第133話 戦術級魔術
戦術級魔術。それは、超大型魔獣を打倒する為に、長い間研究されて来た大規模な魔術の総称だ。特徴は、複数の魔術士により行使される事。
1人では到底賄えない魔力を、複数の魔術士が連携を取って行使する事により、より強大で広範囲に効果が及ぶ魔術を行使する事が可能になる。
基点となる術士を中央に置き、それを取り囲む様に複数の魔術士で方陣を描く。そして魔術的なパスを繋ぎ、魔力を共有してより巨大な魔術を行使するのだ。
但し、複数の魔術士が魔力を共有するには、繊細な魔力操作の技術が必要になるし、自身の扱う魔力を大きく超える魔術を行使するのだから、基点となる術者の負担は想像を絶する物になる。
単純に人数を増やしても加速度的に術者の負担が増すばかりの為、その規模を拡大する事は難しい。通常は魔術士4人編成、もしくはかなり優秀な魔術士同士でも5人編成が限界とされている。
それが、今回マリーズが試みているのは11人編成だ。マリーズを中心として、周囲を10人が取り囲んでいる。過去にこの人数で、戦術級魔術の発動に成功した術者は存在しなかった。これが可能になったのは魔導アーマーによる補助で、魔力を制御する能力が格段に向上をしていたからだ。
因みに共鳴の聖女は、この魔術士による魔力の共有と、魔術の増幅を只一人で熟す事が出来た。伝承によれば、凡そ100人規模の魔術士に匹敵したそうだ。その為、聖女の助けを得て大賢者が用いた広域魔術は、唯一戦略級魔術と呼ばれている。
ここに居る各々の魔力も魔導アーマーの動力源である魔導ユニットからの補助を受けて大幅に増大しているから、そこに込められている魔力は伝説に謳われる戦略級魔術に迫る程であった。
さて、今回マリーズが詠唱を行っている魔術は、何も特別な魔術では無い。それはただの火球だった。下手に高位の魔術を行使すれば魔力制御の難易度が跳ね上がるからだ。ただの火球と違うとすれば、そこに込められた魔力が尋常では無かった。
マリーズの魔力制御により、マリーズの頭上にゆっくりと魔力が凝縮される。そして描かれた魔術式により魔力が炎に変換されると、そこに火が灯り魔力の増大に伴って火の球はより巨大に、より煌々と輝きを放つ。マリーズは魔導アーマーの助けを借りて、慎重に魔力を注いでいく。そして10分程の時間を掛けて、限界ぎりぎりまで火球に魔力を注ぎ込む。
それは、さながら地上に顕現したもう1つの太陽だった。凝縮された魔力により、火球の色は赤色を越えて青白い輝きを放つ。時折、その表面を稲光に似た光が走る。超高温により大気がプラズマ化した破壊の煌めきだ。
火球の放つ熱が、魔導アーマーや戦車の装甲越しにでも伝わる程。その輝きは、聖女討伐軍の陣地からでもはっきりと見て取る事が出来た。
「あれは、一体何なのだ?」
誰とも無くそう呟く。
セザールは、東から上る朝日と比べても遜色の無い輝きを放つ、もう1つの太陽を呆然と見る事しか出来なかった。
その輝きに目を奪われ、足を止めた者も多かった。その合間も戦車隊による砲撃は続いているにも拘らずだ。
彼らに去来する思いは、そう変わる事は無かった。あれこそが神の奇跡に他ならない。敵と定めた聖女は、正に伝説に謳われた通り神の使徒だったのだと。
気が付けば、膝を付き祈りを捧げる者がそこかしこで見受けられた。彼らの胸中を満たす想いは何であったか。
マリーズがその魔術を解き放つと、その火球はゆっくりと聖女討伐軍の野営地に降り立った。音も無く、静かに、全てを呑み込むかの様に。着弾した火球はゆっくりとその内に秘めた魔力を解き放ち、一気に膨れ上がり野営地を半ば呑み込んだ。
極限まで込められた魔力は、その球体内の全てを焼き尽くした。超高熱により球体内を無数の稲光が走る。暫らくして魔力の奔流が納まると、そこにはぽっかりと穿たれた円形のクレーターが生じていた。その範囲内の温度は優に数千度に達っした。
巨大な火球が衝撃を生じなかったのは幸いだったかも知れない。魔力操作が容易な初歩の魔術を選択した事は偶然だったが、もし行使された魔術が上位の爆炎であったなら、生じた爆発による衝撃によりモンペリエやクラフター騎士団に被害が生じた可能性も否定が出来なかったからだ。
だが、その火球の効果は、幸いにも火球の内部に集約されていた。クレーターの表面は溶けた鉱物で赤々とした輝きを放っている。火球内部は超高温の為、その周囲には熱が伝わる。その熱風によりクレーターに程近い所も、完全に燃え尽きている。多少距離が離れた野営地も、辛うじて燃え尽きなかった物が火の手をあげていた。
どう見ても、そこに居た人々が生き永らえているとは思えなかった。
オデット達は、野営地から3㎞程離れて陣取っている。だが、それ程離れていても熱が伝わって来るのだ。本来であれば戦術級魔術を放った後に、魔導アーマーが突撃する筈だった。だがこの光景を見ては、オデットも号令を下すのは躊躇われた。
