第105話 ファイアドレイク討伐

ようやく中ボスに辿り着いた。気が付けばこの世界に来てから1か月以上が経っている。随分と長かった様な、短かった様な。


「ではフランシーヌ、ドレイク戦について説明をするね。この洞窟を抜けると、火口部に辿り着く事が出来る。そこがファイアドレイクの根城になっていて、そこでボス戦になる」


「火口部ですか? 大丈夫でしょうか?」


見上げれば、山の頂からは今も噴煙が上がっている。


「万が一にでも噴火をすれば流石にひとたまりも無いんじゃないかな。まぁゲーム中に噴火した事は無いから多分大丈夫だとは思うけど、もし異変を感じたら直ぐに逃げよう」


「解りました。何か気付いたら直ぐに報告しますね」


感覚的なものはフランシーヌの方が格段に優れているので、ちょっとした異変や変化は何時もフランシーヌが気付いてくれる。何かおかしな事があれば直ぐに教えてくれるだろう。


「さて、火口部は結構広いフィールドになっていて、中央に火口がある。そこに落ちれば、流石に耐性装備が揃っていても耐えられないので、基本は壁を背にして中央には寄らない事。次にボスの主な攻撃なんだけど、基本は爪による引っ掻き、噛みつき、突進、尻尾の薙ぎ払い。まぁこの辺りはフランシーヌなら初見でも問題は無い筈。次に、力を溜める動作から派生する特殊攻撃が2種類ある。1つは全方位への火柱による攻撃。ドレイクを中心として足元から突然巨大な火柱が数本吹き上がる。ドレイクを中心とした半径10mが効果範囲なので、溜め動作に入ったら直ぐにそれ以上の距離を取る事。次がブレス。最初に正面、そこから右か左方向へ薙ぎ払って、ブレスは5秒で途切れる。特殊攻撃の後は一瞬硬直があるので、敵が力を溜める動作をしたら10m以上の距離を取って正面を避けるのが基本的な立ち回りになる。その後は一気に畳み掛ける」


「解りました。注意するのは火柱とブレスですね」


「そうだね。フランシーヌは今回も剣を使うんだよね? 後ろに回り込むと優先的に尻尾の薙ぎ払いが来るんだけど結構強力なので、正面から60度位の位置を保って、前足を狙うのが基本かな」


「そうですね。私は此方の方が性にあっていますので」


そう言って、腰に差している剣の柄頭を軽く叩く。


ファイアドレイクは、対策無しに挑むとドレイク系統の中では一番難易度が高い。火口部が専用フィールドな事もあって兎に角暑いからだ。

そこに居るだけでも継続してダメージを受けるし、足元にはそこかしこに溶岩が流れていて、移動を阻害する。

当然、溶岩に誤って足を踏み入れてしまうとかなりのダメージを受ける。正直、ドレイクそのものよりも、この環境から受けるダメージの方が大きい位だ。


それも、耐性装備が揃っていなければの話。


技術レベルが40までのレシピだと、上質なスパイダーシルクの礼装+水の魔法石のネックレス+耐熱ポーションor水属性増強ポーションがベストな組み合わせになる。それでも、そこそこのダメージを受ける。でも、俺はレジェンド等級のレシピが揃っていて最初から万全な状態で挑む事が出来る。


エターナルクラフトにおける基本のダメージの算出方法は次の通りだ。


基本攻撃力の2分の1÷防御力=ダメージ係数  ※最小値は0.5倍、最大値は2倍

・基本攻撃力は、各モンスター毎に固定値。各攻撃方法によるだ攻撃力は別個に規定

・防御力は、防具・アクセサリー・ポーション類のバフによる防御値の合計値


攻撃力の50%~150で基本ダメージを算出。

(基本ダメージ-防御力)×ダメージ係数=最終ダメージ


まず、攻撃力と防御力により、ダメージ係数が決定される。

魔物の場合は攻撃方法により個別の攻撃力が設定されているが、基本値のみを参照する。

魔物の基本攻撃力はレベル×10。防御力はレベル×5が目安になる。ドレイクはボスなので高めに設定されていて、基本攻撃力は600の火属性。

エターナルクラフトは五行相克をモチーフにしているので、水もしくは氷属性であれば、火のダメージを減少し、火属性へのダメージを上昇させる事が出来る。


上質なスパイダーシルクは防御値が150、属性防御値が+150、水の魔法石のネックレスは属性防御値が+50。ポーションによる属性防御値が+50。属性で相克が発生する場合は属性防御値がそのまま加算される。つまり、最終的な防御値は400になる。


