第140話 大聖堂に転移門を設置する
コリーナさんは、落ち着くまでそっとしておく事にして、ジョエルさんに礼拝堂を見せて貰う事にした。
重々しい入り口の扉を押し開いて中に入ると、20畳位の礼拝堂がある。大聖堂と同じ壁は石積みの重厚な作りで、天窓から光が差し込んでくる。窓自体はそこそこの広さがあって十分な明るさがあるが、曇りガラスなので外から中を窺い知る事は出来ない。防犯の為か格子も設けられている。天井付近の壁には換気用の穴も幾つか設けてあるのが見て取れるが、とても人が通れるサイズでは無いので扉を閉めてしまえば、中で何が起こっているのかを外から窺うのは不可能だろう。
正面には神を型取った像が置かれている。神像は石像が一般的だが、その神像は木を切り出して掘られたもので、高さは3mはある立派なものだ。
広さとしては申し分無いが、さすがにここに転移門を設置しては目に付く可能性もある。一応用心をして地下に転移門を設置した部屋をクラフトする事にした。
ジョエルさんに許可を貰うと、神像の正面から地下へと掘り進めて階段を設置する。床下には特に空間は設けていないようなので、20m掘り下まで掘り進めると造成装置を設置して一気に10m四方の空間を作る。効率的に作業を行う為、幅は2m奥行き10mで範囲を設定し、そこから横方向に掘り進めて2m置きに同じ様に造成装置を設置していく。10分も待たずに10㎥の地下室の完成だ。更に10分掛けて、壁と天井は黒曜石ブロック、床には大理石ブロックを敷き埋めた。一番面倒な作業は天井にブロックを設置する事だったりする。
入り口には重厚な鋼鉄製の扉を設置。これで契約をしていないNPCは早々に立ち入る事が出来なくなる。そこまで終えると真ん中に転移門を設置した。取り敢えず目的地は大蜘蛛の森の拠点の転移門部屋で問題は無いだろう。一回飛んで、対となる転移門を増設し、目的地を設定し直す。
地下室には魔導ユニットを組み込んである魔導街灯を設置しておく。対角線上に角に2本設置しておけば、これ位の広さなら隅々まで照らしてくれるし魔石の交換も不要。空気も汚さないし半永久的に照らしてくれる優れ物だ。
次に礼拝堂に戻ると、カモフラージュの為に階段の入り口に落とし戸を設置する。次いで入り口を隠す為に、上質なスパイダーシルク製のカーペットを設置する。モーリスさんから国宝級といわれたスパイダーシルクの上位素材でクラフトした逸品なので、礼拝堂に敷いていても遜色は無いと思う。カーペットでスッポリと入り口は隠せるので、捲らない限りはバレる事もない。退かすのもそれ程手間にはならない筈だ。
ここ迄に掛かった時間が凡そ1時間。完成したのでジョエルさんを呼んで、設備を紹介した。勿論、大いに喜んで貰えた。
これで一先ずは聖教都へ来た目的を果たす事が出来た。
「タクヤ様、誠にありがとう御座います。本来は教皇の座を辞してでも側にお仕えしたいのですが」
「その気持ちは有り難く頂きます。ですが、正教会からこれ以上人材を引き抜く訳にもいきませんし、混乱を生じるのも望みません」
「はい。必ずやタクヤ様のお役に立てる様、ニコラと共に正教会を掌握してみせます」
「大変だと思いますが、宜しくお願いしますね」
教皇と言えども、その一存で正教会を動かせる訳では無い。巨大な組織だから、基本的には大陸を幾つかの教区に分割していて、それぞれの地区のトップに枢機卿が存在する。各地区の正教会の運営は枢機卿に一任されており、それぞれの地区の正教会を運営している。それとは別に聖教都の国家としての運営を担う立場の枢機卿も居る。席は全部で12席あり、ニコラさんもこれでも中央教区の担当をしているのだそうだ。とは言え中央教区の管轄はほぼ聖教都。聖教都の管理・運営は、別に専任の枢機卿が居るから、どちらかと言うと名誉職としての側面が強い。とは言え教皇の座す聖教都の責任者なのだから教皇に次ぐ実質的なNo2であると言える。
枢機卿は、何も神聖魔術に秀でた者ばかりがなる訳では無いが。それまでの実績を考慮されるので、地道に地方の教会の司祭から成り上がって枢機卿の地位まで上り詰めた者も居る。そう言う訳で、高位の神聖魔術の使い手は12人中6人。残りの6人はどちらかと言うと政治的な側面が強かった。
恐らく神聖魔術の使い手である6人、ニコラさんも含むので残りの5人は、ジョエルやコリーナの様に神気を直接感じる事が出来れば、直ぐにでも忠誠を誓うだろうとの事。6人の信任が得られれば枢機卿による評議会で最低でも半数の票を得る事が出来るので、いざとなればどうにでも出来る見通しだ。だから、機会を設けて他の枢機卿に顔を合わせる場を設ける事になった。俺は転移門を利用するので、勿論秘密裏にだ。
因みにユダはこの6人に含まれて居ない。前任の西方教区を担当していた枢機卿がその才能を見出し、後継者として育てられた人物だ。神聖魔術の腕はそれ程でも無いが、政治的なセンスはずば抜けているらしい。あのルックスも相まって信徒から絶大な人気を博しているのだそうだ。結局顔かよと思うが、別に悔しくは無い。何度だって言うが、俺にはフランシーヌが居るからね!