程無くして、周囲の冷たい空気が一気に流れ込んだ為、急速に冷やされたのかクレーターの輝きは落ち着きを見せる。それを遠目に見て取ると、オデットは騎士団に前進を命じた。
戦車隊は予定通り待機。魔導アーマー20機とオデットが、ゆっくりと歩を進める。
そこは凄まじい光景だった。戦術級魔術が着弾した辺りは、完全に燃え尽きていて何も残っては居なかった。少し離れると野営設備は完全に燃え尽きていたが、人は炭化しているものの辛うじてその姿形を確認する事が出来た。中には祈りを捧げる姿勢のままに、炭化した死体も散見された。人体は意外と燃え難いから、その形を保っている者も少なくは無かった。外周付近であれば、ぱっと見では外傷は見られなかったが、超高温の熱風で喉を焼かれた為、絶命をした者もいた。
そもそもティーガーIIの砲撃で野営地の様相はすっかり様変わりしている。装弾数84発。60両の戦車隊から、凡そ10分の間に約5000発の砲弾が聖女討伐軍の野営地に降り注いだのだから、無傷な所など殆ど無かった。砲弾の直撃を受けて爆散した死体もそこかしこに飛び散っていた。
それでも、辛うじて生き残った者も僅かではあるが存在した。だが、一見すると目立たないとは言え、ほぼ例外無く重度の火傷を負っており、それ程の時を待たずして皆死に絶えた。
そうした聖女討伐軍にあって、唯一生存を果たした者が居る。
帝国から派遣された査察官だ。彼は異変を感じ取ると、直ぐに野営地から脱出して距離を取った。彼の役目は、戦場を記録して帝国に伝える事である。その為、戦いの結果がどうであろうと、戦場を一望出来る場所から映像を記録する必要があったからだ。
彼は、其の成り行きを呆然と見守る事しか出来なかった。瞬く間に野営地が壊滅する様を記録する。そして野営地に巨大な人型がゆっくりと歩み始めると、その映像を記録した魔道具を懐に仕舞い込み足早に戦場を離れた。決して敵に見つかる訳にはいかない。何としても帝国に報告をする必要が有った。あれが相手では、帝国の誇る魔導機でも後れを取る可能性が高かったからだ。その脅威を伝えなければならない。
万全を期す為に、川へと走り飛び込む。万が一の事態も想定していて、水中の行動を補助する魔道具も携えていた。この辺りはそれ程流れは急では無いから、川伝いに南進すれば、敵の目を搔い潜って離脱が出来る筈だった。
そのまま暫らく川の流れに沿って川を下ると、何処からともなく飛んで来た巨大な鋼鉄の矢が彼を貫いた。彼は自身の身に何が起きたのかを理解する事も出来ずに川の底へと沈んでいった。もし、もっと深い場所、それこそ川底にでも潜っていたのなら射線は通らなかったかも知れない。だが、残念ながら彼は流れが比較的緩やかな川岸を選んで移動を行っていた。そこは、卓也が設置したタレットに据えられた迎撃装置から十分に射線が通る場所だった。
こうして、聖女討伐軍の最後の生き残りは、誰にも知られる事なく命を落とした。
その一部始終を、空からつぶさに見守ったトリスタンとイズーは、何一つ言葉を発する事が出来なかった。最も、それはクラフター騎士団の面々も同じだった。
勝利の余韻に酔い知れる事も無く、ただただ自分達が齎したその惨状を目の当たりにして、卓也が齎した兵装の威力を恐れるばかりだった。ただその恐怖は、時間を経れば自然と畏敬の念へとすり替わる。彼らは一様に、卓也こそが神の現身であるとの確信を深める事になった。
後に聖女戦争と呼ばれる戦いは、ほんの僅かの時間で終戦を迎えた。
セザール侯爵が動員した1万5千もの軍は、なす術もなく全滅した。
こうして、クラフターの名は歴史に刻まれる事になった。
トリスタンは王都へ戻ると、戦争の顛末を記録として纏めて各国へ発信をした。王都に居る筈の国王が、何故遠く離れた場所での戦いを詳細に報じたのかは当然疑問が持たれた。だが、トリスタンはそれを正確に伝えるべきと言う使命感を感じていた。政治的な目論見は無く、死した者達の魂を鎮める為に、その死に様を記録するべきだと感じていた。
後の歴史家によれば、トリスタンが記した聖女戦争の記録、その真偽については批判的な意見も多い。何せ、敵側に生き残りが1人もおらず、その様相を伝える記録が聖女側にしか残されて居ないからだ。
聖女戦争のその全容を伝えるのは、後方から戦いの推移をつぶさに観察したトリスタンが残した記録しか無い。とは言えセザールが軍を興した事は間違いが無いし、生き残りが居なかった事もセザール侯爵の息子が残した記録として残っている。それらを擦り合わせれば、トリスタンが残したその記録はほぼ正確であったであろう事は推測が出来た。しかし、大地を穿ったとされる巨大な穴は後の世に残されていない。その爪痕が残されていれば、ここまでその真偽が議論をされる事は無かっただろう。
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