第144話 閑話 模擬戦
先日の聖女討伐を掲げる軍との戦いにおいて、戦車隊は目覚ましい活躍を遂げた。
正騎士には魔導アーマーを与えているが、准騎士に戦車を配備する事にしたのは准騎士の戦力を増強する為の配備だ。
と言う寄りも、むしろ戦争で被害を出さない為だな。聖女討伐等と言う、言い掛かりにも近い理由で攻めて来た相手に対処する為に、1人として犠牲を出したくなかったのだ。剣を構えて襲ってくる様な輩を相手に、戦車がどうにかなるとは思えなかった。つまりは、攻撃手段としてよりも、重装甲に包まれた鎧としての役割こそが俺が求めた物だと言える。
戦車はNPCの特殊兵装枠とは言え装備品にあたるので、何時でも出し入れが可能だ。流石に魔導アーマー程運用に融通が効く訳では無いので、前回の様な大規模な戦いで無ければおいそれと活躍の機会は無いだろう。
それに、個人戦力として徒に遊ばせておくのも危ないので、一応平時は准騎士から戦車を取り上げる様にしていた。手間だが、使わない時は解体をして、必要な時は装備をさせる様にしている。
前の一件もあって、何時裏切られるとも限らない。それに准騎士は移民受け入れの為の護送隊を率いて貰う事もあるので、出先で大っぴらに戦車を使用されるのも避けたかった。大陸に出現する魔物であれば、支給済みの装備品でも十分に対処が可能だ。
正騎士の魔導アーマーについては、そこは信用をして任せる事にした。仮にも貴族として取り立てているのだから、それ位はと言う訳だ。勿論、この辺りの塩梅はフランシーヌやオデットさんと相談して決めた事だ。
ところで、戦車砲の威力を実際に体感した准騎士や、戦車の話を聞いた町の人々は思った。もしかして、戦車は魔導アーマーよりも戦力で勝るのではいか? と。
実際には、魔導アーマーを駆る騎士が直接剣を奮う事は無かったとは言え、魔導隊の放った戦術級魔術の威力は圧倒的だったから、あの戦場を経験した者で、それをわざわざ声に出す者は居ない。
それでも、普通に考えれば戦車の持つ力は圧倒的だ。圧倒的な戦力を手にすれば人は使ってみたくなるし、自然と自己評価は膨れ上がって行く。その結果、ちょっとした言葉や態度に、騎士に対する侮りや増長となって顕れて来るのだ。勿論、極一部の人達では有ったが。
そんな空気を、オーギュストは敏感に感じ取っていた。
「うん? 戦車隊と騎士隊との模擬戦を行いたいって?」
「はい。 大分気が緩んでいる様ですので、この辺りで厳しく躾けておこうかと思いまして」
「まぁ、それは問題ないけど、それで犠牲者が出るのも困るし、どうしたものかな」
指南役として教練を任せているオーギュストから、戦車隊と騎士隊、もとい准騎士と正騎士との手合わせを提案されたのは、年の瀬も大分迫ってきた頃の事だった。
「実際卓也さんから見ると、戦車と魔導アーマーはどれ位性能に差があるのですか?」
そう疑問を呈するのはフランシーヌ。
「単純なステータス差なら、魔導アーマーの装備次第だろうけど、それでも魔導アーマーの方が上だろうね。最下級の兵士級魔導アーマーと戦車とを比較しても、魔導アーマーの優位性は覆らないと思う。戦車は機動性が低いし、データ上の火力はそこまで高い訳じゃ無いからね。それにフランシーヌなら解ると思うけど、本音を言えば戦車の対処は容易でしょ?」
「そうですね。戦車砲の威力は侮れませんが直線的ですし、戦車自体かなり直線的な動きしか出来ませんから、運用としては弓兵と変わらないでしょうか。待ち伏せでもされたら厄介ですが、正面切って戦うのなら猪とそう変わりは無いかと」
「だと思うんだよねぇ」
そう、戦車がどれ程優れているとは言っても、エターナルクラフトでは火力も耐久力もドレイクに劣る。単騎でドレイクを完封できる魔導アーマー相手に太刀打ち出来る筈が無いのだ。
ティーガーIIの全長は砲塔込みで10m程。車体だけなら7mちょっと。兵士型の魔導アーマーは体高5mなので、サイズ感としては少し大きめの車と行った程度。
生身で車を相手に出来るかと言えば無理そうにも思えるが、この世界の実力者なら、其れよりも遥かに大きなフィールドボス位なら単身で打倒してしまうのだ。
多分フランシーヌやオーギュストなら、車が相手でも両断してしまえると思う。だから魔導アーマーで戦車を相手に出来ない道理は無かった。
それに、車と比較をすれば、戦車は遥かに遅い!
