第125話 転移門設置のお話し

アランの先導で城門を抜けて先に進む。


王城のエントランス部分は手入れされた庭園になっていて、バックに王城が映える美しい景色だが、それを横目に庭園を右手側へ回り込んでいく。


今日は、陛下との謁見は予定されていない。俺としても仰々しいのは御免被りたいし転移門の設置が目的だから、王家としても正規の手順を踏んで貴族の目に留まるのは避けたい様だ。


王城の右手側に着くと、馬車を降りる。


「あ、馬車はそのままで構わないよ。仕舞ってしまうからね」


馬番の若い騎士が走って来て手綱を取ろうとするのを、押し留める。言っている意味が解らない様で首を傾げるが、お構いなしに収納をする。当然、大層驚いていたが、アランは馬車の出し入れ自体は初めて目にした筈だが、今さら驚く事は無かった。


アランは驚く若い騎士を尻目に、そのまま王城へと案内をする。


「お兄様は執務室に?」


「はい。ですので応接室でしばしお待ち頂ければと存じます」


そのまま暫らく王城の中を歩き、応接室へと案内をされた。

シャトー王国の城は、外から見た印象を裏切る事無く、中も贅を凝らした造りをしている。当然の事ながら清掃も行き届いていて、塵1つ落ちていなかった。


でも日頃から煌びやかな宮殿を見慣れているからだろうか。思った程には感動は無かった。ただ、クラフター目線で見れば感想はやや異なる。


ヴェルサイユ宮殿と比較をすれば少々大人しく見えるが、だが実際にこの城を人の手で作り上げようと思ったなら、どれ程の労力が必要となるだろうか。

人も資材も潤沢ならば、技術の粋を集めて時間を掛ければ可能かも知れない。だが、この世界では人的資源の確保がどれ程大変かを卓也は痛切に感じていた。


どれ程の人足と工数が必要となるのだろう。これだけの資源をどうやって確保したのだろう。魔物の襲撃に対処しながらなのだから、その難易度は卓也が知る世界と比べれば格段に上がるのは間違いが無い。だから、宮殿とこの城を同列で比較するのは間違っているだろう。そう思えば、やはりこの城を築き上げたシャトー王国は、強大な国なのだろうと感じるのだった。


実際、シャトー王国は大陸では有数の歴史と規模を誇る大国だ。大陸最大の版図を誇る帝国の存在故に比較をすれば中規模国家と表現されるが、そもそも帝国を引き合いに出すなら大陸に大国は帝国以外には存在しなかった。


「すまない、待たせたね」


応接室の調度品を眺めながら考え事をしていると、それ程待たずにバスティアン殿下と、もう一人の人物はやって来る。


「いえ、それ程お待ちしておりませんよ。お久しぶりです、バスティアン殿下」


椅子から立ち上がって礼をする。


「ご紹介をさせて頂く。我がシャトー王国の宰相を務めているマルセル伯爵だ」


「タクヤ様。お噂はかねがね伺っております。この度は遠路お越しくださり誠にありがとう御座います」


王族や仮にも行政のトップの宰相だから、もっとふんぞり反っていてもおかしくは無いと思うのだが。バスティアン殿下もそうだが、随分と腰が低い。オデットさんに何度と無く地位に相応しい態度があると指摘をされていたが、こうして見ると確かにこんなに低姿勢で大丈夫か? と不安に思う。


「ん? 如何されましたかな?」


そんな胸中を察したのか、マルセル伯が尋ねる。


「いえ、大変失礼ながら、殿下もそうでしたが随分と腰が低いなと」


「はっ、はっ、はっ! それは手厳しい。そうですな、確かにタクヤ様に対してはこれ以上に無い程、言葉を選んで接しておりますな」


「ですよね。貴族や王族は、もっと、こう、威張っているイメージが有りました」


「そうですな。まずは改めてお掛けくだされ」


そう言ってマルセル伯のすすめで改めて椅子に腰を下ろすと、バスティアン殿下とマルセル伯もそれぞれ腰を掛ける。公式な場では無いからと予め断った上で、マルセル伯は王国の現状について説明をしてくれた。


大陸における帝国の台頭。国内貴族のパワーバランスの変化。隣国との関係性の変化。裏で見え隠れする帝国の影。


「つまり、現在の王家は非常に危うい立場で御座いました。その最中に起こった紅の月による大規模な襲撃です。正直、セザール侯爵の増長をこれ以上押し留めるのは難しい状況で御座いました」


オデットさんやマリーズからも話を聞く機会があったから、ある程度は既に知っている話ではあったが、改めて聞くと非常に危うい状況だった事は容易に想像が出来る。


「その王国にあってタクヤ様の登場は、正に逆転の一手。その存在は王家に取って鬼札で御座います。それを、我らの対応で不況を買い失ってしまう等は愚の骨頂。現在の王国にとってタクヤ様は、最上級の国賓としておもてなしをするに相応しきお方と考えております」


