第115話 晩餐会

サプライズは成功かな?


交渉に駆け引きは必要だが、出来る事は出来る、出来ない事は出来ないと伝えた上で、お互いの合意形成を試みるのが卓也の基本的なスタンスだ。

勿論見せない手札もあれば隠し札もある。だが、相手を騙したり出し抜いたりしようとすれば、結局後々トラブルの原因にしかならない。ならば、見せても良い札は最初から見せた方がマシだと考えていた。


こちらの都合等お構いなしに無理難題を吹っ掛けてくる客とは、どの道良好な関係を築く事は出来ないし、時間を掛けるだけ無駄だ。今回の交渉相手がそんな相手であれば、早々にお帰りを頂こうと思っていた。だが、バスティアン殿下の第一印象はむしろ好感が持てるものだった。


アイテムボックスからアイテムを取り出せる事は見せても良い札だ。だが、どうせならサプライズで披露して、相手の意表を突きたいと考えた結果がこれだ。


目的は達成したので後は粛々と給仕を行う。それをどう受け取るかはあちら次第。今はこっちが主目的だからワインをグラスに注いで、各自の前に順に並べていく。


「皆さんの前に並べたグラスが、左から順に熟成期間の短いワインになっています。左から順に飲み比べてみてください。ステーキはタイラントボアのステーキです。冷めない内に是非ご賞味ください」


「タイラントボアだって?」


バスティアン殿下とアランさんは戸惑っているが、その横でお構いなしにマリーズさんはナイフとフォークを手に取り、早速ステーキ肉をほお張る。


「美味しい! 何て素敵なお味! うん、ワインも素晴らしいですね。肉と良く合っていて、お互いの香りが引き立て合っています。お兄様、食べられないのですか? 折角のお肉が冷めてしまいますわよ?」


バスティアン殿下とアランさんが二人してきょとんとした顔でマリーズさんを注視している。うん、マリーズさん、意外と大人物かも知れないな。


「マリーズ様! その様な得体の知れないものを!」


「アランは堅いって。それに聖女様がいらっしゃるのに、余計な心配をしてどうするのよ。貴方も食べなさいな。食べないと後で後悔するわよ?」


後でオデットさんに聞いてみたが、王族なのだから当然口にする食事には細心の注意が払われるし、ホストが手ずから給仕をするのもあり得ない事なのだそうだ。

だがこの席にはフランシーヌが居る。本人は正教会の所属から離れているとは言え、正式に認定された聖女であり正教会にとっては枢機卿よりも立場としては上になる。何せ彼らが崇拝する神の代弁者なのだから。その聖女が振る舞う食事に手を付けぬ等、それこそあってはならない。シャトー王国ならまだしも、小国なら正教会の不興を買えば簡単に吹き飛んでしまうのだから。宗教とはげに恐ろしい。


そんな訳で、俺が信頼に足りるかどうかは別にして、聖女の夫としての俺が用意した食事に手を付けないのは、それはそれで問題になるだろうとの事。


食事に手を伸ばす事を躊躇う2人に、フランシーヌが無言の圧力をかける。多分これ、聖女モードのフランシーヌさんだ。こんな雰囲気を纏っている時は、何と言うか抗えない迫力と言うか威厳を感じる。


「そ、そうだね、折角だし頂くとしようか」


恐る恐ると言った感じで、タイラントボアのステーキへ手を伸ばす二人。だが口に入れてしまえば、その味に驚く他あるまい。だって、美味しいんだもの。さすがフィールドボスの食材と言う事もあって、半端なく美味しい。数に限りがあるのが残念な位だ。ただ、出現フィールドの確認が出来れば、今後は安定して狩れる可能性もあるので挑戦してみようかなと思っている。


ギルドの資料で何か所かタイラントボアの生息地に当たりは付けている。徘徊ボスだが、何せ大きい。アパッチで高所から探せば遠くからでも発見は容易なので、後は見つけ出してヘルファイアを打ち込むだけだ。爆炎に包まれたとしても、実際に肉が焦げたりしないので全く問題は無い。まぁフィールドボス位ならチェーンガンでも余裕でいけるけど。


いわゆる高級食材は、単純に味覚が美味しいと感じるだけでは無い何かを感じる。フランシーヌ曰く、食材に含まれている魔力が食材の味を引き立てているのだそうだ。強い魔物程、強い魔力をその身に秘めている。だから、その分美味しく感じるのだと言う。舌では無く、文字通り全身でその味を感じるのだ。魂が震えるとも言える。


魔力と親和性が高いのは、この世界の人々は神から祝福として魔力を与えられているからなのだそうだ。だが俺も美味しく感じるのは何故だろう? 意外と俺も魔力があるのかもとフランシーヌに尋ねたら、卓也さんにはそもそも神の気が満ちているので、と言われてしまった。


人がその身に帯びる魔力は神の祝福により与えられたものだ。その神自身が纏う神の気は魔力の上位互換と言える。だから、俺にとっても美味しく感じるのだろう。


さて、3人共肉とワインを交互に口に運び、その味を噛み締めている。美味しいと喜んでくれるが、それも3つ目のグラスに口をつける迄の事だ。先日の試飲会でも見た光景だな。皆同じ様な反応をするので、4つ目のグラスに口を付けた時が楽しみだ。


それは最初に3つ目のグラスを手に取ったマリーズさんも一緒だった。3つ目のグラスを口に運んでワインを口に含むと、目を閉じて恍惚とした表情を浮かべている。ひとしきり余韻を楽しむとそっとグラスを置いて、その横にあるもう1つのグラスに気付く。そう、グラスにはまだもう1つ先があるのだ。