「まぁ最悪戦車の耐久が0になっても、自動的に装備が解除されて放り出されるだけだから、追撃だったり攻撃手段だったりに気を付けさえすれば、問題は無いでしょ」
「左様でございますな。何、腕の1本や2本は叩き折ってやれば良いのです。訓練とは言え気を抜いていれば死者が出るのも当然。ここらで気を引き締めてやらねば示しがつきますまい」
そう言う訳で、戦車と魔導アーマーの模擬戦を行う事が決まった。
これは領民に対するデモンストレーションも兼ねているので、訓練場を開放して領民が観戦できる形式で実施される事になった。実施は次の祝祭日、騎士達は休日返上だが、元々交代制でシフトを組んでいるので、そこは問題にはなら無いだろう。
画して、戦車隊vs騎士隊との演習が実施される運びとなった。
訓練場の一角には、一応安全の為に3mの城壁を建造し、その上部に観覧スペースを設けている。戦車砲の流れ弾が飛んで来ても、水平射撃なら3mも高さがあれば問題にはならないと思う。観覧席側以外の3方は、高さ10m厚さ20mの分厚い壁で覆われている。
この騎士団向けの訓練スペースは、アマテラスの北側に新たに建造したスペースだ。魔導アーマーを導入してからは、魔導アーマー同士の模擬戦も頻繁に実施しているので、2km×2kmのかなり広いスペースを用意している。
因みに魔導隊の訓練は、上級エリアを利用して行っている。前回の最大火力での運用はぶっつけ本番で、当初はあれよりももっと規模の小さい攻撃魔術を放つ予定だった。それをマリーズがいけそうだったからと限界まで魔力を込めた結果があれだ。
あの戦術級魔術は素晴らしい戦果を齎したが、戦争後には、むしろマリーズは皆からこっぴどく叱られる事になった。あれだって、何かを間違っていれば出さなくて良い被害に繋がった可能性があったのだ。
安全な運用の為の戦力把握や習熟の為に訓練が必要だが、さすがにあの規模の戦術級魔術をほいほいと練習をする訳にはいかない。そこで、周囲を気にしなくても問題がない上級エリアを利用する事にした。魔導隊には上級エリアに建造している拠点の1つへ移動を許可しており、拠点の周辺に広がっている荒野でなら自由に練習をして良い事にしている。現在も週2の頻度で、習熟の為に魔導隊による訓練が行われている。
当然上級エリアの魔物が襲って来るが、魔導隊が揃っている状況で遅れを取る事は無い。今では、最大火力なら2割は向上しているそうだ。しかも安定して問題無く運用が出来る範囲でだ。余談だが、後日マリーズは上位の聖騎士型魔導アーマーに乗り換える事になった。結果魔力も魔力操作の技術も格段に向上し、戦術級魔術の威力は更に飛躍的に向上する事になる。
さて、今訓練場では准騎士60人、1人1両の戦車隊60両が並んでいる。顔触れは前回の戦いに参加したメンバーとは大半が異なっている。准騎士は300人居て、移民受け入れの為の護送隊派遣は冬に入って停止をしているので、その内から60人を選抜したメンバーだ。
准騎士は皆戦車の習熟訓練を行っている。極端な話し、戦車の操縦はある程度習熟をすればそこまで明確な実力差は生じない。戦車の性能に依存する割合が圧倒的に大きいからだ。だから今回の選抜60人は有志を募った。手を挙げたのは大半は前回の戦いに参加していなかった者達だ。
騎士への昇格を目指していて、この機会に実力を見せたい者。単純に戦車の戦力をひけらかしたい者、日頃言葉にはしないが鬱憤を吐き出したい者。まぁ何を思って志願したのかは誰も言葉にはしないから、詳細な理由までは解らない。でも、皆やる気に満ちていた。
それに対して、騎士団の駆る魔導アーマーは、使い手の実力が如実に顕れる。騎士級でも5mになる巨体で、自分の身体と殆ど変わらない動きが出来るのだ。当然剣の腕が立つ程にはっきりと実力が顕れる。