そして、(基本攻撃力の2分の1)÷防御力が係数として算出される。上記なら0.67。


実際のダメージはモーション毎に異なるが、ファイアドレイクが最大の攻撃力を誇るのはブレスで攻撃力700。この攻撃力に0.5~1.5倍の乱数でダメージ値が算出される。このダメージ値から防御力を差し引き、係数を掛けた値が最終ダメージになる。つまり攻撃力700のブレスであれば、0~435ダメージ。

技術レベルが40レベルの時、HPの最大値は400なので、ブレスの直撃を受けると最悪一撃で死亡する可能性が生じる。


まぁ実際のモーション毎の攻撃力は爪400、噛みつき500、尻尾400、火柱300~500なので、最悪ブレスの直撃さえ気を付ければ、即死する事は無い。


これに対して、レジェンド等級で揃えている現状だと基本性能+150%なので、レジェンド等級の上質なスパイダーシルクの礼装が防御値375、属性防御値+375、レジェンド等級の水の魔宝石のネックレスが属性防御値+125。消耗品のポーション無しでも、驚異の875。当然係数は下限の0.5なので、ブレスの直撃による最大ダメージでも87になる。それ程に等級によるボーナスに影響は大きい。


エターナルクラフトは、適正レベルの装備品を揃えると、ぎりぎり死ぬ事もある位の数値で設定をされている。新しいエリアに行く度に装備の更新が必要になるので、まぁ悪くは無いバランスだと思う。その反面上位の装備が揃うと、それより下位の魔物の難易度が格段に下がる。


そう言う訳でゲームの仕様通りならまず死にはしないので、油断さえしなければ完封出来るだろう。安全策を取ってポーションも飲んだので、準備は万全だ。

正直心配はしていないのだけれど、不測の事態は何時だって起こり得る。見落としが無いように注意を払いつつ、ボスフィールドに繋がる洞窟をゆっくりと進む。


因みに俺も剣で戦う。弓で戦った方が簡単なんだけど、属性矢は属性魔法石が素材として必要で、コスパが悪い。耐性装備をレジェンド等級で揃える為に使用したので、在庫が殆ど無く、矢を十分な数揃える事が出来なかった。と言う訳で今回は俺も剣で参戦だ。まぁ慣れ親しんだ敵なので、多分問題は無い筈だ。


洞窟の先からは熱を帯びた空気が流れてきて肌にじっとりと絡みつく。まるでサウナの中に足を踏み入れた感じだが、耐性装備のお陰か思った程では無い。それでも耐性があっても全く感じなくなる訳では無いから多少の不快感は拭えない。


洞窟を抜けると、視界が一気に広がる。

上は吹き抜けなので空が見える。すり鉢状では無く、火山のてっぺんを吹き飛ばした感じ。いわゆるカルデラだ。直径は1㎞程だろうか、結構広い。そこかしこから流れ出た溶岩が流れを作っていて、赤々と輝きと熱を放っている。その中央部分、直径100m程の巨大な穴が火口部だ。


