第112話 エネミーカラー

俺の目には、PC、NPCを問わず、その頭上に名前が表示されていて、その色でざっくりとした関係性を確認する事が出来る様になっている。


俺に明確な敵意を持っていたり、俺の所有する建造物や所有物に危害を加えたりする等の敵対的な行動を取ると敵として判断されて名前が赤色、即ちエネミーカラーで表示される。


人の多い所に行くと、全ての名前を表示してしまうとさすがに多すぎて邪魔になるのでフィルターをかけている。基本的に使用しているフィルターはエネミーカラー以外の表示頻度を下げるというものだ。人数が少なければ表示され、増えるとエネミーカラーが優先して表示され、それ以外のネームの表示が制限される。


なので、俺が意識を向けると名前が表示され、それ以外だとエネミーカラーの名前だけが視界に映る事になる。今は視界内に240人居るので、フィルターが機能している。そんな240人居る中に1人だけエネミーカラーがいれば、どうやったって目立ってしまうのだ。


先のシャトー王国の例を思い出せば解る様に、迎撃装置は問答無用でエネミーカラーを対象に攻撃を加える。敵を見逃さないので防衛と言う観点から見れば非常に優秀ではあるが、ほんの些細な事でも敵か味方かを明確に切り分けて判断するので容赦が無い。

だからモンペリエだと、徹底してトウカでは敵対する意思がある場合は容赦をしないと喧伝をしている。それでも、稀に居るのだ。テオドール商会の護衛の一団や、隊商に気づかない内に紛れ込んでくる奴が。


今回は王子様御一行なのだから、身元が確かな奴ばかりじゃ無いのかよと、暗い気持ちになる。

とは言えこのまま放置をしておくと、皆をトウカへ案内する際にクロスボウの餌食になる事は確定していて、いらぬ嫌疑を掛けられてしまう。どうしたって放置する訳にはいかない。


事前に気づけた場合に取れる行動はそれ程選択肢が無い。それは、相手が王子様御一行であっても同じ事だ。なので、この問題は事前に通達を出している。我々に敵対する意思あれば、何者でも容赦はしないと。


「はぁ、サンソン騎士団長。ちょっと、こっちへ」


このメンバーでなら、一番理解が早いであろうサンソンさんを手招きする。


「はい、何でしょう?」


「実は王子様御一行の中に1人、私に敵意を持つ方がいらっしゃってですね。出来ればトウカへの立ち入りをご遠慮頂きたいのですが」


「あぁ、例の件ですね。それは本当ですか? 解りました。事前にバスティアン様には話を通しておりますので改めて説明を致します。少々お待ちを」


そう言って、サンソンさんは殿下に駆け寄り、耳打ちをする。

話を聞いた殿下も、難しい表情を浮かべた。ほんの少しの間、思案する仕草を見せたが、決断は早く直ぐに行動に移す。


「不確定要素は排除すべきでしょう。どの者か教えて頂いても宜しいでしょうか。アラン、ちょっと来てくれ」


並んでいた近衛から、一際豪奢なマントを靡かせて一人の騎士が直ぐにやってきた。


「事前に相談をしていた件だ、1人該当者が居るらしい。調べは後程行うが町へ入れさせる訳にはいかないから、王都へ戻るまでは拘束をさせて貰う。良いな?」


「後ろに並んでいる騎士の、右から3番目の彼ですね」


俺は、彼らの後ろに並んでいる騎士の一人を指さす。


「近衛ですか? まさかバスティアン様、我々近衛をお疑いですか?」


アランと呼ばれた人は、露骨に嫌悪感を滲ませる。近衛と言えば王国軍の中でもエリート中のエリートだろう。当然思想や素行調査等は徹底して行われている筈で、正直会ったことも無い俺に敵意を持つ理由がさっぱり解らない。


「この件は、陛下から王命が下っている。今回の視察においては私が全権を持っているからね。責任はこちらで持つから頼むよ」


「かしこまりました」


アランと呼ばれた人は近衛騎士に命を下すと、該当人物の武装を解除し、縄で後ろ手に縛る。そこまでしなくてもと思わなくも無いが、下手に動かれるよりは何倍もましだ。その男も、特に抗う様子を見せない。自分がいきなり拘束された理由が思い浮かばない様で、かなりの動揺が見て取れる。


「タクヤ様、ご見分を。このユベールでお間違いは御座いませんか?」


「ん? ユベール?」


おかしいな。この人で間違いは無い筈なんだけど、俺の目にはユルゲンと映っている。偽名? 別人? なりすまし?

