第122話 挿話 侯爵、帝国、教派の話

「どう言う事か説明をして頂こう!」


仮にも国を束ねる国王に向かって、そう問い質すのはこの国でも有数の大貴族であるセザール侯爵だ。


「そちの怒りも解るが、それについては既に何度も説明をしておるだろう」


ここは、上級貴族が一堂に会する大会議場、貴族会議での席。そこで話題になったのは、先日から王国を騒がせているトウカの扱いについてだった。


「何処の馬の骨とも解らぬ奴に領主の地位を認める。まぁ功を考えればその点については100歩譲ろう。本当かどうかも怪しいがな。だが、今回のこれは明らかに常軌を逸しておる。事実上の独立では無いか。しかも北東部の領有を認めると。貴族を蔑ろにしておる。然るべき貴族を名代として立て管理させるのが筋であろうが」


「彼の地には聖女がおられるし、領主は聖女が伴侶と定めた方だ。それを王国に取り込むには必要な措置であったと思うが。それに、彼の地は正しくは我々王家の直轄地となる。タクヤ殿には王国の貴族たる事は固辞されたが、代官として領地を治める事に同意を貰っている。領地の開拓と防衛、それに租税と、貴族としての責務なら果たしておろう」


「問題をすり替えるではない。要は聖女に慮って、我々貴族を蔑ろにすると言う事であろうが。聖女など過去の遺物。何を慮る必要がある?」


セザール侯爵がこれだけ強気な発言をするのは、シャトー王国最大の穀倉地帯を領有する大貴族だからに他ならない。


王国において、王権を担保するものは軍事力と交易利権だ。それ故に交易に関しては王家が厳しく管理を行っている。本来であれば貴族に強大な軍を持たせる事も望ましくは無い。だが、この世界では魔物に対抗する為には、どうしても軍を抱える必要が有った。


セザール侯爵領は広大で、ここ数十年は大規模な魔物の襲撃が無く発展を遂げてきた。その為、居住区も穀倉地帯も拡大の一途を辿っている。その広大な穀倉地帯を護る為に精強な軍が必要だった。今では王家でも蔑ろに出来ないほどの戦力を有しているのが現状だ。それに王国全体で必要な穀物の凡そ半分がセザール侯爵領で生産されている。


極端な話、セザール侯爵が穀物の供出を渋れば、王国は簡単に干上がってしまうのだ。


しかも、ここ10年程の間に不作の年が3度あり、王家はセザール侯爵に対しての借受金が残っている状況だった。ましてや今年は大規模な魔物の襲撃があり、王国領の3分の1で被害が出ている。穀倉地帯も打撃を受けており食料が困窮するのは目に見えていた。


セザール侯爵領も少なからず魔物の影響を受けたが、精強な領軍により早期の封じ込めに成功している。ここ数年、秘密裏に軍備拡張を行ってきた成果でもあった。


「セザール侯、少々度が過ぎよう。陛下の御前なるぞ。正教会は我が国の国教。それに聖女の存在についてはギルドが追認をしておる。無碍には出来んよ。それにタクヤ殿からは、今年の冬に向けての穀物の供出と移民の受け入れについての提案があった。資料を。」


そうセザール侯を諫めるのは宰相であるマルセル伯爵だ。宰相の指示で、貴族たちの手元に纏められた資料が配られる


状況を見定める為に沈黙を保っていた貴族達が、手元に配られた資料に目を通すと、ほうと声を漏らす。


「この秋に、トウカから供出される穀物の内訳だ。各領地への割り振り、及び卸価格について纏めておる。また、交換条件として記載の人数を条件として移民の提供を行って貰う。ただし、付帯条件に記載の通り、健康状態については問わない」


「これが本当なら、破格の条件だが...」


そう思わず呟いた貴族が、セザール侯爵に睨まれ押し黙る。


「随分と大判振る舞いですな。余程王国へ媚びを売りたいと見える。しかし、これほどの食糧があの地に? つい先頃まで、あの地は手付かずであったろう?」


「この件についてはバスティアン殿下が現地を視察して確認をしておる。供出についても問題は無い。また通年で計画を行っている王国による買い上げについては、これまで通りとする」


「ふんっ。ならば、これ以上私から言う事は無い」


セザール侯爵から見ても、そこに記載された条件は破格だった。履行するだけの能力があるかは大いに疑問だが、仮に履行されるのであれば忌々しい事だったが文句の付けようが無かった。


「異議があれば、改めて宰相へ申し立てるが良かろう。これ以上の意見が無ければ、かの領地については我々王家の預かりとする。良いな? これにて本日の会議は終了とする」


国王陛下がそう宣言し、居並ぶ貴族たちは頭を垂れ、了承の意を示す。

貴族達が大会議室を退いて後、国王の執務室。


「セザール候の反発は予想通りではあったが、思ったよりも簡単に引き下がったのぉ」


「さすがにあの条件では、余程の材料が無ければ覆す事は難しいでしょう。条件を提示頂いたタクヤ殿には感謝しか御座いません」


「うむ。このまま冬を迎える事になれば、セザール候の台頭を阻む事は難しかったからのぉ。調査はどうなっておる?」


「防諜にかなり力を入れている様で、杳として掴めませぬ。ですが、隣国の影響は大きいでしょうな」


「バローロ王国か。親帝国派であったな」


「左様で御座います。現在も正教会とギルドの排除を進めている様で御座います」


大陸で影響力を持つ正教会とギルドであったが、全ての国で受け入れられている訳では無い。


正教会では、かつて魔導文明を滅ぼしたのは神から与えられた祝福に驕り、禁忌を犯した為だと教えを説いている。つまり、魔力を用いた過度な文明の発達が魔物を呼び寄せたのだと。だから正教会では今も過度な魔力の利用を禁じている。


