第128話 迷宮と、帝国と、独立と

かつてこの世界に異界からの侵略者が現れた。冥府の王である冥王である。


冥府と呼ばれたのは如何なる場所であったか、実の所それを知る者は居ない。ある日、大陸にぽっかりと口を開けた迷宮、其の最深部から現れたと伝えられている。


死者の軍勢を率いる事から死者の魂が眠る冥府から来たのだと言われているが、実際の所は解らない。本当に冥府から現れたのかも知れないし、単純にリッチの様に死者に属する強大な力を持つ魔物の可能性も有る。


冥王がこの地上に出現して暫らくすると、冥王は大陸に幾つかの迷宮を作った。どの様にしてそれらを創造したのかは解っていないが、少なくとも最初の迷宮から冥王が出現したのは間違いが無いし、その後冥王の軌跡に沿って新たな迷宮が発見されているので、その因果関係も間違いは無いのだろう。


冥王が出現したのは大陸の西端だったから、迷宮は西側に多く存在している。


では迷宮とは何か。


この世界と異なる世界とを結ぶ通路だと言われている。迷宮内はこの世界とは異なる法則により支配されていて、そこには魔物が生息している。

下層に行く程に魔物は強大になり、最下層は恐らくこの世界とは異なる世界に通じていて、そこを通って冥王はこの世界に来訪したのだと言われている。そして恐らくは、それぞれの迷宮は異なる世界へと繋がっている。迷宮毎に、生息する魔物も環境も大きく異なって居るからだ。だが、それは推測の域を出ない。未だ最深部へと至った者は居ないからだ。


迷宮は魔力が満ちた場所でもある。大陸では採取する事が難しい資源が数多く発見されている。高位のポーションの材料となる特殊な薬草で有ったり、希少鉱石で有ったり。迷宮に出現する魔物は、大陸に出現する魔物と比べると非常に高い確率でその身に魔石を宿していた。魔力を帯びた魔物の素材も有用だ。魔力との親和性が高く、優れた装備品の材料となった。


この迷宮を活用して、戦力を増強しているのが帝国だ。

帝国には最初の迷宮である冥府の門が存在する。冥府の王がこの世界へと出現した際に通った迷宮の為、その様に呼ばれていた。また、版図を拡大する事でそれ以外にも幾つもの迷宮を支配下に置いている。


帝国はそうした迷宮の探索を積極的に行っており、そこから得られる様々な資源を用いた研究や開発を行っている。そうして産みだされた様々な技術が帝国の躍進を支えていた。


「実に壮観な眺めでは無いか」


そう呟いたのは、セザール侯爵だ。


彼の目の前には帝国から秘密裏に供給された資源と技術により作られた魔導兵装に身を包んだ騎士がずらりと並んでいた。


迷宮由来の魔物素材は元々高い魔力を帯びていて、魔石との親和性が高い。そうした魔物素材を各所に用い、魔石を組み込む事で、それらの装備を身に包んだ者は身体能力やスキルの向上、魔力の増大と言った恩恵を得る事が出来た。そうした装備を帝国では魔導兵装と呼んでいる。


鎧の表面には魔力を循環させる為に魔石を砕いて混ぜ合わせた特殊な合金で模様が描かれていて、心臓部分に嵌め込まれた魔石から流れ出る魔力を伝えている。その模様はまるで血が通っているかの様に断続的に淡い光を放ち脈動している様にも見える。