さすがに殿下に直接耳打ちするのは憚られるので、知らぬ仲では無いのでまたもやサンソンを呼んで、簡単に事情を説明する。そしてサンソンから殿下へ耳打ち。


「タクヤ殿、直接おっしゃって頂いて問題は有りませんよ。ところで、それは本当なのですか?」


「はい。私には名前が見えますからね。何だったら確認の為に試して貰っても宜しいですよ」


「わかりました。念の為、試させて頂きます」


近衛騎士隊の隊長であるアランはさすがに有名人だが、それ以外の隊員や、ましてや同行したお役人や従者ともなれば、仮に調べたとしても俺が事前に名を知る方法があるとは思えない。何人かの名前を尋ねられて表示された名前を告げると、殿下も納得をした様だ。それは、その間に説明を隣で聞いていたアランも同様だった。


「では、タクヤ殿。改めてお尋ねしたい。この者の名前は何と言うのでしょう」


「私の眼には、ユルゲン=ミンスキーと見えます」


「貴様、何故それを!」


先ほどまで大人しくしていたユルゲンが、俺がその名を告げた途端、怒りの表情を露わにする。


「まさか、本当であったとは。殿下、申し開きも御座いません。この者を引っ立てろ! 後で厳重に取り調べを行う!」


アランが殿下に向かって、深々と頭を下げる。その後、配下の隊士に連行をさせる。皆、何が起こっているのか解らないと疑問符を浮かべているが、ユルゲンは縄をひかれて連れていかれた。さっきまで一緒に行動をしていた仲間がいきなりお縄になったのだから、そりゃびっくりもするだろう。


「あの者は私も記憶しているよ。何代か前から騎士として王国に仕えて、その勤勉さと才能を買われて近衛に抜擢されたんだよね」


「左様で御座います。あの者の父と祖父、いずれも一代貴族として騎士爵を賜っております。まさか、敵と通じていたとは」


「名前を聞く限りでは、恐らく帝国の間者だね。先程の反応を見る限りでは、間違い無く黒だろうね。嫌だなぁ、まさかこんな内側に迄入り込まれていようとは」


「左様で御座いますな。重ね重ね、全く申し開きのしようも御座いません」


「まぁ結果的に王国にとっては利に繋がるし、よしとしよう。後程、宰相閣下に連絡の上で調査を進めさせるよ。単独とは考え難いし何処かと繋がっている筈だから、この機会に一気に洗い出してしまおう。タクヤさん、ありがとう御座います」


正直、簡単にぼろを出してくれて助かった。名前がエネミーカラーなだけで、何故そうなるのかを理解して貰うのは難しい。

名前の語感がちょっと違うから、恐らくは俺の目に見える名前が本当の名前で、普段は偽名を名乗っていたんだろう。だが3代に渡って王国に仕えていたのなら、調べても直ぐに背後関係が解るとは思えない。そうなれば、俺が疑われる可能性だってあったのだ。


それにしたって3代に渡って他国に潜入するなんて。この世界でもあるんだな。


その後の調べで、ユルゲンは小型の通信魔道具を所持していた事が解った。会話が出来る類のものでは無く、何処かに一方的に信号を送る装置なのだそうだ。送信先は不明。ただ、王国で製造された魔道具では無い事は確実で、他国の間者である事は確定的に明らかになった。


到着して早々にざわつく事態となったが、あんまりここで時間を費やすのも得策では無い。ユルゲンの調査は任せて、気を取り直して皆をトウカに案内する事にした。


全員がトウカに足を踏み入れる訳ではなさそうだ。まぁ先程のユルゲン対策に、設置済みのクロスボウを撤去するのも面倒なので、この辺りのラインの内側には入れないでねとだけ注意をした。

射程内に居て貰った方が、魔物の襲撃から身を守るのも簡単だから良いのだが、仮にも近衛騎士隊とそのお付きの人達なので、問題は無さそうだ。


城門から入って直ぐの開けたスペースに野営の準備を進めている。

ブルゴーニの被害状況は、前にサンソンさんが調査に来た際に報告書を纏めているので、その確認のみになる。メインはトウカの調査と、これからの王国と俺との関係についての調整だ。


転移門をくぐってトウカへ移動した際に皆驚いた顔をしていたのは、何時も通りかな。サンソンさんがちょっと勝ち誇った顔をしているのは、報告書を出した際に何か難癖でも付けられたのだろうか。鎧を纏っていない役人達がまさか、とか本当だったのか、と呻きながら呟いているので多分そうだろう。


「皆さん、ようこそお越しくださいました。ここが新生ブルゴーニ、トウカで御座います」


さぁ、王国との交渉の開始だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る