騎士団の訓練は、生身同士でも頻繁に行わっていて、その場合は准騎士と正騎士の間には明確な実力差があった。だからと言う訳では無いが、正騎士の面々には一才気負う素振りは無かった。
まずは領民に向けてのデモンストレーション。訓練場の中央に巨大な石壁を設置して、60両の戦車から一斉に戦車砲から砲弾が放たれる。石壁は瞬く間に60個の砲弾で穿たれ、崩れゆく。これ迄にも習熟訓練はここで行われていたので、アマテラスの直ぐ隣で響き渡る砲撃音は皆が耳にしていたし、何が行われているのか人伝に話は聞いた事があった。それでも、こうしてその威力を初めて目にした者も多い。歓声が響き渡る。
その後、訓練場が造成装置により瞬く間に綺麗に均されると、いよいよ模擬戦だ。
戦車隊、ティーガーII 60両に、相対するのは正騎士の駆る重騎士型魔導アーマーが10機。魔石も十分な数が回る様になったので装備は更新していて、配備しているのは某勇者シリーズの主人公機だ。剣と盾を装備すれば、騎士っぽく見えなくも無い。
勇者がずらっと並ぶ光景は中々に壮観だった。まぁ俺の目から見ると、ちょっと笑いを誘う光景ではある。正騎士用に採用をしたのは俺自身とは言え、仮にも一点物の主人公機がずらっと同じ顔を並べているのだ。気を抜くとつい笑いが溢れそうになる。
観覧席の前に立つ魔導アーマーが手を上げると、いよいよ戦いの開始だ。
因みに合図をするのは俺。領主なら観覧席の一番良い場所で椅子にふんぞり返って、部下の働きを観覧するイメージだが、戦車砲の試射をする際の的を設置するのも俺だし、その後綺麗に均してしまうのも俺以上に適任者はいない。むしろ俺にしか出来ない。結果こうして俺がそのまま開始の号令も掛ける事になる。何のかんので、俺は何時でも忙しい。
合図と共に、戦車隊が一斉に砲撃を開始し移動を始める。
凄まじい速度で襲い掛かる砲弾だが、騎士が各々が持つ盾で容易に阻まれてしまう。中には両手持ちの剣を好む者もいて、その場合は剣の腹で砲弾を叩き落として見せる。
一度戦車砲を撃てば、次弾の装填には僅かながら時間が掛かる。その間を騎士達とて座して待つ訳では無い。一気に戦車へと駆け寄ると一刀の元に切り伏せる。
そこから後は、魔導アーマーの独壇場だ。
そもそも、この世界の人達は、魔力による恩恵もあってか身体能力に優れている。フランシーヌを見れば解る様に、オリンピック選手を軽く凌駕する場合もある。
仮に短距離走に目を向ければ、人は100mを10秒足らずで駆け抜ける。これを時速にすると36㎞/hだ。そして重騎士型魔導アーマーの体高は6m。仮に身長2mの人と比べても3倍。走る速さも単純に3倍になる。加えてレア等級の性能40%増しは、魔導アーマーの身体能力も引き上げる。つまり、重騎士型魔導アーマーは短距離を疾走すれば、優に150㎞/h以上の速度で駆け抜ける事が出来るのだ。しかもトップスピードに至る迄に、それ程の距離を必要としない。
正騎士として採用する程の実力者なら、身体能力は更に勝る。独特な体重移動と足の運びにより、一気にトップスピードに乗せる技術、縮地と言う技術もあるのだそうだ。それこそ2歩目で時速200㎞/hを上回る程のスピードを乗せて移動するのだ。遠目に観ていても、一瞬姿が消えた様に見える。正騎士に叙任された人達は、程度の差こそあれ皆がその技術を習得していた。そんな相手を、どうやって戦車砲で狙い撃てと言うのか?
模擬戦の結果等、火を見るよりも明らかだった。
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