人によっては悍ましさを感じるその姿であったが、力を熱望したセザール侯爵にとっては、それは力の象徴に見えたから非常に好ましく映っていた。


「これ程素晴らしい技術を、何故人々は忌避するのだろうな」


「それは、誤った信仰故。正しい神の教えを人々が忘れたからで御座います」


そうセザール侯爵に言葉を返すのは、真っ黒なローブに身を包んだ、如何にも怪しげな風体の男。真教会の司祭だ。


「うむ。我々は正しい教えをこの大陸に取り戻さねばならぬ」


「そうですとも、閣下。神の祝福を禁忌等と称する、愚かなる者達に鉄槌を下すのです」


セザール侯爵はその言葉に頷くと、マントを翻して前に進み出て、壇上へと上がった。


居並ぶ騎士達は、巨大な剣と盾とを一斉に構える。


「諸君、この大陸は長らく神の恩寵を禁忌と称する愚かな者達により支配をされてきた。過ちは正さねばならぬ。正統なる支配者の手に取り戻す時が来たのだ。見よ、我々の威容を。感じろ、その身に流れる魔力を、それこそが神の祝福である。神は我々と共に有る。この世界の正統なる支配者である皇帝陛下は、この地の守護を私に任じられた。諸君らに与えられた力こそが、その正当性の証左である。陛下は自らを神の使徒であると僭称する聖女なる者を誅せよと命じられた。我らの栄えある初陣である。汝らが威を示せ! この世界に災厄を齎す魔女を滅せよ! 魔導兵団、進撃せよ!」


この日、セザール侯爵はシャトー王国からの独立を宣言。自らをセザール大公と名乗り、セザール公国の樹立を宣言した。また国教を真教会と定め、正教会の発した聖女を神の名を語る神敵と定め、これを誅滅すべく軍を発した。


後に聖女戦争と呼ばれる戦いの始まりである。




「え、侯爵が独立をして兵を挙げたって?」


その報は、その日の夕方にはタクヤにも届いた。独立の宣言を受けた王都経由で直ぐに連絡が入ったのだが、生憎日中はドレイクと採掘場を巡っていたから、その報を受け取ったのは夕方だった。


「左様で御座います。何でも聖女討伐を掲げて兵を挙げたそうで」


「はっ? 何でそうなる?」


「タクヤ様、落ち着かれてくださいな。その件で話し合いの場を持ちたいと父から連絡を貰っています。如何されますか?」


「すまないな、マリーズ。でも落ち着けって言われてもフランシーヌを討伐すると言われて、落ち着ける訳が無いだろう?」


「勿論です。あいつら、よりにもよってフランシーヌ様に兵を向ける等」


マリーズは微笑みを浮かべながらも、その言葉には静かな怒りを滲ませる。落ち着けと言いつつ、勿論と言うマリーズ。俺を諌めているのか、怒っているのかどっちなんだ? まぁそんなマリーズを見て逆にちょっと気持ちに余裕が出てきたのは内緒だ。


「そうだな、まずは情報収集だ。話し合いは有り難いが、どうしたら良い?」


「離宮に場を設けておりますので、転移門で移動頂けましたなら何時でも構わないとの事です」


「解った。オデットも付いてきて!」


何時ものメンバーでマリーズの部屋に移動して、そこから直ぐに王都の離宮へと移動をする。


マリーズは既に勝手知ったる物で、そのまま迷う事なく離宮の一室へと移動をする。そこにはトリスタン陛下と宰相のマルセル伯、そしてバスティアン殿下と顔の知らないもう1人がテーブルを挟んで話し合いをしていた。


「これはタクヤ様。ご足労くださり有難う御座います」


「いや、急に押しかけて来て済まないね。出来れば詳しい話を聞きたいと思って、早速お邪魔した。そちらのお方は?」


この顔触れで一緒に並べる人物など1人しか思い当たらない。トリスタン陛下と実にそっくりな顔立ち。まぁ俺の目には名前が見えているので、見た瞬間この人が誰かは明白なんだけどね。


「お初にお目にかかります。タクヤ様、フランシーヌ様。国軍を預かるレオンと申します」


そう言って騎士の礼を取るこの人が、次期国王である王太子、第一王子のレオン殿下だ。


敬虔な聖女の崇拝者と聞いていたが、最初からネームカラーは親密。信仰心の賜物だろう。そこに居並ぶネームカラーを見ると、やはり1人だけ色の異なるバスティアン殿下が異彩を放つ。


未だ有効的な関係に留まっている。逆にそこまで一定の距離を置けるバスティアン殿下って、実は凄い人なんじゃ無いかなと思う。


さて、事体は急を要する為、挨拶もそこそこに状況の説明を受ける事にした。



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