第129話 状況の確認

セザール侯、改め自称セザール大公が、兼ねてより独立を目論んでいた事自体は以前から予想されていた事だった。


彼がそれ程の野心を抱えたのは、豊かな穀倉地帯を抱えていた事が最大の要因だろう。それ程豊かならそこに王都を建設すれば良いのではと思わなくも無いが、そもそも王都には長い歴史がある。1000年近い歴史の中で自領を守ってきた自負がある。そうした歴史を背景に今の王都がある訳で安易に場所を移す事は出来なかった。それに長い目で見てみれば、セザールが治める領地は決して安定しているとは言えない場所だ。


南にはエターナルクラフトで言う所の沼バイオームがあり、フィールドボスのギガントトードが生息する。素材の宝庫ではあるが、それは毒対策が十分に出来るゲームだからこそだ。この世界では毒に対する対策は限られていて、容易に攻略が出来る場所では無い。しかもそうした特殊な環境は魔力の濃度が高く、数十年に一度の割合で魔物が大量に発生して近隣に甚大な被害を齎す。危険度に対して実入が少ないから、セザール侯爵領より東と南の地域の開拓は行っていない。


隣国バローロ王国はそんな場所に後から国を築いて、うちは貧しいから肥沃な土地を寄越せと宣うのだから、シャトー王国からすればたまった物では無い。

そうした魔物の領域と隣国への睨みを効かせる事こそが、セザール侯爵領の最大の役目と言える。


それに同じく数十年に一度の頻度で川が氾濫する為、大規模な都市の建設には向いていなかった。川の氾濫が、山から栄養に富んだ肥沃な土を大地に齎すのだから、必要悪だと言えるのだが。


因みに王都はより大きな本流に隣接しているが、そちらは長い年月を掛けて治水を行っており、早々に氾濫をする事は無かった。流石に100年単位で見れば氾濫する事はあるのだが。それでも危険度で言えばセザール侯爵領よりは大きく下がる。


セザール侯爵家は先先代が50年程前に、隣国との大規模な戦いで多大な戦功を挙げた事から、伯爵から侯爵に取り立てられて現在の領地に封じられた。だが、その土地を王国領として長い間治めてきたのは王国にであって、セザール侯爵は所詮は封じられた一侯爵に過ぎない。


確かに自領を富ませたのはセザール侯爵の功績ではあるが、独立を宣言したのは王国の歴史を鑑みれば簒奪者にしか過ぎなかった。


彼がそれ程増長をしたのは、1つにはここ10年程の間に起こった王国の度重なる不作と、先立っての紅の月により王国が弱体化した事。1つには隣国との関係性が変化した事。そして最後に、両者を取り持った真教会を通して、セザール侯爵が帝国の覇権主義に傾倒した事が理由だろう。


セザール大公が帝国の意向を受けているのは明らかだ。独立を宣言しながらも王では無くあくまで太公を名乗るのは、内々に帝国から取り立てられていたからだと予想が出来る。


帝国の意を受けたセザール大公の軍が、シャトー王国の王都では無く、北進して聖女の住むトウカとアマテラスを目指すのは王家にとっては予想外だった。ここ数年、徐々に対立姿勢を強めて来たからだ。当然独立を宣言して兵を上げるのであれば王家との直接対決に臨むと考えられていた。


だが考えてみれば解らなくも無い。帝国は正教会及びギルドと対立をしていて、聖女はその両方で旗印になり得る存在だ。ここで聖女を討つ事が出来れば、両者の機先を制する事が出来る。


流石に、前々から聖女を目標として計画を立てていた訳では無いだろう。聖女出現を事前に予想する事は不可能な筈だ。だから元々は、大陸中央部に位置して、歴史があり、かつ周辺国への影響力が大きいシャトー王国を揺るがす事が出来れば帝国にとっては御の字。騎士団に潜伏していた工作員と同様、帝国が大陸各地で暗躍して燻っている火種の1つだったのだろう。


それが、今回はたまたまタイミングが良かったから講じられた策なのだと推測が出来る。たまたまシャトー王国の勢力を削ぐ為に有力貴族の調略を行い、結果戦力の増強を行っていたセザール侯爵領の、たまたま近くに正教会が認定した聖女が住んでいた。しかも新興の勢力で戦力はたかが知れている。


聖女の影響力が増す前に、誅殺する。王都で軍を編成して派兵したとしても、セザール大公の軍勢がトウカに辿り着く方が遥かに早い。それに、隣国の戦力も合流しているそうで、彼らの勝率は非常に高い物だと思えた。


そこに卓也が居なければ。


卓也は静かに、一連の説明に耳を傾けていた。そして予想されるルート、予想される兵力を聞いた。その間一言も発する事は無い。


「以上の通り、最短4日でモンペリエへ接敵するでしょう。モンペリエで迎撃を行うには戦力が足りませんので、モンペリエでは籠城戦一択になるでしょう。そうなれば奴らはモンペリエに一部の戦力を置いてそのまま北進をする筈です。6日後にはアマテラスに到達をするでしょう」


