第126話 聖女派

皆が一斉に立ち上がる。


「よいよい、非公式の場だからな。そのまま座ってくれ」


とは言え、はいそうですと座る訳にはいかないだろう。

バスティアン殿下が上座の席を譲って、陛下達が座る。


独立をせず、サラリーマンとして勤めていた俺だからか、規模の大小を問わず自身の手で会社を切り盛りする相手には多少気後れをしてしまう。

まぁ向き不向きとか、性格の違いなのだとは思う。会社を興して独立するのは俺には決定的に向かない訳で。だから自分には出来ない事を為す人の、組織の長として責任を負うその姿勢と言うか、空気と言うか、そう言う雰囲気を纏う相手には自然と敬意を払う。


ましてや目の前の相手は、数百万の民を抱えるシャトー王国を束ねる国王なのだ。


シャトー王国の国王であるトリスタン陛下。歳は50半ばだが忙しい執務の合間を縫って今尚訓練を欠かさないから、加齢を感じさせない均整の取れた体躯をしている。

それはどちらかと言うと戦士の身体だ。


「お初にお目に掛かります、トリスタン陛下」


「うむ。話は二人から色々と聞いているよ。今日は遠い所から良く来てくれたね。まぁまずは掛けたまえ。先程も言った様に、ここは非公式の場だ。礼儀は気にせずとも良い」


「そう言って頂けると助かります」


「あなたが聖女フランシーヌ様ですね、お初にお目に掛かる」


そう言って、俺の隣に立つフランシーヌに深々と礼をする。


「我が主であるタクヤ様を蔑ろにされると言うのであれば、私への礼等不要です」


「これは大変失礼をした。タクヤ殿を軽んじるつもり等、毛頭ない。平にご容赦を願いたい」


「フランシーヌ」


フランシーヌにそう声を掛けると、察して一歩後ろに引いてくれる。

フランシーヌには聖女だからと礼を持って接するのに、その主たる俺には礼を取らない事に疑問を呈した形だ。ただ、少なくとも陛下からは俺に対して侮る様な気配は感じられない。フランシーヌの気持ちも解るが、ここで事を荒げたくは無い。


「ところで、マリーズ殿下から話を伺いました。何でも内々に、我々に恭順をしたいと?」


マリーズから転移門の設置を打診された際、セキュリティ上の観点からも契約を結びたいとの申し出を受けた。その上で、秘密裏に俺とフランシーヌへ、王家が恭順をしたいとの意向を受けたのだ。


「その点については、私から説明を」


そう話を切り出したのはマルセル伯だ。先程のトリスタン国王の態度も含めた話になる。


聖女の出現が、何某かの巨大な災厄の予兆である事は知られている。逆説的だが、災厄に対抗するべく神が遣わしたのが聖女であるなら、聖女が現れたなら災厄は必ず来る。だが、皆が皆それを信じている訳では無い。


前回の災厄は、既に300年は前の事。記録でしか残ってはおらず、大陸に存在する国家の半数以上は300年に満たない歴史しか無い為、当時の記録が残っていない国も多い。長い年月を経て伝えられる記憶も薄らいでいて、聖女や英雄の存在に懐疑的な者も多い。


極端な話、正教会やギルドの権威を担保する為に捏造されたのでは無いかと指摘する者も居る始末だ。


だが、シャトー王国は1000年近い歴史を誇る由緒ある国だ。古くから王家にのみ伝わる口伝や資料が存在し、独自に過去の記録を継承してきた。だから、聖女や英雄にまつわる記録も数多く残されている。

だから彼らにとっては、正教会が認定した聖女が本物かどうか、それだけが重要だった。


超大型魔獣の討伐を単独で成功させた者はこれまでに居ない訳では無い。過去に9等級に至った者は英雄以外にも居る。だから、モンペリエで聖女とタクヤが超大型魔獣を討伐した実績だけでは、2人が聖女と英雄だと、断じるには至らなかった。


そこでバスティアンやマリーズは、タクヤがどういう人物かを見定める使命を負ってアマテラスへと赴いた。2人から上がって来る報告を慎重に精査し、国王と宰相は1つの結論を出した。


それは、フランシーヌは聖女ではあるが、タクヤは何者か解らないと言う事だ。


過去の英雄は、聖女の力を借りて初めて英雄足り得た。竜殺しも大賢者も冥王殺しも皆卓越した力を持っていた事は疑う余地は無い。だが、聖女無くして偉業が無しえたかと言われれば疑わしい。つまり、英雄とは聖女が居て初めて英雄足り得るのだ。


だが、フランシーヌとタクヤはどうだろう。

聖女は卓越した奇跡の使い手だ。フランシーヌが行使する奇跡の数々を見れば、彼女が聖女である事は恐らく間違いは無いだろう。正教会が正式に認定している事もそれを裏付けている。


正教会には少数ではあるが聖女派と呼ばれる教派がある。通常は正統派の一種として一括りにされるが、彼らが奉ずるは神では無く聖女だ。聖女は最も深く神の寵愛を受けており、地上における神の代行者だ。だから聖女派では神と聖女を同一視していて、聖女を通じて神を奉じるのである。現在の教皇も一部では聖女派である事が知られている。


