第156話 挿話 枢機卿と大司教

現在、アマテラスのケルン大聖堂を聖堂主として監督しているのはギョーム大司教だ。ちなみに名称は、そのままケルン大聖堂になった。

正教会で大聖堂と呼ばれるのは、各教区を束ねる枢機卿が坐す場所か、聖教都にある聖堂位なものだが、何せ規模が規模だ。それに聖女のお膝元で神へ祈りを捧げる場所なのだから問題ないとの事で、教皇の一存で正式に決まった。


ギョーム大司教は元々シャトー王国の王都に有る聖堂に在籍し、王国全体の正教会を束ねる立場だったが、現在は後任にその席を譲りアマテラスに在籍をしている。

ギョーム大司教は本人が自ら望んで、聖女であるフランシーヌを追ってこの地へと赴任して来た。ただ大司教程の地位にある人物が本人が望んだからと簡単に転籍が出来る言えば、勿論そんな事は無い。それもジョエルが裏で色々と画策をした結果だ。


シャトー王国を含む北部一帯を束ねるのは、北部教区担当のジャコブ枢機卿だ。

ジャコブ枢機卿は幼少の頃より敬虔な信徒で、また魔力に秀でていた。その実力が認められて若くして地方の教会長に就任し、以降順当に出世して枢機卿の座に登り詰めた人物だ。

派閥は正統派で清廉潔白な人物である。いくら教皇からの口添えがあったからと言って、軽々に部下の大司教の配置換えを行う様な人物では無い。

彼がそれを認めたのは、教皇から直々に信仰の在り方を問われた書簡が届いたからだ。因みに書簡を届けたのはオーギュストさんだ。

アマテラスで教皇から届けてねとお願いをされて、人目を避けて夜中に魔導アーマーで一気に駆け抜けたそうだ。


教皇がジャコブ枢機卿に宛てた手紙の中身だが、聖女が誕生し神より授かった奇跡である神託によって神の降臨が告げられた。ならば、ジャコブ枢機卿の信仰は何処へ向けるべきかと問うた内容だった。

自身が管理する教区内に聖女が現れたと言うのであればその真偽を見定めなければならない。彼はどちらかと言うとフランシーヌが聖女である事に対しては懐疑的で中立の立場を取っていた。丁度シャトー王国には腹心の部下であるギョーム大司教が要る。そこで見極め役としてアマテラスへ赴任させたのである。


そして、ギョーム大司教がアマテラスに辿り着いて暫らくしての事。通信の魔道具を通じて話した時の内容がこうだ。


「ジャコブ枢機卿猊下様に置かれましてはご機嫌麗しゅう」


「これはこれはギョーム大司教殿。長旅でお疲れでは御座いませんでしたかな?」


「何を何を。まだまだ健勝で御座いますれば、それに辺境とは言えアマテラスは王国内ですからな、さほどの事では御座いませぬ」


ジャコブとギョームは、数十年来の仲だ。ギョームが3つ年上になる。ジャコブが若くして教会長に抜擢された時、助祭として補佐を任されたのがギョームだった。ジャコブは魔力に秀でていて信仰も篤い。実直な性格で正義感が強かったが、悪く言えば愚直だった。それを補佐して、枢機卿の座に迄押し上げたのはジャコブの存在があってこそだった。


北部教区では、シャトー王国の存在感は非常に大きい。有数の歴史を持つ大国であるし、大司教ともなれば周知の事実だったが、聖女派の重鎮でもある。到底ないがしろに出来るものでは無かったから、腹心の部下であるギョーム大司教を置いているのだ。


国の歴史と規模を鑑みれば、北部教区の大聖堂はシャトー王国に置かれている事こそが自然だった。ただ、シャトー王国は聖女派であったから、頑なに固辞をしてきたと言う経緯もある。


さて、そんなジャコブとギョームの仲だから気心は知れていた。


「まぁ、そうであろうとも。ギョーム殿に隠居されたのではたまったものでは無いからな、健勝で居て貰わなくては。して、如何であったかな?」


「はは、まだまだジャコブ様にはこき使われてしまうのですかな? しかし、そろそろ私も寄る年波には勝てませぬ。そろそろ後進に席を譲る頃合いかと」


「ん? 正気か?」


ジャコブ枢機卿にとって、その言葉は衝撃であった。なにせ事実上の引退宣言だ。苦楽を共にした仲だから、当然神に御許に召されるまで共に歩むのだと思っていた。


「勿論正気ですとも。なにせ私は真に仕えるべきお方にお会い出来ましたからな。ジャコブ様には申し訳御座いませんが、余生は神への祈りに捧げたいと思うております」


「それ程であったか」


ジャコブはギョームの目から見てどうだったか、問い質そうと思っていた。だが、そう言われてしまっては次の言葉も出てこない。


「百聞は一見に如かず。私が何を申し上げた所で、それは詮無きことで御座いましょう。神への信仰は、己が胸の内から湧き出て来るもので御座いますれば」


「お前もあのお方と同じ事を言うのだな」


「そうで御座いますな。貴方様への最後の忠義と思って頂ければ」


ギョーム大司教が仕えるべき主と言うその人物が誰であるかは言う迄も無い。そもそも、フランシーヌとはギョームもジャコブも面識があった。

ニコラが自身の管理するシャトー王国の一教会に赴任したいと言うのだから、当然通すべき筋が有る。その際に聖女候補として紹介をされたのがフランシーヌだ。

ニコラ枢機卿はフランシーヌが聖女である事を確信していた。実際に直接会って見れば、そう思うのも無理は無いと思えた。だが、ギョームもジャコブもフランシーヌを聖女と認める事には慎重だった。


