第134話 戦後処理

戦後処理は何時だって憂鬱だ。何故魔物と言う明確な脅威に怯えながら日々生きているにも拘らず、こうして人同士が争わなければならないのだろう。


ゲームなら、デジタルに敵と味方とに隔てられるので仕方が無いと言える。


でもここはゲームの世界では無いのだから、もっと手を取り合って、解り合えれば良いのにと思う。でもその一方で人は合い争わなければ生きていけないのだとも納得している部分もあった。


結局人は愚かなのだろうか。それが生まれながらの罪なのだろうか。でも人に限らず自然界においても弱肉強食、戦わなければ生きてはいけないのだから、結局のところ手を取り合って生きていくのは幻想なのだろうか。


戦争が終結した後は、どうしたって後処理は必要だから、衛士隊も動員して戦場の後始末を行った。巨大なクレーターに手当たり次第に放り込んでいく。大量の物資も含めて殆ど焼けてしまっていたので、軍団の規模に対してそれ程手間は掛からない。1週間も待たずに片付いてしまった。


後始末の最中にセザールと見られる人物の死体を発見する事も出来た。マントが半ばまで焼け焦げていたが、幸いにも防火処理がされていて、辛うじてセザール候の家紋を読み取る事が出来た。顔は焼け爛れていたので判別出来なかったが、セザール候を知るトリスタン陛下に見分をお願いした所、背格好や顔の輪郭から恐らくは間違いないだろうと結論付けられた。


セザール侯爵の亡骸は防腐処理を行い、侯爵領の身内へと送り届けられる事になった。先発しているレオン将軍率いる討伐軍へ合流する為、足の速いゴーレム馬車を貸し出して運ぶ事になった。まぁ後の事はトリスタン陛下に丸投げだ。


全てをクレーターの中に放り込んでしまうと、後は造成装置を利用して綺麗に埋めてしまう。戦車の砲撃により穴ボコだらけになっていた野営地跡も造成装置で均してしまったので、全て完了してしまうと彼らの足跡を示すものは何一つとして残されてはいなかった。


死んでしまえば皆等しく神の元へと召され、無垢なる魂となって輪廻の輪に戻ると信じられていた。だから皆で墓標なき戦死者の墓に向かって、迷う事なく神の元へと召される様にと祈りを捧げた。死んでしまえば、敵も味方も無い。



聖女戦争に於いてクラフター騎士団が進軍を開始して、戦争が終結するまでに掛かった時間は30分にも満たない。戦場においては士気が崩壊すれば逃げ出す者も居るが、今回に限っては逃げ出す判断すらままならないままに、戦車砲の砲撃による制圧射撃と戦術級魔術で、野営地に居た敵兵士は皆絶命をしている。もしかすると野営地から逃れた者が居るかも知れないが、モンペリエを目指したのなら未だ稼働をしている迎撃装置の餌食になるし、南に逃れても予備知識なしに防衛戦を突破する事は至難だろう。


少なくとも、確認できる範囲では逃亡者、生存者は発見出来なかった。


戦いの最中、果敢にも戦車隊に対して攻撃を仕掛けた一団がいた。明らかに他とは異なる武装を身に纏っており、セザール候の虎の子の戦力であったと予想できる。しかし、ティーガーIIには機銃が搭載されていて、機銃の斉射により瞬く間に蜂の巣にされていた。彼らの刃はただ1人として、戦車に届く事は無かった。


彼らが身につけていたそれらの装備品は卓也には不要だったから全てトリスタンに譲り渡してある。卓也には不要だったが、帝国の技術を知るには良い研究材料となるだろう。


一方アラン将軍が率いる国軍は更に西進し、セザール侯爵領の領都へと向けて進撃を進めていた。


領都にはセザール侯爵の息子が残されていて戦勝の報告を待ち詫びたが、当然の事だが生存者はおらず、連絡は途絶えたままだった。そこへ降伏を勧告する使者が父の亡骸を携えて来たのだから、戦争の行方は火を見るよりも明らかだった。


