第147話 新年

最上級エリアに到達した3日後、古き年は過ぎ去り、新たな年が始まりを告げる。


この世界でも新年は慶事だから、何処の町でも新年を祝うお祭りとなる。それはアマテラスやトウカでも例外では無かった。


この日ばかりは酒樽を大量に無償で供給し、皆で大いに飲んで騒いだ。


ブルゴーニから移住してきた人々は、その大半が大切な人を誰かしら失っていたが、その悲しみに沈む事無く日々を懸命に生きてきた。この世界の大半の人にとっては、魔物は脅威であり、何時だって死と隣合わせだった


移民組もそう変わりは無い。大半は不要とされ町から移民として出された者達だ。自ら移民を望んだ者など1人も居ない。大半は明日をも知れぬ身だった。


だが、アマテラスとトウカでは魔物の襲撃に怯える事は無く、寒さに震える事も無く、飢えに苦しむ事さえ無かった。良好な衛生環境と優れた癒しの奇跡、そして回復薬の存在故に病気すらも稀だった。この町は、この大陸で最も死から遠い場所と言えた。


そんな町だから、そこに住む人々の表情は明るい。それが新年を迎える日ともなれば尚更の事だ。皆希望に満ち溢れていた。皆生を謳歌していた。皆大いに食べて大いに飲んで大いに騒いだ。


店は閉まってはいたが、雪のちらつく中、そこかしこで料理や酒が振舞われていた。この日の為に用意をした色鮮やかな衣装を身に纏い、誰彼憚らずに歌ったり踊ったりしている。


卓也も例外では無かった。だから、新年2日目の朝目を覚ました時に記憶が無かったのも仕方が無い事かもしれない。


この世界に来てからは、何時だって不足の事態に備える為に深酒はしない様にしていたし、少々酔いが回った時はフランシーヌに浄化の奇跡を使って貰って体内のアルコールを除去していたから、朝目が覚めた時に二日酔いでズキズキと頭が痛みを訴えるのは随分と久しぶりの感覚だった。ワインをしこたま飲んだ翌日の昨日の朝でさえ、二日酔いにはならなかったと言うのに。


頭に手をやろうとして、に掛かる重さにようやく気付く。


弁解をするならば、リヴァイアサン討伐は最大の難所であった。ゲーム時代を振り返って見ても、恐らく一番死んだ回数が多いのは最上級エリアを目指した際に強制イベントとして遭遇するリヴァイアサン戦だ。


だから、万全の準備をして臨んだとしても、死の恐怖を感じなかった訳では無い。初めて自分自身の手で人を殺めた時、多くの死を現実として目の当たりにした時、聖女討伐軍に相対した時。そのどれと比べても勝るほどの恐怖がそこにはあった。


その恐怖を乗り越えたからだろうか。それとも、新年を迎え生を謳歌する皆を見て、その陽気に当てられたからだろうか。卓也も明日の事など考えず、ただひたすらに酒を飲み、楽しい時間を過ごした。


それに、その死の恐怖を共に乗り越えた仲でもある。ましてや文句の付けようも無い美女だ。この世界では難がある性格と言われてても、卓也の感覚からすれば特に瑕疵と感じるものでは無かった。


強いて言うと、難点と言えばフランシーヌを熱烈に信仰している事位だろうか。どれだけ気の置けない仲になったとしても、何とも言えない心理的な距離感を感じる事がある。しかし、最近ではその信仰の対象も卓也に移っていて、普段はそんな素振りを見せなかったがふとした瞬間に熱い視線を感じる事が度々あった。それは恋愛感情とは違うものだと解っていたが、秘められた熱量で言うならそれを上回るものだ。だから悪い気はしなかった。


つまりは、卓也もまた好意を抱いていたのだ、マリーズに。誰よりもフランシーヌを愛していたが、それでもその気持ちも否定は出来なかった。

右手を見れば寝息を立てているフランシーヌの顔。反対側を見れば、そこにはマリーズの寝顔があった。


マリーズだけでは無く、フランシーヌも一緒と言う事は、つまりはそう言う事なのだろう。


今まではフランシーヌ一筋と決めていたから、出来るだけこうはならない様に勤めていた。だが実際にこうなって見れば、そこは現金な物でやはり嬉しく思う。欲深いものだとも思うが、仕方が無いじゃないか?


