第113話 予備交渉
「以上が、現在のトウカの状況で御座います」
オデットさんが、丁寧に纏められた資料を広げて、襲撃以降のトウカの状況について説明をしてくれた。
ここは、先日建造した鹿鳴館の応接室だ。元は談話室に当たる部屋に、それっぽい調度品を揃えて応接室として使っている。
トウカからは、俺とフランシーヌとオデットさん、それに町の各部門の代表として、行政府からフィリップ、職人代表でマティス、農家代表でエドモンがそれぞれ臨席している。
王国側は、第二王子のバスティアン殿下。そして役人が5人。護衛として先ほどのアランともう一人。その二人を除いた6人は、閲覧用に作成した資料に目を通している。
「状況については解りました。僅か2か月余りでこれだけの規模の町を建造されているとは、驚きですね」
「ありがとう御座います。皆の頑張りのお陰で御座います」
オデットさんが、そう和やかに答える。
「解りました。交易に関する関税、及び砂糖、酒類に関する取扱いに付随する認可に伴う物納、及び5年間の税の免除については、事前にご案内をした通りで変更は有りません。この分であれば5年も待たずに税収が見込めそうですね。つきましては我々から徴税官を一人派遣させて頂きます。マリーズ」
殿下がマリーズと呼ぶと、後ろに並んでいた内の一人が前に進み出て、礼をする。俺の目に映る名前は、マリーズ=シャトー。うん、どう見ても王族だ。
年の頃は20台前半。少したれ目のおっとりとした雰囲気だが、仮にも王族だから見た目通りの人物では無いのだろう。
「マリーズ=シャトーと申します。どうぞお見知りおきを」
この国の次期国王と次期宰相は正妃の子供である第一王子と第二王子でほぼ決まっていて継承権争いとは無縁だが、だからと言って家族仲が良いのかと言うとそうでも無い。
王様には3人の奥さんと3人の愛妾が居て、子供も10人居る。正妃の子供が二人揃って男児であった事と、兄弟仲が良かった事もあって次期国王は問題になっていないが、それ以外の奥さんと子供同士では其れなりに序列争いがあったりはする様だ。
王族に連なる女性を、辺境とも言える地方の一領地に寄越すのは余程の事だと思う。ましてや妙齢の女性をだ。これは、どう受け取るべきか。
マリーズさんは第三王妃の次女。バスティアン殿下とは10以上は離れていて、国王様も元気だなぁーと言うのが率直な感想だ。何でも、愛妾との間に、まだ10にも満たない子供も居るのだそうだ。上と下で歳の差20以上。それそ考えると子供が10人は、多いのか、少ないのか。
「まぁ名前から解る様に、母は違うが僕の歳の離れた妹でね。良ければ気にかけてやって欲しい」
「畏まりました。お住まいはご用意させて頂きますので、後ほどお話をさせて頂ければと存じます」
「うん、頼むよ。ところで、王国としてはタクヤさんを是非正式に侯爵として迎えたいと思っている。何だったら王族を娶って貰って、私たちと縁戚になって貰いたいとも考えているんだ。年頃と言ったらマリーズもそうなんだけど、どうかな?」
「ありがたい申し出では御座いますが、お断りをさせて頂きたく存じます」
俺に何らかの爵位を与えて王国に取り込もうとする事は予想が出来た。幾ら8等級冒険者に宛てがうと言えども、上級貴族の席をそう簡単に用意出来る訳では無いので、良くて伯爵位か上級貴族の娘さんとの政略結婚位は打診されるだろうとは思っていた。
だが、侯爵の椅子に王族の降嫁とは、かなり奮発したなと思う。そこまで大盤振る舞いをしては貴族から反発が起こりそうだが。
「あっさりと断るんだね。多分、僕らが用意出来るものでは最上級だと思うんだけど? 陛下への報告もあるから、良ければ理由を伺っても宜しいかな」
「過分な評価とお申し出である事は重々承知しております。ただ、シャトー王国とは今後も良好な関係を築きたいと思ってはおりますが、王国に取り込まれる事はご遠慮願いたいのが正直なところです。既にご存じの様に、このトウカには恐らくは王国が欲しがるであろう技術や資源が多数存在します。これらを正当な取引以外で提供するつもりは有りません。ですが王国に取り込まれてしまえば、どうしたって要求は断われなくなるでしょう。それはご遠慮頂きたい」
「それは困ったなぁ。出来れば、あの転移門位はどうにかしたい所なんだけど、だめかな?」
「調べて頂くのは構いませんが、設置を請け負うのはお断り致します。あと、ちょっと削って調べてみようと言った事も駄目ですよ? トウカの建築物や資材に手を出すと、程度の差異を問わず敵対と見做す事は事前にお伝えした通りです」
そう、それも結構な問題だった。建築物へダメージを与えた場合、問答無用でエネミーカラーになるのだ。実際、テオドール商会の護衛で町へ来た冒険者が、酒場で酔って羽目を外した際に壁を剣で切り付けて、エネミーカラーになった事例がある。
俺なら敵対関係を解除する事も可能だが、俺の目の届かない所で起こってしまった場合は、最悪は迎撃用のクロスボウで射抜かれる事になる。
