第149話 軍靴の足音

「親衛隊一同、皇帝陛下に新年の寿ぎを奏上できます事を心よりお喜び申し上げます」


軍服に身を包んだ一団が、皇帝陛下と呼ばれた人物の前に勢揃いして、片膝を突いて一様に礼を取る。


魔力量、強さこそを至上とする帝国に於いて、皇帝とは最も力強き者であり、軍神と呼ばれ、臣民の信仰を一手に集める人物である。帝国に於いては神に等しき存在、それが皇帝であった。国教の真教会においても、皇帝は神子として敬われている。


帝国の歴史は大陸に於いては比較的浅い。その歴史は建国から僅か200年程。


初代帝国皇帝は、正教会の異端派により神敵と見做される程の魔力を持って産まれた。大陸に於いて強大な魔力を持って産まれた者の運命は大きくは3つに分かれる。


正教会に取り込まれ修行を経て高位の神官になるか、異端派により異端認定を受けて狩り出されるか、それともそれらを跳ね除ける程の実力を身につけるかである。そうした人々は国の要職や高位の魔術士、もしくは冒険者として名を馳せた。


だが、やはり過ぎた力は異端者として異端認定を受ける事が多い。初代皇帝もそうした人物であった。古代魔導文明の血脈を色濃く受け継いだ先祖返り。幼少の頃から周囲では不可思議な事象が度々発生しており、忌み子として恐れられ、迫害されて来た。


その当時、大陸の西方地域は大規模な都市圏を維持しておらず、大半は比較的貧しい集落規模の生存権に留まっていた。100年ほど前に冥王の軍勢が周辺の国を根こそぎ滅ぼした事がその最たる要因だ。


国家と呼べる程盤石な基盤を持つ生存圏は殆ど存在せず、人々は数百人から多くても千人規模の集落で細々と生活をしていた。当然生活は困窮を極め、魔物により壊滅する集落は後を立たなかった。


初代皇帝の名はグランツ。彼もまたそうした集落の産まれだ。彼は持って生まれた強大な魔力を幼少の頃より開花させ、集落を脅かす魔物を度々屠っていた。だが、その力は明らかに異常と言える物で、集落の人々からは恐れられていた。家族でさえも忌み子として恐れていたが、それでもグランツにとっては大切な家族だった。


そんなグランツが辺境を巡回する異端審問官に目を付けられたのは当然の事だったのだろう。グランツが7歳の時、集落を訪れた異端審問官は村人の申告によりグランツを異端認定した。


グランツが狩りから戻ると、家族は磔にされており、家には火が放たれていた。


異端審問官は単身で旅をする程の力を持っている。いくら魔力に秀でて魔物を屠る程の力を持つグランツであっても、抵抗虚しく重傷を負い、命からがら逃げ出す事しか出来なかった。


そのグランツが紆余曲折を経て力を蓄え、仲間を得て、国を興したのはそれから10年後の事だ。


グランツは、それまで迫害の対象であった先祖帰りを積極的に保護して戦力を増強した。積極的に血を濃くする政策を行い、自身も非常に多くの子を設けた。その後200年続く帝国の基盤を支えたのは、優秀な皇帝の血族であろう。


帝国はそれまでの正教会の教えに異を唱えた。自身こそが魔導文明の正当な後継者であり、神の祝福を受けた神子であると。帝国は周辺の集落を瞬く間に糾合し、一代にして巨大な帝国を築き上げた。その後もその圧倒的な武力を背景に、周辺国家を次々と呑み込み、僅か200年で大陸最大の国家にまで成長をしている。帝国が掲げる国是は、大陸の統一、魔物の脅威からの脱却である。


帝国を支えているのは魔力に秀でた優秀な血脈、それと初代皇帝と共にあり、帝国の礎を築いた魔導技師のヴァイスの存在が大きい。

ヴァイスは迷宮から獲得できる魔石を組み込んだ魔導武器を開発し、魔力を検知できる装置を作った。帝国では魔力量による厳格な身分制度を定めており、その前提になっているのはヴァイスが発明した魔力検知器の存在だ。ヴァイスはその後も様々な兵器を開発し、ヴァイスが育てた後継者は今も新兵器の開発に余念が無い。


