第135話 日々の仕事、教皇からの手紙

今日も今日とて、午前中の日課を終えてから午後はミスリル鉱石の採掘に精を出す。


しかし最初の頃に比べるとすっかり午前中が忙しくなった。採取装置をざっと巡り、資源の回収。その間フランシーヌは朝の祈り。その後は揃って朝ご飯を食べると、定例の朝議を行う。現在は宮殿の一室を会議室に利用していて、町議に出席する顔触れも最初の頃から比べると随分と増えた。


本格的な冬に入る前に移民の受け入れは一段落したが、アマテラス及びトウカの住民は最初の頃から比べるとざっと5000人は増えている。春に入れば程なくしてベビーラッシュが来るし、移民の受け入れも再開するので、アマテラスの人口は更に増加する見通しだ。


最初の頃の様な、卓也を非難したり牽制したりする声はすっかり鳴りを潜めて、移民を歓迎する声ばかりが届く様になった。卓也としては住民が増えて困る事は無いので、是非今後も快く送り出して欲しいものだ。


卓也の治世は順風満帆な様だが、一方で確率は低いものの、たまに敵対的な人物が紛れ込んでくる事がある。だが、明確に敵対する意思がある場合は容赦をしないと日頃から明言をしている。例え身分や素性を偽って侵入を試みたとしても、迎撃装置に射抜かれるだけだ。


勿論、そうして射抜かれた者が、一見なんの問題もない様に見える事も多い。前の近衛騎士の様に、もう何十年も普通に生活をしていて、その実は帝国の間者だったと言う事もあるのだ。調査で裏が取れない事もあるので、何故殺したのかと非難の声が上がる事も想定をしていたが、予想に反してそうした声は殆ど上がらなかった。


領内を出入りする人数に対して、割合としては非常に低いからだろう。それに、そうした敵性人物を領内に入れてしまうと、結局大きな問題を起こす可能性が高い。

この事情に関しては迎撃装置を設置しているモンペリエも同様だが、同じ様に敵意を秘めた者には容赦をしないと喧伝をしてからは、目に見えて治安が向上しているのだそうだ。


移民の中には貴族の息が掛かった間者が紛れている事もある。そうした人々は、例えば町の施設や設備を損傷させる、物を盗むと言った敵対行動を取らない限りは中立表示なので、恐らく一定数は紛れ込んでいるのだろう。とは言え領民として普通に生活をしてくれる分には問題視をしなかった。契約が完了する迄はアマテラスの居住権が無い為トウカで生活をする必要があるのだが、それでも生活は快適なのだろう。大半の住民はしばらくすると友好的になり、程なくして親密な状態へと変化した。


最初からエネミーカラーな人物は、蓋を開けてみると帝国がらみが多い印象がある。

どうやら帝国に与するものはシステムから明確に敵として認識をされているらしい。まるで先々の帝国との対決を暗示しているかの様だった。


毎朝の日課である朝議を終えると、次の日課であるNPCとの契約を行う。毎日500人を目標としているが、そろそろ終わりが見えて来たので今後は頻度を減らす予定だ。今後の課題は、俺にしかチェックが出来ない友好度を、どの様にしてチェックするかになる。ブルゴーニから移住して来た人達は、問題を抱えている人以外はすんなりと契約が可能だったので、これ迄問題は無かった。


名目上はその働きが認められて正式にアマテラスの居住権を得る訳だが、実際にはシステムが判定する友好度、即ちネームカラーで判断する他に無い。俺が見れば済む話だが、それを今後どの様な名目で行うのかが問題になる。いっそ、面接形式にでもするか? 人数がそれ程多くは無いのであれば、それも手かなと思う。要検討だ。


その日の契約を終えると、その後は必要に応じて裁判を行う。領主は領内における裁判権も有しており、領主の判断が必要な場合は俺自身が裁きを行わなくてはならない。大半はオデットさんが処理をしてくれるので俺にまで回ってくる事は無いのだが、生活が安定して余裕が出来てくると、どうしたってちょっとしたいざこざは増えてくる。領外から町へ訪れる人も増えており、内と外とのトラブルも少なくは無い。そうした中から俺の処断が必要な場合は、裁判が開かれる事となる。


