第150話 廃都
廃都は、緩やかな丘陵地帯を大きくくり抜いて造成された都市だ。周囲をぐるりと緩やかな丘が囲んでいるから、丘を登りきれば一望する事が出来る。かつてこの地にあった都市はどの様にして蹂躙されたのかを今の姿から窺い知る事は出来ない。
ドラゴンの放つ強力なブレスに焼き尽くされたのか、それとも魔物の大群に文字通り蹂躙されたのか。だが、都市が滅んでから約1000年。既に鬱蒼と茂った木々に飲み込まれていている。因みにこの木々を伐採してもかつての街並みを見る事は出来ず。堆く瓦礫が積もっているだけだ。一見するとかつて都市が有ったとは判別出来ない場所だが、遠目にもその中央部分がぽっかりと開けているのが見て取れる。そこがドラゴンのねぐらだ。
誰も訪れる事の無いこの地で、廃都の守護者としてこの地に1000年。それは途方も無い時間の様に思える。ゲームの中でならそれ程深くは考えなかったが、こうして現実として相対する事になると何となくドラゴンの胸中を考えてしまう。
とは言えだ、クラフターとしては技術レベル60のキャップを解除する為にドラゴン討伐の実績は必要不可欠だし、一度倒してしまえば後は万全の体勢を整えて定期的に狩る事になるのだから、些細な感傷だなと思う。
俺としては慣れ親しんだドラゴン討伐だから感傷と言ってもその程度だが、同行している3人にとってはそうでも無い様だ。なにせ、かつて剣の英雄のみが討伐を成し遂げた伝説上の魔物に挑もうと言うのだ。そこにドラゴンが居るのかどうかは今の時点では解らないが、この地に満ちる魔力は否が応にでも感じられる。3人もさすがに緊張が高まっているが解る。
俺達には魔導アーマーもあるし、秘密兵器だって用意している。火力は十分だから不用意にブレスの直撃を喰らわない様にだけ気を付ければ負ける可能性は無きに等しい。先日討伐を成功したリヴァイアサンと比較をすればむしろ格下だから、油断さえしなければ問題は無いだろう。
だが、フランシーヌでさえ緊張感を漂わせているので、萎縮してしまわないかが多少は心配になる。まぁそうは言っても実戦経験も豊富なこの3人ならいざ戦いとなれば何時も通りに動けるのだろう。
しかしふと思う。かつて剣の英雄は神の祝福を得たとは言え、己が剣でドラゴンを討伐せしめたらしい。魔導アーマー無しで挑もうと思えば、正直今の技術レベルではかなり難易度が高いのが実情だ。それを考えると、剣の英雄って実は化け物なんじゃ無いかと思う。
最低でもオリハルコン、もしくはヒヒイロカネが素材として扱える様になれば、魔導アーマーを利用せずともドラゴンなら討伐は可能だ。それでも空中に逃げられると有効な攻撃手段が限られるので、討伐にはかなりの時間を要する。それを剣で討伐したのだからとんでもない実力だ。他の2人の英雄も似たり寄ったりだろう。考えれば考える程、過去に英雄と呼ばれた人達がどれ程常軌を逸してたかが理解させられる。
俺も聖女に見出されたのだから、所謂英雄候補だ。むしろ神様らしい。だが、エターナルクラフトと同じ事が出来るとは言え、俺自身はしがない元サラリーマンだ。この世界の人々を見れば、つくづく自分の平凡さに嫌気がさす。だが、皆の期待に応えたいとも思う。もし、この世界に何某かの災厄が訪れるのだとしたら、微力でもその災厄を退けたいと思うのだ。だから、ちょっとずつでも技術レベルを上げるし、その為の採取を行うしか無い。結局の処は何度も考えても結論に変わりは無かった。
「さてここからだが、ドラゴンが食事に出掛けた隙に近付いて、寝静まるのを待つ。この一帯はドラゴンの縄張りだから、有難い事にドラゴン以外には魔物が出現しない。俺達が騒がなければ奴は気にも留めない筈だ。寝付いたら、まずはどでかいのを1発お見舞いしてから、後は一気に攻める」
皆の顔を見回して、再度簡単に手順を説明する。
ドラゴン戦には難しい作戦は存在しない。専用フィールド内はクラフト禁止だから、気付かれない様にフィールドぎりぎりまで近付いて、後は一気呵成に攻める。
敵が空中にあれば飛び道具で攻撃し、ブレスや魔法はひたすら回避する。一定数ダメージを与えれば地上に一定時間下りて来るのでその機を逃さずに一気に攻撃を行う。暫らくするとまた飛び上がるので遠距離攻撃を行う。このサイクルを死亡する迄繰り返すだけだ。
ドラゴンの大きさは胴体部分で50m程。翼を広げると200mは有る。それ程巨大でも、魔導アーマーに搭乗してその目を通して見れば、聖騎士級なら体感は8分の1なので、実の所それ程でも無い。
