第127話 離宮に転移門を設置する
「え、父上? 聖女派の幹部ってどう言う事ですか?」
そう問いかけるのはバスティアン殿下。
俺はその展開に追いつけなかったが、俺以上に置いてけぼりだったのがバスティアン殿下だ。今も疑問符を浮かべながら、呆然とトリスタン陛下とフランシーヌの間を視線が彷徨っている。
「私が聖女派である事は、お前の兄と母、そして宰相しか知らぬ事だ。我々シャトー王家は、代々聖女様を信仰しておる。お前も宰相を継ぐ身だから、その信仰を継承しなければならぬ。何をしている、お前も聖女様に拝謁を賜りなさい」
何が何やら解らないが、陛下にそう言われたら動かない訳にもいかないのだろう。陛下の隣に移動して両膝を付くと、両手を挙げて、そのまま上半身を倒す跪拝を三度行う。最上級の礼拝なのだそうだ。
因みに、バスティアン殿下のネームカラーは友好的ではあるが契約が可能な親密状態には至っていない。陛下と宰相閣下はフランシーヌに命じられた途端、親密な状態に変化した。それだけでも聖女に対する信仰に限っては疑う余地は無いだろう。
「まぁ、そう言う事であれば、契約を行うのは構いません。ですが、こちらのバスティアン殿下は、まだ契約が出来る状態では有りませんが宜しいのですか?」
「信心が足りず申し訳ない。ですが元より転移門は信頼が置ける者以外には秘匿する予定です。この私とマルセルに、我が主との契約という栄誉を頂けるのであれば構いませぬ」
そう言う事なら、ひとまず問題は無いかな。それにバスティアン殿下の信心が足りないと言うけど、本来為政者としては軽々しく相手を信用する方が大いに問題が有る様に思える。疑って掛かる位で丁度良いのでは無いだろうか。
因みに後から聞いてみたら、王家では元来聖女を尊ぶ教えを幼少から行っているらしい。その中でも王太子は敬虔なと言って良い聖女の信徒だが、バスティアン殿下は幼少の頃より達観していると言うか、現実的な考え方をすると言うか、余り信心深くは無かった。バスティアン殿下にして見れば王家が聖女を敬う聖女派である事は知識としては知っていても、まさか幹部であったとは思いもしなかった様だ。
マリーズは、あれで結構信心深い。言われて見れば、フランシーヌに対しては常に敬意を払っていたのは、そう言う訳だったのかも知れないな。
大陸の1000年近い歴史の中でも聖女はたったの3人しかいない。だが、聖女候補と呼ばれる者達はもっと多い。正教会では、神気の感受性が特に強い者達を選別して聖女教育を行う。正教会では神気を満たす為に魂の器を鍛える方法が確立されていて、厳しい修行を乗り越える事で優れた神聖魔術の使い手になる。
高位の神聖魔術を扱える事は信仰の証でもあるので、当然の事ながら枢機卿や教皇もそうした厳しい修行を行った経験があった。また聖女候補は実際に神の啓示を受けなくても、正教会においては高い地位を得る事が多い。
だが、そうした厳しい修行を経ても、あくまで候補でしか無い。
過去の例を見るならば、聖女として認められる為には次の条件を満たす必要が有る。
聖女だけに与えられる特別な奇跡を使える事。英雄を見出す事。そして英雄でしか対処出来ない未曽有の災厄が起こる事。その困難に打ち勝って初めて、正式に聖女として認められるのだ。
だから、これ迄の歴史を鑑みれば、フランシーヌが現時点で正式に聖女として認められている事は本来であればおかしい。これ迄の因果関係から考えれば有り得ないのだ。
その背景にあるのは、神託の成就が教皇に認められたからに他ならない。教皇が全幅の信頼を置いているニコラ枢機卿が、タクヤこそが神の現身であると認めたから、それを追認する形でフランシーヌが聖女であると認めたのだ。
もっともフランシーヌが聖女である事は、聖女派では早い内から確実視されていた。神託の奇跡以外にも、歴代の聖女候補を遥かに凌ぐ奇跡の使い手だったからだ。
勿論、トリスタン国王も把握していて、表立っての援助は出来ない迄も裏では色々と便宜を図っていたりする。
だが、何せシャトー王国は非常に危うい状況にある。ここ数年貴族の台頭が著しく国体が揺らぐ程だったから、表立っては迂闊に行動が出来なかったのだ。
