第119話 引っ越し
「タクヤ様、宮殿に住まいを移されませんか?」
それはアマテラスにヴェルサイユ宮殿を建造して、しばらく経った頃の夕食での事。
「宮殿? さすがに煌びやか過ぎて落ち着かないから俺は嫌だなぁ。オデットさんは向こうに住んで貰っても問題無いよ?」
「何をおっしゃいますか。私はタクヤ様にお仕えする身ですから、タクヤ様のお傍にいさせてくださいませ」
「なら、このままここに住めばいいんじゃない?」
「タクヤ様のお気持ちは重々承知しております。ですが、幾つか理由が御座います。ご提案をしても?」
「勿論だとも。お願いしても良いかな」
俺が気付かない事を、こうして提案をしてくれる事は結構な頻度で有った。有難い事だ。
「はい。まず1つ目。タクヤ様は先日ギルドから正式に8等級の認可を頂きました。爵位の授与は固辞したとは言え、既に上級貴族に並ぶ身分をお持ちです。ましてやトウカとアマテラスの領主でも有ります。地位に相応しい生活を為さいませ」
「うーん、相応しいと言うけど、宮殿はちょっと贅沢に過ぎないかな。便利なのでそのまま利用する事にしたけど」
「宮殿をご準備されたのはタクヤ様ですから今更でしょう。身分ある者には権威が必要です。2つ目ですが、身分や地位に応じて人を雇用する必要が御座います。これ迄はトウカの開発が最優先でしたので、皆と同じ待遇で留め置いておりましたが、子爵家で雇っていた者達が多数おります。先日殿下をお迎えした際に手を借りたのですから、正式に雇うのが宜しいでしょう。今後もシャトー王国に限らず、貴族や王族との付き合いも御座いましょう。その際に対応出来る者がおらねば、侮られる事になります」
「あの時は本当に助かったよ。そうだね、それだけの技術や知識がある人達に雑事を任せるのは勿体ないかな」
「左様で御座います。それでも人手は足りませんから、後継を育てる必要も御座いましょう。幸い意欲のある子らが多数おりますから、その中から素質のある者を雇い入れて教育を施せば、何年か経てば十分に質と量を揃える事も出来るかと存じます」
「解った。でも雇用の創出は上の責任とは思うけど、それでも俺が向こうに住む必要ある?」
「主無き家を預かったとしても、士気は上がりませんし信用も得られませんよ? 仕えるべき主が居て初めて、信頼関係を築く事が出来るのです」
まぁ、こっちに住んでいるのは、広い家が落ち着かないから。それに執事やメイドに身の回りの世話をして貰う生活に抵抗があるからでもある。慣れはするのだと思うけど。まぁ理由としてはその程度のものだ。
「3つ目ですが、パトロンとして技術の発展を促してみてはどうでしょうか。マリーズ殿下から楽団の演奏や料理については、不十分と忌憚の無いご意見も頂いております。領主として彼らを抱えて、技術の向上を促してみては如何でしょうか。特に料理に関してはタクヤ様のお陰で食材が豊富です。技術の向上を目指せば、食卓も豊かになりましょう。こちらも、ただ資金提供をするだけでは無く、側に置かれると成長を促す事にも繋がります」
「豊かな生活に文化の発展は必要だよね、それは解る。それに料理のレパートリーが増えたり美味しくなるのは、確かに嬉しいかな」
歴史を紐解けば、文化の発展は上流からだ。王室や貴族で成熟した文化が民衆へと広がる事で花開く。文化を成熟させる為には、まず土台が必要になる。今後移民を受け入れて行く事で人手も足りて来るだろうから、先々を見据えれば料理人や芸術家を抱える事は意味があるのかも知れないな。
「確かにそう言われると、ちゃんと領主として生活をする事は必要かもなと思うかな。フランシーヌはどう思う?」
「卓也さんの望む通りになされば宜しいと思います。ですが...」
そう言って、お腹を優しく擦るフランシーヌ。
「月の物が予定より遅れております。もしかすると子供を授かったのかも知れません。将来...」
「子供が出来た! でかした!」
俺に子供が出来る? 嬉しさの余りにフランシーヌの言葉を遮って大声で叫んでしまう。でも、でかしたって何だよ。後でちょっと恥ずかしくなった。
「申し訳御座いません、まだ可能性の段階ですから報告はどうかと思ったのですが。ただ、今後子供が出来る事を考えますと、その子は将来このトウカやアマテラスを継ぐ可能性も御座いましょう。ならば、早くから貴族教育を施す事は必要不可欠かと存じます」
「そうか、子供か。俺の子供が産まれるのか」
子供が出来た喜びで一杯一杯で、その後の言葉は余り入っては来なかった。ただ、今回はその何日か後に生理が始まったので、残念ながらぬか喜びになってしまった。だが、やる事はやっているので、将来子供が出来る事は十分に考えられる。その時に自分だけでは手が回らない事もあるだろう。将来的に、ちゃんとした教育を施してあげたくも有る。その為の環境作りを考えると居を移す方が何かと良いと考えた。
