第114話 情報の擦りあわせと晩餐会
「さて、報告を聞こう」
そこは、鹿鳴館と呼ばれた迎賓館の横に建てられた屋敷だ。急場で建てられたのか簡素な作りではあるが、随所に高級木材や大理石を使用して造られており、見た目以上に随分と贅沢な造りをしていた。
第二王子は迎賓館に部屋を用意してもらっているが、晩餐の前に情報のすり合わせを行う為に、用意して貰った屋敷の一室を会議室として利用している。
同行したメンバーの半分はブルゴーニに残している。復興中の町で十分な補給が受けられるとは思えず当初は物資の不安があったが、予想に反して十分な量の補給を受けているから問題は無い。この屋敷と後もう1箇所、娼館を解放して貰っている。希望者は利用が出来るようになっているから、交代で疲れを癒やす予定だ。
ブルゴーニの惨状から考えると、このトウカは驚くほどに豊かだった。
トウカの代表者達との予備交渉の間、町の各所の調査を行って貰った。現時点で解った事と言えば、サンソンから貰った報告書が概ね正しかった事位のものだ。
王都を出る前に報告書の精査を行ったが、書かれた内容の大半は俄には信じがたく、真偽を疑う者が多かった。
王都から帯同した部下の役人達は、真偽を明らかにすると息巻いていた者も多かった。だが、順に聞く報告はいずれも報告書を肯定する内容ばかりだった。
「では、少なくとも事前に精査をした報告書の内容については相違は無かったと言う事だな」
「はい。実際に目にしても信じられない事です」
「まぁ、あの転移門を目にすれば疑う余地など無いか。マリーズはタクヤ殿をどう捉える?」
「正直よく解らないとしか言えません。一見、人の良さそうな、人畜無害とでも言うべきか、取るに足らないと言うべきか、与し易い相手かと思いましたが。ですが、実際には最初の印象とは真逆の方の様です。お兄様を前にして、まるで歯牙にも掛けないご様子。王国を相手取っても問題が無いのでしょう。その自信の根底にあるのが如何なるものなのかは興味が尽きませんわ」
「全く持って不遜な輩です。その自信とやらもどれ程の物か。いっそ目に物を見せてやれば良いのです!」
そう言うのは、侯爵家の3男坊。余り仕事が出来るとは言えないが、貴族派とのバランスを取る為に連れて来た人物だ。
「ならば、君が手勢を率いて掣肘するのかね? かの御仁は単独で超大型種の魔物を退ける程の実力者であった筈だが。確かに侯爵殿の手勢を持ってすれば同程度の戦果は得られるかも知れないが、侯爵殿がそれを許されるとでも?」
「い、いえ、そう言う訳では。大変失礼を致しました、出過ぎたマネで御座いました」
いそいそと引き下がる。仕事が出来ないなりに、せめてもう少し大局を見て欲しい物だ。
「タクヤ殿のブルゴーニにおける戦果は、情報部が精査した上で疑う余地は無いと結論は出ている。故に我々は、何としてもタクヤ殿を我が王国へと取り込まなくてはならない。王国の命運を左右するかも知れんのだ、改めて肝に銘じて欲しい」
一同が改めて姿勢を正す。しかし、マリーズの言い様では無いが、掴みどころの無い人だと思う。
「しかし、あれが噂の聖女殿か。確か枢機卿猊下の御息女であったな」
「はい。その様にお聞きしております」
「アランはどう思う?」
「失礼を承知で申し上げるならば、あの方は化け物ですな。タクヤ殿の実力が測れないのは同意見ですが、フランシーヌ殿は間違い無く化け物です。あれ程濃密な魔力を纏った方を私は存じ上げません。恐らくは賢者殿よりも上では無いかと」
マリーズも肯定する様に頷く。
「それ程か。教会との関係を考えても、敵に回すのはやはり得策では無いな。地方の領主に納まってくれれば御の字か。マリーズ、伴侶としてはどうだ?」
「陛下からの命があれば否とは言いませんが。ですが、興味はありますよ。あの聖女殿が伴侶として選ばれたのでしょう? いずれにしても見た目通りの御仁な筈が有りません」
「うむ。繋ぎとして下手な者は置けぬからな、宜しく頼むよ。機会があれば、それこそ愛妾でも構わん。篭絡できるなら頼むよ」
「難しいとは思いますが、何があるのかは楽しみですからね。でも、余り期待はしないで下さいな」
マリーズはいわゆる才女だ。王族である贔屓目を抜きにしても、魔術の才に秀で、学院切っての天才と謳われている。数年前に学院を賑わせた紅蓮の乙女と双璧を為す、蒼氷の令嬢何て呼ばれていた位だ。
ただその実力故に嫁の貰い手がつかず、仮にも王族で有りながら未だに独身のままだった。国王も何度か嫁ぎ先を探したが、全て断られてしまっている。なんと言うか、見た目に反して過激なのだ。同年代の貴族の子息は、大抵は学院時代のやらかしを知っていて、皆敬遠している状況だ。もしここでタクヤ殿との縁談が纏まれば、父としてはむしろ御の字と言う物だろう。
因みに母親の第三王妃は早々に匙を投げている。少々奇抜な性格だが、むしろ第二王子や第一王子とは馬が合うので仲が良かった。どうせなら、好いた相手に嫁いで貰いたいとも思っていた。
「まぁ、ここでの生活が苦に感じる様なら何時でも戻ってきなさい」
「かしこまりました」
