合に魔石の供給が途絶える可能性が有ると言う事ですな」
「マルセル伯に言って貰った通りです。魔物の襲撃は海を渡った大陸に出現する魔物まで、この大陸に出現する可能性が有ります。そうなれば被害は甚大なものになるでしょう。だから俺の一存で厄災の竜を討伐するべきでは無いと思っています」
「ですが、魔物が蔓延るこの世界を我々の手に取り戻す事は我々の悲願でもあります。正直、今までは目の前の魔物に対処するのが精一杯で、そこまで考えが及ぶ事は有りませんでした。それが叶う可能性が有るのなら犠牲を厭う必要は御座いますまい」
「然り。そもそも災厄はこの世界の外から現れた神に仇なすものですからな。何を遠慮が要りましょうぞ」
発言者はマルセル伯とニコラさんだ。もう少し慎重な意見も出るかと思ったが、想像よりも過激だった。
「タクヤ様は少しでも犠牲を減らしたいとお考えなのだと思います。ですが、100年先、1000年先の未来を子等に託す事を考えれば、結果はどうであれ、やはり試さないと言う選択肢は無いのでは無いでしょうか」
トリスタン陛下の言葉に、居並ぶ皆が一様に首肯をする。
「タクヤ様がこの世界に降臨なされたからこそ、我々は千載一遇の機会を得たのです。どうぞ、下々の事は我らに任せて、御心のままにそのお力を振舞われれば宜しいのです」
そう俺を肯定してくれるのはジョエル教皇だ。この人のスタンスはフランシーヌと通じる所がある。端的に言えば、神の御心のままにと言う奴だ。
「皆、ありがとう。お陰で大分気持ちは軽くなった。厄災の竜を討伐し、超大型魔導炉を破壊する方向で検討を進めたいと思う。そうは言っても犠牲は少しでも減らしたいから、引き続き皆の知恵を貸して欲しい」
不相応な強大な力に、イエスマンばかりでは間違った方向に進む可能性を否定が出来ない。流石に全肯定と言う訳では無い筈だ。俺が間違っていればちゃんと諌めてくれる筈。そう思えば、きっと先程の言葉通りにこの世界から魔物の存在を無くす事こそが求められている事なのだろう。とは言え、流石にこの数人で大陸の運命を決める総意と受け取るのは傲慢だろう。襲撃に備えるにしろ、皆の意見を広く求めるにしろ、どうすれば良いか、きっと良い知恵を出してくれると信じる他無かった。
「は、お任せください。ところで、懸念点で有りました魔石ですが、ダンジョンを利用されて見ては如何でしょうか?」
「ダンジョン?そう言えばダンジョンに出現する魔物も魔石を落とすんだったね」
「左様で御座います。ダンジョンもまた、この世界の理とは異なる存在です。仮にこの世界から魔物が出現しなくなったとしても、ダンジョンを利用すれば魔石の入手は可能なのでは無いでしょうか?」
ダンジョンか。考えなかった訳では無い。ただ今の言葉にも有る様に、恐らくダンジョンはこの世界の理とは全く違う理が支配する場所だ。果たしてエターナルクラフトの力が通じるのか。それが疑問だった。
「オーギュストさんの言葉も選択肢としては有ります。ただ、この世界の常識が通じないのであれば、私の力が発揮できない可能性も有るのでは無いかと」
「確かに可能性は否定出来ませんな。なら試して見れば宜しいのでは無いでしょうか?」
「試す?」
「左様です。魔導アーマーを使わずとも、私とフランシーヌ様、マリーズ様が居ればそれこそドラゴン相手でも無ければ遅れを取る事は無いでしょう。もし魔導アーマーが問題無く使えるのであれば、それこそ厄災クラスの相手でも無ければ問題にはならないでしょう。ならば、どんな魔物が出現するのか。力は使えるのか。魔石は何処まで供給が可能なのか、試して見れば宜しいのです」
「確かに、そうかも知れないな」
厄災の竜から獲得が出来る極大魔石は、魔導リアクターがクラフト出来る様になっても直ぐには使い道が無い。文明レベル4でクラフト出来る次元航行艦で、最上位の戦艦や空母クラスの動力に使う程度だから、最悪は特大クラスの魔石が獲得出来れば十分だろう。
もし恒星間航行が可能になるなら、魔石の供給源を他星系に求める事も出来る。それ程心配はしなくても良いのかも知れないな。それにドラゴンの集会が出来る様になったから、ある程度は先を見越してストックをして置けば早々に困らないかも知れなかった。
オーギュストさんが言う様に確認が出来るのであれば試せば良いだけだ。何処かで時間を作ってダンジョンに行って見る事も考えて見よう。
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