第106話 閑話 試飲・試食会

これは、強襲魔導船のクラフト完了を待つ間に、主要な人々を招いて行った朝議での話。


「これが、噂のお酒ですか」


「あれ、噂になっていたっけ? うちでしか振舞った事が無かった気がするけど?」


先の発言は試飲・試食会に招待をしたモーリスさんだ。今後、俺が提供可能な製品をどの様に取り扱うかについての意見を求める為に、参考人として招待をした。


飲んだ事があるのは俺とフランシーヌ、そしてオデットさん。フランシーヌは海を目指してからはほぼほぼ俺と一緒に行動をしているので、噂の出所は消去法でオデットさんかな?


「申し訳御座いません。余りに美味しかったものですから、ついモーリス殿に自慢をしてしまいました」


「話して貰っても問題は無いけど、オデットさんが自慢だなんて意外だな」


「物資の調達について打ち合わせをする機会も多いものですから、つい、ですね。申し訳御座いません」


「問題無いよ。それに、今回皆に試して貰うのはそれよりも更に上位の等級だしね。では始めようか。まずは今回皆に飲み比べて貰いたいのは、ワインとエール、そしてブランデーの通常品(コモン等級)、上級品(アンコモン等級)、希少品(レア等級)、逸品(ユニーク等級)の計4種類。それぞれを順に飲み比べて、率直な意見を聞かせて欲しいんだ」


フランシーヌとオデットさんに振舞った事があるのはレア等級迄。先日、最初に仕込んだ樽がユニーク等級に昇級をしたので、今回皆に試飲をして貰う運びとなった。お酒に限らず、嗜好性、希少性の高い製品は交易で重要な位置を占めており、場合によっては政治的な影響も大きくなる。戦略物資と呼ばれる所以だ。


小国でありながら上質なお酒を造れる国が、その技術と製品を保護する為に周辺国から不可侵の約定を得ている例がある。交易で優位な製品の輸出が出来れば、外貨の獲得が容易で国力に直結するし、塩なんかだと、輸出を止められると国の存亡に繋がる事すらも有るのだ。塩の輸出国と輸入国では、当然輸入国の方が立場が弱くなる。


現在、トウカで輸出可能な製品で戦略物資足りうると目されているのは各種お酒、上質な砂糖。それに今後もエターナルクラフトの影響で通年での収穫が可能な作物も、場合によっては戦略物資足りうる。

シャトー王国では紅の月の影響で今年の冬はかなり食糧が不足する見通しになっている。その為、仮に王家と何らかの交渉を行うなら、それらの物資の供出を交換条件に何某かの譲歩や権利を獲得する事も出来ると目されている。


とは言え、現在トウカでは一部の製品に関する交易税を除いて、向こう5年は税が免除されている。現時点で王国に何某かの譲歩を迫る必要があるとは思えなかった。

むしろ影響の大きな製品を徒に交易に乗せる事は避けた方が無難との考えが主流だ。


ただ、今後の事もある。トウカの施政をどの様な方向性で進めて行くのか、それを皆で検討する必要性があった為、その一環としてまずは皆に試して貰おうとこの場を設けたのだ。単に皆から試してみたいとの要望が多かったからでもある。


そもそも、俺は領主様と呼ばれてはいるが、俺自身がその地位を求めての事では無い。ブルゴーニの惨状が聞くに堪えず、そして実際にその有り様を目の当たりにして、見るに見かねて皆に少しでも衛生的な環境で生き永らえて貰える様にと、避難場所としてトウカを建造したのだ。アマテラスについては俺の趣味が混じっているのは否定が出来ないが。


今もその気持ちに変わりは無く、トウカの行く末は皆が定めれば良いと思っている。


酒も、求められるままに無尽蔵に供出する事は不可能だが、少量であれば提供するのは吝かでは無い。実際、良く働き、給与を得て、そうした労働の対価として、また日々の疲れを癒す為に酒場で酒を嗜む事を楽しみにしている人も少なくは無い。

美味しい酒があれば日々の労働の励みになると言うものだろう。


ところで、朝議の人数は開始当初よりも更に増え、現在は俺とフランシーヌ、オデットさんに加えて30人が参加している。皆町の行政の中核を担う人々だ。

既に全員に行き渡るだけのコップが用意されており、まずはワインの各等級を注ぎ分けて行く。


「では、順に飲んでみて下さい」


今回は等級毎の飲み比べなので、まずは通常品、コモン等級から順に飲んで貰う。


「美味しいですね、領主様が用意されたお酒はやはり別格です。次は、これが噂の上質なワインですか。噂に違わぬ美味しさだ、素晴らしい!そして次が......えっ?」


皆、リアクションに大差は無い。コモン等級は酒場で提供をしているので、ここに居る面子だと皆一度は口にした事があった。アンコモン等級は流石に始めてだが、皆頷きながら飲んでいるので口にあったのだろう。

だが、3杯目、レア等級に至ると皆口にした途端、一様に押し黙ってしまう。そして恐る恐ると言った感じで、ゆっくりと最後のコップに手を伸ばすと、誰もが時間を掛けて味わう。