「さて諸君。陛下に色好い結果を持ち帰る為にも頑張らねばならぬ。何処まで譲歩をして貰えるかは君達の手腕に掛かっている。宜しく頼むよ」
情報の擦り合わせは、一旦は目途が立った。その頃には程よい時間だったので、タクヤ殿の招きに応じて晩餐会へと出席をする事にした。
鹿鳴館の2階のホールへと移動をすると、テーブルが並べられており、立食形式で様々な料理が並んでいる。
「殿下、お忙しい中本日は我がトウカへお越しくださりありがとう御座いました。改めて招聘に応じられず、申しわけ御座いません」
「ブルゴーニとトウカの状況を見れば、軽々にタクヤ殿が不在に出来ない事は理解が出来る。こちらこそ無理を申して済まない。陛下からも十分な支援が行えず申し訳無いと言付かっている」
「勿体なきお言葉です。ささ、本日は長旅の疲れを癒やして頂けるよう、精一杯の御持て成しの準備を致しました。我が町で生産した作物や家畜を素材にした料理の数々、それに秘蔵のお酒もご準備しております。どうぞ、お楽しみください」
その声を合図に、音楽が流れだす。先の戦いでブルゴーニの貴族は大半が落命をしたそうだ。その為、ここでは歓待をする貴族の姿は無い。晩餐を彩る音楽も、給仕達の振る舞いも決して洗練されているとは言えなかった。
だが、フランシーヌとオデットは、それは見事なドレスに身を包んで、給仕を行っている。タクヤ殿と言えば、手ずから皿に料理を取り分けては配り、かと思うと次の瞬間は酒を注いで回っていた。とても領主とは思えない、随分と慣れた立ち振る舞いだ。
「御兄さま、召し上がりましたか?」
気が付くと、皿を持った妹が笑みを浮かべながらそう声を掛けてくる。想像に反して、随分と楽しんでいる様だ。
「ん? まだだが。そんなに美味しかったのか?」
「ちょっと驚きですよ。見た目は粗野ですが、恐らくは素材の味を活かす為に調理は最小限に留めているのでしょう。ちょっと驚きです。ブルゴーニでは畜産も盛んだったと聞きましたが、それにしても肉も有り得ない程美味しいです。それに何よりお酒。ちょっと信じられませんよ?」
「それ程か。では私もちょっと食べて見る事にしよう。お酒は父から聞いているよ。税の代わりに物納を指示する程の逸品なのだそうだ」
手近なテーブルに盛り付けてある料理を少し皿に取って口に運んでみた。マリーズの言う様に洗練さは感じられない。だが口に含んだ途端、驚く程に濃厚な味わいが口いっぱいに広がる。
「こちらもどうぞ」
そう言って、マリーズがグラスに注いだワインを差し出す。普段は余り酒を嗜まないのだが、折角の機会だ。グラスを口に近付けると鼻孔を豊潤な香りが満たす。しばしその香りを楽しみ、口へと運ぶ。
「美味しいな」
「そうでしょう? 他のお酒も美味しいですよ?」
「お楽しみ頂けて居ますか? バスティアン殿下とマリーズ殿下には、別に特別な席もご用意致しておりますが如何でしょう?」
そう声を掛けて来たのはタクヤ殿だ。流石に2人でと言う訳にはいかないが、特別と言うからには今口にした以上のものが用意されているのだろう。俄然興味が湧いた。
「アランも同席させて構わないかな?」
「勿論ですとも」
アランに声を掛けると、タクヤ殿に案内されて奥の部屋へと移る。そこにもテーブルが用意されていたが、テーブルの上は空だった。
そこは立席形式では無く椅子が用意されていたので、適当な椅子に腰かける。
「貴族の作法には疎いものですから、無作法はご寛容ください。皆さまには、他には出していない特別な酒を飲み比べて頂こうかと存じます。立食では幾つかお酒を用意させて頂きましたが、お好みのお酒は御座いましたか?」
「私は残念ながら、まだワインしか口には出来ていないな。アランはどうだ?」
「私で御座いますか。そうですな、ウィスキーが特に好みでしたな。あれ程酒精が強く、にも拘らず鼻に抜けて来る香りはとても心地良いものでした」
「私は普通にワインが好みですね」
とはマリーズ。
「如何致しましょう? お酒は寝かせて熟成させると味が変わる物ですから、今回は同じお酒で年数の違うものを飲み比べて頂こうかと思うのですが」
「それならワインでお願いしよう。普段飲み慣れているお酒の方が、味の違いも良く解るだろう。それに陛下もワインを好むのでな」
「畏まりました。では、失礼をして」
タクヤ殿がそう言うと、さっきまで何も無かったテーブルに、突然樽が並ぶ。えっと思う間に、次々とコップが並び始める。
慣れた手付きで樽の栓を抜くと、そのままコップに注ぎ分けて行く。
「そちらのステーキを味わいつつ、お試しください」
そう言われて初めて、自分の目の前に熱した皿が置かれていて、皿に盛りつけられた肉がじゅうじゅうと音を放ちながら、肉の焼けた香ばしい匂いと、スパイスの香りが強烈に五感を刺激する事に気が付いた。
「「え、何時の間に?」」
バスティアン殿下がテーブルに並ぶ皿にその様にして気付いたのは、アランとマリーズの声が奇しくも重なった瞬間だった。
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