そして魔力に秀でた者達に幼少の頃から英才教育を施し、組織されたのが周辺諸国から恐れられている親衛隊だ。初代皇帝の血脈が凡そ半数を占めているが、市井からでも魔力に秀でてさえいれば積極的に教育を施し採用をしている。


帝国の恐怖と力の象徴が親衛隊である。


魔石を活用する為に開発された魔導兵装を身に纏い、それぞれが一騎当千の実力を持つ。数多くの実力者を屠り、帝国に勝利を齎した超人集団が親衛隊であった。


「始祖より受け継ぎし我らが悲願、其の成就の為、我々はギルドと正教会を滅ぼさねばならない。大陸の覇権を我が帝国が手中にする為に。そして世界を魔物の手から取り戻す為に。それは諸君らの働きに掛かっている。我が帝国の子らよ、そなた達の忠義に期待する!」


「はっ、世界を我らが帝国の手に。アウスレーゼ帝国に栄光あれ。皇帝陛下万歳!」


親衛隊の唱和が響き渡る。この年、帝国は大陸の覇権を得る為、ついにギルド本部に狙いを定めた。大号令を掛け、その軍勢をギルド本部へと向けたのである。


ギルド本部は、大陸中央部からやや西方寄りに位置している。900年程前、最初の英雄により組織され、以降900年間、大陸各地で剣の英雄が提唱した理念を礎に活動を続けて来た。ギルドの活動理念は唯一つ。大陸に住む人々を魔物の脅威から守る事である。


一見ギルドは力の信望者である様に思えるが、魔導文明からの脱却・独立を果たす為に組織された一面もある為、魔導文明滅亡の引き金となったとされる、過度な魔力の使用を禁忌としてきた。それはギルドと密接な関係に有る正教会の教えとも共通をしている考え方だ。


だから、魔導文明の復活を掲げる帝国とは完全に敵対関係に有った。

ギルドは国家間の戦争に加担しない。魔物に対抗する為の組織だから、ある意味当然だった。だが、ギルドそのものを標的とするのなら話は別だ。


帝国は兼ねてより正教会と魔物狩りギルドの排斥を掲げており、年々対決姿勢を強めて来た。近年西方地域をほぼほぼ手中に治めて、軍事力の強化を行ってきたから、近い内に大規模な軍事行動を起こす事は兼ねてより予想をされていた。それが、いよいよ今年だと考えられる様になったのは、年が明けてまだ間もない頃の事だった。


諜報部の働きにより、帝国全土で、大規模な派兵準備が進められている事が確認されたからだ。ギルドも座して帝国の軍を待つ訳にはいかなかった。

ギルドは大陸全土のギルド支部に号令を掛けた。帝国に対抗する為に決起せよと。その号令を受け、大陸各地からギルド本部を目指し、冒険者達は移動を開始した。


これは諸国からすれば諸刃の剣でもある。人の生存権を魔物の脅威から守る為に、ギルドは活動を行っていた。その戦力を一カ所に集めれば、当然それ以外の地域では魔物に抗する為の戦力が不足してしまう。


それでも、帝国の狙いは明らかだったから、抗わない訳にはいかない。ギルドの呼び掛けに応じて、ギルド本部へと大陸中から冒険者達が移動を始めた。ギルド加盟国からの援軍も多数派遣された。


大陸には親帝国派の国も少なくは無い。ギルドに呼応して兵を出した国は防衛が手薄になるので、その隙を狙って暗躍を始めていた。


正教会に於いても帝国を討つべしの気運が高まった。帝国は正教会の教えに真っ向から対立しており、ギルド本部が抜かれれば次の標的が聖教都である事は明らかだったからだ。大陸各地から神を信仰する多くの信徒が、神に仇なす神敵を討ち滅ぼす為に決戦の地を目指した。


大陸全土を歴史上類を見ない巨大な戦火が覆い尽くそうとしていた。

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