ジャコブは神への信仰なら誰にも負けないと言う自負がある。その神がもたらした試練を乗り越えてこそ初めて聖女足りうるのだから、どれ程神の寵愛を受けていたとしても今の時点で認める訳にはいかなかったからだ。


だから、ギョームが仕えるべき主と言う人物がフランシーヌである事は考えられない。ならば、その人物は後1人しか残されては居なかった。

突然の引退宣言に、まだどの様に反応をすれば良いのか考えが追い付かない。だが、その相手がであるなら、ギョームを問い質すのは不敬になる。


それに主と定める相手を鞍替えしたとしても、引退を口に出したとしても、大司教としての職務は全うしてくれる筈だ。あくまでも自分の補佐としての立場を後進に譲ると言う事なのだろう。


「解った。ギョームにはこれ迄世話になったな」


「長い付き合いで御座いますからな。まぁそれもしばしの事で御座いましょう。お待ち致しておりますぞ、枢機卿猊下」


2人の通信はそこ迄であった。ジャコブ枢機卿がアマテラス訪問を決めたのは、その直ぐ後の事だ。ただでさえ大陸の情勢が不安定なこのタイミングで枢機卿が動くのは簡単では無かったが、アマテラスは聖女の御座す地だ。理由はどうにでもなった。

そもそも形式だけとは言え、許可を取る相手は教皇しか居ない。アマテラス訪問を報告したとして、その返事等言う迄も無い事だろう。


ジャコブ枢機卿と同じ様に、アマテラスへ向かう事を決めた枢機卿があと2人居た。そのどちらもジャコブに負けず劣らず神への信仰篤き人で、同じ様に教皇から直々に神への信仰の在処を問われたのだ。信仰心に疑いを掛けられたのであれば、例えその相手が教皇であったとしても黙っている事等出来る様な人物では無かった。


自身の目で見極める為、アマテラスへ直接向かう事にした。こうして教皇の思惑通りにアマテラスに教区を束ねる6人の枢機卿の内、実にその半数がアマテラスで顔を合わせる事になったのである。


さて、アマテラスへと訪れた人々の反応だが、そう大きくは変わらなかった。


アマテラスの出入りは、初めてであれば誰であろうと許可が居るので、いったん門前町のトウカに入る。そこで簡単な注意事項の説明を受け、誓約を行う。多くの町と同じ様に町に入るのに税金が取られる訳では無い。ただ、トウカとアマテラスに敵意を持つ者には一切の容赦はしない事を説明を受け、理解した事を誓約書に認めるだけだ。この町では、盗み、器物破損、傷害に対しては厳罰を持って処される。何でも、町を囲う様に配置されている迎撃装置は、町への敵対者を厳密に見定め、情け容赦無く射殺すのだと言う。その為、万が一にでも犯罪を犯した者は、自身で申告をすれば丁重に町の外へと強制退去をして貰える。


そんな馬鹿なと笑い飛ばす新参者も、その晩に酒場でその話をすれば、先達から真面目な顔で説き伏せられるのだ。そして、美味すぎるこの町の酒に呑まれて騒動を起こすものも稀に居る。そうした人物は、大抵護送車で厳重に町の外へ強制退去をさせられる。それを目の当たりにすれば、決してお題目等では無い、この町の本気度を嫌でも理解する他無かった。


もっとも正教会絡みであれば、聖女の御座す地で問題等起こせる筈も無いから、大した問題にはならなかった。それに町の外からでも荘厳な大聖堂の威容を見る事が出来る。


教会関係者ならば、トウカで許可を得るとそのままアマテラスのケルン大聖堂へと案内をされる。遠くからでもはっきりと目にする事が出来るが、近付けば想像を遥かに超えた建物だと解る。何せ、その象徴的な2つの尖塔の高さは150mに達するのだ。それ程の高さを誇る建築物等、大陸中を捜しても何処に存在しない。

整然と区画整理された街並みや宮殿の荘厳さも本来なら目を引くが、初めてアマテラスを訪れた人の目は、やはり一番目立つケルン大聖堂へと向けられるのが常だった。

教会関係者なら尚更の事だ。


3人の枢機卿がケルン大聖堂で顔を合わせたのは、2月に入ってからの事だった。

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