そして、シャトー王国は古くから正教会の敬虔な信徒で有り、聖女を奉じる聖女派だった。だから、聖女派の教皇が聖女と認定した事に対しては、実のところは殆ど疑っては居なかったのだ。


シャトー王国が聖女派なのは、過去の聖女に窮地を救って貰った事が伝えられているからだ。それに偉業を為したのは英雄だが、聖女無くしてその偉業は成し得なかった事も伝わっている。そもそもシャトー王国自体が、最初の英雄である剣の英雄の子孫が興した国だ。だから英雄では無く、其の英雄を見出し、英雄たらしめる聖女こそを奉じているのだ。


そうした経緯も有り彼らは英雄よりも聖女を上に見る傾向が強い。先程国王が聖女には恭しく遇し、タクヤには同様の態度を取らなかったのはそんな理由からだった。信仰に根差す価値観故だから、そう簡単に変われるものでは無い。


さて、ならばタクヤは英雄なのだろうか?


タクヤが創造した魔動機の数々、アパッチや魔導船、魔導アーマーや転移門は、明らかに常軌を逸している。だがそれだけを見れば、遥か昔に滅んだ魔導文明に通じる部分もあるのでは無いかとの疑いもある。当初は魔導文明の末裔を自称する帝国の流れを組むのではと警戒をしていた。


だが、ここ一カ月行動を共にしたマリーズからは、タクヤが齎した数々の奇跡は決して魔術に根差すものでは無いと断じられている。どれ程隆盛を誇った魔導文明であっても、虚空から一瞬にして何かを産みだす事等出来ないのだ。


魔術とは技術であるから、発展させた形はある程度予測をする事が出来る。強大な魔力が有れば、確かに一晩で山を築き、伝承にある様に都市を浮かべる事も出来るかも知れない。ただし、それは魔力に満ちた南の大陸でならと前提が異なる。


タクヤからは明らかに質の違う魔力を感じるが、だからと言ってそれだけの魔術を行使できる程の魔力を持っているとは思えない。仮に、マリーズが感知出来ないだけでそれだけの魔力を秘めていたとしても、この大陸でそれを為す事はやはり難しい。それに、伝承に伝えられる魔導文明であっても、一瞬の内にあの宮殿を創造する事など不可能だろう。魔術は無から有を作り出す技術では無いからだ。


結論として、タクヤは魔術では無い得体の知れない超常の力を奮う、謎の人物としか表現が出来なかった。英雄かどうかは解らない。恐らくは英雄を超越した何か。


そもそも過去の聖女は、来るべき災厄を啓示として受けている。その災厄に対抗するべく、抗える力を持った英雄を見出すのだ。

だが、今代の聖女は神託の二つ名で呼ばれるにも拘わらず、災厄の到来を予言していない。ならば、何に備える為に遣わされたのだろうか。


結局のところ、聖女の予言が全てなのだろう。即ち、神の現身の降臨である。ならば、タクヤは神なのか? それが今もって解らなかった。


そこでシャトー王家は古くからの信仰に倣う事にした。つまり、彼らが崇めて来た聖女に改めて恭順すると言うものだ。


「つまり、貴方達の崇める聖女様に、恭順をしたいと言う事ですか?」


「はい。フランシーヌ様が、今代の聖女である事は疑う余地は御座いません。こうして御前に拝謁を賜り、確信を深めるに至りました」


とはトリスタン陛下。懐から、ネックレスを取り出す。その先にはメダリオンが結ばれていて、聖女を模した意匠が施されている。ぱっと見はあれだ。隠れキリシタンが持つマリア像。


「それは?」


「聖女派の幹部が持つ、メダリオンですね」


「幹部?」


「はい。聖女派は正教会内部に存在する秘密結社です。特に信仰に篤い者のみが幹部として、あのメダリオンが与えられます」


ミスリルとも異なる輝きを放つ。オリハルコンだろうか? この大陸では産出しない筈だから、相当貴重なものだろう。


「オリハルコンかな? でも、どうやって加工しているのだろう?」


「既に技術は失伝しており、数は限られております」


「確か、幹部の席は12席しか無かった筈ですよ?」


「そうなの? 大陸中で?」


「左様で御座います。恐れながら末席を頂戴しております。聖女様の徒で有りながら直ぐに馳せ参じる事が叶わず、誠に申し訳御座いません」


と、トリスタン陛下が深々と頭を下げる。


「許します。国王である以上は軽挙を慎むべきでしょう、事情は解りました。ならば今代の聖女として命じます。この方は神託にある我が主です。これより先、私と変わらぬ信仰を捧げなさい」


「畏まりました。聖女様と、その主たるタクヤ様に祈りを捧げても宜しいでしょうか?」


「許します」


椅子から立ち上がって、床に膝を着くと、深々と跪拝をする陛下と宰相閣下。ん? 

どうしてこうなった?

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