酒の味をどう感じるかは当然個人差があるから、反応は人それぞれだった。だが、皆おしなべて飲み下すのを惜しむかの様にゆっくりと時間を掛けて味わっている。飲んだ後の反応と言えば、泣き出す者、眉間に皺を寄せる者、天を仰いで神に祈りを捧げる者、そんな人に挟まれてどうしたら良いのか解らなくて挙動不審な者。実に様々だ。


俺もユニーク等級に口を付ける。リアルモードで実際に飲んでみるのは俺も初めてだ。

そこそこ高いワインを飲んだことは有るが、それこそ1本100万のワインと比べて見ても、これは別格だと言う事が解る。単に美味しいからと言う訳では無い。陳腐な表現だが、ワインの香りがまるで魂にまで染み渡って行くような、そんな感覚を覚える。


「皆さん、如何でしたでしょうか」


「うーん、これは。何と言葉で表現をすべきか」


最初に言葉を発したのはモーリスさんだ。皆言葉を選ぼうとして、中々上手く表現が出来ない様だ。モーリスさんの言葉に頷く。


「素晴らしいの一言ですな。嫌、それでも言葉が足りません。私も長い事様々な製品を取り扱ってきましたが、これ程の逸品は初めてです」


「それ程ですか」


「それ程です。これはおいそれと外に出す訳にはいきませんな。酒場で提供するのも難しいでしょう。下手をすると戦争になりますぞ」


「戦争は、さすがに言い過ぎでは?」


皆に同意を求めると大きく首を横に振る。


「え、じゃあ、下手をすると戦争になる?」


今度は皆揃えたかの様に首を縦に何度も振る。


「えぇ、それ程か...」


「少なくとも、金を出せば飲めるのだと広まれば、王国貴族や高位の冒険者がこぞってこの町へと押し寄せるでしょう。その上で出荷が制限されでもしたら、この品を巡って争いが起こっても不思議では有りません。数が出回ったとしても、今度は市場に出回った製品を巡っての争いとなります。つまりは、どうやっても何某かの争いは避けられないでしょう。それに、このお酒は味もさる事ながら、何某かの魔力を感じます。直接魂に響き渡る様な上質な魔力です。この様な逸品は到底人の手で作り出せる物では有りません」


「それ程か。まぁ確かに言葉に出来ない程に美味しいとは俺も思う。オデットはどう思う?」


「私もモーリス殿の意見に賛成です。正直、これ程とは思ってもいませんでした。モーリス殿に口を滑らした身ですので余り強くは言えませんが、ここで口にした事は皆外部に漏らさぬ様に徹底をすべきでしょう。ですが、一方で使い方次第かとも思います。このお酒はタクヤ様が神の現身である事の、証左となりえましょう。神の御業で創り出された至高の逸品、そう喧伝すれば疑う者もおりますまい」


「確かに。領主様の権威を世に知らしめる為ならば、良き手段になるかと存じます」


とはフィリップ。彼も先程は涙を流していた者の1人だ。


「何にせよ、これを世に出すおつもりならば、どの様に扱うかは慎重に吟味をする必要があるかと存じます」


「解った。皆の知恵を借りたいから、色々と意見を出して欲しい。ところで、あとエールとブランデーを用意しているんだけど、止めて置く?」


皆から全力で反対されたのは言う迄も無かった。

その後は、同じ様にエールとブランデーの試飲を行い、次に砂糖を使ったデザートを何品か振舞った。


町に出回っているのは、領民が自らの手でサトウキビから精製した砂糖で、まだまだ不純物が多い黒砂糖だ。それでも王国に出回っている砂糖はサトウダイコンから作られたテンサイ糖が主なので、趣が異なる。

俺が皆にデザートを振舞ったのは、サトウキビから取れる砂糖が、最終的にどの様な形に加工されるのかを知って貰う為だ。黒砂糖から上白糖に精製する工程は俺も詳しくは知らないので、皆の頑張りに掛かっている。今も色々と試行錯誤をしてくれているが、その先がどの様な製品になるのかを知って貰えれば捗ると思っての事だ。


小麦粉と牛乳、そして卵があれば作れるクッキーとプリンを試して貰った。これも非常に好評だった。


これらの品については、お酒はレア等級までは段階的に酒場で提供をする事になった。それ以上の品をどの様に取り扱うかについては、王国の今後の対応を見てからになる。

実は王都からの招聘を保留にしている事もあり、王族が視察に来る話が持ち上がっているらしい。断る理由も無いので、受け入れを進めて貰える様に皆にお願いをした。


砂糖は好評だったので、職人達と共有して、今後も白砂糖の精製を色々と試してみるとの事だ。時間が掛かるだろうが、おいおい何らかの形にはなると思う。砂糖の生産がもう少し形になれば、外貨獲得の為に交易に乗せる事になった。


トウカの輸出品に塩が加わる事になり、モーリスさんが頭を抱える事になるのはもうしばらく先の話だ。















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