第152話 秘密兵器
明けた朝はいつも通りに過ごす。
朝の日課を終えて朝食を食べ、朝議を行う。朝議の席に居並ぶ皆には今日ドラゴンを討伐する事は伝えている。町の皆に直接的な影響は無いが、情報の共有は必要だ。ドラゴン討伐を果たした後は、いよいよ今後どうするかを皆に話して今後の相談をしなければならない。俺だけでは到底判断出来る事では無かった。それに相談をすれば良い意見や知恵が出てくると言うものだ。
昨日は朝の日課をこなせなかったので、二日分の作業をこなす。昼前には一段落したので、そこから竜のねぐらへ移動をする。
問題は無いと思うが、転移門を設置した地下から地上へ出る時は細心の注意を払う。
万が一にもドラゴンに悟られていると、穴から出て来るのを待ち構えている事があるのだ。
ただ、この周辺に立ちこめている濃密な魔力は、ドラゴンが眠りにつく前と後では明らかに状態が異なるらしい。一度その違いを肌で感じた後なら、この距離ならドラゴンの姿を見なくても寝ているかどうかは判断がつく程には違うとの事。まぁ相変わらず俺には魔力の違いは感じられないので、その判断をするのは俺以外の3人だが、3人が3人共今なら寝ていると意見が一致しているので問題は無いだろう。
深い眠りについている時なら、ドラゴンは多少では目を覚ます事はない。
多少がどれ位かと言うと、壁で囲った内側に自動化装置を設置して拠点化すると恐らく目を覚ます。魔導アーマーを展開したり、ちょっと伐採や整地をした位なら、今の状態なら大丈夫だ。
掘った穴から出ると改めて周囲を見渡す。
巨大な木と木の間は100m位の間隔があるし、茂っている草も言ってしまえば大きいだけで道端に生い茂っている雑草の類だ。鎌を使用すれば採取自体は簡単に出来るから秘密兵器を展開する為の下準備として、まずは一定範囲の草を刈り取ってしまう。リアルだと凸凹に感じる地面もクラフトモードなら整地不要な程に平坦だ。
スペースを確保すると、登録済みの秘密兵器を設置する。砲塔を含む全長100mの超弩級戦車、ジャガーノートだ。
通常レシピのアッパーバージョンでは無い、DLC専用レシピ。大半の課金レシピは実在した兵器をモチーフにしているが、これはエターナルクラフトオリジナルの兵器として用意をされている。
説明文によると、ジャガーノートはヒンドゥー教の神であるクリシュナの別名なのだそうだ。圧倒的な巨大な力と言う意味らしい。
砲塔だけで60m。砲径85cm、口径45cmと、戦艦大和の主砲やドイツの列車砲の砲塔に匹敵するサイズを有している。
砲弾は超重量の鋼鉄の塊でその重さは7tを僅かに上回る程。その砲弾を大量の火薬で押し出す。音速を優に超える速度で発射された砲弾は対象を容赦なく叩き潰す、質量兵器だ。
ジャガーノートの重量は実に2000t。仮にその重量に耐えられるだけの舗装された道でも、時速5㎞でしか走行が出来ない。まぁクラフトモードなら実際に重量が与えるであろう地面への影響は無視出来るが、それにしたって歩く程度のスピードだから戦闘で戦車として運用する事は困難だ。
最大射程は40kmに達するが、水平射撃で敵に一撃を叩き込む事のみを前提として設計をされた為、戦車としての形態をとっている。リアルでは到底運用が出来る代物では無い。
発射後の次弾装填には1分掛かるし、1発撃つ毎に砲塔に大きなダメージが入るので、2発迄しか発射する事が出来ない。実際エターナルクラフトでも普通の戦闘で運用出来る代物では無く、就寝中のドラゴンに目覚めの一撃を与える事に特化した局地戦用の決戦兵器だ。いわゆる救済兵器とも言う。
なにせ、最上級エリアに到達する為にリヴァイアサンを撃退するだけでも苦労をするのに、ようやくドラゴンに辿り着いても、そう簡単に討伐する事が出来ないのだ。最上級エリアで活動をしようと思えばドラゴンを討伐してレベル60のキャップを解除する事が不可欠だったから、ドラゴンを討伐出来ずに心折れるプレイヤーが数多く存在した。そこで運営が用意したお助け課金アイテムが、このジャガーノートと言う訳だ。
俺は後発組だったから、ゲームを始めて直ぐにジャガーノートが実装された。当然間髪を入れずに購入をしたのは言う迄も無い。でも、購入はしたもののドラゴンの初回撃破はジャガーノートを使わずに頑張った。だから実の所レシピは持っていても実戦で使った事が無かった。