残念ながら子供を授からなかった為、フランシーヌはしばらくの間とても落ち込んだ。短い間だったが、子供が出来た後にどの様な生活をすべきか、準備をすべきか、あれこれと話す時間はとても楽しかった。こう言う時、気の利いた言葉を言えれば良いのだが、なかなか上手くは行かないものだ。俺にできる事と言えば、話したあれこれを形にして、いつか授かる子供を迎える準備を進める位のものだ。
かくして将来授かるであろう子供の事もあり、先を見越して宮殿に居を移す事にした。
宮殿に住まいを移して直ぐに、気が付くとマリーズさんも一緒に晩御飯を食べる様になった。
マリーズさんを専属で世話をするのはメイドが一人だけ。居住区は近くに設けているし、不便な生活をさせる訳にもいかないから、雇い入れた使用人達が合わせて面倒を見る事になった。そうなれば食事を別々にするよりも一緒にした方が面倒毎は少ない。
フランシーヌとオデットさんに何某かの思惑がるのも薄々は感じていた。まぁマリーズさんは王族とは思えない程に気さくな人で、気を使わなくても良かったから、俺としてはそれ程困る事は無かった。
それに、オデットさんの手伝いも色々としてくれていたので、気が付けば朝議や夕方の報告会も顔を出す様になっていた。最初は王族と言う事もあって皆恐縮をしていたが、何のかんので打ち解けるのは早かった。
卓也の察する通り、フランシーヌとオデットは、マリーズを卓也の第二夫人にと考えていた。先日の王国との交渉を見ても、卓也は王国に悪感情は抱いていない。今後二人目三人目を娶る事を考えた時、其の辺りの貴族を娶るよりも、王族の方が何かと都合が良かった。
また、マリーズは凄腕の魔術士でもある。貴族社会にあっては異端児であったが、卓也の感性に照らすとむしろ好感が持てる人物でもある。だから、もしフランシーヌが子供を授かって身動きが取れなくなった時、卓也と共に在って護衛が出来る人物としても非常に都合が良かった。
卓也が不在の時に、3人で正式に話し合いの場を設けた。マリーズも卓也の事を好きかどうかは別にして、少なからず好意を持っていた。好意の大半は、卓也がもたらす様々な奇跡に対する興味が占めていたが。ただ、先日の晩餐の席で結婚を申し込んだのは、別に伊達や酔狂で言葉にした訳でも無い。
王族として、卓也と、即ち聖女の伴侶たる英雄と縁を結ぶ事がどれだけ重要かを理解していたし、それ以上に共にあれば、様々な奇跡を目にする事が出来るだろう。それを欲したからだ。だからマリーズはフランシーヌとオデットからの申し出に二つ返事で了承をしたのだ。
町の行政に関わり、また食事の席を共にする事で信用を勝ち取る事。そしてフランシーヌが共に行動する事が難しくなった場合は、護衛として行動を共にする事。その結果、卓也がどう言う選択をするかは卓也自身の問題だが、その内男女の仲になるのではと目されていた。
この辺りの思惑を卓也も薄々は感じていたが、それをあえて言葉にして追求しないのが男の甲斐性とも思っていた。
卓也にしても、マリーズは好ましく見えたし、何より有能だった。突拍子の無い事も度々口にするが、それ以上に知識が豊富で、的確な意見で皆を助けてくれていたからでもある。
この世界では複数の女性がお互いを支え合って家庭を守ると言う考えが根底にある。基本的に男性の方が少ないからだ。その為、男尊女卑の考えが根強く残ってもいた。
これだけ優秀なのだから嫁の貰い手も有りそうだったが、独身である事が卓也には不思議で仕方が無かった。ある時、酒を交えながらその理由を尋ねた事が有る。
「マリーズさんは、凄くモテそうな気もするのですが、どうして未だに独身なんですか?」
「あら、嬉しい。私の事をその様に評してくれるのは、タクヤ様位のものですよ? そうですね、学生の頃は興味があれば何でも首を突っ込んで周りを振り回していたので、皆から敬遠をされてしまいました。裏では暴君何て呼ぶ者も居た様です。まぁその様な無礼を申す者にはキッチリと教育をしておきましたが」
あぁ、暴君と呼ばれていたのは知っていたのか。でも教育をするって逆効果じゃ無いだろうか? でも、そこであえて突っ込む様な愚かな真似はしない。卓也は笑って聞き流す事にした。
「それに、自分で言うのも何ですが多分優秀過ぎたのでしょうね。女は男を立てるものと言う考えが主流ですので、疎ましく思う者も多かった様です」
「優秀過ぎると疎まれるのか。何処も似た様なものだな」
「まるで自分は違うとでも仰りたい様ですが、タクヤ様は違うのですか?」
「男と女は完全に別な生き物だからね、同列で語る事は出来ないよ。男には男にしか、女には女にしか出来ない事が沢山ある。子供を産む事なんてその最たるものでしょ。個人の優劣を語るのは全く別の問題だと思うよ」
「それは、お答えになっておりませんが?」
「そうかな? 優秀な人は素直に尊敬するよ。それが女性であってもね」
「それは宜しゅう御座いました」
そう言ってマリーズさんはニッコリと微笑む。後で思い返せばこの一件から、マリーズさんとの距離が縮まった様な気がした。
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