ドラゴンを一度倒すと、後はきっちり5日毎にリポップする。2回目以降のクイーンジャイアントスパイダーと同じ感じで、フィールドを囲う様に迎撃装置を設置する。ただしクイーンジャイアントスパイダーの場合はこちらから攻撃をしなければ襲って来ないが、ドラゴンは活動範囲がフィールド内に留まらない。リポップして暫らくすると活動を始めて迎撃装置を破壊してしまうので、基本的にはリポップ時間に合わせて迎撃準備を行い、復活した瞬間を狙って攻撃するのだ。
私用だったり仕事が立て込んだりでリポップ時間に間に合わなかった時は、大体迎撃装置が全壊しているので面倒だった事を思い出した。
そんな事を思い出しながら、ドラゴンのねぐらを目指す。ここからではドラゴンが居るのかどうかを確認する事が出来ないから、いずれにしてもこの森を抜けて、ドラゴンのねぐらを確認出来る場所まで移動をしなければならない。
都市の残骸が積もった上に、深々と草木が繁っている。丘陵を越えてからこちら側はドラゴンの縄張りなので、この森には他の魔物が出現しない。魔物の襲撃を警戒する必要が無いから、慎重を期する為に魔導アーマーから降りて自分の足で歩く。
遠目には鬱蒼と茂った森だが、濃密な魔力を受けてかどれもこれもが俺達よりも背が高いので、意外と歩く邪魔にはならなかった。イメージとしては、小さくなった主人公が庭を歩く映画とかアニメな感じ。古今東西、主人公が小さくなる事を題材にした作品は多い。まぁ今回に限っては俺達が小さくなった訳では無くて、周囲がデカくなったんだが。
そうした作品では、身近にいる動物や昆虫が脅威として描かれるが、この辺りだと生き物の気配は全く感じられないし、ゲーム中でも何かが出て来る様な事は無かったので問題は無い筈だ。
「ここが、かつては都市だったんですか?」
「らしいよ。さすがにこの状況を見ただけじゃ、解らないとは思うけど」
「周囲の地形を見れば、人工的に造成された場所だと解るのですが、これ程治水が悪い場所に都市を建造する意味を感じられないのですが?」
疑問を口にするのはマリーズ。まぁその疑問は解らなくも無い。近くに川がある訳じゃないし、わざわざ盆地にしているから治水も悪い。大雨でも降れば簡単に水没をする様に思える。耕作にも向かない。普通に考えれば、わざわざこんな場所に大都市を建造する意味は無い。
「でも、だからこそじゃ無いかな? 普通なら住むには適さない場所に大都市を建造できる程の技術が有るって事を、証明したかったとか?」
「魔導文明の民は、随分と傲慢だったのですね」
そうだと思う。だからこそ、この世界の支配者たらんとして、世界を巡る魔力を完全に支配下に置こうと考えたのだ。魔力の無い民を奴隷の様に扱っていた事からも解る。魔導文明の支配者層は、間違いなく傲慢だったのだろう。
「そうだろうね。だからこそ、この世界に魔物を呼び込む事になったんだしね」
「ふと思ったのですが、きっかけは解りませんが何かがあってこの世界に魔物が出現する様になったのですよね」
「そうだね」
「なら、その原因を取り除く事が出来れば、この世界から魔物は居なくなるのでしょうか?」
魔物が世界に出現する様になった原因は、南極点に建造された超巨大魔導炉の暴走によるものだ。魔導炉によって高密度に圧縮された魔力が、世界の境界に亀裂を入れた為、異界から災厄の竜がこの世界に降臨した。
今尚世界に循環する魔力は乱れていて、その乱れから魔力に淀みが発生し、その淀みから魔物が生じる。
なら、原因となっている超大型魔導炉を破壊すれば、世界を巡る魔力の流れは正常に戻るのだろうか。その結果、魔物は出現をしなくなるのだろうか。
実の所、その答えはエターナルクラフトには用意がされていない。何故なら、ゲーム的に考えれば貴重な資源を提供してくれる魔物は出現した方がどちらかと言うと都合が良い。だから、ゲーム内には超大型魔導炉を破壊する手段は用意されていなかった。
「どうだろうね。原因を取り除けば、確かに長い目で見れば魔力の流れは正常に戻る可能性はあると思うよ。ただ、元々この世界には魔力が存在している訳で、原因を取り除いたからと言って魔力自体が無くなる訳じゃ無いんだよね」
「なら、もし魔力を無くす事が出来るのであれば、魔物が居なくなる可能性はあるんですね」
魔力を無くす手段は思い至らなかったが、少なくとも超大型魔導炉を破壊すれば、魔物が出現しなくなる可能性は十分にあった。その可能性には俺も思い至ってはいた。
だからどうするべきか、悩んではいたのだ。少なくとも禁足地へと辿り着かなければ考えても無駄だから、あえて深くは考えない様にしていた。だがドラゴンの討伐に成功すれば、災厄の竜への挑戦権を得る事になる。いよいよそうなれば、この世界の行く末をどうすべきか、真剣に考えるべき時だろう。それは、それ程先の事では無いのかも知れない。
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