随分とぶっちゃけたなと思う。


「そんなに正直に話してしまって大丈夫なのですか?」


「そこはマリーズからタクヤ殿はまどろっこしい駆け引きを好まないと報告を受けていてね。むしろ、率直に申し上げた方が好感を得られると」


とはバスティアン殿下。成程、マリーズはちゃんと王族としての役割もこなしていると言う訳か。まぁ当然と言えば当然か。そもそも王国、もとい王家とのパイプ役でもあるのだ。俺達の事について報告をしているのは当然だと言える。


「今も、その様に申し上げても不快には思われてはいらっしゃらないでしょう。大多数の貴族であれば、そこは侮るなと憤る所ですからね」


「ん? 何故そこで怒るんですか?」


「貴族と言うものは、体面を重んじますからな。駆け引きが出来て当たり前。そんな相手に、駆け引きが通じない相手だと言えば、取るに足らない相手だと侮っていると取られるのですよ」


そうマルセル伯が説明をしてくれる。その類の説明は何度も聞いたが、やはりどうしても納得が出来ない。でもまぁ、それは営業仕事でも何度と無く経験した事ではある。相手を出し抜く、やり込める事で、自分の体面を守る奴は腐る程見て来た。そんな相手と適度に駆け引きをして花を持たせるのが営業なのだと、昔は先輩からやかましい程教えられたものだ。まぁ俺には全く向いてはいなかったのだが。


「成る程、そう言うものかも知れませんね」


「それにタクヤ様は駆け引き等不要でしょう。貴方はどんな盤面でもひっくり返せる程の力がある。そんな相手に小手先の駆け引きを試みる等、そんな愚かな事は出来ませんよ」


さすがにそこまで明け透けに言われてしまっては、苦笑する他無い。


「まぁ大体の事は解りました。ところで、どうして転移門で王級とアマテラスを結ぶ話になったのですか?」


「その点については、改めて僕から説明をしよう。


タクヤ殿の存在は我が王家に取っての鬼札である事は先程申し上げた通りだ。設置頂ける転移門も同様だ。確かに物流や軍事での利用も検討したが、他の貴族の目に触れる運用は出来れば避けたい。一言で言うなら面倒だからだ。


我らがどれだけアマテラスとトウカが王国の直轄領であると釘を刺しても、タクヤ殿を侮る貴族は一定数居るだろうし、その中から馬鹿をする者も出て来るかも知れん。転移門を報酬と引き換えに設置して頂けるのであれば問題は無いが、設置は1組のみと言及をされている。その状況で、貴族達に手札を明かす事は出来ない。


もし貴族の目に留まる形で運用を行えば、必ずタクヤ殿の手を煩わせる貴族が出て来るだろう。そうしてタクヤ殿の手を煩わせる事を我々は良しとはしない」


面倒なのは王家にとってもだが、俺に取っても面倒だからと言う事か。


「ただ、だからと言って秘匿してしまうのは余りにも勿体無い。そこで、利用者を王家の一部に限定して、王宮とアマテラスを結ぶ形式での運用をしたいと考えている」


「だから、余人の立ち入る事が出来ない王宮の一角と、マリーズ殿下の居住区とを結びたいと言う事なんですね」


そう、バスティアン殿下から事前に貰った要望は、転移門の片方は王宮の一角。現在は利用されていない離宮と、もう片方はマリーズの居住区内に設置をして欲しいと言うものだった。


しかも、バスティアン殿下が望む一部の王族を、俺との契約関係にして欲しいと言うのだ。俺が壁で囲って扉を設置してしまえば、迎撃装置を設置していなくても容易に利用する事は出来なくなる。仮に人目を避けて壁や砦の破壊を試みたとしても、それこそ物音を立てずに破壊をする事は不可能だ。耐久性はなかなかの物で破壊は一筋縄では行かないから容易に露見するだろう。


マリーズの居住区も、マリーズが幾重にも防犯の魔術を仕込んでいて、そう簡単に侵入する事は出来なくなっている。俺としても、転移門を通じていきなり王城から攻め込まれでもしたらたまった物では無い。だがマリーズが責任を持って管理を行うし、行き来する人員は予め契約を行う事で信頼を担保したいと言うのだ。


そんな話をしていると、コンコンと応接室の扉を叩く音がする。


「失礼をするよ、待たせたね」


一拍を置いて返事も待たずに応接室へ入ってきたのは、老いて尚衰えぬ覇気を纏う偉丈夫。シャトー王国の国王その人であった。


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