第124話 招聘

とある日の午後、卓也はフランシーヌとマリーズをアパッチに乗せ、アマテラスから一路王都へと向かっていた。


ヘリのローター音は結構響く。王都を一直線に目指したから人の居住区は結果として避けて飛んだが、その音を聞きつけ空を見上げ、音の出所を探して謎の飛行物体を目にした者は其れ也の数が居た。アパッチを目にした者は、まさかそれが空を飛ぶ乗り物だとは想像もしなかったから例外無く新たな魔物だと思い、その大半が最寄りの冒険者ギルドへ報告を行ったのである。


その結果、それ程時を待たずに冒険者ギルドから卓也宛に心当たりが無いかの問い合わせがあったのは、冒険者ギルドが優秀だったからだろう。最も、報告が有った場所を地図に記して線で結んだ時、その起点と思しき場所にはアマテラスが有る。そのアマテラスの支部から報告が無いのだから、件のタクヤの仕業では無いかと容易に想像が出来そうなものだった。


因みにアマテラス支部から報告が無かったのは、一応はアマテラスで騒動が起きる事を避けるために、多少は離れた場所から離陸をしたからだ。卓也の配慮が功を奏したのか、アマテラス周辺では目撃情報が無かった。最も仮に目にしたとして、卓也のアレコレを知っているアマテラス支部所属の冒険者や領民であれば報告をしなかった可能性も否定は出来ない。


さて、卓也が王都を目指したのは、王家から正式に転移門の設置をお願いされたからだ。そのお願いはバスティアン殿下が王都に帰還してから優に一カ月は経ってからの事だった。


バスティアン殿下が訪れた際の交渉で、トウカとアマテラスの領有権を破格の条件で認めて貰った事と引き換えに、王家が指定する2点を結ぶ転移門を設置する事を約束していた。王家が色々と悩んだ結果、アマテラスと王城を結ぶ事を希望したの数日前の事。


アマテラスと王都は直線距離なら300km程だが、陸路なら4~500km程になる。通常なら1日に徒歩で移動出来るのは2~30kmと言う所だから15~20日程度の工程となる。馬車での移動でも、それ程差が出る訳では無い。


卓也は海岸線を目指した時に1日に100㎞近い距離を移動したが、エターナルクラフトの影響下で馬を何時間も休憩無しに、疲れ知らずで走らせる事が出来る卓也が異常なのだ。しかも、今ならゴーレム馬車がある。強行軍なら3~4日で王都まで駆け抜ける事が出来るのでは無いだろうか。


だが、卓也は相変わらず多忙を極めていた。さすがに、転移門の設置という大した手間でもない作業の為だけに、3日も4日も拘束されるのは避けたかった。そこで採用したのがアパッチによる直線移動だ。


30分程掛けてアマテラスから人気の無い郊外へと移動し、そこからアパッチで王都近郊まで移動。遠目に王都を望む郊外から、後はゴーレム馬車に乗り換えて移動をした。王都の外門に辿り付く迄に要したのは、アマテラスを出てから僅かに3時間程。驚きの速さだった。


王都からアマテラス迄、其れなりの時間を掛けて移動をした経験があるマリーズは、もうすっかり慣れたアパッチによる移動とは言え、余りの早さに呆れていた程だった。


流石に一国の王都と言うだけあってその町は巨大だ。町の中を馬車で駆け抜ける事は出来ないから、外門を通過して王城の門に辿り着くまでに、更に2時間を要した。


海岸線を目指した時、幾つもの町を横目に通り過ぎたり、通り抜けたりしたが、それらの町と比較してもシャトー王国の王都は広大で、良く発展をしていた。時間があればゆっくり観光をしてみたい気もするが、出来れば面倒事は今日中に終わらせてしまいたかったので、早々に王城を目指す事にした。


王城は町の中央に位置する。10m位の高さに造成された小高い丘の上に建造されている。王城をぐるりと囲う分厚く高い城壁、そして城壁に遮られて尚、町の何処からでも目にする事が出来る高い尖塔のある立派な王城が目に入った。


城壁は高さ8m程。王城は20mは有りそうだ。最も高い尖塔だと高さはその倍。土台となる丘の高さが10m程だからトータルで50m程だろうか。ただ、高い建物は権威を示す為の物で実用性は疑わしいから、無駄にデカくても居住性を考慮するとそれ程意味は無い様に思える。


それこそ5階建てのマンションでも高さは15m程度。城の場合は天井が高いから3階建て位だろうか。その城は意外と横幅があってどっしりとした造りをしているから比較的実用性を重視しているのかも知れない。


町に入って直ぐは人通りも多く、ゆっくりとしたスピードで王城を目指した。王城へとほぼ真っ直ぐに繋がる道の幅は結構広い。それでも人が多いから、余りスピードを出すと事故を起こしてしまいそうだから、歩く位のスピードで馬車を進める。