余談だが、ニコラ枢機卿はバリバリの正統派なので、フランシーヌの聖女認定には一切忖度は無い。まぁ正教会でも特に有名な神の敬虔な信徒だから、むしろタクヤへの忖度は有るかも知れないが。
まぁそんなこんなで、俺は陛下と宰相との契約を済ませた。やはり契約をすると神の気配を身近に感じる様で、俺はフランシーヌに続けて2人の跪拝を受ける事になる。それを見るバスティアン殿下は、まるで死んだ魚の様な眼をしていたのが印象的だった。
同じ空間にマリーズも居たのだが、そちらは一連のやり取りを楽しそうに見ていただけだった。
その後は離宮へと移動し、その一室に転移門を設置する。部屋の内側を鋼鉄製の壁で補強し扉を設置する。これで契約をしていないNPCは自由に出入りが出来なくなる。
マリーズの部屋の転移門はこっちに来る前に既に設置済みなので、転移先を指定して転移門を起動する。これで、とりあえず王都での用事は完了だ。今後は転移門を通じて移動が可能なので詳しい話はまた改めて行う事にする。
シャトー王国との関係性をどの様にするかも改めて検討しなければならない。オデットさんとも情報を共有して、意見を聞くべきだろう。なにせ政治的な駆け引きは俺には解らない事が多い。オデットさんなら何か妙案を出してくれる筈だ。
「ではフランシーヌ様、タクヤ様。色々と相談をしたい事も御座いますれば、日を改めて場を設けたいと存じます」
「解りました。その辺りはマリーズと打ち合わせをしてくれれば助かります」
陛下はと言えば、マリーズの部屋を興味津々と言った体で見渡している。
「陛下、また改めてお邪魔する事に致しましょう。本日はもう襲う御座います。陛下!」
結局、トリスタン陛下はマルセル伯に引き摺られる様に王宮へと戻って行った。国王の威厳は何処へ行ったのだろう。その後を、とぼとぼと歩くバスティアン殿下の背中が哀愁を漂わせていた。
見送った後は、何時も通り皆で食事にする。
「タクヤ様、本日は如何でしたか?」
「何だか、色々と予想と違って大変だったよ」
食事の席で、今日の事を尋ねるオデットさんにそう答える。
「でもまぁ、悪い結果にはならないんじゃないかな。そう言えばマリーズは余り驚いた様子は無かったけど、どうして?」
「驚く程の事では有りませんよ。兄は解っていなかった様ですが、元々お父様はあんな方ですし。表では国王としての威厳を保つ為に見栄を張っていますが、人目が無ければだらしない所も有りますしね」
「随分と手厳しいな。でもバスティアン殿下はそれを知らなかったんだよね?」
「まぁお父様はどちらかと言うと娘に、と言うか特に私には甘かったですからね。普段からそうした甘い所を目にしていたからかも知れません。それに兄は頭が固い人ですから、表面的な国王としてのお父様ばかり見ていたんじゃないでしょうか」
「私が知る国王の印象とは随分と異なる方の様ですね。格式と伝統を重んじる、非常に厳しいお方だと記憶しておりましたが」
「王位を継承する迄は、騎士団で好き勝手に暴れていたらしいですよ?一番上の兄は、お父様に良く似ていると評判ですし」
まぁそれも良くある話かも知れない。昔はやんちゃをしていた跡取りが、会社を継いだ途端に立派になったとか、そんな感じ。いきなり人間性が変わる訳では無いが、責任や立場が人を作るのは間違い無いと思う。
そんなこんなで、今日は随分と慌ただしい1日だった。
「そう言えば、マリーズも結局はその聖女派になるんだよね?」
「はい。ですから、フランシーヌ様とお会い出来る日をずっと心待ちにしておりました! 心よりフランシーヌ様をお慕いしております!」
と、満面の笑みを浮かべて宣言をする。
うーん、言動や行動が色々とアレな彼女だが、確かに思い返して見れば一貫してフランシーヌには丁重な態度を取っていた様に思える。聖女を敬い、今となっては崇拝していたからだと言われれば納得も出来ると言うものだった。
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