第157話 今後の方針
ドラゴン討伐の報は、アマテラスの人々にささやかな歓迎と共に受け入れられた。
本来なら伝説に謳われる偉業だ。国を挙げての大騒ぎになりそうなものだ。だが、反応は本当にささやかなものだった。アマテラスの人々にとって卓也の偉業は今更な事だったし、それ以上にドラゴンの討伐ともなれば余りにも雲の上の話過ぎて現実的では無かったからだ。
それに、討伐の実績自体が大々的に喧伝されたものでは無い。
「と言う訳で、つつが無く予定通りドラゴンを討伐しました」
「卓也様、討伐達成おめでとうございます」
討伐を果たした夕方、定例の報告会で卓也は簡単な報告のみを行った。どちらかと言うと、準備に時間が掛かって町を不在にしたから、その理由をちゃんと説明しておく必要があった。その辺り卓也は非常にまめだ。そして討伐に向かうと言った手前、結果についての報告も必要だろう。卓也の意識としてはその程度のものだ。
それに大々的に喧伝をして証明をしろと言われても面倒だ。証明自体は簡単だ。5日後のリポップの際にでも同行させて、討伐する瞬間を実際に見せれば良い。でもそうする理由が無かった。人の口に戸は立てられないから、その内噂は広まるだろう。その影響がどう出るかは予測が出来ないが、どう転んでも気にするほどでは無いと言うのが皆の共通した意見だった。
と言う訳で、ドラゴン討伐が終わっても卓也の日常にはさして大きな変化は無かった。日々の日課は変わらず。朝と夕と町の施政や今後について、皆と話し合いをして、どうするかの方向性を決める。実務や政治的な駆け引きに関しては卓也は門外漢なので専門家に任せている。
アマテラスの施政についてはオデットさんを頂点とする町の上層部と。シャトー王国及び周辺国との折衝についてはマリーズとオデットさん、国王夫妻と第一、第二王子、そして宰相を加えた面々と。大陸全土の話については、更に教皇、オーギュストさんが加わる。
王国の今後の方針としては、バローロ王国に兵を出す事は確定している。先の一件を考慮すると、国としての体面も有るので放置と言うわけにはいかない。相手側も雪が溶ける頃に戦端が開かれる事は理解をしているので、準備を整えている筈だから尚更の事だ。
ただ、今年の冬は例年と比べて雪が深く、隣国バローロ王国ではかなりの凍死者、餓死者が出ているらしい。
バローロ王国は聖女戦争に5000を援軍として出し、その全てを失った。数としては決して少なくは無く、ましてや必勝を誓った軍はバローロ王国の精鋭でもあった。その為、国内の魔物に対する戦力は大幅に低下をしていた。加えて、元々国内の食糧についてはシャトー王国からの輸入に頼っていた割合が大きかったにも拘らず、この冬は輸入が途絶えている。その2つが大きな要因となって魔物被害が拡大し、冬の備えを充分に整える事が出来なかった。
現在、旧侯爵領から東側の街道は厳重に封鎖されている。普通なら難民でも出そうなものだが、この世界では飢えた力無き者達が渡れる程、街道は安全では無い。新天地を求めてバローロ王国から脱出を試みたものも少なくは無い筈だが、恐らくそうした人々は旧侯爵領に辿り着くことが出来ず、魔物の餌食になっている事だろう。
バローロ王国は放っておいても早晩自滅するだろうが、窮地に追いやられたバローロ王国を放置すると、起死回生を狙ってシャトー王国に牙を剥く可能性は高い。ならば、こちらのタイミングで、万全の体勢を整えて叩き潰した方が早い。それに周辺国への見せしめの意味もある。
年内にも帝国とギルドとの対立が本格化するのは決定的だ。そうなった時、大陸は帝国派と反帝国派とが入り乱れて混乱する事が必定だった。
大陸の情勢を見ると、現在帝国が大陸全体の20分の1を呑み込んでいる。親帝国派の国家は増えていて、ギルドや正教会と袂を分っている国が全体の1割。裏で帝国と密約があったり、中立の立場を取ると目されている国家が更に2割程。つまり、帝国派と反帝国派の割合は、ざっと1:3程度と見られている。
帝国に対抗せんとする勢力の割合の方が遥かに大きいが、それも戦力を全て集中出来た場合に限られる話だ。