幸い、建造物はそこそこの防御力を有しているので、子供が誤って傷つけるなんて事は早々起きない。この辺りの危険性についてはトウカの住人には周知徹底されていて、俺の資産に手を出せば問答無用で厳罰に処される事を理解して貰っている。
外から迎え入る人物も、この町で諍いを起こしたり、建築物への攻撃や破損をさせた場合は問答無用で町から強制的に退去させている。最悪自分1人で町の外へ放り出されてモンペリエを目指さなくてはならないのだから、かなり厳しい処罰だろう。それでも、この町へ来たいと言う冒険者や商人は後を絶たない。
転移門の調査でもそうだ。見て調べる位は構わないが、材質を調査したいと言い出してこっそり削り取りでもすれば一発アウトだから、そこはくれぐれも徹底をして貰う必要があった。
「調査に帯同させている学者連中がそれで収まれば良いのだが。まぁ可能な限り聞き分けの良い者を厳選しているので、そこは徹底しよう」
「お願いします。私の目が届く所であれば良いのですが、目の届かない所で起こされたトラブルは回避のしようが有りませんので」
「うん。しかしそうなると困ったな。私としても手ぶらで帰る訳にはいかないのだが、こうなると学者連中の調査に期待する他無いかな?」
「そこは一応腹案が御座いますが、詳しくは夜にでも改めて」
「そう言って貰えるとありがたい。では楽しみに待つとしよう」
俺と殿下の話は、そんな感じで終わった。まぁ、今日中に全ての話が終わる訳では無い。あちらはあちらで、トウカの現状を確認したうえで、要望を調整して最終的な交渉に臨むだろうから、まずはお互いに様子見のジャブ程度と言ったところだ。
トウカと同じ様な環境を他でと言われても応じるつもりは全くない。他の貴族からの横槍を防ぐ為に、砂糖や酒類はいっそ王家と専属での取引でも良いかと思っている。
それに、今の俺は何処まで行ってもギルドの8等級だから仮に王国が何処かと戦争になっても参加する事は出来ないが、王国から正式に爵位を授与されてしまうと税金以外にも色々と義務が生じる。その最たるものが兵の供出だろう。
トウカとアマテラスの防衛は、極論俺だけでどうにでもなる。だが、戦争に兵を出せと言われて俺の身一つではさすがに問題があるだろう。だからと言って、騎士団を編成して兵を出すなんて事は絶対に避けたい。
王国の一領地でありながら独立性を担保したいなんて、我儘な事は解っては要る。とは言え譲れない点も多いので、お互いに何処まで譲歩出来るか、その妥協点を今回の交渉で探る必要があった。
今日の所は、後は役人とうちの連中との細かいすり合わせ位だ。交易や商人の受け入れについて調整をお願い出来ないかは、また改めて話をする事になる。その辺りの事は皆に任せて、俺は殿下とマリーズさん、そしてアランさんを町へ案内する。
3日間は、娼館兼酒場を一行向けに開放している。
殿下については鹿鳴館の1室を宿泊スペースとして改装しておいた。
それとは別に、簡易ではあるが大き目の建物を建てて宿泊場所としている。部屋には特にグレードの差をつけず、寝室、トイレを設置した同一規格の部屋を並べただけの建物だ。入浴施設は、あえて備え付けてはいない。
今日の夜は鹿鳴館2階のホールで晩餐会だ。まぁ晩餐会と言ってもそんな御大層なものでは無く、できる限りの御持て成しをと言う程度だが。オデットさんの亡くなった旦那さんに仕えていた料理人が、振る舞う料理の下準備を進めてくれている。この3日間の為に、家畜も何体かは食肉用に卸している。
家畜は結構な数に増えているので、皆に成長させた後の世話を任せている家畜が一定数いる。それでも増え続けるので規定数を超えた分については、締めて解体して販売をしている。なにせ牛でも1日平均で1頭は増える。それが数日で成長するのだから、凄まじいペースだ。
因みに、1度家畜小屋に入れている家畜を締めて貰った事があるが、敵対行動と見做されてエネミーカラーになった事がある。その時は俺も直ぐ傍に居たので事なきを得たが、かなり焦ったのを覚えている。
今では家畜小屋から出して占有を解除した家畜しか、皆に世話を任せていない。因みに羊の毛刈りはセーフだった。俺のクラフトした鋏を利用しているからだろうか?
本人に悪意無く不慮の事故で迎撃装置に射抜かれてはたまった物では無いので、迎撃装置の扱いや設置の仕方、いっそ領民をすべて契約下に置くかを悩んでいるのが現状だ。
それはさておき、殿下達を案内してぐるっと町を一周して各所を案内した。一面に実った畑や畜産スペース、トイレに入浴施設、絶えず水が溢れ出す噴水、そこから流れる用水路と、その流れで回す水車の数々、そして巨大ツリーに一面の綿花畑。そして職人通りに人工採石場。下手に隠しても良い事は無いので、聞かれた事には正直に答えておいた。もしかすると俺が気が付かないだけで、何か交渉の材料になるものがあるかも知れないからだ。
しかし、見所をこうして挙げていくと、トウカは随分と豊かになったなと思う。すっかり手狭になったので、いよいよアマテラスの開発を開始した所だ。
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