第151話 竜のねぐら

2時間も歩くと森と竜のねぐらの境界へと辿り着く。竜のねぐらは直径で5㎞。廃都自体は中心部から直径20㎞程だから、灰都がかなり広大であった事が解る。


そして中心部は特殊なフィールドになっていて、エターナルクラフトでも建築をする事が出来ない。ボス固定のフィールドは大抵建築不可エリアに指定されていて、ここも変わりは無かった。


森と竜のねぐら部分との境界は明確に分かれていて、まるでそこだけくり抜いた様に、すっぽりと半径5kmの空間が広がっている。その中心部に竜の寝床が存在する。


ドラゴンは光物に目が無いと言われる事があるが、エターナルクラフトのドラゴンは金貨や宝石で寝床を作っている訳では無い。生半可な武器では通らない程の硬度を持つ鱗や皮膚に覆われているのだから、何を下に敷いても寝心地は変わらない気もする。だからだろうか、中心部には取り立てて何か特別な材質で寝床が作られている訳では無かった。


ただ、この廃都の中心部こそを自身の寝床と定めて、眠りにつくのだ。習性故か、それともゲームの仕様故か。


森の端に辿り着くと、俺達から見える場所で竜は横たわって眠りに着いていた。遮る物も無く、竜の巨体故か、遠目にも眠りにつくその姿を確認する事が出来た。


ドラゴンは、3日に1度の頻度で飢えた腹を満たす為に狩りに出る。狩りから戻るとまた眠りにつき、3日は目を覚まさない。


ただ、3日の間眠りに着くと言っても眠りの深さには多少は違いがあって、食事を済ませて眠りに着いてから半日後からの24時間が一番眠りが深い。その間を外すと多少は眠りが浅いらしく、少しの気配で目を覚ます可能性がある。


出来れば一番深い眠りに着いている時に奇襲攻撃で大ダメージを与えて、少しでも戦闘を有利に進めたかった。


エターナルクラフトの魔物は、拠点や設備を優先的に破壊する様にAI設定がされている。この世界の人が築いた設備であればその限りでは無いが、少なくとも俺が作った設備や俺の支配下にある拠点で有ればゲームの仕様と同じ様に攻撃対象になるから、きっと何か違いが有るのだろう。


それはこのドラゴンでも変わりは無い。眠りが浅い時に廃都の中に拠点や攻撃の為の設備を設置すると目を覚ますので注意が必要だ。


拠点を設置する最大の目的は、移動用の転移門を防衛する為だ。しかし廃都では注意すべきはドラゴンだけなので城壁や迎撃装置で防衛をする必要が無い。それに、ある程度の深度迄掘り進めればドラゴンの知覚からもすり抜ける事が出来るので、まずは地下へと掘り進めて仮設の拠点を建造した。後はドラゴンが狩りに出る迄様子を見るだけだ。


因みに幾ら地下深くとは言え、拠点を設営してしまうとドラゴンに知覚される事になる。だから長期戦に備えて転移門を設置するだけに留めた。ドラゴン討伐が完了した後は、大規模な拠点を建造する予定だ。


ゲームの仕様通りなら現時点では気付かれる可能性はほぼ無いとは言え、フランシーヌ達にゲームの常識が通じる訳では無い。万が一にでも目を目を覚ましたドラゴンに気付かれれば、十分な態勢を整える前に攻撃を受ける可能性も有る。だから適度に緊張した状態を維持しつつ、交代でドラゴンの動きを見張る。ドラゴンが目を覚まして狩りに出たのは翌日の日が明けた頃だった。


狩りに出たのがこの時間なら、昼過ぎには狩りから戻って来て眠りに着く筈だ。ゲームの仕様通りなら眠りについてから半日、日が変わる頃から丸1日は深い眠りに就くので、ドラゴン討伐は明日決行と定めた。


そうと決まれば見張りの必要は無いから、俺のする事は何時もと変わらない。海岸付近に設けた拠点を足掛かりに、鉱物資源を探査して地下を掘り進めて採掘設備を設置。既に設置済みの設備のチェックも行う。


地上と比較をすると地下はかなり安全だが、最上級エリアでは地下を活動区域にする魔物が居て、多少の警戒は必要になる。実際、設置した採掘設備をチェックすると、3日程度で50%程の確率。1週間も放置するとほぼ100%魔物の餌食になる。


地下にある程度余裕をもって空間を作り城壁と迎撃装置を設置する事も出来るが、地下に出現する魔物は城壁関係なしに直接拠点内に襲撃をしてくるので、迎撃装置が上手く機能しない事も多い。ましてや最上級エリアの採掘ポイントは埋蔵量も多く、全て採掘する為にはそこそこの日数も掛かる。


地下を活動区域とする魔物、主にワーム系の魔物だが、地上の拠点には攻撃をしてこない。その為防衛の手間を考えると長期的に見れば採掘設備を守る拠点は地上に作った方が守り易かった。


なので地下を掘るのは、どちらかと言うと確率は低くとも掘る事で入手が出来る稀少鉱石が主な目的。探査装置による採掘ポイントは、そのついでに何が採掘出来るのかをチェックして地図にマーカーを置き、ドラゴン討伐後に本格的に採掘をする事を想定しての事だ。


