第117話 合意

今年は、魔物の襲撃が多いらしい。それは王国の役人から資料を交えて説明を受けた内容だ。


魔物の出現には魔力の多寡が影響するが、大気に満ちる魔力は均一では無い。大陸全体で見ればある程度均一では有るのだが、海を渡り南へ下れば魔力は大幅に増大する。


一方で、大陸内で見れば南の大陸程に顕著な差異では無いが、ある程度の偏りは生じている。それが顕著な時は紅の月と言う形で観測される事もある。真紅の月に至っては、数十年~数百年に一度の頻度で観測される稀な事象で、通常よりも更に濃密な魔力が原因であると考えられている。


紅の月は数日でおさまるが、その魔力の変動は長期的に見ても影響を及ぼしており、王国周辺ではここ数年魔物の出現数が増加している事が統計で示されていた。


シャトー王国では開拓を奨励しておらず、生存権は城壁で囲まれた都市部に集中している。元々肥沃な平原に都市を建設しており、都市周辺部の耕作地で十分な食糧を賄えるからだ。


とは言え、自国の食糧を自前で賄おうと思えば耕作地はそれなりの広さになる。かなり効率化が図られているとは言え、都市部の3〜4倍程度は必要になる。それだけの広さを魔物の脅威から守るのは当然限界が有るので、農耕に従事する者には少なくない被害が生じる。


今年は魔物の数が多く襲撃頻度も高い。その為、犠牲者の数も増えているのが現状だ。トウカでは体力が必要では無い仕事も多い為、傷病者も積極的に受け入れると公言している。ただし、それはあくまで表向きの理由だ。本音を言えば回復薬を使用すれば、生きてさえいればどうにでもなる。表向きは聖女の癒やしの奇跡と言う口実があるのも丁度良かった。


魔物の襲撃から運良く生き延びても、その凶刃で傷を負う者も少なくは無い。傷を負えば従事出来る作業は限られてくる。領主にして見れば生産性が落ちて負担は増えるばかりだから、そうした傷を負った物や、病を患った者達をトウカが受け入れてくれて、しかも引き換えに穀物まで格安で融通してくれるとなれば断る理由など無い。それを王家が主導して行えば、貴族達の反発も抑えやすくなるのではと考えていた。


王家主導の移民政策、各種公益品の専売、不足した食糧の供出。どれを取っても王家にとってかなり有利な条件だ。これに、秘匿された技術や資源の提供まで要求するのはさすがに無理筋であろう。


そこで、バスティアンから提案をされたのは、王家直轄の特区としてトウカとアマテラスを扱う案だった。形式上は直轄地だが、タクヤを代官とする。向こう5年の税免除に加えて、一定期間は開発資金と言う名目で資金提供を行う。

また、直轄地では有るが、領内における自治権、領有権を向こう50年は保証するものとする。代官の任命権は王家に帰属せず、代官の任命によってのみ、次代へと譲る事が出来る。また、トウカやアマテラスの施設、資源、生産される交易品は、適正な交易による取り引きを除いて、王家は所有権を放棄する。実質、国内における独立を認める格好だ。


また徴税官として滞在を予定していたマリーズは、そのまま全権特使として駐在をする。王族が居を構える事により、貴族に対しては王家の直轄で有る事を示す。


交易に関しては自国内の法令をそのまま適用するので、下手な関税が掛からない分むしろ税金は割安になっている。6年目以降の税金についても、特に問題は無い。

加えて辺境域、モンペリエから北側で川を越えない範囲は、切り取り自由とした。

今後タクヤが町を拡大したり、新たに町を起こしたりする事を前提として、予めお墨付きを与える形だ。


本来この地域やブルゴーニの民は伯爵家が領有権を持つがこれを放棄する。この点に関しては、優先的に移民の受け入れを行い、かつ穀物等の交易品を格安で融通する事で相殺する事になった。この点は事前に伯爵家からの了承を得ており、王家が追認する形だ。