だが心配に反して、ゴーレム馬車がかっぽかっぽと進めば、その姿を認めた人々が我先にと道を空けてくれるので、移動にはそれ程苦労はしなかった。王城に近づくと段々と人の往来もまばらになって来る。そのまま城門まで馬車で乗り付けると、門を守る衛兵が誰何の声を挙げる。


なにせゴーレム馬車は目立つ。その精緻な細工もさる事ながら単純に大きいのだ。馬が牽く箱馬車も、その馬も。箱馬車は乗り込むと4人でゆったりと寛げる程度のスペースがあるし、2頭立てで馬車を引く馬も普通の馬と比べると一回りも二回りも大きい。


そしてゴーレム馬の体躯は金属特有の無機質な輝きを放ち、更に各所を装甲が覆っている。普通の馬では無い事は一見して解る。つまりはどうやっても目立つのだ。人々が我先にと道を譲ってくれたのは、その姿に畏怖の念を覚えたからに他ならない。


そんな馬に引かれた大きく豪奢な馬車が王城へとやってくれば、警戒をするのは当然の事だろう。その手に持つ長柄の槍を構え、じりじりと衛兵が距離を詰めて来る。


「アマテラスの代官を勤める、卓也 物部だ。王家の招聘に応じ参じた。取次を願おう」


「至急確認を取らせて頂くが、王家からの招聘であれば、書状等はお持ちであろうか?」


まぁ貴族の馬車であれば、通常は家紋を模した意匠が施されていて、傍目にも直ぐに誰の馬車かは解る。だが俺の馬車には、一見するだけでは判別出来るような意匠は施されていない。そう言う意味でも素性が知れないのだから、警戒をするのは当然と言える。


「書状と言ってもな。マリーズ、何かあるか?」


御者台の後ろにある小窓を開けて、中に声を掛ける。すると、マリーズが馬車から飛び出して来た。


「その様な物は御座いませんよ。バスティアン王子の求めに応じ参りました。取次を願います」


「こ、これは、マリーズ殿下。はっ! 至急確認を致しますので、少々お待ち下さい!」


マリーズは、最初の頃こそフリルのあしらったヒラヒラとした服を着ていたが、最近では身動きのし易いパンツスタイルを好んでいる。それはある時フランシーヌが来ていたデザインで、それを見たマリーズに自分も欲しいと強請られて用意をしたものだ。乗馬服をイメージしたスキンをそのまま使用している。


最近では、似た様なデザインの服を幾つか自分でも誂えているから、余程気に入ったのだろう。


アマテラスでは俺が卸したスパイダーシルクに綿、麻、毛糸と、それらを編んで作られた生地が潤沢に出回っている。最近ではテオドール商会が手配した職人や、移民の中にそうした技術を持つ者も居て、服飾関係が賑わっていた。


そこに、この世界ではなかなか目にしないデザインの服を俺やフランシーヌが着るから、それに触発されたのだろう。様々なデザインの衣服が日々新しく創造されている。


領民の着る服も様々な色やデザインで溢れていて、最初の頃からは想像出来ない程にすっかり華やいだ印象に様変わりをしていた。それは王都の賑わいと比較しても、決して劣らない物だ。


暫らく待つと、1人の騎士が馬に乗って掛けて来る。王城の中は存外に広い。移動には馬車が使われる事も多い位なので、急ぎと言う事もあって馬で駆け付けて来たのだろう。その騎士の顔には見覚えがあった。


「アランさん、お久しぶりです」


「これは卓也様。ようこそお越し下さりました。マリーズ殿下もご健勝で何よりで御座います。バスティアン殿下は政務で手が離せませんので、ここから先は私が案内を致します」


マリーズはと言えば、今は御者台に乗り込んできて俺の横に収まっている。御者台も詰めれば3人は駆けられる程度の広さがあるが、俺は真ん中に座っているから若干狭い。だからと言って、俺をぐいっと押しのける程の勢いでぴったりと身体を寄せて来るのはどうかと思う。


「アランもご健勝で何よりです」


そうにっこりと微笑むマリーズ。まぁどう見ても健勝だよな。お姫様なのに、少々元気過ぎてどうかと思う時もある位だ。


俺の心中を察してか、アランさんが苦笑する。


「まぁ、相変わらずマリーズ殿下は元気でいらっしゃいますよ?」


「あら、タクヤ様。何やらお言葉に棘が御座いますが?」


「そうでしょうか? 気のせいかと存じますが?」


マリーズは少し頬を膨らませると、そっぽを向かれてしまった。頬がちょっと赤らんでいたのは少し照れていたからか。それとも怒っていたからか。


そんなこんなで、最敬礼で見送る衛兵達を後にして、アランさんの先導で王城へと入る事になった。










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