日に1〜2件ほど。裁判と言っても事前にオデットさん達により調査が行われていて、予め示された方針に従って最終的な判断を下すだけのお仕事だ。大半の裁判は、始まる前に結論は出ていた。それでも書類印判を押すのとは訳が違うから、どうしたって時間は取られる。


これに、週一で王家との会合も行っている。国王、王妃、宰相、王太子と第二王子。彼らと、オデットさんを始めとしたアマテラスの面々とで、情報の交換や方針のすり合わせ等を行こなう。町の行政はほぼ丸投げしてお任せしているが、さすがに一国の国王相手の折衝を、皆に任せるのは難しい。


こうして午前中はほぼほぼ何だか領主らしい仕事で潰れて、ようやく午後になるとクラフターとしての時間を持つ事が出来る様になる。でも、昔だって日が暮れるまでは仕事をして、夜家に帰ってからようやくゲームの時間だったから、午前中で仕事が終わるのなら今の環境の方がマシかもしれない。


営業の仕事をしていていた事が、もう随分と昔の様に感じた。


新規エリアの開拓は、ほぼほぼ完了をしている。上級エリアは赤道付近まで含まれているから、その面積は今住んでいるブリアント大陸よりも広大だ。大半は群島や少し大きいくらいの島だが大陸と言って差し支えの無い規模、広さで言うとブリアント大陸よりもやや小さい大陸と、二回りは大きい大陸も発見している。


踏破済みの領域は全体で見ると2割程度だろうか。大半は手付かずなままだ。新たに開拓が出来れば、領土争いなんて不毛な事はしなくても良いのにと、地図を開く度に思う。将来的には大規模な都市建設も行うつもりだから、アマテラスの人々を移住させても良いかも知れない。


さて、今地図で見えている範囲だけでも、専用フィールドタイプのドレイクを5箇所確保していて、5日毎に周回をしている。そろそろ専用のドレイク装備をレジェンド等級で作成可能になるので装備を更新しても良いし、魔石もかなりの数が確保できている。後はミスリルさえ必要数を確保できれば、最上級エリアへの進出を行う予定だ。


因みに、先の聖女戦争の例を見て解る様に、兵器にNPCをアサインして操縦させる事が可能だ。何だったら強襲魔導船にフランシーヌとマリーズを乗せる事も検討をした。だが、装備の特殊兵装枠は1枠なので、強襲魔導船を装備すると、現在装備している魔導アーマーは失われてしまう。素材はあるので作り直せば良いだけだが、2人とも随分と専用の魔導アーマーを気に入っていたので、結局レジェンド等級の魔導船に必要なミスリル鉱石が貯まるのを待つ事にした。


もう一息でミスリルの必要数が揃いそうなある日、正教会から使者が訪れた。


正教会と言えば、ニコラさんに約束をした通り、現在はアマテラスにケルン大聖堂を教会設備として設置している。シャトー王国の王城が霞むほどの立派な建物だ。トリスタン陛下は王妃と連れ立ってアマテラスを出歩く事もある為、とある日ケルン大聖堂を直接目にしたのだが、国王と王妃の反応は対照的だった。トリスタン陛下は呆然とした表情で見つめるだけで、イズー王妃はとても喜んだ。神に祈りを捧げる為の教会だと説明を聞くと、陛下を引き摺るようにして教会へと赴き、半日は祈りを捧げていたそうだ。今でも王妃が1人で教会を訪れて祈りを捧げる姿が度々目撃されている。


さて、正教会の使者だが、随分と立派な、厳重に封蝋がされた手紙を携えて町を訪れた。今ではケルン大聖堂に正教会の司祭が赴任していて、教会本部とも魔道具で連絡が取れる筈だが、その司祭からでは無く、伝統に則ってわざわざ町まで訪れたのだそうだ。