でもあれだな。朝目が覚めたら知らない美女と一緒に寝ていた何て話は漫画なんかでは良く見かける筋書きだが、実際に自分の身に起きてみるとこう思う。


何で覚えていないんだ!


フランシーヌとマリーズと言う2人の美女と夜を共にしたのに。その記憶が無いなんて、あんまりだ!


マリーズが目を覚ました時にどんな反応をするのかが怖くもある。一夜の過ちだったと言われたなら不得の致すところだったと謝る他は無いだろう。でも、もしマリーズも望んでくれていたのだとしたら、その時は素直に受け入れようと思った。


しかして朝は来る。目を覚ましたマリーズは多少は恥ずかしそうな様子を見せつつも、普段とは余り変わらない様子だった。


「タクヤ様、おはようございます」


「おはよう、マリーズ。昨晩は、えっと」


「私を受け入れてくださりありがとう御座います。身も心もタクヤ様に捧げる事が出来、望外の喜びです。どうか、これからもお側にお仕えさせて頂きます様、お願い致します」


「仕えるだなんて。フランシーヌが許してくれるなら、ちゃんと奥さんとして迎えたいんだ」


「いえ、タクヤ様にも、ましてやフランシーヌ様にもご迷惑をお掛けするつもりは御座いません。どうか愛妾として、遇してくださいませ」


そう言ってマリーズはベッドの上に座り直すと、手をついて深々とお辞儀をする。

仮にも一国の王女を、愛妾として扱うとか許されることでは無いと思うのだけど。


どうしたものかと二日酔いの痛みで回らない頭で考えていると、いつの間に目を覚ましたフランシーヌが後ろからそっと俺の首に腕を回す。


「タクヤ様が望まれるのでしたら、どうか愛妾としてお側に置かれてくださいませ。もしくは神の寵愛を与えし神女として遇すれば宜しいかと」


「既に多大な寵愛をいただいております。どうかこれまで通りに接して頂ければ、それに勝るものは御座いません」


「うーん、これまで通りは無理かな? だって、俺はマリーズの事が好きだから、これからは何度だって好きだって言うよ?」


無理と述べた言葉に一瞬悲しそうな顔をしたが、その後に続く言葉に一瞬遅れて破顔一笑、美しい笑みを浮かべた。


多少の変化はあったものの、これまでと関係性には大きな変化は無かった。詰まるところ、なる様にしてなったと言う事なのだろう。


既に深く信頼をしていたし、死地へと共に向かう間柄だ。リヴァイアサン討伐の際にはその生死すら俺の手に委ねられていた。そこに、男女の仲が加わっただけだと言える。


こうして俺は、フランシーヌに加えてマリーズとも夜を共に過ごす様になった。失ってしまった記憶は、新たな記憶で埋められる事になった。


残念な事と言えば、俺はマリーズへの気持ちを止める事が出来なくなったが、マリーズは信仰の対象として俺を敬った。最初の頃のフランシーヌと似た様な感じだ。今でこそ寂しさを余り感じ無くはなったが、それでも、ふとした瞬間に俺を通して俺では無い誰かを見ている様な錯覚を覚えてしまう。でも、それはいつかと比べればほんの些細な感情だった。


フランシーヌが俺を満たしてくれたからだろうか。それとも領民から神として崇められる事に慣れてきたからだろうか。結果としてフランシーヌへの愛が、より一層深まる事になった。


フランシーヌが、マリーズを妻としてでは無く愛妾として留め置く様に言ったのは、それが解っていたからなのかも知れない。



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