中央の火口部からは今も噴煙が断続的に噴き出している。その火口部を背に、真っ赤なファイアドレイクが悠然と寝そべっている。

大きさは設定では10m。翼は無く、見た目はドラゴンと言うよりもどちらかと言うと巨大なトカゲと言った風体だ。外観的にはコモドドラゴンと言えば伝わるだろうか。


エターナルクラフトではドレイクは亜竜と呼ばれる。劣等種、竜の成り損ない、翼亡き竜擬き。だが、その実力は決して侮る事は出来ない。


こちらの存在に気が付いた様で、ゆっくりとその巨体を持ち上げる。俺とフランシーヌは目くばせをして、剣を抜きつつ、左右に広がる。

ここで距離を詰めると火口部に近付き過ぎるので、まずは様子を見つつ接近を待つ。


ファイアドレイクは漸く俺とフランシーヌを敵として認めた様で、一声吠えると、俺に狙いを定め一気に突進をしてくる。俺は敵を引き付けつつも、十分な余裕を持って横に飛び込んで攻撃を躱す。


「いきます!」


ファイアドレイクが制動を掛けつつ旋回して、躱した俺に向き直ると、その隙を逃さずフランシーヌが一気に距離を詰める。

俺がファイアドレイクに向き直ると、右手側からフランシーヌが迫るので、俺は左手側に駆け抜けつつ、ファイアドレイクの左前足目掛けて剣を振り下ろし、すかさず距離を取る。向こうではフランシーヌが右前足に切り付けているのが見える。


2人とも視覚に入ったからだろうか、沈み込む様に四肢を踏ん張り力を込める。


「フランシーヌ、溜めだ!」


「はい!」


フランシーヌもその動作に直ぐに気付いたのか、返事をした時には既に背中を向けて走り始めていた。俺も急いで距離を取る。それ程間を空けずにファイアドレイクが大きく吠えると、周囲に巨大な8本の火柱、こうして改めて見ると火柱と言う寄りも溶岩の間欠泉だな。それが一気に吹き上がる。5秒もすると収まるが、ファイアドレイクを中心とした一帯は噴き出した溶岩が巨大な水溜まりの様になっていた。


しばらくは硬直で動けない今がチャンスだ。耐性装備に身を固めた今なら、この程度の溶岩なら大したダメージを受けない。俺とフランシーヌは事前の打ち合わせ通りに一気に距離を詰めると畳み掛ける。


さすがに一度の連続攻撃では体力を削り切る事は出来ない。それから都合3度の特殊攻撃を避け、その都度一気に攻勢を掛ける事で、ようやく俺達はファイアドレイクの討伐に成功した。


「フランシーヌお疲れ様!」


「本当に倒せました。流石です卓也さん!」


フランシーヌが満面の笑みで喜びを表現する。

今回も俺よりもフランシーヌの方が、確実にダメージを与えていた筈だ。装備の性能に差異は無いので、後は技術、身の熟しの差だ。

フランシーヌの身の熟しはずば抜けて居るが、それでもフランシーヌが耐性装備無しにファイアドレイクを討伐出来たかと言うと、その点に関しては疑わしい。

その点はフランシーヌ自身が誰よりも良く解っていた。だからこそ、ドレイク討伐を可能にした装備品を齎した卓也の実力を誰よりも高く評価していたのだ。


フランシーヌも、ティラノサウルスが相手で、かつ1対1なら殺れる可能性はある。だが、魔物が押し寄せる上級エリアでは魔物の襲撃は絶える事も無く、敵も1匹とは限らない。ましてやドレイクともなれば、敵は単独とはいえ討伐の難易度は雲泥の差だ。


長い歴史の中で、人々はこれ迄に何度と無く生存権拡大の為に新天地を求めて上級エリアに進出し、その度に幾度と無く全滅の憂き目にあってきたのだから、そう簡単では無い事は誰もが知るところだ。過去の歴史を顧みても、ファイアドレイクに限らずドレイクの討伐に成功した例は記録に無い。唯一、ドレイクよりも上位のドラゴンを英雄が討伐した記録があるが、それは例外中の例外だろう。


かくして、人々の知る所となれば歴史に名を刻むに違いない偉業が、誰にも知られずにひっそりと成し遂げられた。

その偉業はフランシーヌ只一人が知る所ではあったが、彼女にとっては卓也が刻んだ業績の一歩に過ぎず、語る程の事でも無かった。

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