第158話 年明け頃のアマテラスの風景

年明けて、暫らく経ったその頃のアマテラス。


通常この世界では、冬は寒さを凌ぐ為に家の戸は厳重に閉められ、外を出歩くのは最小限に止める。食糧も充分とは言えず、ましてや暖を取る為の燃料は何処でも貴重だからだ。


だがアマテラスでは完全に事情が違っていて、誰もが毛糸で編んだ暖かい服を着て、充分に栄養のある食事を取っていたから寒さへの抵抗力もある。それに身体が冷えても暖を取る為の燃料に事欠かないし、何だったら何時だって風呂に入って冷えた身体を温める事も可能だった。


だから冬だと言うのに、皆変わらず仕事に精を出していた。


魔導アーマーは、兎に角重機としての性能がずば抜けていたから、今では准騎士にまで配備枠を拡大している。勿論支給するのは最下級の兵士級に留めているが、それにしたって土木や建築作業の効率は段違いだった。


仮にも騎士が工夫や人足の真似事をするのは嫌がられそうな物だが、アマテラスではむしろ准騎士になれば魔導アーマーが与えられるとあって、男女問わず子供たちの憧れの職業になっていた。今では真面目に剣を振り身体を鍛える子供達をそこかしこで見かける事が出来る。准騎士本人達も家族や子供、周囲の人達から憧れと感謝の視線や言葉を向けられれば、仕事に精が出ると言う物だ。


そう言う訳で真冬にも関わらず、アマテラスでは次々に新しい建物が立ち、街並みは急速に整えられていた。勿論、卓也によって無尽蔵とも言える資源が提供されているからでもある。


そしてそんな騎士に憧れるのは子供達ばかりでは無い。それはアマテラスに移民として受け入れた新たな領民や、ギルド所属の冒険者であっても同じ事だ。


アマテラスで士官をする事が出来れば、安定して安全な仕事を得る事が出来る。そして美味い酒にありつく事も出来る。准騎士以上に叙任されれば魔導アーマーを駆る事も出来る。士官を目指さない理由など何処にも無かった。流石に移民組の中で、准騎士を目指せる程の実力者は稀だったが、冒険者なら少なくは無いからその傾向は顕著だった。


財や名誉、立身出世を目指して冒険者になった者は多い。だが、長い事生死の境に身を置いていれば、何時しか安全な生活と豊かな食事、そして程々の出世と名誉があれば充分だと考えるのは不思議な事では無い。そこに美味い酒があるなら尚更の事。だから冒険者にとってアマテラスは理想郷に等しかった。


ただ、アマテラスでは他の町にある様な魔物狩りの仕事は殆ど無い。主な仕事は、アマテラスで引手数多の人足仕事、商隊の護衛、そして子供達への教導である。

子供達の知識や技術の向上は町の施策として行われていて、報酬は決して悪くは無い。流石に4等級以上のベテラン組には報酬としては少なく感じるが、2等級、3等級なら問題は無い程の報酬が支払われるから、皆喜んで子供達へ手解きを行った。


騎士を夢見て、成長期に充分な栄養を取り、剣や魔法の手解きを受けた子供達。そうした子供らの中から才能ある者が育って騎士として叙任されるのは、そう遠くはない未来の事だろう。


そうした事情もあって、冬だと言うのに町の往来には多くの人や魔導アーマーが行き交っていた。


アマテラスの発展に伴い、トウカも門前町として整備され発展を続けている。

移民を受け入れる為の居住区。冒険者や商人を受け入れる為の商業区。素材の採取、加工を行う工業区。そして牧場と畑がある農耕区。卓也がクラフトした施設はそのままに活かしながら、今ではかなりちゃんとした町並みになっていた。


卓也は作業の合間に少なくとも3日に1回程度は時間を作って、町を歩くようにしている。

畑や家畜の世話は完全に領民に任せているし、人口採石場や伐採場も設置したので、最初の頃の様に鉄のインゴット等の資源を供出する必要も無い。巨木ツリーも、現在では町の景観を彩る位で、伐採作業は稀にしか行われていなかった。高級木材は確かに貴重だが、伐採上のお陰で木材自体は困らないからだ。わざわざ卓也の手を煩わせる程でも無いと、今では最低限の数に留められている。