一般的に正教会と呼ばれるのは正統派と呼ばれる教派だ。神を尊び、神の祝福に日々感謝を捧げ、慎ましく生きる事を美徳としている。

だが、同じ神を崇める筈の正教会内部にあっても、正統派とは異なる教派も存在する。同じ神を崇める者達なので正教会と自称してはいるが、少々趣が異なる。正統派以外の代表的な教派が強硬派と異端派だ。


強硬派は、正統派よりも更に過激な思想を持っている。過度な魔力の利用を厳しく戒めていて、産まれ持った魔力が大きい者を神に背く者、背神者として根絶する事を掲げている。


異端派は真逆で、魔力とは神より与えられし祝福であるから尊ぶべしと教えを説いている。


大陸には、魔導文明から逃れて来た人々も僅かではあるが住み着いていた。強硬派が力を増した時代に徹底した背神者狩りで血脈は絶えたとされているが、それ以前に混血が進んでいて、人知れずその血を受け継ぐものが少なからず居た。


そうした人々の中には、稀に先祖帰りで普通よりも強大な魔力を持って産まれて来る者が居た。冒険者として名を馳せる事もあるが、強硬派により背神者として駆り出される事も少なくは無い。


そうした先祖帰りの一人が200年程前に興した国がアウスレーゼ帝国である。自らを魔導文明の末裔と称し、大陸の正当な支配者である事を標榜している。帝国では異端派を国教として取り立てている。


強硬派は、まだ正教会の派閥の1つと言えなくも無いが、異端派は正統派や強硬派とは真逆の思想を持つ集団であり、現在は正教会から背神者として認定されている。ほぼ大陸から根絶されたと思われていたが、帝国の台頭を機に一気に勢力を拡大しており、現在は自らを真教会と呼称している。


帝国はその思想故にギルドとも対立をしていた。ギルドは、ブリアント大陸の解放を目指した組織とも言い換えられるからだ。大陸を正統な支配者の手に取り戻す事を国是としている帝国とは相容れるものでは無かった。


近年、帝国が台頭し版図を広げる事で大陸における影響力を増しつつある。その影響の1つは、親帝国派と呼ばれる国家だ。これまで正教会とギルドは、生存圏を切り開き、維持する為には必要不可欠な組織とされてきた。だが、親帝国派の国家は帝国に倣い正教会やギルドを排除し、独自に魔力の活用方法を開発して国力の増強を図っている。


帝国では特に魔力の活用方法に関する研究が推し進められいる。それらの技術は帝国の拡大に絶大な影響を齎している。親帝国派を標榜する国家は、そうした技術目的も少なくは無いだろう。急速に軍事力を強化し影響力を増す親帝国派を見れば、裏で帝国から技術提供が行われている事は疑い様が無かった。帝国が大陸を制覇する為の戦略の1つと考えられていえる。だが、それは言い方を変えれば自ら進んで帝国の属国になると言う事でもある。


シャトー王国の隣国であるバローロ王国も又、親帝国派の国家の1つである。

国内は、耕作に適さない土地が多く、また国土の3分の1を占めるのは魔物の領域である湿地帯と、その内部に広がる毒の沼地である。比較的貧しい国であった。


バローロ王国から見れば、隣国は肥沃な大穀倉地帯を抱えるシャトー王国だ。バローロ王国も、自国を支えるだけの食糧を自身で賄うのは難しく、長らくシャトー王国からの輸入に頼っていた。交易による赤字も膨らむばかりである。彼らは長年、その穀倉地帯を手中に収める事を夢見ていた。故にだろうか、力を求めたのは。


セザール侯爵領はシャトー王国有数の穀倉地帯であると同時に、そのバローロ王国に対する盾として備えて来た領地でもある。バローロ王国とセザール侯爵、その両者の関係は決して良好とは言えなかった筈だ。だが、近年両者は急速に接近をしていた。その仲介役となったのが、真教会の存在だ。


セザール侯爵は軍事力の強化を行っており、ゆくゆくは王家に取って変わる事すら考えていた。そうで無くても王家への貸しも膨らんでいる。近年、軍事力と潤沢な食糧を武器に王家が独占している交易権の割譲を迫っていた。そして大規模な魔物の襲撃によりセザール侯爵の影響力は否が応でも増していたのが現状だった。


そこに一石を投じたのが、卓也の存在だ。

卓也から安価に供出される食糧と移民政策のお陰で、多くの領地で経済状況が好転する事になった。それは、貧しい弱小の領主程に影響が大きく、これまでセザール侯爵が調略を続けてきた貴族の大多数が、セザール侯爵に対して中立を宣言したのである。


かくしてセザール侯爵と王家の対立は、卓也の台頭を切っ掛けとしてこれ迄の水面下から一気に表面化する事になったのである。








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