残されたセザール侯爵の息子は徹底抗戦を選択した。このまま降伏をしても、自分達の運命は明らかだったからだろう。他に選択肢等無かったのかも知れない。


領都を守る城壁は分厚く、蓄えも十分にある。逆に寄せる王国軍の方が補給の心配があったし、冬が到来すれば包囲を継続する事も難しくなる。しばらく凌ぎさえすれば王国軍は引かなければならないし、そうなればこの冬はセザール侯爵領からの食糧供給が途絶えている以上は困窮をするだろから、条件次第では媾和を結べるかも知れない。状況次第では正式に独立を認めさせる事も出来るとも考えていた。


そうした考えは王国軍も当然承知をしていた。犠牲を払ってでも城塞都市攻めを敢行する他ない、そんな差し迫った状況だった。その為、トリスタンはダメ元で卓也に事態の解決を図る為の援助を要請した。


冬が来る前に城壁を破る事は難しいし、強引に攻め込めば悪戯に被害が拡大するばかりだ。卓也としても王国は良き隣人で有り、国体が傾くのは望ましくはなかったから、トリスタンの予想に反して城壁の破壊のみ請け負う事にした。当初の方針を修正し、国軍に随伴する諸侯軍、貴族達に自身の持つ戦力を誇示する事も兼ねての選択だった。


王国軍が領都の包囲を開始して1週間。城壁を挟んで睨みあう両者は散発的な小競り合いに終始していた。攻めあぐねていた王国軍の目の前で、卓也はアパッチで颯爽と飛来すると城壁に向けて100発のヘルファイアーを発射し、瞬く間に城壁を瓦礫の山に変えてしまった。そして、そのまま北へと飛び去った。


領都をぐるりと囲む城壁を攻略したとしても、城もまた強固な城壁に囲われている。本来であれば城の城壁を抜くのもそう簡単な事では無かったが、アパッチの攻撃に震え上がった兵士達は領主一族に従う事を放棄した。あの攻撃が領都に向けば、自分達が守る為に戦ってきたものが全て灰燼に期してしまう。その未来が容易に想像が出来たから、国軍に抗戦する僅かばかりの気力など吹き飛んでしまったのだ。


王国軍が城攻めをする為に領都の中へ軍を進めたが、予想された抵抗は一切無かった。王国軍に内応する兵達により領主一族は斬首され、その首は城壁に掲げられる事となった。結果、城の門は内側から開け放たれ、領都は無条件に降伏を受け入れる事になったのである。こうして卓也が戦場に介入して、僅か1日足らずで領都攻略戦は終結した。


卓也の活躍で、領都攻略戦で生じた被害はほんの僅かに留まった。備蓄されていた穀物も丸ごと王国軍が接収したから、諸侯軍は冬を越す為の十分な食糧を携えて帰路に着く事が出来た。手柄を立てて新たな侯爵位を得る事を夢見た者も居たが、残念ながらその機会は失われてしまった。しかし、手柄を得る為に払ったであろう貴重な戦力を失わずに済んだのだから、結果として諸侯からはそれ程不満は出なかった。まぁ、今の王家や卓也に不満を言える者など居なかったのだが。


そうした経緯があり新たな侯爵家は立てず、セザール侯爵領は王族が直轄領として治める事になる。因みにトリスタンは内々に、卓也に領地を新たに抱える気がないか打診はしたが、迷う事なく断られたので、やむ無く直轄領とせざるを得なかった。


直轄領とする事に、諸侯には異論もあったかも知れない。だが、早くから卓也を重用して親密な関係をアピールしてきた王族に対し、しかもアパッチの火力をまざまざと見せつけられた諸侯が異を唱える事など出来るはずも無かった。