帝国は、滅亡した魔導文明の末裔を自称しており、この大陸の支配権を声高に主張している。大陸の歴史を長らく支えて来たギルド本部がその帝国の手によって陥ちる事にでもなれば、それは魔物に抗ってきた人々の歴史が敗北をする事に他ならない。それだけは何としても避けねばならなかった。
帝国はギルド本部攻略に全戦力を集中すれば良いが、対抗する諸国はギルド本部に戦力を集中すれば良いのかと言うと、そう言う訳にもいかない。魔物への対処を軽んじる事は出来ないし、反帝国戦線に兵を割けば、いつ周辺の親帝国派に牙を剥かれるかも解らないのだ。そもそも誰が敵で、誰が味方か、皆がお互いの腹を探り合っている。今はそんな状況だ。おいそれと兵を出す訳にもいかなかった。
そんな状況下にあって、大陸中央部で影響力のあるシャトー王国が親帝国派のバローロ王国を完膚なきまでに下せば、その影響は測り知れない。大陸の親帝国派を牽制する為にも、一才の容赦は必要とされていなかった。
そんな理由もあって当初は傍観するつもりだった卓也も、何らかの関与をすべきでは? と考えを改めるに至っている。どの程度関与するかは、現在も検討中だ。
直接バローロ王国の王都にでも出向いて叩いてしまえば簡単だが、言わばシャトー王国とバローロ王国の喧嘩を卓也が買うのは筋が通らない様にも思える。ただ、先の軍勢が聖女討伐を掲げて派兵された事を考えれば卓也が兵を出す理由にならない事も無い。
だが、シャトー王国内における王族と貴族との関係性を考えると、手を出すべきでは無いのではと当初は考えていた。ただ現在は、卓也の圧倒的な力を前にして、その卓也との関係性を王家が隠さなくなった事もあって、その関係性は表面的には急速に改善している。だから、今となっては余り貴族に配慮をしなくても良いのではと考えていた。
その辺りは大陸の情勢との兼ね合いもあるので今後の課題だ。
一方で帝国の動きも常に注視している。大規模な軍事行動の準備を進めている事は明白だ。帝国の国境線とギルド本部との間には2つの国が有るが、今の帝国の勢いと予測される戦力を考えれば国を呑み込むのはあっという間だろう。その時、ギルドがその軍勢を迎え撃つ事が出来るのか、それが問題だった。
迎え撃つ為に人を集めるとしても、ギルドから帝国に打って出るのは難しい。どうしても正当性が問われるからだ。だから迎え撃つ必要があるが、そうなると人を集めるとしても、集めた人をどうやって維持するのかが問題になる。
大陸全土から優秀な魔物狩りを集めれば、どうしたって大陸各地の魔物に対抗する為の戦力は減るので被害が拡大するだろう。特に、近年大陸では魔力が高まっている事が観測されていて、出現する魔物の質も量も増加傾向にある。そうした状況で帝国にばかり目を向けていては、結局疲弊する結果にも繋がり兼ねない。
ギルドに協調して派兵を検討している国も多かったが、そうした事情もあって簡単には軍を動かす事が出来ないでいた。そうなると、実際に帝国が攻めて来た時に、どれだけの戦力で対抗できるのか、それが問題だ。
卓也の力を借りる事が出来れば、恐らくは容易に戦況を覆す事が出来るだろう。だが、教皇もシャトー王国の国王も決してその事を口にはしなかった。そもそもそれは人と人との戦いだ。その争いに神が関与する事は望ましいとは考えていなかったからだ。ならシャトー王国とバローロ王国間の戦争は良いのかと言う話だが、そちらは既にして卓也も当事者だから別の話だ。
こうして今後の方針については、大陸最大規模の勢力である正教会のトップを交えて話し合いをしていたが、そうだとしても、当事者であるギルドを欠いてしまって予測の域を出る事は無い。まずは正式にギルド本部へコンタクトを取って見てはと言うのが現在の方向性だった。方向性が決まれば後は皆が勝手に動いてくれる。
正教会とシャトー王国のギルドを通じて、正式に面会の要請が出された。日時や場所等の段取りは皆が上手く調整をしてくれるだろうから、後は結果を待つばかりだ。
ギルドとの調整が完了してギルド本部へ向かうのは、結局もう直ぐ2月になろうと言う頃の事だった。
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