地下の採掘がメインであれば地上と比べると格段に安全だから、護衛役はフランシーヌだけ。マリーズとオーギュストさんは明日の本番に備えて、今頃は本番さながらの訓練を行っている筈だ。戦意がかなり高まっているので多少は発散する為にも身体を動かした方が何かと都合が良いらしい。


その日の晩は、いわゆる壮行会を行った。


大物との戦いを前に壮行会を行うのは何も今回が初めてでは無い。節目節目にこうして何某かの理由をつけて、美味しいご飯を食べて、美味しいお酒を飲む機会を設けている。


今回は先日俺だけで楽しんだレジェンド等級のお酒を皆に振舞う事にした。反応は言わずもがな。さすがに明日に控えるので量は控えめにしたが味は格別だった。

因みに、さすがにレジェンド等級は外に出すべきでは無いと飲んだ皆の意見が一致した。


現在大蜘蛛の森の拠点は4倍位の広さに拡張していて、増えた面積の大部分は醸造蔵を大幅に増築している。何せ新たに仕込む度に新しい醸造蔵が必要になるのだ。今でも定期的に材料を採取しては仕込んでいるので、蔵には飲みきれない程のお酒が今も熟成中だ。


王家には酒類取り扱いを許可して貰っている代わりに税としてレア等級までを物納している。これ迄に王族をうちの晩御飯にお誘いした事が何度か有って、その際にユニーク等級迄は試しに飲んで貰った事がある。しかし税として物納をしているのは当初の契約に基づいてレア等級までに抑えている。それでも貴族との外交に非常に役立っているそうだ。お酒に目が無いのは何時だって何処でだって変わらない。何より、この世界では嗜好品が限られているから、実際には俺の想像以上に酒の受けは良かった。


この世界の物流は魔物の影響もあって非常にコストが掛かる。何処かで嗜好品の類が生産もしくは算出をされても簡単には運ぶ事は出来ない。だから、この世界においては嗜好品の類が非常に珍重される。


保存の利く珍味や工芸品、酒や宝石等。庶民がおいそれと手を出せる価格では無い。前にジャイアントスパイダーの素材が食材として珍重されていたが、そう言った理由もあってなのだそうだ。通りで金貨が飛び交う筈だ。


だから、王族が貴族を招いて晩餐で振舞うお酒は諸手をあげて歓迎をされた。何せ金貨を積んだからと買える代物でも無い。最初はコモン等級を振舞う。そしてそれよりも上等なお酒が有ると交渉材料にする。王族に兼ねてより友好的な貴族や、便宜を図ってくれた見返りにアンコモン等級を振舞い、更に上の等級が有ると仄めかすのだ。聖女戦争の影響もあって王族と貴族の関係は急速に改善しつつある。そこにお酒の存在は交渉に際して潤滑油としての機能を十二分に果たした。


まぁ俺にはそんな事情は関係無いから、こうして機会を設けては皆で美味しく楽しむむ事にしている。さすがに何某かの口実を設けてないと、際限なく飲んでしまいそうになるから要注意だとは思う。先日失敗をしたばっかりだったから尚更の事だ。


一方で等級の高い酒類は別の側面でも取り扱いに悩んでいた。魔物素材を含め、上位の素材は魔力を大量に含有しており、体内に取り入れる事によって僅かずつではあるが魔力量が増大する事が解っている。


魔力量は戦力に直結する。ゲーム的な感覚で言うなら、魔物を倒すと経験値を得る事が出来てステータスとして魔力が増加する。魔力の増加に伴って身体能力も上がるから、実質各種ステータスも増加するのだろう。加えて魔物素材やクラフトした等級の高いお酒なんかを食べたり飲んだりしても経験値を得る事が出来る。それが魔物を倒して得られる経験値と比較すると結構馬鹿にならない。


つまり、美味しい酒や素材を食する事で戦力の強化が可能になるのだ。魔物素材はそれこそ食べきれない程保有しているし、上級の魔物程サイズが大きく採取出来る素材も増えるので、今後も加速度的にストックする素材の等級が上がっていく。今後はドラゴン素材だって定期的に採取が可能になるのだ。それを継続して食べる事が出来れば、かなりの戦力強化になる筈だ。


ただ問題が有るとすれば、のだ。


幾ら俺にとっては供給が容易だからと言って、例えて見ると毎食最高級の霜降り和牛を食べる様な食生活が健全だとは思えない。でも、それは庶民的な感覚なのかも知れないな。それこそ富豪と呼べる層の人達なら、幼少の頃から美味しい食事に慣れ親しんでいてもおかしくは無いのかも知れない。でも、この世界ではジャイアントスパイダーの足肉であっても高級素材なのだ。おいそれと出せる筈も無かった。


だから供給をするなら、場当たり的な対応では無く、長期的な運用が必要となる。提供するか否か、提供するならどの様な形式で提供をするべきか。もうしばらくは検討が必要だろう。


そんな事をつらつらと考えつつ、食事と会話を楽しみながら夜は更けていく。

激しい訓練のお陰もあってか、マリーズとオーギュストさんの戦意は良い感じで落ち着いていた。フランシーヌは俺との付き合いが一番長いからすっかり慣れたもの。


さぁ、明日はドラゴン討伐だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る