提案された内容は、想定よりもかなり良い条件だった。その為、タクヤは1つだけ譲歩する事にした。指定された国内二カ所に限り、転移門の設置を請け負うと言うものだ。


転移門は一度設置をすれば維持コストが不要だ。転移先はタクヤ以外に指定をする方法は無いから、設置自体にはそれ程危険性は無いと考えていた。


こうしてタクヤと王家との間に契約が結ばれた。


領有権が正式に認められた事をきっかけに、タクヤは領民とシステム上の契約を積極的に進める事にした。本拠地の防衛と言う問題は残るが、クラフト出来る製品や施設も増え防衛自体に問題は無いと言えるようになったからだ。


それに、度々起こる敵対行動による事故を未然に防ぐ為でもあった。

ゲームでは自分以外は潜在的な敵だったので、敵か味方かの判定がシビアでも問題は無かった。

だが、今の所大きな被害は出ていないが、不慮の事故も多く、今後人死にが出る様な深刻な事態に繋がる可能性も否定が出来ない。自分を慕う領民に起こる事故を防ぐ事と、NPCとの契約による安全保障上の問題を天秤に掛けた時、トウカに愛着も湧いてきて領民の安全に天秤が傾いた結果でもあった。


王国側が大幅に譲歩したのも、ブルゴーニの民を見かねて内に囲い込んでしまうタクヤの性格が理由にある。一言で言えば人が良いのだ。だが、その人の良さにつけ込めば手痛いしっぺ返しが来る事が予想出来た。ならば信頼関係を築き、内に入ってしまう方が良いと考えた。


現在の大陸の情勢はかなり不安定な状態で、不確定要素は極力排除すべきだし、タクヤの性格なら一度内に入れてしまえば無碍にはしないだろう。赤の他人には残酷になれても、一度身内と思えば何処までも甘い、そう評されていたからだ。そしてそれは、大きく外れた評価でも無かった。まぁトウカの現状やオデットとの関係性を見れば一目瞭然だったが。



魔力の変動は潮の満ち引きの様に、非常に長い周期で緩やかに変動をしている。最近の魔力の高まりがシャトー王国に留まらず、大陸全土に広がる可能性もあった。


それにかねてより周辺諸国に侵略し領土を拡大している帝国が、ここ最近は更に積極的に侵略を行っている。背景に新たに開発された新型兵器の存在があるだろう。大陸ではこれまで禁忌とされていた魔石の軍事利用だが、帝国は滅亡した古代の魔導文明の末裔を自称しており、積極的に失われた魔導技術を復活させようとしている。


その戦力もさる事ながら、かつて栄えた文明を一夜にして滅ぼした災厄を呼び寄せてしまうのではと警戒をされている。


そこへ、聖女の出現だ。過去の例を見れば、聖女と共にある英雄は大陸を襲った未曾有の災厄から大陸を救った実績が三度ある。裏を返せば、英雄が必要になる程の災厄が、またしても大陸を襲う可能性があるのだ。来るべき災厄に備えなければならなかった。


そして、その英雄と目される人物が国内に居を構えた。これは僥倖だったと言えるだろう。これは王族や聡い一部の貴族にとっては共通の認識であったが、そうで無い貴族も多かった。彼らにとっては英雄など過去の遺物であり、自分達の栄華を脅かす災害など来ないと考えているのだ。


数十年来大規模な魔物の襲撃が無く、豊かで力を持つ貴族程その傾向が強かった。大規模な魔物の襲撃があれば当然食料が不足する地域が出る。そこへ食料を供出する為にはそうした貴族の力を頼らなければならない。王家が貴族に借りを作る訳で、結果そうした貴族は王族でも無視出来ないほどの大きな力を付けてきた現状があった。


今回の特別待遇とも捉えられるタクヤとの契約、トウカの特区化は、そうした貴族との対決姿勢を明確にする形になっている。当然貴族との確執は更に鮮明となるだろうが、これからの大陸の情勢を考えたなら、早めに大鉈を振るうべきと王家が判断を下した結果でもあった。その影響は、早々にタクヤの手を煩わせる事になるのだが、それはもう少し先の話。

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