手紙は正教会のトップである教皇からで、要約をすれば正教会の総本山まで遊びに来ないかと言うお誘いだった。


ニコラさんが無事に辿り着いた知らせは、もう随分と前に赴任した司祭から報告を貰っている。だが、陸路であれば1ヶ月は掛かる距離だ。ご無沙汰をしているのでニコラさんの顔を見てみたくもあるが、おいそれと行ける距離では無い。ただし、陸路に限ればの話だ。アパッチで真っ直ぐに飛べば、昼に出れば当日中には辿り着く事が出来るだろう。


因みに手紙を携えて来たのは教皇直属の聖堂騎士で、ギルドに所属していた事もあり当時の等級は8等級。何でもフランシーヌの師匠なのだそうだ。齢は50手前で老齢と言っても差し支えはないが、単身で教会本部からアマテラス迄1ヶ月足らずで走破した人物だ。その立ち振る舞いには何とも言えない雰囲気があった。


師匠と弟子が出会えば、腕を試すのは既定路線なのだろうか。クラフター騎士団の訓練場で、俺と騎士達が観戦する中、2人は手合わせを行った。


「では、師匠。参ります!」


フランシーヌがそう宣言をすると一気に距離を詰める。身体強化の奇跡を使用していないとは言え、恐らく俺が知る限りでは対人戦でフランシーヌが本気を出した所を見た事が無かったのだと、俺は初めて知った。


目で追う事は辛うじて出来るが、追うだけで精一杯で、何がどうなっているのかはサッパリ解らない。2人が持つ剣は訓練用で刃を潰しているとは言え、鉄製なのだから当たれば簡単に骨位は砕ける。その剣同士が火花を散らしながらせめぎ合っていた。因みに訓練場には俺謹製の回復薬が常備してある。契約を結ぶと最大HPが増加して下級回復薬では簡単には治らなかったので、常備しているのは上級回復薬だ。いつも騎士団の皆は、かなり激しい訓練をしていて、定期的に補充が必要だった。


しばらく切り結ぶと、フランシーヌが師匠の首元に剣を突き立てた姿勢で2人の動きが静止した。どうやら、2人の勝負はフランシーヌに軍配が上がった様だ。訓練場が歓声で包まれた。


「聖女様は随分と腕を上げられましたな」


そうフランシーヌに声を掛けるその姿は、さながら娘か孫を愛でるおじいちゃんの様で。腕試しが終わったその直ぐ後に、俺に身命を賭してお仕えすると宣言をされたのは些細な事だろう。また1人、強者がアマテラスに加わった。

内心、俺と腕試しをと言われはしないかとドキドキしたが、幸いそんな事は無かった。


因みに、その日マリーズは王都の研究所を訪れていて不在にしていた。今度から仕えてくれる事になったと夕方紹介をした所、思いっきり呆れられてしまった。何でも結構な有名人なのだそうだ。


剣鬼オーギュスト。若い頃はギルドに所属して単身で魔物を相手取り、その後は傭兵として数多の戦場を渡り歩き、その剣で落とした首は数知れず。ギルドの等級は8等級で9等級に最も近いと評された事もある。最盛期には単身で超大型種の魔物に挑戦して討伐を成功させている。30を過ぎた頃、突然引退を宣言して正教会の門を叩き、神にその身を捧げる。以来真摯に祈りを捧げる敬虔な姿が認められて、教皇直々に直属の聖堂騎士として任じられた。その後は表舞台から姿を消したが、今尚正教会の要する最高戦力であり、その名は畏れられている。


生ける伝説だから、知る人ぞ知るって感じ。表舞台から姿を消した後、聖女の育成に携わっていて、フランシーヌに剣の手解きをしたそうだ。


「剣鬼の直弟子なら、フランシーヌ様の強さも納得です」


と、話を聞いたマリーズは羨望混じりに呟いた。

今後はケルン大聖堂の一室に居を構えて、剣の指南役として騎士団の面倒を見てくれる事になった。生ける伝説に師事出来るとあって、皆がおおいに喜んだのは言う迄も無いだろう。

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