俺達が教皇の部屋を訪れた事はユダに知られているから、転移門でそのまま戻ると言う訳にも行かない。さすがに2日連続でアマテラスを開ける事は避けたいから、詳しい話は改めてする事にして、今日は大聖堂を後にする事にした。
参道の下り口までニコラさんに見送って貰うと、そこで別れを告げて参道を下る。来る時には気付かなかったが、ここから見る聖教都の景色は壮観だった。そのまま街の外まで2時間は掛けて歩き、人目を避けるとゴーレム馬車を設置する。そのまま一気に大きく街道から外れる様に1時間ほど移動する。十分に街道から距離をとったところで、帰宅の為に拠点を設置する事にした。
今回は教皇の御所に設置したのと同じ様に、地下に掘り進めて転移門を設置する。入り口は灌木に囲まれて視界が遮られた場所で、とてもでは無いが余程の偶然でもない限り発見する事は難しいだろう。
地下には転移門を設置するには十分な広さの部屋を掘り、鋼鉄製の壁と扉と天井と床を設置し囲い込む。例えば壁だけだと天井から掘って侵入される可能性もあるからだ。床も同様。一応中に侵入された時の事を想定して、部屋の中には迎撃用の魔導タワーも設置する。転移門の設置を完了すると拠点へと戻る。転移先の拠点に設置した転移門を一旦収納すると、先程の転移門は転移先の登録がリセットされるので、これで万が一の場合でも向こうの転移門からは転移する事が出来ないので安全と言う訳だ。
その後夕方の報告会で2日分の報告を受けた。幸い、特に大きな問題は起こってはいなかった。まぁ緊急の用事があればオデットさんから連絡が入るので、それ程心配はしていなかった。数日アマテラスを空けた所でどうにかなる様な事は無いだろう。非常時でもオデットを筆頭に自分で判断をして対処が出来る優秀なメンバーばかりだからだ。
まぁ、そもそも日頃からほぼ皆に任せているので今更だな。
夕食の席には先日からオーギュストさんも加わった。なんなら週に一度の頻度で、ここにトリスタン夫妻も加わる。俺が聖教都を訪問する事は事前に連絡をしておいたので、正に今日、皆で顔を合わせて食事をする事になった。
俺の世界のスーパーでも、季節を問わずハウス物の野菜が並んでいるので、何時でも様々な味を楽しめる。便利な世の中になったなと思うが、それでも旬の食材には敵わない。ところがアマテラスでは、トウカの畑からそれこそ季節を問わず、美味しく実った食べ頃の野菜が届けられる。
実りの秋ならそれ程気にならなかったが、雪の降るこの季節は普通ならどうしても食卓は貧相な物になる。保存の効く食材が主になるので塩分が強めの単調な味付け。色味的にもパッとしない。でもアマテラスなら他では食べる事など出来ない食材が並ぶのだから、トリスタン陛下は週に一度の食事会が楽しみだと王妃に言う程なのだそうだ。
料理人は日々レシピの研究をしていて、新しい料理が次々と創作されていた。試作に必要な食材は十分にあるから、時間さえあれば幾らでも試して問題無いと伝えている。腕利きの料理人だから試作品でも十分に美味しく、そうして試作された料理は賄いとして宮殿で働く人達に提供されるので非常に好評だ。ついでなので何時でも利用できる食堂も完備している。まぁたまには良く解らない料理が並ぶ事もあるが、そうした料理を楽しむ層だって一定数居る。
試行回数が多いからだろうか、食材の差だろうか。既に王宮でも味わえない程に洗練された料理が提供される様になっていた。オデットの薦めで料理人を雇った甲斐があったと言うものだ。
宮殿で働く人々は、夕食の席でそこに陛下が座って居ても気にしなかった。そこにオーギュストさんが加わっても今更だし、多分先々ニコラさんとジョエルさんが加わっても気にしないのだろうと思う。
意外にもこの顔ぶれの中で一番常識人と言うか小心者なのはトリスタン陛下だ。聖女派の重鎮でもあるトリスタン陛下は何気に教皇と連絡を取り合える仲と言う事もあって、ここ最近は機会がある毎に聖女と夕食を供にする事を自慢していたそうだ。大人気ないと思うが、その影響もあってか後日ジョエルさんに逢った時に一緒に夕食を楽しみたいとリクエストを頂いた為、結局1週間後には実現をしてしまった。
その時のトリスタン陛下は顔面蒼白だった。同じ聖女派の重鎮であり、自身も歴史のある王国の国王だったが、さすがに相手が教皇では格が落ちる。ジョエルさんは終始楽しそうだったが、それとは対照的にトリスタン陛下は実に肩身が狭そうにしていた。
因みに聖女派の他の重鎮に同じ様に軽々しく情報を漏らせば、何人かは喜び勇んでアマテラスに駆けつけて混乱が生じる事が予想される為、トリスタン陛下には釘を刺す事になった。
◆Memo
正教会の教区は大陸を大きく6分割して担当区域を定めている。中央、北方、南方、中部、西方、東方。
それとは別に正教会の財務、軍部、行政、歴史、祭事、審問の各分野を監督する6人。枢機卿は計12人で構成されている。
正教会のおける身分は、信徒→神官→助祭→司祭→司教→大司教→枢機卿の順。それとは別に、教導騎士、聖堂騎士、聖騎士、審問官と言った役職がある。
フランシーヌは敢えて神官に留まっていた。正教会における役職や実務よりも神託の成就を常に最優先した為。現在は正教会の所属では無く神官位も返上している為、普通の信徒が着る法衣を纏う。
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