ジャガーノートは巨大な鋼鉄の塊だ。総重量が2000tと言うだけあって、クラフトには鋼鉄のインゴットが20万個必要になる。本来であれば途方もない数字では有るが、正直な話、レジェンド等級の魔導アーマーやその専用武器をクラフトする為の必要素材に比べれば素材の確保はそれ程負担では無かった。
寝ているドラゴンに、初撃として砲弾をぶち込む。これだけで、体力を3割削る事が出来る。その一撃で目を覚ましたドラゴンは、其の後の行動は2パターンに別れる。1つめはこちらを敵として認識をして突撃をしてくるパターン。もう1つは、その場でブレスを放つパターン。
ブレス攻撃の場合は、ジャガーノートは1撃であれば耐えるだけの防御力と耐久が有るから、ブレス攻撃を真正面から受け、その間に次弾を装填して2発目を叩き込む。睡眠中の初撃はボーナスがあるので、2発目は2割ダメージ。初撃と合わせれば、それだけでドラゴンの体力の半分を奪う事が出来た。それだけの威力を誇るのだから、使わない手は無い。
因みに突撃をしてきた場合は速やかにジャガーノートから魔導アーマーに乗り換える。何せ接近された状態では狙いを付ける事も難しいし、ジャガーノートを破壊されでもしようものなら強制的に降車させられるので、あっと言う間にドラゴンの下敷きになって死亡してしまう。また攻撃を受けている状況でジャガーノートから降車して魔導アーマーに乗り換えるのもハードルが高い。だからドラゴンが突撃を選択した場合は、速やかに乗り換える必要が有った。
実際にはフランシーヌとオーギュストが距離を詰めて、俺が砲弾を撃ち込んだタイミングに合わせて攻撃を仕掛ける。その場合にドラゴンがどの様な行動を取るのかは解らない。通常通り突進もしくはブレスを放つか、或いはフランシーヌとオーギュストに狙いを定めるか。ブレスを選択した場合は次弾を撃ち込む作戦だ。
初撃から次弾を撃つ迄の間は1分。何度もカウントを合わせる練習をした。2人にはタイミングを合わせて距離を取って貰う様にしている。万が一にも砲弾が2人に当たってしまうとどの様な影響が出るかは解らない。直撃ならレア等級の聖騎士級魔導アーマーでも一撃で全損する筈だから、それだけは絶対に避ける必要が有る。
だから混戦になった時、タイミングを合わせる事が難しい時は、次弾の砲撃を断念せざるを得ない。その場合は2人に頑張って貰うしか無い。まぁそれでも初撃で3割体力を削れるのだから、やはり撃たない手は無いだろう。
乗り換え用に、予め右手後方に魔導アーマーを設置。ジャガーノートに乗り込み、砲撃準備を始める。こんな時、連絡手段があれば簡単だが、いざ戦いが始まれば連絡をする手段が無いのは難儀だなと思う。一応通信用の魔導具を持ち込むと言う案も有った。リアルで搭乗する分には使用出来るのだが、クラフトモードでの搭乗では利用する事が出来なかった。
魔導アーマーなら何とかなるが、さすがにジャガーノートに乗り込むのをリアルで行うのは結構ハードルが高い。クラフトモードなら一瞬で搭乗も降車も出来るが、リアルにハッチを開けて乗り込もうとすれば1分では済まないだけの時間が掛かる。だから、通信用魔導具を利用する案は諦めるしか無かった。
戦闘が始まってしまえば臨機応変に対処するしか無いから、様々なパターンを想定して事前に立ち回りについての綿密な打ち合わせを行っている。それにしてもオーギュストさんが戦線に加わってくれたのは非常に心強かった。
さぁ準備は整った。砲塔の向きを微調整し狙いを定めると、その動きに呼応してフランシーヌとオーギュストさんが静かに走り出す。2人は走りながら神への祈りの聖句を口にして神聖魔法を行使する。全身を淡い光が包み込み、身体能力が飛躍的に向上する。
ドラゴンとの距離は凡そ2.5㎞。足音を忍ばせる為、多少は速度を落として走っているが、それでも1分程で走り抜ける速さ。それが神聖魔法の効果もあってか、2人はそこから更に一気に速度を上げると、左右から挟み込む様に二手に分かれて緩やかな弧を描く様に走った。
2人がドラゴンに接敵する直前、俺は狙いを定めたジャガーノートの戦車砲を発射した。
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