酒は今も一定数を提供しているが、宮殿に専用の区画を設けていて、毎日数分程度の時間を割いて樽を置いておけば、後は担当が倉庫にしまって在庫管理をしてくれる。今の所消費に十分追いついていて在庫もあるから、こちらも問題にはならなかった。


だから卓也が何故町を歩くのかと言えば、人々の暮らしぶりを見て幾度と無く感じた後悔や無念さを忘れない様にする為だ。自分の持つ大きすぎる力、その力をどの様に使うべきかは今も常に悩んでいる。


今までは技術レベルを上げる事を最優先目標にしていたから、歩みを止める必要が無かった。だが、災厄の竜は今までとは事情が異なる。災厄の竜と戦う時、開戦をトリガーとして大規模な襲撃イベントが発生する。


それ迄の襲撃イベントは地域が限定されていたから対処が容易だったが、災厄の竜に挑む際は世界的規模で一気に魔物が増加するのだ。当然、この大陸も無関係ではいられない筈だ。しかも技術レベルが上がっているから、この大陸でも更に上位の魔物が発生する可能性がある。初級エリアのフィールドボスにさえ手こずる様なこの世界の住民では、恐らくは甚大な被害が発生する事だろう。それは避けねばならなかった。


災厄の竜を討伐して魔導文明滅亡の引き金となった魔導炉を破壊すれば、緩やかに魔物の出現が減少する可能性もある。災厄の竜がこの世界へとやって来たのは、魔導炉によりある一定以上に魔力が凝縮され、次元の境界に罅割れが生じたからだ。


極点に魔導炉を設置した事でこの世界に魔物が出現する様になったのだから、それを排除すれば直ぐにでは無いにせよ、魔物が出現しなくなる可能性は低く無いと卓也は考えていた。


そして悩む理由がもう1つ。正直今の技術レベルでも生活には全く困らない。上げる必要性を感じているのは、異世界からの侵略者を可能性として排除できないからだ。


エターナルクラフトで文明レベルが3になると、新規のPvE要素として異世界からの侵略者が襲撃してくる。エイリアンや機械文明と言った、我々の宇宙とは異なる進化を遂げた、別次元の宇宙からの侵略者だ。万が一にもそんな奴らが現れれば、今の技術レベルではひとたまりも無いだろう。その可能性さえ無ければ、無理に災厄の竜を倒さなくても良いのだが。今の時点ではその存在を確認する術がない。備えるべきか否か。実に悩ましい事だ。


魔物の出現が止まった場合、魔石の供給源が断たれる事になる。将来的に魔導リアクターの開発、運用に際しては魔石が必要不可欠だから、供給が断たれるといずれにしても異界からの侵略者に対処する際に、十分な対応が取れない可能性もあった。だから元凶である魔導炉を破壊するかどうかも熟考する必要があった。


ただ大規模な襲撃イベントは一度災厄の竜を討伐してしまえば2度目以降は発生しないので、別の問題として切り分けて考える事も出来る。


いずれにしても災厄の竜を倒すのか、その後に魔導炉を破壊するのか。俺だけでは判断は出来ないから皆に相談をして考えようと思っている。ただ直ぐには無理だろうから、何時でも倒せる様に準備を進めるだけだ。


準備と言っても技術レベルはもう直ぐキャップの100に到達する。後は素材さえあれば少なくとも災厄の竜討伐は全く問題にならない。それこそ装備さえ整えれば1人でも倒せる相手に、今でも4人がかりで挑めるのだ。十分な素材さえあれば負ける要素は無いに等しい。何だったら、信頼できる仲間を増やせば人数を増やす事も可能だし、犠牲を厭わなければもっと人数を動員する事だって出来るのだ。今でもオデットさんが討伐の際には同行をしたいと強く要望を貰っている。


俺の騎士として仕える事を選んでくれたのに、政務関連をほぼほぼ任せている状況だからかなり無理をさせている自覚もある。騎士だから政務をしないと言う訳でも無いだろうが、何せ最近では国王に加えて教皇とも話し合いの場を設けているから、流石に元下級貴族の、それも妻の立場では荷が勝ち過ぎると嫌味を言われた事もある。まぁそれでも頑張ってくれているのだから、オデットさんには全く頭が上がらない状況だ。


次回ドラゴン討伐を行う際は、オデットさんも連れて行こう。そう思うのだった。

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