「…」


「我々が軍を纏めて王都を出たとしても、モンペリエへ到着できるのは2週間後です。それだけの間、モンペリエとトウカ、アマテラスの戦力で耐えられるかどうかは…」


「ふーん、奴らはよりもによって、フランシーヌを殺すと言ったんだね? そうか、ふふふ」


思わず笑みが溢れる。


「失礼ながら、申し上げても宜しいでしょうか?」


オデットさんが発言権を求めるので頷く。


「タクヤ様のお怒りはごもっともで御座いますが、ゆくゆくは帝国と直接対する事もあるかと存じます。目標をタクヤ様では無く聖女様とした事から、現時点ではタクヤ様は仮想敵としての認識をされていない様子。であるならば、タクヤ様がご自身で手を下す事は得策とは言えません」


「黙って見てろって事か!」


「そうは申しておりません。その為に騎士団を組織したのです。タクヤ様に報いたいと考える者は多う御座います。どうか、彼らに活躍の機会をお与えくださいませんでしょうか?」


マリーズはうんうんと頷いているが、陛下や宰相は首を捻っている。


「オデット殿、その言い方ですとまるでタクヤ様お一人でどうにかなると聞こえるのですが?」


そう疑問を呈したのは王太子のレオン殿下だ。


「何ら問題は無いと思うけど?」


絶句するレオン殿下。他の面々は俺の返答を薄々予想していたのか、狼狽するレオン殿下からそっと視線を外す。


「徹底的に叩けば良いと思うけど、ダメかな?」


「短期で見れば良いかも知れませんが、過ぎたる力は恐怖を齎します。それに今後の事を考えれば、タクヤ様の御力を徒に示すのは避けた方が宜しいかと」


「出し惜しみしろって事かな」


「そうとも言います。タクヤ様であってもお一人で出来る事には自ずと限界が御座いましょう。面倒事は、どうか我々にお任せ下さいませんか?」


卓也は考える。今回の一件の背後に帝国の思惑が絡んでいるのは間違い無いのだろう。確かに、今後もちょっかいを掛けて来るのであれば、大々的に事を構える事もあるかも知れない。でも一度徹底的に叩けば、余計なちょっかいは出して来ない気もするのだがダメだろうか。


かなり頭に来ているらしく、思考がかなり攻撃的になっているのが解る。


「どうせなら一度徹底的に叩けば、余計な事はしなくなるんじゃない?」


「そうかも知れませんが、それをタクヤ様がされる必要は御座いませんでしょう。魔導アーマーの使用を許可頂けましたら、我々が殲滅をして見せましょう。我が剣に掛けて」


オデットさんがそう言って手を胸に当てる。そうだった。つい忘れそうになるが、オデットさんは俺の騎士だ。


「解った。軍の編成と指揮はオデットに任せるよ。魔導アーマーは好きに使って構わない。そうだな、どうせなら、戦車隊を組織しよう!」


「私も出ます」


「私も王家の名代として出ます」


とはフランシーヌとマリーズ。さっき迄俺が一人でやると言ってた位だから、流石に危険だからダメとは言いにくい。


「解った。でも少しでも危ういと思ったら、直ぐに引くんだよ? 一応砦を構築するので、いざとなったら砦に引きこもってしまえば迎撃は簡単だからね」


「帝国がどれ程のものかは解らないけど、どう考えても過剰戦力だと思いますけどね。まぁ任して下さいませ」


「マリーズ、報告は聞いているがそれ程なのかね?」


マリーズが逐一国元に報告をしている事は解っている。別にそれを咎め立てはしていない。だから、報告の内容迄は把握していなかった。

陛下はそうした報告である程度の戦力は把握しているのだろう。だが、聞いたからと言って直ぐに想像が出来るかと言えば否だ。未だタクヤの戦力については半信半疑だった。


「まぁ最近の戦力については正確に報告はしていません。今でも全部を信じていらっしゃる訳では無いのでしょう、お父様? そもそも既に報告をしていますがタクヤさんはドレイクを瞬殺出来るですよ? 大陸にドレイクを瞬殺出来る戦力が他にあると思いますか? それに今の私とフランシーヌ様の2人なら、タクヤ様の御力を借りずともドレイクは完封出来ますしね」


専用の魔導アーマーでしっかりと属性対策を行えば、既にドレイクはそれ程梃子摺る相手では無かった。今では戦闘訓練を兼ねてフランシーヌとマリーズの2人で討伐をする事すらあるのだ。多分1人でも問題は無いだろうが、一応安全策を取って2人で行う様にしている。


「ん? 今マリーズがフランシーヌ様と2人でドレイクを討伐したと聞こえたが、気のせいかね?」


ドレイクの脅威は大陸でも伝えられている。大陸に数度出現して多くの国を滅ぼした実績がある。何せ、超大型種の魔物よりも格上なのだ。幾つかの国が総掛かりでようやく討伐が出来る程の難敵がドレイクだった。


それを、たったの2人で討伐する等、冗談にしか聞こえないのも仕方が無い。


「言ったわよ? どうせ信じて貰えないから報告はしていないけどね」


「どうするかはまたこれから詰めるとして、戦況については陛下に観て貰った方が良いかもだね。その時は迎えに来ますね」


こうして、取りあえずは情報の共有と方向性が定まった。




「ところで、センシャタイとは何の事だろう?」


話し合いの場を解散して後、宰相はふと思い出して一人呟いた。誰もあえて突っ込まなかったから、その言葉の意味する所は結局解らず仕舞いだった。


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