その後、しばらく経ってトリスタン陛下による聖女戦争の記録が広く発せられた。本来王城に居る筈の国王が遠く離れた地で戦場を俯瞰して記したとする内容は、一部では懐疑的に受け取られた。しかし、少なくとも卓也の実力の一端を直接目にしたシャトー王国の諸侯は、その記録を疑う事が出来なかった。諸侯の中には、セザールが独立を宣言して挙兵をした時、王家の旗色が悪ければセザールに呼応する事を考えていた者も居たが、今ではすっかり息を潜めている。


卓也の目論見通りに侮る貴族は皆無となった。当初、余り示威行動を取らない様にしようと考えていたのは誰であったか。


方針を修正したのは、卓也としては新規エリアの開拓を優先したかったから。余り面倒事に時間を取られたくは無かったからだ。領民との契約や、政治的な諸々のやり取りは必要な作業とは言え、卓也にして見れば本音を言えば雑事に過ぎない。そうした雑事に時間を取られていて、ミスリル鉱石の採取が思うように進んでいない状況は何とかして改善したいと考えていた。そこに、諸侯からちょっかいを掛けられたのではたまらないから、戦力の一端を見せて釘を刺しておこうと考えたのだ。


当初秘匿しようと考えていた戦力の一端を開示した事には別の思惑もあった。


クラフター騎士団は余りにも圧倒的に勝ち過ぎた。戦場での情報は、ほぼほぼ秘匿された訳だが、全く情報が伝わらなければ逆にいらぬ憶測や不信感を生じてしまう。

そこで、解り易い戦力である航空戦力を表に出す事で、ある程度思考を誘導しようと考えたのである。航空戦力に対抗するには、高高度に対する攻撃手段が必要だが、それだけの射程を有する攻撃手段は今の所存在していないし、当面は対処が難しいと考えたから手札を開示する事にしたのだ。


ただし、トリスタンが記した記録を公開した事で、その目論見は完全に瓦解する。最も、それを公開する前に卓也も扱いについての相談を受けていた。

公開に踏み切ったのは、鹵獲した装備品から推測される帝国軍の技術が、想定よりも低かったからだ。そもそも情報を秘匿する目的の最たる部分は、仮想敵国である帝国に情報を流さない為だ。


鹵獲した装備品は帝国の最新技術では無いだろうが、仮にも貴重な資源を用いて戦場に投入をされたのだから、そこまで旧式の技術とも考え難い。魔石や魔物素材を用いて魔力の伝導効率を向上しているが、その効率は想像よりも驚く程に低かった。卓也が供給している魔導アーマーや戦車は言うに及ばず、衛士隊に支給している装備品ですら、それらの性能を軽く凌駕していた。


因みにアマテラスでは卓也謹製の装備品を再現する研究も行われている。

中には再現出来そうなものもあったが、大半は難しいだろうと考えられていた。そこから比較をすれば、帝国の技術はまだ想像の範囲内に収まる。その発展系もある程度は予測が出来るので、仮に上方で予測を立てたとしても、十分に対処が可能だと判断された。


まぁ、造成装置なんかを見れば、どう考えても再現は難しいと思う。物理法則をまるで無視しているから、ゲームの仕様ですと言われた方がまだ納得が出来ると言うものだ。ゲームの仕様、つまり言い換えれば神の御業と言う奴だ。


そうした判断はアマテラスだけでは無く、王都で研究されている転移門の再現が、未だにとっかかりすら得られていない事も少なからず影響があった。


オデットやフィリップは、最近は定期的にシャトー王国の首脳陣との会議を行なっていて、方針についての検討や擦り合わせがされている。

転移門の存在も現状であれば秘匿する必要性がかなり減少したと判断をされた為、連絡や協議を行う為に積極的に活用をされていた。


そもそもトリスタンが記した聖女戦争に関する手記にも軽く記載がされていたから、卓也が飛行する手段に加えて、長距離を一瞬で移動する手段を有している事は周知の事実となった。


しばらく経つと、転移門やアパッチの存在が半ば公然となったからだろうか。

すっかりアマテラスが雪化粧で白くなった頃、卓也宛に正教会の教皇から招待状が届いた。

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