恐る恐ると言った感じで、手を伸ばしては引っ込めてを3度繰り返すと、意を決した様にグラスを手に取り、ゆっくりと口へと運ぶ。そして一口。


「...タクヤ様、私と結婚してください!」


ぶふっっと、隣で3つ目のグラスを味わっていたバスティアン殿下が盛大にむせた。


「えっと?」


「いきなり何を言い出すんだ、マリーズ!」


「お父様も降嫁される事はお認めになっているんでしょう? タクヤ様とご一緒させて頂ければ、これ程素晴らしいものを味わえるんですよ? 何だったら愛妾でも構いません。私を是非、末席に加えさせて下さいませ!」


うわー、すげーぶっちゃけたな、この人。でも不思議と好感は持てる。俺に対する好意では無いのが少し残念な気もするが。でも大丈夫か? 仮にも王族だろ、この人?


「くそ、折角のワインの余韻が台無しだ。マリーズ、そなたも王族の一員なのだから日頃から言動は気をつけろと何時も言っているだろう!」


「そうはおっしゃいますがお兄様! これを前にして我慢が出来るのですか!」


そう言って、バスティアン殿下の前にある4つ目のグラスを持ち上げるとぐいっと眼前に押し出す。バスティア殿下はそれを受け取ると一気に口へと流し込む。そして、しばしの沈黙。


「はっ、何という。くっ、これを表現する言葉が思い付かない。これは一体何なのだ? 確かにマリーズの言う事も解る。いや、しかし、王族としての矜持が...」


バスティアン殿下は随分と飄々としている方だと思ったが、存外に面白い人の様だ。だからこそ、マリーズさんと仲が良いのかも知れないな。


「まぁまぁ、バスティアン殿下もマリーズ殿下も、こちらのワインについては条件次第ですが、王家に独占で卸す事も考えています。無理に結婚等なされなくても、口にする機会は御座いますよ」


それに、俺にはフランシーヌがいるしね。最も、この世界では貴族に限らず、妻を多数娶る事を奨励しているから、新しい奥さんを迎えてはとやんわりと言われているのが実情だ。ふと、先日夜を共にしたジゼットさんの事を思いだす。いかん、いかん、気持ちを切り替えねば。


「取り乱して済まない。これが君が言っていた腹案かな? 確かに、これを持ち帰る事が出来れば陛下もお喜びになる事は間違い無いだろうな。ところで実際の所、タクヤ殿から見てマリーズはどうかな? 正直、こんな性格だから嫁の貰い手が無くてね。兄としては良縁があればと願わずにはいられないのだよ。タクヤ殿と縁を結べるのならこれ以上に無い良縁だと思うから、是非前向きに検討してみてはくれないか?」


そんな勝手に話を進めても良いのかと一瞬思ったが、こちらをキラキラとした目で見つめるマリーズさんと目が合うと、うんうんと口に出しながら頭を上下に振る。それ程か!


「まぁ、まだお会いしてそれ程時間も経ってはおりませんし、これからお互いに人となりを知る機会も御座いましょう。ご縁があれば、その際には検討をさせて頂きたく存じます」


「そうか! それは良かった。早速陛下にご報告をせねば!」


いやいや、受けるとは一言も言っていないからね?


とは言えその後は終始和やかなムードになり、マリーズさんの事も色々と聞く事が出来た。


かなりやんちゃな方らしく、学院時代は色んなトラブルを起こしたのだそう。そのせいか同年代の貴族は皆敬遠をしていて、嫁の貰い手が無いのだそうだ。

他国の王族の嫁に出す話もあったが、トラブルを起こして両国の関係に罅を入れる可能性もあるとの事で、実現はしなかったらしい。それを俺の嫁に出すってどうよ?


因みに今年21歳で、卒業年度で言えばアメリーの1年先輩にあたる。在学当時は、紅蓮の乙女と蒼氷の令嬢の二つ名で、学園の双璧と呼ばれたのだそうだ。因みに、バスティアン殿下が裏では蒼氷の暴君と呼ばれていたと、こっそりと教えてくれた。この人、俺とくっつけるつもりはあるんだろうか?


賢者と呼ばれる王国を代表する魔術士である教授に師事をしており、アメリーとは姉妹弟子。マリーズさんが姉弟子で仲が良かったとの事。でもアメリーが次席で卒業した事を知らなかったそうで、いたく憤慨をしていた。その様子を見る限り、マリーズさんは良い人なんだろうなと思う。でも、暴君って呼ばれる程とは、一体何をやらかしたのかはちょっと興味があるな。


ところで、マリーズさんは魔術士としての腕もさる事ながらかなりの切れ者で、徴税官としての仕事も問題無く熟せる。王族だから自前の通信用魔道具も所持していて、王都とも随時連絡が可能なので適任だろうとの事だった。決して厄介払いをする為では無い。そう言う意味ではバスティアン殿下と、その上の兄である次期国王からの信頼は篤く、単純にこれ以上の適任者が居なかった故の人選なのだそうだ。


そう言えば、幾つかの通信用の魔道具も受け取っている。今後はモンペリエまで足を運んでお願いをしなくても、スムーズに連絡や相談が出来るだろう。その辺りはオデットさん任せだが、オデットさんの負担が減るので何よりだ。


そんなこんなで、皆で美味しいワインを楽しみつつ、想像以上に楽しい時間を過ごす事が出来たのだった。

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